我が求むるは自由なる流れ 弐


「なんてことを……!」
レルカーに火をつけたのは、ザハークの手の者だった。
民を守るべき者が、自分たちの退路を確保するために、町に火の手を放ったのだ。
炎に包まれていく故郷。
分断されているのが幸いして無事であった中央と東の中洲の者たちが、必死に西の住民たちを助けようと走り回っている。
王子の率いる軍は、すでに敵の追撃をやめ、住民たちの救出に当たっていた。
しかし、風にあおられて、あまりに火の回りが早い。
女王騎士を信じていた西の住民たちは、自分たちに害が及ぶはずはない、と油断しきっていた。
その信頼を踏みにじるとは。
「いたぞ、王子殿下だ! 首を取れ!」
崩れ始めた家屋に取り残された者がいないか、確認して回っていた王子一行の前に、軍服の一団が現われた。
ザハークの残していった小部隊の一つだろう。
まだ王子を討ち取れば、戦況が逆転するとでも思っているのか。
こんな時にこいつらは……
「こんなことをしている場合ではないでしょう!」
自分の思っていたことを、そのまま隣の者が言い放った。
――ああ、この人は、こういう時に怒るのか。
普段の穏やかな物言いからは想像もつかぬほど、鋭い声。
こちらへ剣を向けようとしていた者たちが、思わずその場で立ち尽くす。
「女王騎士ザハークは、すでに船で撤退しました。無駄な戦いをしないでください!」
その言葉に、兵士たちに動揺が走る。
だが、最後尾に立つ者が、彼らをせきたてた。
「だまされるな、反乱軍の首領を倒せば、我らの勝利だ、行け!」
言うなり、部隊長は剣を抜いた。……部下たちに向けて。
背後から武器を突きつけられ、半ばパニック状態に陥った兵士は、王子たちの方へ切りかかる。
「殿下、カイル殿、先に行ってください」
建物が崩れ、道は狭くなっているとは言え、相手は二十名近い。
「でも――」
「炎は待ってくれません。まだ取り残された人がいるはずです、急いで!」
「カイル、行くよ!」
意外にも、王子がカイルの手を引いた。
この程度の数、ベルクートの敵ではない、ということか。
参入してからの数日で、これほどまでの信頼を勝ち得ている剣士に、軽い嫉妬。
しかし、それ以上に、町の人々の救助に向かわせてくれることに感謝する。
最初の数人が振りかざした剣を、弾き飛ばしたのが見えた。
確かに、あの程度の連中相手なら、すぐに片付けてくれるだろう。
生存者を探して町を走り抜ける中、壁の一部が焼け落ちた家の前で、王子が足を止めた。
「……子供の声がする!」
「王子っ!」
炎に包まれた家に、止める間もなく王子が飛び込んでいってしまった。
続いて、リオンも。
思わず、新聞の不吉な見出しを想像しつつ、カイルも後を追う。
それほど先に進まないうちに、元は階段であったであろう崩れた木片の前に、王子たちがいた。
倒れた女性の前で泣きじゃくっている子供二人を、それぞれが抱きかかえる。
「カイル!」
「王子、リオンちゃん、先行って!」
子供たちの母親らしき女性は、煙を吸って倒れたようだ。息はある。
だが、気を失った人間は重い。
通るのが精一杯という空間では、抱き上げることもできない。
先ほどから、家全体が嫌な軋みを立てている。
急がなくては。
出入り口まで、後少し。
なめるように広がっていた壁の炎が、一気に屋根まで広がり、すでにくすぶっていた梁が、ぴしり、と弾けるような音を立てた。
崩れる――!
吹き付けてくる熱風。
火の粉が顔や背に叩きつけてくる。
唯一の出入り口であった壁が、上から落ちた屋根の一部にふさがれてしまった。
手が空いていたとしても、これをどかすことは難しい。
――これは、まずい、かな。
咳き込みながらも、妙に落ち着いて、カイルは苦笑した。
十年前に飛び出した故郷。
あれから、ほとんど思い出すこともなかったけれど、やはり懐かしかった。
だが、ここで最期を迎えることになるとは、思ってもみなかった。
しかも戦いではなく、こんな火事場で。
想定外の連続というのも、ある意味自分らしいか。
せめて、この若い母親だけでも助けてやりたかったが……。
「カイル殿!」
炎のはぜる音の合間に、名を呼ばれたような気がした。
どうせ呼ばれるなら、サイアリーズ様の声がよかったなぁ、などと思っていると、もう一度。
「カイル殿、聞こえたら返事を!」
「ここです!」
元は窓があった辺りか。
鈍い衝撃音と共に、人一人がようやく通れるほどの穴が空いた。
辺りに冷気が立ちこめ、近いところの炎が消えている。
氷の息吹の術を、剣戟に乗せて放ったらしい。
声で位置を計ったのだろう、うまく自分たちのいる場所を避けてくれた。
「早くこちらへ……」
手を伸ばそうとしたベルクートが、中の様子に目をやって、逆に飛び込んできた。
頭上で重なり合っていた柱や梁がかしいだ。
全体を支える形になってる柱を押さえてくれたのを見て、カイルは手の中の女性を抱え直し、外に出る。
王子や子供たちの前に彼女を下ろし、ほっと一息。
だが、もう一人の気配が追いついてこない。
振り返り、カイルは絶句した。
彼はまだ中にいた。
支えている手を離したら、絶妙なバランスで現状を保っている柱が倒れてしまう。
かと言って、あとわずかでも火が回れば全体が崩壊するのが目に見えている。
このままでは――。
その時、ベルクートが腰の剣をベルトから外した。
鞘のまま床に突き立て、手で押さえていたところに柄を押し込む。
支えをすりかえて、その場を離れる。
一点に集中したために、柱が一気にたわみ――。
間一髪。
家全体が崩れ落ちた。
「ベルクート、怪我は!?」
「大丈夫です。殿下とリオンさんは、この家族を早く安全なところへ」
うなずいた王子が、ようやく気が付いた女性を連れて歩き出す。
救援に駆けつけてきた者たちに囲まれ、東へ向かうのを見送って。
「カイル殿、他を探しましょう」
当然のように言われ、一瞬返事に詰まる。
たった今死にかけたというのに、この人は。
しかも、剣士ならば己の命より大切とも言える剣をあっさりと手放してしまった。
「……ベルクート殿、左腕、見せて下さい」
とっさに隠そうとするのを止め、袖を引き上げる。
やっぱり。
先ほど柱を支えた時に切ったのだ。
傷が、ざっくりと残っていた。
「跡になりますね」
「この程度、たいしたことはありません」
一体、今までどのような生き方をしてきたのやら。
「応急処置くらい、させてくださいよ」
水の紋章を持っていても、この人は自分には使わない。
まだ取り残されている人がいるうちは。
カイルも流水の紋章をつけているのだが、断られるのが目に見えていた。
仕方ないので、今は止血だけ。
上腕部をぐるりと巻くように描かれた、茨の刺青が目に入る。
――これが例の。
絵の刺までが必要以上に傷つけているように見えて、これを入れる原因になった連中に腹が立つ。
「ところで、さっき来た人たち……アレ、王子を狙った連中じゃありませんでした?」
「ええ。あの後、この町を助けようという人は本当にいないのかと聞いてみたところ、一人を除いて投降してくれたので」
「一人……ああ、あの隊長」
「武器を落とした後は、彼らが率先して捕まえてくれました。多分、中央の中洲あたりに転がってます」
まったく、人徳のあるなしとは恐ろしい。
というか、あの状況で説得を試みて、しかも成功してしまうことが、さらに恐ろしい。
王子もそうだが、本当に怖いのは、こういう自覚なしに味方を作ってしまう人間だ。
「……カイル殿、あそこに」
「はい、参りましょ」
瓦礫に足を挟まれ、助けを求めている人間を見つけ、二人は再び駆け出した。

