願うはただ、抜かずの剣
「ベルクートさん、オレに指南つけてください!」
ストームフィストで合流したシュンが、憧れの先輩を捕まえて熱心に頼み込んでいた。
普段であれば、指南役にはゼガイがいるし、城で剣を抜くつもりはない、と断るはずだった。
王子もそれを知っているので、がっかりするシュンをどう慰めようかと考える。
しかし、珍しくベルクートは即答しなかった。
「……殿下、ソルファレナでの戦いには、やはりシュン君たちも参加していただきますか?」
「うん、そのつもりだけど」
「そうですか――」
しばらく考えて、うなずく。
「シュン君。私の知っているだけの防御技をお教えします。時間がありませんので、手加減できませんが、それでもよろしければ」
「ホントですか!? お願いします!!」
飛び上がらんばかりに喜ぶシュンを、王子は少し悔しそうに眺めていた。
***
実際、容赦がなかった。
ほとんど足を止める間もないほどに、剣だけでなく、短刀や槍などへの対処法を叩き込む。
油断しているわけではないのに、幾度となくシュンは急所を捉えられていた。
実戦を潜り抜けてきた格の違い。
寸前で刃を止めると分かっていても、見ている者たちは冷や汗をかく。
そのたびにベルクートは、今の攻撃はどのように防げばよいのか、また、対する武器の弱点を丁寧に教えている。
直接生死に関わるとあって、シュンも、それを取り巻く者たちの表情も真剣だ。
二刻近く、そんな手厳しい修練を受け、ようやく終了を告げられたシュンは、
「ありがとう……ございましたっ!」
言うなり、その場に大の字にひっくり返ってしまった。
しかし、満足そうな笑顔だった。
木陰を作る大樹の下に座り、ベルクートは少し安心したように言った。
「シュン君は飲み込みが早いですから、今日見せた攻撃は全部かわせるでしょう」
「いいなぁ……」
ぽつり、と王子が呟く。
「ぼくも教えて欲しいんだけど」
「ご冗談を。殿下はいつも隣でご覧になっているでしょう。今日の防御方法など、すでに把握されているはずですよ」
「……直接手合わせするのとは違うと思う。それに、ベルクートがこんなに色々扱えるなんて知らなかったし」
「防御するためには、相手の武器を知らないと厳しいですからね」
「ぼくも手合わせして欲しい」
食い下がる王子に、ベルクートは苦笑する。
「いくら訓練でも、殿下に刃を向ける、わけには……」
そこまで言って、ことんと眠ってしまった。
うまく逃げられたようで、王子は更にふくれかえる。
「あら、剣士さんは無用心だこと」
教練の場となっている広場には似合わない、色っぽい声が響いた。
「そんなに仲間を信頼しすぎると、食べられちゃうわよ?」
(ジーンさんになら食われてもいいっす)
と言いたげな男性陣が、額の汗をふいてもらっている剣士を、うらやましそうに眺めている。
ジーンがここに来るとは珍しい。
何か用でも、と王子が尋ねようとした時。
黒い大きな影が傍らに立った。
王子は振り返り、その人物を見上げる。
ゼガイも来たの、と声をかけようとして、ぎょっとした。
迷いもなく振り下ろされたのは――大槍。
足元にいる者を両断する勢いで。
――ギィン!
鞘のまま掲げられた剣が、槍の一撃を受け止めていた。
「……私はもう動けませんのでご勘弁を」
薄く目を開けたベルクートが、いきなり攻撃をかけてきた人物に力なく微笑む。
だが、ゼガイは武器を収めようとはしない。
「この程度の訓練で、余力を残していないわけがないだろう。――立ち合え」
「お断りします。貴方と戦う理由はありません」
「俺としては、強い者と対戦すること自体が理由だが」
足元の剣士に動くつもりがないと見て取ると、ゼガイは何事かと二人を見比べていた王子を、後ろからひょいと抱え上げた。
「どうしても理由が必要だと言うのなら――これならどうだ?」
槍を引き、そのまま穂先を、王子の首元へ。
さすがに表情がこわばる。
「ゼガイ殿……冗談で済むことと済まないことがあります」
言いながら、ベルクートは妙な感覚に戸惑ってた。
目の前にいるのは確かにゼガイだ。
姿は認識しているのに、別人のように見える。
ゼガイが、王子殿下に刃を向けることなどありえない。
ならば、あれは誰だ?
