貴き陽光の護り人


「マリノさん、どうしたんですか!?」
「ちょっと眠れなくて――」
「ハヅキさんまで!?」
「私はその女のグチに付き合わされただけだ」
若い女性二人が、目の下に隈を作って睨んでいるのだからたまらない。
「……レツオウさんのところへ行ってきます!」
ベルクートはいたたまれず、朝の手伝いの一つになっている、宿用の食事運びに飛び出した。
城の地下、レツオウが腕を振るう食堂は、朝からにぎやかだ。
彼がこの城に来て以来、宿の食事も、こちらで用意してもらうようになっていた。
大体の人数を知らせると、レツオウがうなずいて厨房に下がる。
準備してもらう間、しばらくは散歩を兼ねて城の周辺を歩いてみるのが日課だった……のだが。
背後に殺気。
ぶん、と振り下ろされたのは、戟だった。
なんとかぎりぎりで柄を受け止め、少々ひきつった笑顔で襲撃者に呼びかける。
「ガレオン殿、申し訳ありませんが、私は宿の手伝いをしている途中ですので……」
「む、仕事中であったか、これはすまぬ」
いきなりの襲撃を仕事中の一言で止めるのも変わっているが、それであっさり納得して武器を収めるほうも変わっている。
周りの者たちはそう思ったが、本人たちは大真面目である。
「ガレオン殿も朝食、宿でご一緒にいかがですか? 他の女王騎士の方々もおいでですよ」
昨日の騒ぎの後、まとめていなくなったことは知っていたが、王子の元に行っていたのか。
ガレオンは、元々寄せている眉間のしわを、さらに深くする。
他人の寝所に押しかける王子もどうかと思うが、それを覗きに行くとは女王騎士ともあろう者共がなんと情けない。
レツオウから大き目の箱を受け取り、ベルクートは外へ向かう。しかし、宿の方角ではなかった。
宿へ先にどうぞ、と勧められたが、この男がどこを回るのか少し興味があった。
遠回りして畑に立ち寄り、戦いの中で倒れていった者を弔った墓を詣で、生簀の前では少女と一緒になって魚の様子を眺める。
今日だけの気まぐれな行動ではないことは、すれ違う者たちの笑顔で分かる。
大勢の者が暮らす中であれば、多少の軋轢があってもおかしくないものを、この若いのは他人とぶつかるということがないのだろうか。
ふと、気軽に一般兵たちに声をかけていた前騎士長、フェリドのことを思い出す。
あのお人ほどの豪快さは見受けられないが、人望があるという点では似ているのかも知れない。
だが、ガレオンは覚えている。
リムスレーア姫自らが出征した際、王子が率いた小隊で、自分と相対したのはこの男だ。
あの時の気迫に満ちた戦士の顔と、今のように城にいる時の表情の差に、再会した当初は同一人物と気づかなかったほどだった。
そう、あの時。
自分の戟は、このたった一人にすべて受け流されたのだ。

***

姫のそばには、ザハークとアレニアが控えている。
王子と会わせて差し上げたいとは思っても、通してしまったら彼らが姫に何をするか分からない。
そして自分も、この場を守るという任務をまっとうできなかったことを理由に、姫のそばから外されてしまうに違いない。
……ミアキスのように。
それだけはなんとしても避けなければ。
そう考え、王子を撤退させるべく動いた。
多少、王子と、その周りの者を傷つけても、絶対に通さぬ。
その覚悟であったのに、自分の戟はたった一人にすべて防がれた。
老いたりとは言え、まだまだ女王騎士としての力は十分にある。
そう自負していたものを。
しかも、相手にこちらを倒す意思はないのが見て取れた。
それが時間稼ぎであることに気づいたのは……リムスレーア姫本人に、戦闘を止めるよう指示された時だった。
ザハークとアレニアに囲まれていたはずの姫がここにいる。
それが答えだった。
王子は、ゴドウィン側の動きを封じた上で、姫を助けにきたのだ。
ああ、これならば。
ソルファレナを明渡すことになろうと、リムスレーア姫を救うことができるかもしれない。
自分の役目は、女王を守ること。
だがそれは、女王の立場や地位を守るのではない。
女王自身の心を守るべきなのだ。
ずっと心の奥では分かっていても、なかなか認められずにいた答えだった。
そして、王子やその親しい者たちを傷つけずに済んだことを、感謝した。

