我が求むるは自由なる流れ 壱
「リオンちゃん……アレ、誰?」
「――ベルクートさんです」
こそっと指差した先を見て、リオンが答えた。
だが名前を言われても、カイルにはぴんとこない。
「どちらさん?」
「カイルは闘神祭、留守番だったから会ってないんだねぇ。リムのだんなになるかもしれなかった奴だよ」
「へ!? ……ああ、闘神祭の決勝の――」
サイアリーズの言葉に飛び上がりかけ……ようやく納得する。
その話は聞いていた。
貴族たちの用意した出来レースであったはずの闘神祭で現われた、無名の剣士。
大方の予想を裏切って決勝まで残ったが、「誰か」が仕掛けた罠で敗れたのだとも。
「さっき、ヤシュナ村でばったり再会したのさ。闘神祭での礼がしたいって、その場であの子の側につくと決めてくれたんだ」
彼らと一緒に戻ってきた王子は、ざっと城内を案内して回り、今は作戦会議室となっている大広間で軍師に引き合わせていた。
「ストームフィストで二回ばかり会っただけなんでしょう? それにしちゃ……」
やけに親しげではないか?
この本拠地を得てから、順調に仲間や志願兵が増えていたが、王子自らがそこまですることは滅多にない。
まして、あんな無防備な笑顔を見せるなど。
「まぁ、色々と印象が強かったからね。後ろ盾なしで参加してたことで、義兄上も目をかけてたし。それに――」
ねぇ、とサイアリーズとリオンが顔を見合わせて笑った。
「何々? なんですかー?」
「仲間になるって決めた時、あいつは「自分の剣を捧げる」って誓ったんだよ。それなりに仲間も増えてきたけどさ。あの子自身のために戦うと言ってくれる奴は少ないから、やっぱり嬉しかったんだろ」
「オレだって王子に剣を捧げてるのにぃ」
「カイル……あんた、何人に同じこと言ってるんだい?」
「えー、そんなに多くないですよ。アルシュタート陛下でしょー、リムスレーア様でしょー、サイアリーズ様でしょー」
太陽宮にいたおつきの女官や、町の娘たちまで指折り数え始めたカイルを、サイアリーズがどつく。
「あの子も、闘神祭ではあいつの志を聞いてから随分入れ込んでたしね」
「志?」
「あいつは奴隷制度を完全撤廃したいって、騎士長の座を狙ってたんだ」
「ご自分が傷ついても決して引かないのに、巻き込まれた女性を助けるために嘘をつき通したり……とてもいい人なんです」
「ほー……」
女性陣の反応が上々なのに対して、だんだんカイルの反応が鈍くなってくる。
しばらくして。
「でも、結局権力狙いだったってことですよね。それって本当に「いい人」なんですか?」
カイルは、妙に険を帯びた声で呟いた。
「リムスレーア様のこと、全然考えてないじゃないですか。そんなの、ゴドウィンとあまり変わりな……」
「カイル!」
いつの間にか近くに来ていた王子が一喝した。
「叔母上、一体どういう説明したの?」
「あー……奴隷制度撤廃のために、闘神祭に参加したってことだけかな」
「そんなに話をはしょったら誤解されるよ」
サイアリーズに軽く膨れ面をして見せた後、王子はカイルに向き直った。
「ベルクートはあの時、自分の目的のために挑戦することをすまないと思うって謝ってくれたよ。自分は制度に少しでも関われる立場になれればいいだけだから、辞退できるようであれば、話し合って決めるべきことだって」
「へぇ、ご立派なことで。でも、負けちゃって、しかも王家のごたごたが起こったら、さっさと身を隠しちゃったわけでしょ。それに、王子が城を手に入れた途端に参入するって、タイミングよすぎませんか。もしかして、ゴドウィンに買収されて、ここに……」
「カイルっ!」
あまりの言葉に、王子は思わず三節棍を引き抜いた。
もちろん、力をこめてなどいなかったし、直前で止めるつもりだった。
ただ、それほど怒っていることを知らせたかった。
きちんと話もしないうちに、そんな疑いの目で見るなど、カイルらしくもない、と。
だが、得意の得物は中空で止まった。
軍師と話していたはずのベルクートが、三節棍を受け止めていた。
「――殿下、たとえ本気ではなくとも、味方に武器を向けてはいけません」
