小さな神様篇

まただ。厨房に新入りがいやがるな。
並べられた夕餉を前に、俺はため息をついた。
このご時世には立派過ぎるほどの膳。
文句を言ったら、国中の民に恨まれてしまいそうなものであることは分かっている。
俺だって感謝しているさ。
だが……。
食べられるものだけをありがたく頂き、後は片付けてもらおうと箸を置いた時だった。
「このバチあたり者が!!」
耳元で何かが叫んだかと思うと、頭をぺちっと叩かれた。
叩くといっても仔猫のパンチ程度だが。
なんだなんだ?
いつの間にか、頭の上に何かが乗っていた。
とっさに手を伸ばし、それを捕まえる。
『こりゃ、不届き者、離さぬか!』
人間に見えるが……五寸くらいか?
えらく小さい。
口調はオヤジのようだが、見かけは十ばかりの子供に見える。
「なんだ、お前」
『失礼なヤツだの。我は米の神様である。敬ってへつらえ』
どうやら、植物の精霊のようなものらしい。
なんか偉そうなんだが、胸を張ってもひっくりかえりそうでいまいち威厳がない。
『高級な食べ物の神様であるぞ? ありがたいだろうが』
「いや、別に。俺、米食べないし」
『それをバチ当たりと言っておるのだ! 食うにも困る者たちがいるこの世界で、好き嫌いをするとはなんと贅沢な! 我が天誅を食らわせてくれる!』
手にしているのは鞭のつもりだろうか。
どう見ても稲穂なんだが。
そんなもの振り回されてもなぁ。
「待てって。別に好き嫌いじゃなくて、食えない。五穀はご法度なんだよ」
俺に届かないところで、懸命に稲穂を振り回していた手が止まった。
『おぬし、仙人なのか?』
「修行中の道士だけどな」
仙人になるには、まず身体の中にいる三尸という虫を追い出さなくてはならない。
これらは普通の人間の主食である五穀を糧としているため、追い出すにはそれらを断たなくてはならないのだ。
いずれ道士として修行に戻るつもりも俺も、その習慣は続けている。
俺が道士であることは大抵の者が知っていて、食事も五穀を除いたものを用意してくれるのだが……。
たまに新入りがいると、知らずに出されてしまうことがある。
ふむふむ、と小さな神さんは何か考え込んでいたが、急に稲穂を振り上げた。
『よかろう、ここで会ったのも何かの縁じゃ。おぬしを我の下僕に任命しよう』
「はい?」
『光栄に思うがよい』
えっへんと胸をそらすのに、俺はひらひらと手を振ってやった。
「……悪いが俺は忙しいんでな。他あたってくれや」
『な、なんと断るというのか?』
「あんたも言ったろ、この世界には食うにも困るヤツがいるって。早いところ都を復興しないと、米の話もできないんだよ」
『ま、待ちゃれっ、ううむ、これならどうだ?』
卓の上で、神さんがくるんとバク転した。
おや、姿が変わっている。
……って、これは。
『言うことを聞く気になったか?』
口調と声まで変わってやがる。
俺の記憶を読み取ったのかもしれないが、これは……。
オヤジ。
「絶対聞かねぇ!」
逆効果だっつーの。
『ま、まてまてまて、これでは……どうかしら?』
おおっ? 今度は女に……。
……。
「短い縁だったなぁ」
『何故〜っ!?』
近しい者の姿を読み取ることはできても、それとどういう関係は分かっていないらしい。
ミニ嬋玉だった。
分かっていたら、少なくとも俺にその姿なんぞ見せんだろ。
部屋から出ようとした俺を、未練がましく別の声が呼んだ。
『ま、待ってくれ、君しかいないんだ、お願いだから……』
ん?
えらく情けない口調だな。
今度は何に変化したのか、それがちょっと気になって振り返る。
――やられた、見るんじゃなかった。
『手伝ってくれるね?』
言葉につまった俺に向かって、駄目押しの言葉と共に、首をかしげてニッコリ。
こういうイメージしか覚えてないのかね、俺は。
そこにいたのは、米の神様が変化した、我らが大将、太公望だったのである。

