記憶の欠片は星の瞬きにまぎれて


「……で、なんで俺なわけ?」
「ロイが一番今の心境を分かってくれるような気がして……」
王子がお気に入りの剣士と出かけたと思ったら、二人して暗雲を背負って帰ってきた。
たまたまその場に居合わせたロイは、からかう暇もなく、王子の部屋に引きずり込まれたのだった。
王子が今日の一部始終を話すと……思い切り笑われた。
「好かれてるだけ、俺よりマシじゃん」
「リオンだって、ロイのこと好きだよ」
「『みんなと同じくらい』にな」
「……だからぼくと一緒じゃないか」
「そっかぁ?」
『みんなと同じ』よりはかなり特別扱いだと傍目には見えるのだが。
まぁ、こればかりは本人がそう感じてなければ意味がない。
布団に埋もれ、枕に八つ当たりしながら王子が盛大にため息をつく。
「なんで信じてくれないんだろ……」
「信じてないのとは違うんじゃね? 根本的に、人から好かれるって考えが欠けてるだけでさ」
「そんなことってあるものなのかな」
「現にそうだろ? ここには、結構そういう奴らが多いじゃん。元闘技奴隷の兄ちゃん、幽世の門にいたリオン、探偵事務所の姉ちゃん、傭兵団の剣王」
サギリとリヒャルトを出されて、どきりとした。
そう、彼らは並み外れた能力を持っているし、人当たりも良い。なのにどこか人と違う。
「俺もかなりどん底をはいずって生きてきたけどよ。それでも仲間はいた。それなりに好きな奴もいたし、そいつらからも好かれてるって思ってたさ」
そう、彼らの共通点は……。
「生まれた時から他人に支配されて、言いなりにしか生きられなかった連中ってさ、その辺がどっか壊れてんだよな」
大好きな両親、兄弟姉妹、友達。
子供の頃に、そういった存在を彼らは得ることができなかったのだ。
「でもよ、自由になった時が始まりだとしたら、あいつらまだ十年ちょいしか経ってないってことだ。あいつら、まだ十歳のガキなんだよ。そう考えると、焦ったって仕方ねぇ、待つしかねぇかって思うわけさ」
「……ロイってすごいなぁ」
「そうでも思わないとやってらんねーだろ。嫌われてるわけじゃないから、あきらめらんねぇし」
「十歳かぁ……それじゃ、あと五年くらいしたら分かってもらえるのかな?」
「自分のためにも、そう思っとくことにするさ」
「気の長い話だね」
「まったくだ」
天井を見上げて、二人してため息。
自分たちだってまだ十数年しか生きていないのだから、途方もなく遠い道のりな気がする。
「あー、くさくさすんなぁ。おい、今日はもう出かけねぇのか」
「そういえば、本当はハーシュビル軍港に行くつもりだったんだ」
「げ、そこってゴドウィン派がまだ多いんだろ?」
「見つかったら、ロイにカツラかぶせて逃げる」
「てめ、絶対コロス」
振り上げられた手を避けて、部屋から飛び出す。
階段を下りた王子は、杖を持った少女に声をかけた。
「何度もごめん。ビッキー、スピナクスに送ってくれる?」
「うん、いいよ。王子様も行くんだね」
「え? も?」
「いってらっしゃーい!」
他に誰が、と聞き返そうとした時にはすでに遅く、ビッキーが紋章の光の向こうで笑っていた。

***

ハーシュビルは、貿易港として名を馳せているだけあり、海岸近くから大きな倉庫が並んでいた。
ここは北からの旅人も多い。
戦時だからこそ、他国から入る荷は貴重で、珍重される。
それを当てにした取引を行う商人や、買い手も集まっているのだろう。
ただ、先日までは優勢と見られていたゴドウィンが王子たちに押されていることが影響しているためか、警備をしている軍人や兵士はいまいち活気というかやる気がない。
(おい……あれ、あいつじゃね?)
人々の間に、見覚えのある人物を見つけ、ロイが指差した。
(え――なんでベルクートが?)
旅人然として目立たないが、その姿を見間違えるわけもない。
彼が城を空けるのは珍しい。
もっとも、今日はあんなことのあった後だから、もう声がかからないと判断したのか。
何故こんなところに、という興味から、自然とこっそりと追う形になった。
何度か振り返られて、ひやりとする。
その姿は、ともすれば人波に紛れてしまい、何度も見失いそうになってしまう。
(つか、尾けてるの、絶対ばれてるな。気配消してやがるっ)
(どこに行くんだろう)
次にその姿を見つけたのは、取引中の貿易品が並ぶ倉庫の前だった。
荷物を数えて首をかしげていた役人が、その場から離れた時、倉庫の一つに姿が消えた。
一体、そんな場所に何故……。
ロイが止めるのも聞かずに後を追った王子は、薄闇の中で目を凝らす。
刹那、横から伸びた手が、その身体を捕らえた。
(もご……っ!)
(何者だ。何故後をつける?)
耳元で聞こえた、押し殺した低い声。
(むーむー!)
(王子さんっ!)
(え……ロイ君? まさか、殿下!?)
その小さな騒ぎに、倉庫の奥から声が上がった。
「誰だ!?」
「ちっ、見つかっちまったか!」
片方は、よく知っているものだった。
逃げ出そうとする気配に、王子とベルクートが呼びかける。
「ログ、待て!」
「……待ってください、ログさん!」
「ひえっ!? その声は……王子さん!?」
どんがらがしゃん、と荷物が崩れる音が、彼らの逃亡が失敗したことを知らせてくれた。
運ぼうとしていた酒瓶のケースだけは死守したらしく、オヤジ二人が情けなく床に倒れていた。
「あきれた。こんなところで闇取引だなんて」
「かーっ、せこいなぁ」
「……勘弁してくだせぇよ。ほら、戦争になってから他の国から、なかなか品が入ってこないじゃないすか。時々はこうやっていい品物をですなぁ……」
「ログさん」
なんとか弁解しようとするログに、ベルクートが真摯に訴える。
「キサラさんが心配していました。こんなことでログさんに何かあったら……キサラさんと、ランさんが悲しみます」
「う……」
「あなたもです。倉庫の検品をしていた人が、荷物数があわないことに気づいていますよ」
「さすがに、そろそろやべぇか……」
いい歳をした男たちは、上段から叱られたり罰せられようものなら反抗しまくるのだろうが、真面目に諭されることは慣れていないらしい。
決まり悪そうに、二人して小さくなってしまった。
今回限りで止めることを厳重に約束させ、王子一行はハーシュビルを離れたのだった。

