繊月へ紡ぐ言の葉
地下の食堂で、王子はきょろきょろと辺りを見回した。
「ベルクート」
目的の人物を見つけて駆け寄る。
「はい、殿下?」
「今夜、泊まりに行ってもいい?」
爆弾発言キター!
ある者は食事を喉に詰まらせ、ある者は飲みかけていた酒にむせかえる。
その相手はと言えば。
「ええ、かまいませんが……?」
爆弾返しキター!
「それじゃ後で行くからね」
言うだけ言って、そのまま立ち去ろうとする王子に、カイルとミアキスがあわてて追いすがる。
「ちょ、ちょっと王子、なにをさらっとすごいこと言ってるんですかー」
「王子って随分積極的だったんですねぇ、感心しちゃいましたぁ」
声と足音が遠ざかっていく。
それらが消えた後、ようやくマリノが声を絞り出した。
「ベルクートさん、今のは一体……」
「さぁ、何かお話でもあるのでは」
話をするのに、泊まる必要はないと思うのだが。
周りの者の心の中の突っ込みは、どうも当の本人には届かない。
その近くで、隻眼の勇士がチーズケーキを喉に詰まらせ、状況についていけない初老の女王騎士が真っ白になっていた。
***
数刻後。
「……ほ、ほんとにいらっしゃったんですね――」
王子の宿への訪れに、マリノは動揺を隠せない。
「あ、あのですね、ベルクートさん、一人部屋なんです! 今、二人部屋ご用意しますから……」
「別にベッド狭くても気にしないよ」
あたしが気にするんです!
という声のない悲鳴が響き渡ったが、王子は気づかなかったことにして、さっさと二階へ向かう。
ベルクートが私室代りに使っているのは、一番奥の部屋。
扉を叩くとすぐに開かれたが、ちょっと驚いたような目に迎えられて、王子は少しだけふくれてみせる。
「ベルクートも信じてなかった?」
「……カイル殿やミアキス殿に止められるかと思いまして」
「あの二人は意外とあっさり引き下がってくれたんだけど……なんだか、ガレオンに懇々と諭された」
明日以降、あの厳格な老騎士に、戟で追いまわされるのだろうか。
剣士のため息に、王子は気づかない。
「ぼく、壁側でいい?」
「お好きな方で」
ぽいぽい、と脱いだ上着をベッドの上に放り投げられ、苦笑しながらそれを畳む。
王子は驚くほど庶民的だが、こんなところだけは、少し王族らしいか。
ごそごそと布団に潜り込んでから、王子がちょっと申し分けなさそうに笑った。
「ごめん、押しかけて」
「女王騎士の方々に、聞かれたくないお話があったのでしょう?」
「……ベルクートって、自分のことにはすごく鈍いのに、時々すごく鋭いよね」
それは誉め言葉ととるべきなのやら。
「色々話したいことあったんだけど……皆に大騒ぎされたら、半分くらい忘れちゃった」
「では、残りの半分をどうぞ」
隣に滑り込み、ランプの火を消す。
部屋が闇に包まれた。
今日は三日月。わずかに差し込む月の光は、あまりに細くて、自分の手すらよく見えない。
随分経ってから、ようやく王子は口を開いた。
「ぼくは……本当にひどい兄だと思って」
さっきまでの明るさが、部屋の灯りと共に失われたような声だった。
「ミアキスやガレオンがこちらに来てくれたのは、とても嬉しいけど……これで本当にリムは太陽宮で一人になってしまったんだ」
ミアキスやガレオンが、ゴドウィン側に反発しながらも、女王騎士の立場にこだわった理由が今なら分かる。
あの太陽宮で、リムをたった一人にするわけにはいかない。
ただそれだけだったのだ。
「ぼくはリムを助けようとして、かえって一人ぼっちにさせてしまってる。ぼくの方は好きな人たちに囲まれて、嬉しいことや楽しいこともたくさんあって……」
仲間が増え、その言動に困ることはあっても、それ以上に楽しかった。
時々、戦いのことも忘れてしまうくらいに平和だと思ってしまうことさえあった。
けれど――。
あと少しでリムを取り返せる。
その希望が砕かれた時に、それまで考えないようにしていた疑問があふれてしまった。
「リムが一人でいる時に、ぼくは笑っていていいのか、って――」
その重みに耐えられなくなった。
あれから、うまく表情が作れない。
慰めてくれる人々に笑い返そうとしても、リムの泣き声が聞こえる気がして、顔がこわばる。
総大将としてしっかりしようと思っても、自分の判断が本当に正しいのか不安がこみ上げる。
たとえ一番身近な存在でも、女王騎士たちには言えない。
彼らは、女王を守ることが本分なのだ。
ただでさえリムから引き離してしまっているのに、こんなことで心配をかけてはいけない。
そう考えると、彼らに対しても、どんな顔をしたらよいのか分からなくなってしまった。
そして今も。
これ以上言葉が出てこない。
のどが詰まり、声が出なくなる。
「私はリムスレーア様と、まだ直接お目にかかったことはありませんが――」
黙って王子の言葉を聞いていたベルクートが、静かに話し始めた。