殿下に仇なす者であれば、ソレハ――
敵……ソウ、敵ダ――!
剣を引き抜き、立ち上がる。
その手から――鞘が落ちた。
「かかったな。……すまなかった、危ないから離れておけ」
滅多に表情を変えぬゼガイが、満足そうに確かに笑った。
首元に当てられていた槍の穂先はあっさりと外され、ぽい、とばかりに放り投げられる。
「王子様っ!」
あわてて駆けつけてきたシュンの前で降り立ち、顔を上げた時。
打ち合わされた剣と槍が、火花を散らした。
***
シュンは、繰り広げられている、訓練とは到底思えない戦いに呆然としていた。
尊敬している二人、ゼガイとベルクートが一体何故?
ゼガイは、よくも悪くもいつも通り、黙々と槍を振るっている。
問題は――。
「ベルクートさん、様子がおかしいですよ! どうしちゃったんですか!?」
王子に刃を向けられて頭に血が上った……などというレベルではない。
完全に敵に向ける鋭い目。
続けざまに繰り出される攻撃は、先ほどまでシュンと対戦していた時とはまったく違う。
一撃でもかすめれば、その瞬間に勝負が決まるほどの裂帛の気合。
人を傷つけることを嫌うベルクートが、これほどまでの殺気を見せることは、戦場でも滅多になかった。
「あれは、もしかして――」
息を飲んで見守っていた王子が、呟く。
あの様子には、見覚えがあった。
人を殺すことをなんとも思わず、さらに自分の身すら省みない、狂気的な攻撃性。
――幽世の暗殺者たちと同じだ。
「ジーン……さっき触った時に、狂戦士の封印球を使ったね?」
「あら、もうバレちゃった?」
ふふ、と色っぽい美人が笑った。
「本人が嫌がってるのに、ひどいじゃないか、早く外して!」
「こんなに離れた状態じゃ、無理ね」
「そんな!」
それに狂戦士の封印球は、個人の紋章を持つ者には使えないはず。
何故、ベルクートに宿すことができたのだろう?
「あの状態で、はやぶさの紋章を使ったりしたら、ゼガイだって無事じゃすまないじゃないか!」
「紋章は使わないわ。少なくとも、当分は」
「え?」
「あれは反動が大きいから、次の行動に支障が出るでしょう。相手を確実に倒せる時でないと」
逆にいえば、あと一撃で倒せると判断すれば、使うということだ。
「封印球を少しいじってみたから、出来を見てみたかったのだけど……これは予想以上ねぇ」
完全に実戦としか見えない切りあいを前にして、ちょっと困ったように笑った。
「本気でやりたいというのが依頼主の要望だから、これでいいのでしょうけど」
依頼主が誰かなど聞くまでもない。
無表情なりに嬉々として槍を振り回している者に決まっていた。
***
本気で対戦したかったとは言っても、さすがに致命傷を与えるわけにはいかない。
歯止めがかかっている分、ゼガイの方が、若干、分が悪い。
迷いのない攻撃の前に、少しずつであったが、押され気味になっていた。
重い一撃を受け止めた時、ゼガイがわずかに足をすべらせた。
体勢を整えるために一瞬動きが止まる。
その隙を見逃すわけがない。
ベルクートの右手の紋章が光を帯びた。
「はやぶさ……使うつもりですよ!」
避けられぬと見たゼガイも槍を構え直す。
互いに必殺の一撃を繰り出した、その刹那――!