***

「で、何を手伝えって?」
本当の太公望ではないと分かっているのに、どうもこの姿には逆らえないんだよな。
どうやら、神さんの姿は俺にしか見えていないらしい。
屋敷の中を歩き回っても、すれ違う者は全然気がつかない。
右肩にちょこんと座り、落ちないように襟にしっかとつかまっているのは面白い構図なんだが。
『麹(こうじ)の神を探しているんだ。さっきここへ一緒に来たんだけど、途中ではぐれちゃって。
困るんだよねぇ、人の言うこと全然聞かないでさっさと行っちゃうんだから。
少しは周りと合わせることも考えてもらわないと。そう思うだろう?』
……口調まで読み取ったのか。本当にあいつと話している気がしてきたぞ。
しかも、なんだか俺のことを言われているようでグサグサくるんだが。
「麹ねぇ。使う場所と言えば、台所か?」
『そうなのかい? ここは広すぎてよく分からないんだ』
はいはい、行けってことだろ。
神様なら、瞬間移動で飛んでいくくらいしてみろよ。
厨房を覗いてみると、夕餉の片付けをしている女たちが忙しそうに働いている。
それに混じって。
米の神が大きくなってやがる。
いや、肩のはまだここにいるし。
「あれ、天化?」
ホンモノだった。
「なんだってここに……」
「うん、ちょっと探し物で……」
『ああっ、いた!』
肩から、ミニ太公望もとい米の神が飛び降りた。
……が、下には落ちず、そのまま宙を走っていく。
変なところだけちゃんと神様なんだな。
『まったくもう、ずいぶん探したんだからね!』
『うっせえなぁ、先に目的地に来ただけだろうが』
太公望の肩に、米の神と同じくらいのヤツが乗っている。
――俺じゃん。
『まったく君ってヤツは』
『お前がとろいんだろうが』
どこかで聞いたような口調のやりとりに、ちといたたまれない気分になる。
ばかばかしいというか、勝手にやってろというか。
俺たちの会話って、周りにはこんな風に聞こえてるのか。
しばらくすると、言い争って気が済んだのか、二人してくるりとそれぞれの連れを振り返った。
『世話になったね。用事も済んだし、そろそろ行くよ。ありがとう』
『あんたの作ったメシうまかったぜ。じゃな』
そのまま消えるのかと思ったら、屋敷の外に行くつもりらしい。
「おい、あんたたち、元の姿に戻っとけ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
『気が済んだらね』
『気が向いたらな』
まったく、見える人間がいたらなんと思われるか。
見送った後、隣で太公望が小さくため息をついた。
「本当に天化みたいで面白かったんだけどなぁ。旅に連れて行こうかと思ったのに」
……本物にしとけよ。
「で、なんだって俺なんだ」
「最初、白鶴と嬋玉になってたんだけどね。逃げようと思ったら、最後にあの姿になっちゃって。
なんとなく、頼みを断れなくなっちゃって……。そっちはどうしてぼくなのさ」
「似たようなもんだ。……それにしても、あいつら一体何しに来たんだ?」
「さぁ、聞くの忘れたけど」
目的くらい聞いておけばよかった。
一応神様が出張るくらいのことだったのかね。
考えていると、邪魔だと女たちに厨房から放り出されてしまった。

翌日。
豊穣祭用に、厨房の地下から樽を運び出す作業があった。
「若様、今度の豊穣祭用のお酒ができました。今年は最高の出来です!」
差し出された杯に揺れる澄んだ液体。
ああ、これだったのか。
納得して、馥郁とした香りを楽しむ。
「太公望様にもお運びしましたよ」
続けられた言葉に、俺は食い止めるべく離れの部屋へダッシュした。

おわり

※うちの太公望さんは酒乱傾向ですw

トップ小説目次