宝貝盗難篇

「天化ーーーっ」
今日の目覚ましはやけににぎやかだな。
離れに泊まっていたはずの太公望だ。
朝とはいえ、寝所に飛び込んでくるなんて、何事だ。
「大変大変大変なんだっ、起きてくれっ」
「……分かったから首をしめるな、永遠に起きられなくなるする気か。一体どうした?」
「打神鞭がなくなった〜っ」
情けない半泣きの声。
ほんとにこいつ、二十六歳の同い年か?
十歳くらい下に見えるぞ。仙人の修行を始めてから身体の成長はほぼ止まってるとしても、普通は精神年齢ってもんが……
――なんて感心している場合じゃなかった。
「落ち着けって。この黄家の屋敷内で、どうやってなくなるって言うんだ。そうそう盗人なんか入り込めないぞ」
自分で言うのもこそばゆいが、うちは周一の豪族だ。人数こそ少ないが、この屋敷は信用できる側近で固めてある。
大体、道士の武器なんか、盗んだって普通の人間に使いこなせるものでもなし。
「でも本当にないんだ。枕元に置いておいたのに、朝起きたら……」
剣を抱えてとまではいかないが、俺も莫邪宝剣は手の届くところに置いている。いつ何があっても戦えるように……って、え?
状況を理解するまで数秒かかった。
昨日寝る時、利き腕側に置いたはずの、仙界の剣。
「俺の莫邪も、ねぇ――」
太公望と顔を見合わせて沈黙。
俺は屋敷中の者を叩き起こすべく、飛び起きた。

***

一日探して、とうとう俺たちの武器は見つからなかった。
怪しい者が入り込んだという報告もないし、これは人間の仕業ではないかもしれない。
さすがに疲れ果て、明日以降どうするか、部屋で太公望と話し合っている時だった。
見覚えのある仙界の光に包まれて、見慣れた姿が現れた。
「やぁやぁ久しぶりだねぇ。武器が盗まれたんだって?」
十二仙の一人、太乙真人。
一体どこから聞きつけてきやがった。
人が必死に探してるってのに、何わくわくした顔をしてやがる。
こいつが盗んだんじゃないだろうな。
――新しい発明のための材料に使ったとか……やりかねん。
「犯人のこと、何かご存知なのですか?」
「いや、それは全然知らないけど、武器がないと大変だろうと思ってさ」
「どうだい、見つかるまで、私の最新作を使ってみないかい?」
太乙殿の作ったもの……怪しい。
「あの、一体どういったものなんでしょう?」
「これは君たち専用だよ! 聞いて驚きたまへ」
取り出されたのは、俺たちの武器をそっくりなモノ。だが……。
「《だしんぺん》と《ぱくやほうけん》だ!」
「「遠慮します」」
即答した俺たちに、太乙殿がめいいっぱい不満そうな顔をした。
「え〜、そんなこと言わないで」
「一見そっくりだけど、ダメージ1とかなんでしょう」
「どっかにあったよな、そういう武器……名前も……」
「いいから持ってなさい。きっと何かの役に立つから! じゃあね〜」
いらないって言ってるのに、置いていかれてしまった。
見かけだけは、本物とよく似ている。
太乙殿の発明ってのは、実は本物そっくりのモノを作る技術のことなんじゃないか?
作ったはいいが、邪魔になって処分する機会を狙っていたとか。
渡された武器をしげしげ眺めていた太公望が振り返った。
「ねぇ、天化。せっかくもらったんだし、これで、犯人をおびき寄せられないかな」
「おとりにするってか?」
「うん。太乙殿の手によるものだから、仙界の力は感じるし。盗む物を力で判断しているのなら、きっと狙ってくると思うんだ」
なるほどな。
知らないものから見れば、たしかに人界ならぬ力を感じるだろう。
「おびき寄せるったって、どうするんだ」
「寝たふりをして待ってる」
「……かかるかね、そんな見え見えの手に……」
「とにかく試してみようよ。今は手がかりさえないんだから」
「分かった――ってここで寝る気か?」
勝手知ったるという感じで、さっさと奥から客用の寝具をひっぱりだしてきている太公望。
「万が一片方眠ってしまっても安心だろう? それじゃおやすみ」
打神鞭もどきを枕元に置き、布団にもぐっちまった。
……本当に寝息を立て始めてるぞ。
実は俺に見張りを任せる気だな。
仕方ない、つきあうか。
おれも莫邪もどきを傍らに置き、灯りを消す。
来るかどうかも分からない侵入者を待つってのは退屈なもんだ。
そろそろ太公望を起こして交代させようかと思った頃。
――音もなく、ふすまが開いた。
マジに来やがった。
足音も気配もほとんどない。
これは子供……か?
俺たちの方を伺った後、莫邪もどきと打神鞭もどきを両手に抱え、足を忍ばせて歩き出した。
また音もなくふすまが閉まった。
「人間じゃなかったね」
太公望も気づいて起き上がっていた。
「ああ。何か獣だな」
「どこへ持っていくんだろう」
多分、そこに本物もある。
俺たちは、そっとその後を追った。