王子を、正面切って叱る人間がいるとは。
「……そ、そうだね、ごめん」
素直に王子が武器を納めたことが、カイルには、さらに面白くない。
助けられた形になったことも気に食わなかった。これくらい、いくらでも避けられたのに。
「おありがとうございましたっ」
「カイル、何、その言い方!」
王子の声にもそっぽを向いてしまったカイルに、ベルクートは略式の礼を取る。
「女王騎士殿。お疑いはもっともですが、私は誠心誠意、王子殿下にお仕えする所存です」
「あ、そう」
「こら、カイル」
「カイル様っ!」
形勢悪しと見たカイルは、その場から足早に立ち去ってしまった。
後を追おうとしたベルクートを、サイアリーズが止める。
「放っときな、拗ねてるだけだから」
「しかし……」
「気にしなくていいよ。明日になれば、ケロっとしてるさ」
元々人懐こいカイルの性格ならば、ベルクートの人となりを知れば、あっさりといつもの態度に戻るだろう。
王子もリオンもサイアリーズも、あまり大事とは考えていなかった。
***
驚いたことに、数日経っても、カイルは顔を合わせるたび、ベルクートにつっかかっていた。
王子がベルクートをかばうものだから、さらに機嫌を損ねる悪循環。
さすがに人前で争うようなことはなかったが、不自然な空気が漂うようになってしまった。
そんな折、レルカーへ向かわなくてはならない事態が発生した。
カイルはレルカーの出身であり、昔の知り合いもいることから、当然同行者として選ばれた。
久しぶりに、王子やリオンやサイアリーズといった大好きな面々と出かけられるとあれば、足取りも軽くなろうというもの。
お忍びということで、普段の女王騎士姿とはまったく違う服に着替え、カイルは上機嫌であった。
――もう一人加わると分かるまでは。
王子が、ベルクートをどうしても連れて行くと言い張ったのだ。
女王騎士ザハークが率いる船団が近づいている以上、軍単位での戦闘となる確率も高い。
信頼できる腕の立つ者を近くに置きたい、というのも理解できる。
剣を捧げるとまで誓った剣士は、頼まれれば断る理由もない。
そんなわけで。
レルカーへ向かう船の上、カイルはどんよりと暗雲を背負っていた。
故郷がどのような状況であろうと、船旅の間は大好きな人々と楽しく過ごせるはずだったのに。
「カイル殿」
船尾で一人淋しく水面を眺めていたカイルに声をかけたのは、よりによってあの剣士。
「何か用ですか」
猫だったら、背中の毛を逆立てて、ふーーっと威嚇でもしていそうな顔で、カイルが睨む。
その様子に、ベルクートは寂しげに苦笑する。
「私のような素性の知れぬ者が、王家の方々の近くにいること、ご不快であると思います。……ですが、私はカイル殿とお会いできることを楽しみにしておりました。まともにお話もできないうちに、理由も分からず嫌われるのは――正直辛いです」
その言葉に、さすがにカイルの表情が決まり悪げになる。
「オレに会う? どうして――」
「皆さんが貴方のことを信頼できる方だと話されていました。王子を軽んじる者が多い中、一個の人間として認めてくれた大切な友人であると。それに、ソルファレナが陥落した際、身を挺して助けてくれた、立派な騎士だとも」
真顔で褒められて、声もない。
これが、媚びを売るための口先だけの世辞であれば、鼻で笑ってやるところなのだが。
相手の真剣さが見て取れるだけに、理由もなくつっぱねている自分が小物に思えて嫌になる。
元より、この剣士に悪いところがあるわけではないのだ。
自分が知らない間に、大好きな人たちに気に入られている者が現れたのが、ちょっと悔しかっただけで。
なんと答えたものか、迷っていた時――。
急流に入ったのか、船ががくんと揺れた。
甲板はところどころ水に濡れている。
カイルはよろけた拍子に足をすべらせた。
ごん、といい音が船に響き渡る。
「〜〜〜〜っ!」
「カイル殿!」
思い切り、背後の積荷の角に頭をぶつけてしまった。
「動かないでください」
抱え込んでいた頭に、そっと手が添えられる。
冷たい布を当てられたような心地よさ。
痛みが引いていく。
(……水の紋章?)