「皆さんのお話を聞く限り、幼いながら賢明な方だと思います。戦局を判断し、殿下と接触を図るために出征を行う。とても聡いお人だ。……そんな方ですから、ご自分の周りから人が減っているのも、それだけ殿下が近くまで来られているのだ――と、理解されているでしょう」
それに、と続ける。
「殿下がもし、捕虜になられたとします。その時、助けに行った者が、そこまで行くのが大変だった、辛かったという顔をしていたらどう思いますか」
……それは、嫌だ。
自分のために、近しい者たちが苦しむのは見たくない。
「きっとリムスレーア様も同じですよ」
助けに来た兄が、疲れ果てた悲痛な顔をしていたら……きっと悲しむ。
「ですから殿下は、辛い思いばかり溜め込むよりも、楽しいことや嬉しいことを少しでも多く経験して、リムスレーア様とお会いできた時に、それまでに得たものを分けて差し上げなくては」
しばらくの間、言われた言葉を反芻して。
笑顔を見せても、幸せでいてもいいのだと。
そう言われたと頭がようやく理解する。
――目の奥でこごっていた涙があふれてきた。
やはり、自分はずるい。
無意識にでも、自分の望む言葉を告げてくれる人を選んで来てしまったのだから。
自分の狡すからさにあきれるが、それでもやっぱり、嬉しい。
ようやく深呼吸ができたような、安心感。
涙と一緒に、自分への妙な重圧も流れ出してしまったようだ。
気分だけでなく、身体も軽くなった気がする。
「うん――ありがとう。少し気が楽になった」
本当は少しどころではないけれど。
思い切ってここに来て、よかった。
そう、まだあれから何も失ったわけではないのだ。
大丈夫、明日から、また前に進める。
闇の中で笑顔を浮かべた後、ふと、王子は大きくため息をついた。
「ところで……いるよね?」
「いらっしゃいますね」
そして、二人して、壁に目を向けた。
***
こちらは隣の四人部屋。
壁に張り付いて聞き耳を立てていた者たちが、王子の辛い心境の吐露に、小さくため息をついた。
ここしばらくの、王子のこわばった笑顔が思い出される。
妹姫をあと少しというところで救い出せなかった後悔だけでなく、自分が笑顔を浮かべることにさえ罪悪感にさいなまれていたとは。
あの優しい王子は、女王騎士たちに心配をかけてはいけないと、一人思い悩んでいたに違いない。
壁の向こうで、ベルクートが何か答えている。
低い穏やかな声がなんと言っているかまでは分からなかったが……
しばらくして、王子の少し明るくなった声が聞こえた時、女王騎士たちも、顔を見合わせて安堵の表情を浮かべたのだった。
しかし。
「ところで……いるよね?」
「いらっしゃいますね」
ぎく。
「覗き見とか、盗み聞きってひどいよね?」
「あの……皆さん、殿下を心配なさってのことですから――」
どうやら、王子にもベルクートにもばれていたらしい。
(あらぁ、明日が怖いですぅ)
(明日ですみますかねー、今からおしおきありそうな気配ですけど)
(まさか、わざわざ殴りこんではこないだろう)
向こうにはベルクートもいるし、止めて、くれる、は……ず――。
「おや、こんなところに氷の息吹の札が」
「殿下!?」
部屋の中に巻き起こった氷雪が、女王騎士たちを吹き飛ばす。
(きゃーっ)
(ひええっ)
(ぐあっ!)
声こそ意地で上げなかったものの、油断しているところへの魔法呪符攻撃はかなり効いた。
特に、魔法に弱い人間には、てきめんに。
(あああ、ゲオルグ殿が落ちてます、落ちてますぅっ!)
(ゲオルグ殿〜っ)
翌日。
宿で寝込んだ女王騎士たちに、老騎士が「仮にも騎士とあろう者が、なんたるザマだ」と雷を落としたのだった。
----------------------------------------------------------------------
ゲオルグ様、魔防弱すぎ。(まずそこか)
最終バトル、全体魔法一発で撃沈とは何事ですか。
それはともかく。
女王騎士たちが心配してくれることが嬉しいのと、思い切って泊まりに来たのに盗み聞きされたのが悔しいのは、「それとこれとは話が別!」。
王子の思い切りのよさに、さすがのベルクートさんも、止める暇がありませんでした。(うちの王子は疾風の紋章つけてます)
この後、流水の紋章持ちのベルクートさんは、隣の救護に走ります(笑)。
ところで、普段はごわごわ服着てる戦士系の人たちも、夜は寝巻きにスウェットみたいな上下着てるイメージがあるのですが、どうなんでしょ。
浴衣でもいいかな、浴衣。
実はこの後、「翌日」の話……寝不足で目に隈を作ったマリノさんとハヅキさんとか、戟でベルクートさんを襲撃するガレオンさんとか、取材に来たテイラーさんとか(笑)。
細かい話を書いていたのですが、いまいちすわりが悪いのでさっくり削除しました。
続きとして書いてみたい気もします。
三日月は別名がたくさんあって、面白いです。
繊月(せんげつ)(細い月)の他に、月の剣とも。
剣です、剣。
結局続き書いちゃいましたw
TOP/
小説