***

「ここは?」
「負来堂と呼んでいる。この近辺を荒らしていた妖魔を、代々の黄家の人間がここに封じてきたんだ」
「なるほど、それでこんなに強い妖気が……あっ」
あった。
太公望の打神鞭と俺の莫邪。
他にも、何かしら力を秘めた武器や小物が、社の前に供えられている。
先ほどの子供が、俺たちに気づいて逃げ出そうとした。
腕を捕らえて、ひょいと抱えあげる。
じたばたと暴れていたが、直に観念したのかおとなしくなった。
「なんで仙界の物を集めているんだい?」
太公望の問いかけに、きょとんとして首をかしげる。
悪いことをした、という意識はなさそうだ。
だからこそ、なんの悪意も邪気も感じられず、俺たちでも気づかなかったのだろう。
「神様が……こういうのを、たくさん集めてくれば、母様を返してくれるって言ったの」
「神様? ――返すって、お母さんはどこに?」
下ろしてやると、子供は黙って負来堂の脇の茂みを指差した。
枯れた枝に混じって、骨が落ちていた。
人間じゃない。
狢(むじな)だろうか。
ということは、こいつは……
幼いにしては見事な変化だ。
その神様とやらが力を貸してるのかもしれないが。
しかし、ここに封じられているのは神なんかじゃない。
それらが呼びかけたとしたら、それは人を助けるためではなく、自分がここから出るために、封印を破るための力を必要としただけだ。
(ソレヲモッテコイ――)
小さな社から、声ならぬ声が響いた。
邪気に満ちた怨嗟の声。
だが、子供にはそれが分からないのか、呼ばれるまま素直に駆け出す。
その手には例のもどき武器二つ。
あんなもので、何か起こるはずは……はずは――。
(デカシタ、コレデ十分ダ)
他のものと一緒に供えられた途端、社の封印されていた扉が開いた。
なんてこった、あのもどき武器、思ったより仙界の力が入ってたのか?
社の中からあふれ出す、すでに実体もなくなった黒い影のような妖魔。
目があるとすれば、それが俺に止まった。
自分を封じ込めた、恨みたっぷりの黄家の子孫を見つけたってか?
悪いな、返り討ちにさせてもらうぜ。
莫邪さえあれば、この程度俺の敵ではない。
黒い影は絶叫と共に消えた。
妖魔の死は消滅。
もう復活することはないだろう。
他の者が出てこないように、社を封印し直す。
「神様じゃ……なかったの?」
がたがたと震えて小さくなっていた子供が、呆然とつぶやいた。
「母様、もう起きないの?」
残された骨の前で、しゃくりあげる。
死んだものを生き帰す反魂術ってあるが、あれはまだ漂っている魂魄を身体に呼び戻すことだ。
身体が滅びてしまい、魂魄が離れてしまった者を復活できるわけじゃない。
最初からヤツはこいつを利用していただけだったのだ。
もしかすると、母親を呼び出して殺したのも、ヤツかもしれない。
「お母さんは、もう冥府に行ってしまったんだ。見送ってあげないと、安心して生まれ変われないよ」
「母……様ぁ……」
泣きじゃくる子供は、太公望の腕の中で小さな狢に変わった。
妖魔の力の影響がなくなり、姿をたもっていられなくなったのだろう。
幼い狢はしばらく母の骨の前で佇んでいたが、やがて振り返りつつ、森の方へ消えていった。
残された骨を埋めた後、太公望がぽつりとつぶやいた。
「自分でも納得できていないことを人に諭すのってずるいよね」
「だからって、死んだもんはどうしようもないだろう」
死ぬ者がいて、それが生まれ変わる。
輪廻転生の摂理。
人間なんかにどうこうできるものじゃない。
「……君なら、死んだからもう会えない、と言われてあきらめられるのかい?」
ひどく思いつめたような表情に言葉を失う。
一体なんて答えたらいい?
「なんでもない、忘れてくれ」
自分でも返答できない問いをしてしまったと分かっているのか、太公望はそれ以上言わずに踵を返した。
しかし、まだ一人考え込んだまま暗い表情のままだ。
「言っとくが、俺はそう簡単に死ぬつもりねぇよ」
頭を軽く小突くと、ようやく少し笑顔になった。
……まったく、こいつはまだ起こってもいないことを想像して、悪く考えすぎなんだよ。
屋敷に戻ると、朝の支度をしていたらしい女官とばったり会った。
「あら、天化様」
鼻にかかった甘い声。
「昨夜はあたしのところに来てくださるはずではなかったんですの? 今夜こそお待ちしてましてよ」
さらっと問題発言を残して、行ってしまった。
……やばい。
「い、いや、今のは天祥の面倒を見てくれてる女官で、あいつのことで相談があるって言ってたからそれで――」
我ながら白々しいか。
「天化のばかーっ!!!」
久しぶりに聞く怒鳴り声と共に発せられた雷撃術。
天から集まった銀色の光は、帯刀していた莫邪に落ちた。
妖魔には倒されなくても、そのうち太公望に止めを刺されるかもしれない。

――本気でそう思った二十六歳の冬。


おわり

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