「双方、そこまで! 武器を引け!」
鋭い声と共に投げられた三節棍が、二人の間に突き立った。
その場から飛びのき、とっさに剣を引いたベルクートの表情が、あきらかに変わった。
三節棍の向こうにいる相手を見、それがゼガイであることを認識する。
その視線が、周りを取り巻いている人々に流れ、ジーンで止まった。
再び、ゼガイに目を向ける。
しばらく恨めしげに二人を見比べた後、低くかすれた声で言った。
「ゼガイ殿、ジーンさん、今度こんな真似をしたら……私は――」
さすがのベルクートも腹に据えかねたか。
誰もが、許さない! という厳しい言葉を予想して息を呑む。
「泣きますからね!」
その場にいた大半ががっくりと脱力し、同時に「よかった、いつものあの人だ」と安堵のため息をついた。
言われた方にも、それなりに効果があったらしい。
「それは困るわね。城中の人が敵に回ってしまうわ」
「うむ」
そんなことになったら、周りが黙っていない。
「あれが脅し文句になるのですね、あの人の場合は……」
「うん」
血の雨を降らせかねない筆頭のダインと王子が呟く。
発動しかけた紋章を無理やり封じ込めたものの、反動だけはしっかりと食らったらしい。
その上、怪しげな紋章の力にひきずられた影響だろう。
シュンに渡された鞘に剣を収める余裕もなく、ベルクートはその場にぱたりと倒れてしまった。
「この紋章って一体?」
ベルクートの左手から、紋章を封印球に戻しながら、ジーンが微笑んだ。
「激怒の封印球に、狂戦士の封印球の効果をくっつけてみたの。激怒は発動が遅い上に効果が一度でしょう。効果が持続的な狂戦士を混ぜたらどうなるかしらと思って」
確かに効果は高かった。
敵味方の判別がつかなくなるという狂戦士の封印球の短所をしっかりと引き継いだ上でだったが。
しかも効果が切れた途端、昏睡状態では。
「そんな危険な物を、仲間で試さないでよっ」
責められても、くすくすと笑いながらジーンが続ける。
「あの封印球をつけるには、条件があったのよ。ただつけても、普通の状態じゃ、狂戦士の効果は気力で押さえられてしまうでしょうから……ほどよく疲れて、できれば眠りかけで、ついでに怒り状態だったら完璧」
「それで、いきなり切りかかったり、王子様に槍突きつけたりしたんですか」
普段、訓練後に動けなくなるような無茶を、ベルクートがするわけがない。
シュンの相手をした今日が、確かに千載一遇の好機だったのだろう。
それにしても。
「可哀想ですよ、ベルクートさん」
シュンの言葉に、相変わらず表情一つ変えずにゼガイが言った。
「こいつと本気でやりあえる最後の機会だと思ったのでな」
「え、最後って……」
「ソルファレナの最終決戦が終われば、この軍も解散だ。対戦する機会はなくなる」
「解散……」
その言葉に、シュンはちょっと寂しそうな顔になった。
ストームフィストで合流したシュンは、王子を取り巻く人々の数がこんなにも増えていたこと、そしてその一員になれたことを素直に喜んでいた。
戦いが長引くことなど望んではいないが、それでも仲間となった者たちと、早く別れることになるのが少し淋しかった。
「最後……そうか、だからベルクートさんも」
ここまで来て仲間が倒れること、特に参加して間もないシュンや闘技奴隷たちを心配して、手厳しい訓練をつけてくれたのだ。
「シュン、そう簡単に終わるとは思えないよ。まだ当分力を貸してもらうことになるから」
「は、はい!」
王子に微笑まれ、シュンはたちまち元気を取り戻す。
ついでに、にっこり笑って提案した。
「ところで王子様。俺、代りましょうか?」
「何を?」
「膝枕」
「……」
どさくさに紛れて、王子はお気に入りを独り占めしていた。
「少しくらいなら、私が代ってもよいぞ」
仕方のない奴だ、とハヅキ。
「いえ、それならあたし! あたしが!」
マリノが盛大に立候補。
「なんでしたら、私でも……」
何気にダインまで混じっている。
「全然平気だから交代しない」
わらわらと群がるライバルたちに、きっぱりと断る王子。
その騒ぎに、真ん中にいる者は何やらうなされているようだ。
「そもそも、膝枕をする必要性はあるのか?」
ゲオルグが放った至極まともな疑問は、完全に黙殺され、隣のカイルに「野暮だな〜」と大笑いされた。
熾烈な膝枕役争奪戦は、「俺がやろう」という一言でピタリと収まった。
それを止められる者は、一人としていなかった――。
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むしろ、起きた時の反応を見たいという好奇心に負けて、誰も止めませんでした!
いくらでも色っぽい展開にできる膝枕で、どうしてこうなってしまうのか。
さすが天暗星ってことで。
ごめん、ベルクートさん……。
敵の攻撃を受ける、かわすには、その攻撃方法を知らないと難しいと思うのです。
ですから、一番の得意は剣でも、一通りの武器の扱いは心得ているということで。
実際、合気道(私はこれしかかじったことありませんが)では、棒やナイフのかわし方、対処法を習います。
攻撃側をやらせてもらって、先生にころころ転がされるのが結構好きでした(笑)。
普段は温和で優しい大型犬でも、本性は狼。
けれど、牙を剥かずに済むのなら、それが一番の幸せ。
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