***

スピナクスへ戻る船の中。
並んで、夕闇に染まる河の流れを眺めながら、王子は尋ねた。
「どうしてここに?」
「殿下が、何故ハーシュビルへ行こうとしていたのかを考えて、キサラさんのことを思い出しました」
先日たまたま立ち寄った酒場で、王子はキサラから相談を受けていた。
夫がまた何か危ない橋を渡っているようだ、と。
「酒場のマスターに尋ねましたら、今日辺りまたカナカンの酒が入ると言ってました。この戦時下で、他国の高価な酒が入るのは軍でしょう。カナカンから近く、ログさんが船で行ける軍港と言えば、このハーシュビルではないかと」
「うん」
「港から後を尾けられていると気づいたのですが……まさか殿下とロイ君だったとは。あそこがログさんの取引場だったのは、偶然ですよ」
「つか、そこまで分かってたんなら、最初から二人で行きゃーいいじゃんか」
なんでバラバラに行動した挙句、尾行や捕り物もどきまでしないといけなかったのだ。
ロイがあきれて言うと、王子は口を尖らせた。
「だーかーらー、ぼくはここに来ようとして、ビッキーに頼んで、森に……森――」
あ、しまった。
せっかく忘れてたのに。
ロイが気づいた時には、暗雲が二人にまたどっかりと乗っかっていた。

***

「なぁ、母ちゃん。機嫌直してくれよ。……ほれ、この酒! 喜ぶと思って手に入れてきたんだぜ!」
ログは手にした酒瓶を差し出したが、キサラの目はますます冷たくなるばかり。
王子たちが入ってきたのに気づいたのは、彼女が先だった。
「王子殿下。うちの馬鹿亭主がまたご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。ちゃんとしつけておきますから……!」
「ひ、ひいいい、母ちゃん、勘弁してくれぇ!」
「お黙り!」
首根っこを掴み、ずるずると引きずっていく。
ログの悲鳴が長いこと尾を引いていた……。
すさまじい夫婦を、ベルクートは呆然と見送る。
「ログさんも、昔は密輸とか牢獄破りとか凄かったそうですが……そんな人でも、結婚するとああなってしまうんでしょうか」
一番危なそうな奴が何言ってやがる。
とはロイのつぶやき。
君もね。
とは王子のつぶやき。
ラフトフリートの名物夫婦に平和(?)が戻ったことに安心した後、ロイがリンファに捕まり、王子がエグバートに捕まった。
「殿下、私はこれで失礼します」
退出の挨拶をした剣士を、王子は呼び止めた。
チェッカーの駒を並べながら、言葉を捜す。
「宿題の締め切りだけど」
「殿下が先行ですな!」
「……五年後にしとくから」
エグバートの声にかき消されそうな小声だったけれども、ちゃんと届いたらしい。
「ありがとうございます」
いつもと変わらぬ静かな声。
振り返らなくても、あの穏やかな笑顔が見えるようだった。
ほっとして、上機嫌で駒を進め始めた王子に、ロイがこっそり耳打ちした。
「おめーは期限延ばして安心させたつもりかもしれないけどよ」
「?」
「この先五年、暗雲背負わせたんじゃね?」
「…… orz」

その日のチェッカーは、王子の惨敗だったらしい。





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子供の頃に形成されるコミュニケーション能力というのは、大人になってもものすごくひきずるそうです。
まさに、三つ子の魂百まで。

幻水Vのキャラ設定を見ると、サギリさんやリヒャルト君が特に痛々しいですね。
二人とも、何も知らない人から見ると、辛いことなど知らないような笑顔……なのが、さらに切ない。
現在は暖かい『家族』のそばにいられることが、嬉しかったです。
リオンは比較的早めに、王家の暖かい家族の一員になれたから、あの笑顔を持てるようになったのかな。
王子を護るというのも、自分の場所とイコールになっているからでしょうし。
……ってちょと待て、18まで闘技奴隷で、今だに『この人』がいないベルクートさんが何気に一番不幸じゃないか!?(こら)

……現実世界で、彼らに近い生き方を余儀なくされている子供たちがいることも真実。
彼らの未来が幸せであることを祈ってやみません。


ところで。
うちのベルクートさんはちゃんと王子のこと、特別に大切に思ってます。
王子が「他の人にも同じように接してるんだ〜」と思い込んでいるだけで。
その境は非常に微妙ですが(笑)。


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