調べは菫色の夕闇に
ソルファレナは取り返したものの、太陽の紋章と、それを奪ったマルスカールの行方はようとして知れない。
今日も各地で情報を集めていたが、有力な手がかりはなく空振り状態だった。
手鏡を使って城のホールに戻った時、王子は、ベルクートが妙にそわそわしていることに気づいた。
いつもは、ルクレティアに報告するまでつきあってくれるのに。
「あとは報告だけだから……ここで解散にするよ」
「ありがとうございます、それでは」
遠慮するかと思いきや。
挨拶ももどかしく、ベルクートはその場から早足で去ってしまった。
自分で許したとは言え、あまりにあっさりと行ってしまったので、王子はむっと不機嫌になる。
まだその場に残っていたダインを手招き、耳打ちする。
「頼みがあるんだけど」
「はい?」
「ベルクートが、誰に会いに行ったのか……後で報告して!」
「了解しました」
超私用な依頼に苦笑しながらも、やはり同じことが気になっていたので、いさぎよく引き受ける。
王子が、カイルやゲオルグをひきずるようにエレベータへ向かうのを見送って、ダインは振り返った。
隊長を待ち構えていた騎馬隊の部下たちが、外への通路の脇で早く早くと手招きしている。
彼らも、王子を置いて駆け出していったベルクートが珍しかったので、様子を見ていたらしい。
中央の塔を囲むように作られた階段を上がった先には、吊橋。
その向こうは、宿屋のある円堂だ。
「やっぱり、マリノさんか、ハヅキさんなんですかね」
「そんなに会いたかったのかなぁ」
これ以上近づくと、単なるお邪魔虫になってしまうので、吊り橋前の柱に隠れて様子を見ることにする。
ベルクートに気づき、二人の娘の声が出迎えた。
「ベルクートさん、お帰りなさい!」
「おお、戻ったか。今日こそは勝負!」
「ちょっとハヅキちゃんったら。お夕飯の方が先でしょう!」
「何を言うか、私との勝負の方が先に決まっているだろう!」
にらみ合った二人の間を、
「お二人共、すみませんが――また後で!」
ベルクートは、軽く会釈しただけで通り抜けてしまった。
スルーしたっ!
「あれっ、それじゃ、一体誰のところへ」
「これより下って、誰がいましたっけ?」
慌てて追跡を再開する騎馬隊の面々。
わらわらと宿屋前に到達したので、マリノとハヅキが仰天する。
「な、何なの?」
「なんの騒ぎだっ!」
「どいてください、見失ってしまうじゃないですか」
「……ベルクートさん、早っ! もう一番下まで行ってますよ!」
いつの間にか加わっていたシュンが、手すりから乗り出して叫ぶ。
「ちょっと待て、私も行くぞ!」
「あ、あたしだって!!」
もうすでに、尾行などという状態ではない。
船着場のラフトフリートの者や、湖畔でくつろいでいたビーバーが、狭い円堂の階段を駆け下りる人間たちを、一体何事かと、眺めていた。
***
円堂の下層から一旦塔に戻り、離れの階段を下りてベルクートは足を止めた。
その先には、数頭の竜馬と、竜馬騎士団の代表的な者たちが集まっている。
「おや、良いところへ」
クレイグとラハルが笑顔で迎える。
「音合わせが聞こえたので、お邪魔しに来ました」
「丁度これから演奏を行おうと思っていたところです」
「殿下も、もうすぐ来られると思います。開始を待っていただいてもよろしいですか?」
「もちろんですよ」
目的は、竜馬騎兵団の笛の演奏だったのか。
階段の降り口で、ようやく追いついて団子状態になっていた者たちが、顔を見合わせて納得した。
湖側の広場に向かいながら、ベルクートが振り返る。
「皆さんも、いかがです?」
否やと言う者がいるはずもなかった。
***
「ありゃあ、見事に囲まれちゃってますね、ベルクート殿」
竜馬騎兵団が笛を披露すると聞きつけて、軍師への報告を終えた王子と女王騎士の面々も、広場にやってきた。
良く言えば両手に花、見ようによっては四面楚歌状態の剣士を見て、カイルが笑う。
彼の周りには、左にハヅキ、右にマリノ、後ろにセーブルの集まりやシュンが陣取っていて、近寄りにくい。
ベルクートの目的が笛の演奏であり、急いでいたのは王子たちが到着するまで開始を待ってもらうためだったと分かったので、王子の機嫌はかなり上向きになっていたのだが。
この状況に、たちまち急降下になっている。
「殿下」
気がついたベルクートが王子に声をかけた。
「場所、代わりましょう」
「いいから、そのまま座ってて」
立ち上がりかけるのを王子は止めた。
とてとてと、その前に駆けつけるなり、腰を下ろす。
――ベルクートの膝の上に。
「……座りにくくないですか」
「大丈夫だよ」
あっ! と言う顔をしている周りの者たちに、にこやかに勝利宣言。
「王子、やるなぁ。一気に形勢逆転だ」
「まったく。子供のおもちゃの取り合いか?」
ゲオルグは呆れるが、確かにこのささやかな広場は、これだけ見物人が集まるとかなり狭い。
これはいいチャンスと見たカイルが、早速傍らの娘たちに声をかける。
「はいはーい、リオンちゃん、ミアキス殿、俺の膝に座りませんかー」
