疫病神篇

民の困りごとを解決するのも、上に立つ者の役目……
なのは確かだが、今回はちょっと困った。
「見捨てないでくださいまし〜。ほんとなんです、ほんとに自分には取り憑いているんです!」
「このままでは家族の元にも帰れません、どうかお力を〜っ!」
……必死なのはよく分かるが、一体どうしたらいい?
疫病神に憑かれたなんていう訴えは……。
本来なら、俺に面通しするまでもなく衛兵に追い返される程度の個人的な相談。
つい関わってしまったのには理由がある。
――見えてしまったのだ、この男に取り憑いているというモンが。
黒いウニみたいなトゲだらけの球体に、鉤のついたしっぽがついている。
それが二匹、男の周りをうろちょろしながら、時折足をひっかけて転ばしたり、水撒きをしていた女官の手元を狂わせてずぶぬれにさせたり。
確かに、疫病神には違いない。
しかもこいつは……
「もう一回だけ試すが期待すんなよ」
「……莫邪宝剣!」
中心の男をうまく外して放った必殺の剣気。
だが。
うきゃっ、と妙な声を出して、攻撃をまともに受けたはずのその物体は……増えやがるのだ。
効かない上に、事態はさらに悪化している。
嬉しそうに、男に四匹がまとわりつく。
「だめだ、こりゃ」
「そ、そんな〜」
「こいつらが飽きるまで放っておくしかないんじゃないか? 大体、最初はどこで拾ってきたんだよ、こんなけったいなモン」
「知りませんよう、気がついたらいつの間にか……」
「変なもの食ったとか、拾ったとか」
「あ、そういえば」
心当たりがあったのか、男がぽんと手を打った。
「山に行ったとき、妙な壷を見つけたんです。何も入っていなかったんですけど、それを開けて以来かも……」
怪しげな壷……。
それに封じてあったという可能性はあるな。
それにしても、このまま放り出したとして、この男一人に取り憑いているうちはまだいい。
男から離れて、都の民に取り憑いたりしたら。
しかも、分裂してねずみ算に増えたりなんかしたら。
……一応副司令としては放置するわけにはいかんだろ。
しかし、どうしたもんか。
「天化、何これ」
「お、いいところに」
これが厄病神というのなら、太公望なら「封神」できるんじゃねぇか?
今までのいきさつを話すと、太公望は途方にくれた顔で呟いた。
「これと妲己や聞仲殿を、同じ扱いにするのは、非常に気が引けるのだけど」
「まぁまぁ。民を困らせてるって点では似たようなモンだ」
「そうかなぁ」
しばらくぶつぶつ言っていたものの、必死の形相の男を見捨ててはおけなかったらしい。
「封神!」
妖魔や仙人でも逆らえぬ聖なる光がウニを包む。
増えこそしなかったものの、特に効果はないようだ。
……が、それまで男から離れる気配を見せなかったウニ共が、きょろきょろ辺りを見回した。
その目(?)が太公望に止まる。
「「あ」」
見える分、男より悲惨かもしれない。
「ぎゃあああああ、気持ち悪いーーーーっ」
うきゃっという嬉しそうな叫び(??)と共に、ウニ共は宿主を変更したのだった。

***

「う〜なんとかして〜っ」
「……と言われてもなぁ」
疫病神から開放された男は、晴れ晴れとした顔で帰っていった。
そりゃ肩も軽くなっただろう。
……その結果がコレだ。
ウニ四匹にまとわりつかれている太公望。
何もない廊下ですっころんだり、書簡をぶちまけたり。
いつも以上のぼけっぷりに、うちの官吏や女官共も笑いをこらえるのに必死だ。
悪いとは思うが見ている分には面白い。
「笑ったなあああ」
太公望が怒る間にも、髪をひっぱったり、くすぐったりしているのが見えるのだから性質が悪い。謝ろうと思うのだが、その前に笑っちまう。
「誰のせいだと……えーい、天化にも取り憑け〜っ」
「うわ、止めろ!」
取り憑かれた者が手渡しすると素直に移動するのだろうか。
押し付けられたウニが俺にまとわりついた。
まいったな、俺までこれに悩まされるのか。
「おやおや、なんの騒ぎですか、これは」
「楊セン殿!」
「何か妙な気配がしたので寄ってみたのですが……コレ、なんです?」
「「疫病神」」
本当にそういうもんなのか知らないけどな。
「いいところに来た。お前も一匹引き受けろ」
「わっ、何をするんですかっ」
太公望から一匹引き剥がし、楊センに投げつける。
楊センの袖に飛び込んだウニがうきゃっと声を上げた。
そういえば、あいつの袖の中には、携帯型番犬、哮天犬がいるんだっけ。
鉢合わせしたか?
「うわあああっ」
どうやら、服の中で双方が暴れているらしい。
あの冷静沈着な楊センが、わたわた走り回っているのだから結構えらいことになったようだ。
ちょっと悪かったか。
ウニ共は、うきゃうきゃと上機嫌でやかましい。
下手に動くといちいち邪魔してくるし……これじゃまともに動けないぞ。
封神大戦のトップメンバーがそろってこれというのも情けない。
「太乙真人様に相談しましょう!」
疲れ果てた顔の楊センが叫んだ。
「元始天尊殿じゃなくてか?」
「変なものは太乙真人様に聞くに限る!」
太公望も叫んだ。
まぁ、毒をもって毒を制すとも言うしな。
あの人なら研究材料とか言って引き取ってくれるかもしれんし。
俺たちはあわただしく仙界に向かった。

***

「やあ、どうしたの、おそろいで」
「太乙真人様、実はこれなんですけど……」
「あれぇ」
太公望が差し出したウニを見て、太乙真人殿が目を丸くした。
「君たちのところに行ってたのか」
「へ?」
「この間偶然出来たもんなんだけど、いたずらが好きでねぇ。研究の邪魔になるから壷に入れて人界に捨てといたんだ」
あんたですかい。
俺たちの心の声が聞こえたかどうか。
「仙界の雲から作ったものだから、人界においておけばそのうち消えるはずなんだけど……君たちの気を吸って、ますます元気になっちゃったみたいだね。どうしようか」
はた迷惑にもほどがある。
「「「ひきとってください」」」
「えー」
ぶつぶつ言っていたが、さすがに俺たち三人に睨まれて、太乙真人殿はウニを回収し始めた。
さすがに創造主には逆らえないのか、素直に壷に放り込まれていくウニたち。
……大漁だな。
ようやく開放され、ほっとして太乙真人殿の洞府を出る。
そして、おや? と思う。
太公望の一匹、俺の一匹、楊センの一匹……
一匹足りなくねぇか?

***

屋敷に戻った俺は、最後の一匹が親父に取り憑いているのを確認した。
廊下ですべったり、兵の訓練中に宝貝を暴発させたり。
まぁ、命に関わるようないたずらはしないようだし、太乙真人殿曰く、人界ならそのうち消えるらしいし。
当分放っておこう。



おわり

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