波が綴った空への書簡
いつも通り、外から戻った王子は、目安箱に入った手紙をざっと眺めていた。
長い文章もあれば、残念ながら読めない足跡つきの用紙も混じっている。
自分が留守にしている間の仲間たちの様子や、困っていても直接訴えられない者の意見など。
それらを知ることができることもありがたかったが、何よりも彼らの文字で伝えられる言葉が嬉しかった。
その中の一枚が目にとまる。
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『玉子ちま』
おれわ 玉子ちまの 力に なろゼ
ラソのヤシにわ まけぬえゼ
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「玉子?」
何の間違いかは、すぐに分かった。
少し笑ってしまったのは決して馬鹿にしたわけではなく、似ている文字なだけに、本人の努力ぶりが分かるようで微笑ましかったからなのだが……。
部屋の前で読んでいたのがまずかった。
「あーーーーーっ!」
大声を上げたのは、たまたま通りかかって覗き込んだランだった。
「王子さま、うちのアホが馬鹿な手紙書いてほんとごめんよ!」
「いや、意味通じるし、別に……」
大丈夫だよ、と言おうとしたのだが、ランは止まらない。
手紙を王子の手から取ってしまい、さらに言い募る。
「スバル、文字が分かんなかったら、先に聞けよ! ラフトフリートの人間は、読み書きもできないのかって、みんなが恥かくだろ!!」
びしっと指差した先には、彫像を置くための大きな台がある。
その後ろから、悲鳴のような声が上がった。
「う、うっせーな! 少しくらい違ってたっていいじゃねぇかよ!」
どうやらスバルは、自分の書いた手紙の行方が気になって隠れていたらしい。
「これのどこが「少し」なんだよっ! 手紙ってのは相手に通じなきゃ意味がねぇだろうが!!」
「オレは王子さまに書いたんだ! てめえじゃねぇ!」
スバルが、ランから手紙を奪い取る。
「だから、王子さまが分かるように書かなきゃって言って……ああもう、行っちまった! 待てよ、スバル!」
「あの、二人とも……ああ、行っちゃった――」
ケンカモードに入ったあの二人を止める気力は、休憩前の身には残っていなかった。
***
湖への降り口。
スバルは、いつもの釣り場から離れ、湖のほとりで膝を抱えていた。
風に飛ばされてきた紙を受け止めて、ベルクートはそれを持ち主に差し出した。
「はい、スバルさん」
しかし――。
「……そんなもん、もう捨てていいんだよっ!」
「せっかく書いた手紙でしょう?」
「いいんだよ! ちくしょう、ランの奴……」
よほど悔しかったのか、落ちている石を拾い上げては湖に投げつけている。
「スバルさんはおいくつでしたっけ」
「16だけど――、あ、あんたも馬鹿にしてんだろ! いい歳して文字も書けないって……」
激昂しそうになるスバルの隣に座って、ベルクートは笑った。
「私は18まで、読み書きまともにできませんでしたよ」
「う――うそぉ!?」
「本当です」
その必要性も、教えてくれる人もない場所にいたからなのだが……それは言わずにおく。
「あなたはまだ2年もある。大丈夫な気がしませんか?」
「う、うーん……」
「それにスバルさんの書いた手紙は、全部「似ている字の間違い」ですから、元の文字を分かっている証拠です。すぐに覚えられますよ」
「そ、そうかな――」
やはり正しい文字を書けていなかったことは、彼女なりに気になっていたらしい。
しばらく考えた後、そうだ、と目を輝かせた。
「この手紙の間違えてるとこ、あんたが教えてくれよ! 直して王子さまに持ってくからさ」
だが、ベルクートは首を横に振った。
「私ではない方がいいでしょう」
「え、それじゃ誰に……」
「ランさん」
きっぱり言われて、スバルは絶句した。
よりによって、一番避けたい相手の名前を出すなんて。
「あいつが教えてくれるわけないじゃん! オレの手紙を馬鹿にしやがったのはあいつなんだぜ!」
「あれは、文字が分からなかったら聞きにおいで、と言っていたのですよ。……言い方は悪かったですが」
「んなわきゃねぇ! あいつとオレとはライバルで……」
「ランさんは、昔はよく遊びに来てたのに、と寂しがってました。キサラさんとログさんは、あなたのことを、家族だと言ってましたね」
スバルは、ぐっと反論につまる。
「だまされたと思って、行ってみませんか?」
にこりと微笑まれると、スバルはもう言い返すことができなかった。
***
スバルは、ラフトフリートの面々が集まる部屋の前に来ていた。
入ろうか、入るまいか、先ほどからうろうろと迷っている。
そしてついに。
決闘でも申し込むのかという表情で、ドアを叩いた。
「はーい、誰……」
「おい、ラン!」
「スバル!? なんの用……」
ケンカの続きで、とうとう乗り込んできやがったか、と身構えるラン。
しかし――。
「こ、こここ、この手紙の文字……教えてくれ! 頼む、この通りだ!!」
気合を入れすぎて緊張したのか、土下座でもしかねない勢いで頼まれ、かえってランの方が慌てた。
「なっ――!? ば、ばか、そんくらいで何大げさなこと言ってんだよ! そのくらい、あったりまえだろ!? ほら、中入れっての!」
「おや、スバル。久しぶりだね」
「おー、よく来たな!」
「もうすぐ夕飯よ。一緒にどう?」
ラージャとキサラ、そしてログの声は、家族に向けるのと変わらぬ暖かさにあふれている。
「おい、スバル! メシの前に、手紙やっつけるぞ!」
「おお、かかってこい!」
「おめーがかかるんだよ!!」
その日、ラフトフリートの部屋は実に賑やかだった。
***
翌日。
目安箱に、また一通の手紙が届いていた。
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『王子さま』
おれは 王子さまの 力に なるぜ
ランのヤツには まけねえぜ
・・・これでいいんだろっ!!
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「昨日の手紙も可愛かったのに」
修正された手紙を眺めて、王子は苦笑した。
ちょっと残念。
「ところで」
がしっと、隣に居る青年の腕をつかむ。
「ベルクートはいつになったら手紙くれるのかな?」
ヤブヘビ。
「わ、私はお見せできるような字ではありませんから……」
「スバルには書けと言っといて、自分はそういうこと言うわけ?」
「毎日、こうしてお会いしてるじゃありませんか」
「手紙ってまた別物でしょ。ねー、手紙ー」
その後。
困り果てたベルクートからの手紙が入っていたが、王子は「手紙まで人のことなのか」とおかんむりだったらしい。
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ベルクートさんからの一通目は、シンロウさんのことでした。
二通目は、シュン君の話題で、微笑ましくもあり、切なくもあり。
昔は半ズボンだったの?とか(違うから)。
三通目は、キルデルクと一騎打ちできなかった時にだけ発生するもの。
(彼には珍しい、ちょっと恨みがましい文面に苦笑……きっとリヒャルトに取られたんだw)
意見とか、要望とか読んでみたかったなー。
……現状満足なのでありませんとか言われそうですが。
そういえば、マリノとハヅキの手紙は、二通がベルクートさんがらみなのに、ベルさんからは二人についての手紙はないんですね。
このすれ違いっぷりがなんとも――。
ところで、目安箱の手紙は、話題の該当者がいなければ投函されませんが、オボロさんの調査書ってどうなるんでしょう。
リヒャルトの調査にあるベルクートさんの意見とか。
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