戦士が、回復重視の紋章を持つのは珍しい。
武勇のみを誇るのであれば、攻撃力の補助を選ぶはず。
それが、こんな通常時に当たり前のようにつけているということは、自分のためではなく、あくまで他人のため……。
はぁ〜っと、カイルは大きくため息をついた。
――本当は、最初から分かっていた。
裏表のあるような人間に、王子があれほど懐くはずもないのだから。
ここら辺で、覚悟を決めよう。
「……ベルクート殿」
「はい」
「ホントに、すんませんでしたっ!」
いきなり頭を下げられて、ベルクートはきょとんとしている。
……ちょっと可愛いかも。
「今までのは、オレが勝手に拗ねて当たってただけです。……今更こんなことを言えた立場じゃありませんが、許してもらえますか?」
「許すもなにも、カイル殿は別に何もしていないですよ」
確かに、切りかかるとか暴言を吐くとか、そういったことはしていないのだが。
顔を合わせるたびに、睨んでいたのは間違いないわけで。
それを本当に気にしていないらしいことが、カイルには驚きだ。
自分だったら、一発ぶん殴って、それで忘れようとか言い出しただろう。
「あ――ただ、一つだけ」
「はい、何でしょう!」
やっぱりぶん殴られるか、と背筋を伸ばす。
「殿下と仲直りしてください。――貴方と言い合いをした後、王子は本当に悲しそうな顔をなさってますから。お願いします」
まさか、そう来るとは思わなかった。
ああ、もう。
本当に敵わない。
いつ誰が敵に回るか分からない世の中で、このまっすぐな性格では生きにくいだろうに。
無条件で信用できる人間というのが、どれだけ貴重なことか。
この人が、王子の味方についてくれてよかった。
なんだか、今まで意固地になっていた分、色々とこみ上げてしまって。
「カイル殿?」
座り込んだまま沈黙した女王騎士に、戸惑った心配そうな顔で、まだ痛いのですか? と尋ねてくる。
だめだ、ホントに可愛いかも。
「そこの二人、なーに男同士でいちゃついてんだい?」
「やだなー、オレの心はいつだってサイアリーズ様のものですよー」
「カイル?」
また何か一悶着起きたのでは、と心配そうな顔をしている王子に、カイルはニヤリとした。
「王子。オレもベルクート殿のこと気に入っちゃいました。独り占めしないで、オレにも分けてください」
言うなり、王子をからかう時のように、ベルクートをぎうーーと抱きしめる。
「はあ!?」
積荷を飛び越えて駆けつけた王子が、カイルとベルクートを見比べる。
本当にカイルから、これまでのような敵意が消えていることを確認して、ほっとする。
そして。
二人の間に手をつっこむなり、べりっとばかりに引き剥がした。
「王子〜、そんな思い切り良く、ひっぱがさなくても」
「カイルがくっつくと、女好きが伝染るような気がする」
「なんですか、それ。ひっどーーい」
これが「いつも通り」なのだろうというじゃれ合いを、ベルクートはようやく安心した笑顔で見守っていた。
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「ベルクート殿なんて、嫌いだー!」なカイル君でした。
108☆もいるのだから、一人くらい、ベルクートさんに反発する人間もいるはずだ!
とは思っていたのですが、カイルがこんなにはまるとは(笑)。
今まで、遺跡とか遺跡とか遺跡とか(←相当倒れたらしい)、
あんなにがんばったのに!
いきなり現れた奴に、なんで王子がなついてんの!?
……と、面白くなくて拗ねまくり。
でも、やっぱりベルクートさんには勝てませんでした(笑)。
今回の話を書いていて思い出したのですが、
ベルクートさん関連で、気になっていたことがありました。
奴隷解放のため、騎士長の座狙い。
ああ、この人も志は高いけど、やっぱり権力狙いなのか。
……リムちゃん狙いでも困りますけどね!?
(いたな、そんな奴……)
その後のベルクートさんがあんまり「いい人」なもので、余計にこの最初の件がひっかかっていたのです。
あの性格なら、志を話した時、王子やサイアリーズ様に謝っていそうなんだけどなぁ……と。
とか考えていたら、デジコミでちゃんと言ってくれました。
デジコミは、ゲームで気になっていた部分が、色々いい方向に変更されているのが嬉しいです。
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