すかさず、ミアキスがにっこりと笑う。
「カイル殿。ご希望の女の子ですよぉ?」
「にゅお?」
とん、と膝の上に乗せられたのは、ビーバー族のメガネっ娘。
「これもセットだぜ」
ロイが背中に置いたのは、ビーバー族のヘビメタ少年。
「ちょ、まっ、かじっちゃだめ〜っ!」
女王騎士服の端を握って、カジカジの構えに入った二人に、カイルの悲鳴が響き渡った。
***
演奏に一区切りついた時、観客側で座っていた少年が、はぁ、とため息をついた。
「オレ、いつになったら参加できるのかなぁ……」
「ニック君は、いつも熱心に練習しているじゃないですか。上手くなりますよ」
「だといいんですけど……。吹いてみます?」
周りが注目する中、ベルクートはニックに差し出された笛を口に当ててみたが……。
「だめです、音が出ません」
苦笑したところに、ラニアがひょいと顔を覗かせた。
「音、出てる。聞こえない音」
「そうなんですか?」
人には聞こえないが、竜馬たちに分かるという音がしているのだろうか。
改めて、いくつか指を動かしてみるが……やはり人間たちには聞こえない。
竜馬たちだけが、少し耳をぴくぴくさせていた。
「ぼくにも吹かせて」
ベルクートの手から、王子が笛を取った。
同様に吹いてみるが……やはり人間たちには分からない。
「やっぱり聞こえないね」
「……音、出てる。綺麗で面白い呼ぶ音」
ラニアの言葉に、王子はベルクートをちらりと見上げた。
「来るかな?」
「どうでしょう」
その会話を周りが不思議に思っていると……
「わっ!?」
背後から何かに飛びつかれて、シュンが叫んだ。
何々と言いたげな顔で、ドレミの精たちがわらわらとやってきていた。
その後ろから、コルネリオが走ってくる。
「この凡俗! ドレミの精を呼び出したのはお前か!!」
笛を持っていた王子に、指揮棒を突きつける。
しばらくの間、自称稀代の大天才はぜいぜいと息を整えていたが、いきなり矛先を竜馬騎士団に向けた。
「おい、凡俗ども! 今の曲をもう一度やるのだ!」
何故言うことを聞かなくてはならないのか分からないが、当然のように命じられると、苦笑しながらもつい従ってしまう。
団員たちの笛の音に、ドレミたちの奏でるオーケストラ風の音が重なった。
コルネリオは、性格も存在も問題有……いや、多少性格に問題はあるものの、やはり天才なのには間違いないようだ。
笛だけの素朴な音も素晴らしかったが、さらに引き立てて聴衆を魅了する。
最後の曲は、今まで城で聞いた中でも、一番の傑作であった。
観客たちからの大喝采を受け、竜騎兵団の面々が優雅に挨拶する。
拍手の音がようやく止んだ後、コルネリオが改めて王子に指揮棒を突きつけた。
「この凡俗、勝手にドレミを……」
叫び始めた名指揮者に、王子がまた笛を吹く。
ぴん、と耳を立てたドレミたちが、今度は城の方に吹っ飛んでいく。
「この、凡俗、がああああぁぁぁぁぁぁ……」
追いかけるコルネリオの声も遠ざかり、やがて消えた。
ニヤリとする王子に悪魔のカギ尻尾が見える気がする。
「ありがと、ニック」
「一体どうやったんですか、王子様」
返してもらった笛を眺め、そんな効果があっただろうかと首をひねる。
「最初は、名前の音を吹いたんだ。今は、名前の逆」
「それでラニアちゃん、呼ぶ音って言ってたんですねぇ」
「よく思いつきましたね、王子」
感心するミアキスとリオンに、
「ベルクートがレミファを呼んだんだよ。ぼくは真似しただけ」
「前に口笛で、来てしまったことがあったんです。笛なら遠くでも聞こえるかと思いまして」
「おかげですごい曲が聞けたよ、ありがとう」
「リムスレーア様も楽しんでいらっしゃると良いのですが」
「そうだね……って。え、リム?」
何故そこで、妹の名が出てくるのか。
周りの者たちも驚いていると、ベルクートは離れの二段上の東屋を見上げた。
そこには、いつの間にかお茶を飲みながらくつろいでいる軍師と、にこにこ微笑んでいるハスワールと……ソルファレナにいるはずの、リムスレーアがいた。
顔をこわばらせて下にいる彼らを眺めていたが、とうとうこらえきれなくなって、爆笑した。
「そなたら、面白すぎるわ!」
歳相応の明るい笑い声が、菫色の夕闇に染まった湖に、こだましていた。
その夜、王子はこっそり妹に、「何が面白かったのか」を聞きに行った。
リムスレーアは威厳を持って、「全部じゃ!」と笑い転げたのであった。
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城にリムが内緒で遊びに来てました。
まだ太陽の紋章の問題が残っているので、安心してはいけないのですが。
それでも、ようやく兄と再会し、自由に外に出られるようになった。
今まで、たった一人でがんばってきたリムにどうか本当の笑顔を!
――微笑を通り越して、爆笑させてしまいました。
(きっと一番ウケたのは、兄上の子供っぽい焼餅の図)
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