その後、突然の乱入者と、ある者の予想外の行動により、姫は再びソルファレナへと連れ戻されてしまった。
だが自分は、守るべきものを正しく認識できた。
あきらめずにおれば、機会は必ずあるのだと、すべてを失いながらも、ここまで力を集めてきた王子が教えてくれた。
ならば、自分のすべきことは、王子を助け、再びレムスレーア姫に笑顔を取り戻すこと。
それが自分の使命であると、今は迷いなく言うことができる……。

***

「ガレオン殿、お気をつけて」
「む? うむ、心得た」
吊り橋の手前で声をかけられ、足元に目を落とす。
最初の綱の結びに、少々クセがあった。
言われなければ、引っ掛けていたかもしれない。
よく気のつく男だ。
……今、自分の前を行く者は完全に油断しているようだ。
運んでいるものに両手をふさがれている上に、武器は携帯していない。
後ろから切りかかられるとは考えないのだろうか。
――いや。
恐らく、殺気を感じた瞬間に一変するのだろう。
これまでにすれ違った者たちには決して見せぬ一面が、この者にはある。
「戻りました」
「おかえり!」
二人を迎えたのは、王子の声だった。
テーブルの大きな布を取り替えようと苦闘しているのが目に入る。
「殿下!? なぜ殿下が宿の手伝いなど……」
仰天するガレオンに、王子が苦笑する。
「マリノがちょっと調子悪そうだから。……ぼくのせいと言えないこともないし」
「後は私がやりましょう。……これ、ゲッシュ殿からいただいてきました」
「ありがとう!」
大きなトマトを手渡されて、久しぶりに見せる本当の笑顔。
ガレオンは、自分がここに来てから、まだ王子の笑顔を見ていなかったことに気づいた。
妹姫の奪還の失敗、親しい者の裏切り、身近な者の負傷。
立て続いた哀しみが、笑みを奪うのは当然のことではあった。
それを取り戻したのは――。
「女王騎士でも……いえ、女王騎士だからできないってこともあるんですよね」
やりとりを眺めながら、カイルが言った。
「ちょっとうらやましいですぅ」
姫のことを思い出してか、ミアキスも笑顔を見せながらも、小さくため息をつく。
王家に関わらぬ者だからこそ、言える事もあるのだろう。
元々闘神祭に、他国の者や一般からの参加を認めたのは、決まりごとにがんじがらめとなる女王の心のよりどころとして、王家とは関わらぬ存在を入れるため――だったのかもしれない。
(……闘神祭が、真っ当に行われておれば……)
今更言ってもせん無いこと。
それに、誰が勝利しようとも、ゴドウィンは別の策を弄してきたであろうことは想像にかたくない。
しかし――と、つい考えてしまう。
自分がやるのだと、まだ布の取り合いをしている二人を眺めながら、ふとガレオンは言った。
「ところでおぬしたち。何故ここにいる?」
ガレオンの言葉に、若い女王騎士たちがぴたっと動きを止めた。
「王子が手伝いをしているというのに、おぬしたちは何をしている」
「あ……あのう、それはぁ」
「色々ありましてぇ」
昨日の王子の氷雪攻撃で、あちこち痛くて動きたくない、とは言えない。
だが、百戦錬磨の老騎士には、すっかりばれていた。

「女王騎士ともあろう者が、なんというザマだ! 嘆かわしい!!」

セラス湖は、今日も晴天の碧を映して、静かにきらめいている。
しかし宿屋では、特大の雷が落ちたのだった。





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ガレオンさん、三軍分けでの対戦時。
ベルクートさんに全部パリングされました。
ホント、申し訳なかった……。

ゲオルグさんは、まだ寝てます。
魔防が(笑)。
でもベルクートさんが持ってきた箱の中に入っている、チーズケーキで復活します!
朝っぱらからケーキ……w

ガレオンさんのお説教を見ながら、王子は「太陽宮にいた頃みたいだ」と嬉しそうです。



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