***

ようやく町の火が消え、住人たちの避難もほぼ終わった。
大規模な戦闘があった後……と考えれば、被害は少なく済んだ方だろう。
王子の一行に合流したベルクートは、途中ではぐれた女王騎士の姿がないことに気づいて尋ねた。
「カイル殿はこちらでは?」
「来てないよ、ベルクートと一緒かと思ってた」
もしかして、と西の中洲に向かう。
焼け焦げ、積み重なった柱に、カイルが座っていた。
あの母子を助けた場所だ。
駆けつけてきたベルクートに気づき、笑顔で手を振った。
「見つけましたよー」
手にしているのは、埋もれていたはずの剣。
探し出すのは大変だっただろうに。
「剣士が、自分の剣を手放しちゃだめでしょ」
「カイル殿、ありが……」
「礼の代わりに、一つ約束してください」
受け取ろうとした手に剣を渡さず、カイルはびしっと、眼前に指を突きつけた。
「貴方は、ちょっと無茶しすぎです。二度とあんな真似しないでください。……そりゃ、オレもあの母親も助かったことには感謝してますけどね。あそこで貴方が死んでたら、オレは王子に泣かれてましたよ」
それだけはごめんです、と。
「というわけで、約束――」
「お断りします」
「い゛っ!?」
「あの時、もしあきらめてカイル殿が亡くなっていたら、私は殿下に泣かれていました」
――うわ、涼しい顔で丸ごと言い返された。
「ですから、これからも、二人とも生き残りましょう」
にこり、となんでもないことのように。
――口数は少ないくせに、結構言うなぁ、この人。
それでいて嫌味にならないのは、真実そう思っているからだ。
完敗を認めて、素直に剣を返す。
受け取った剣を捧げ持つようにして礼を取られると、照れくさくて仕方がない。
「カイル、ベルクート」
聞きなれた軽い足音が近づいてきた。
「東の中洲で、ラフトフリートの皆が夕飯作ってくれたんだ。行こう」
「そりゃあきっと、豪勢な炊き出しっすね」
中洲をつなぐ橋を、てくてくと渡りながら、カイルが言った。
「ところで王子、さっきの子連れの奥さん」
「うん、無事だよ」
「お名前なんて言うんですか? どこに泊まってるんですか? 歳はいくつでした?」
畳み掛けるように聞かれて、王子の視線が冷たくなっていく。
ベルクートが、あっと思った時には、王子の拳は硬く握られていて。

夕闇に包まれ始めた町に、ごん、という鈍い音が響き渡った。





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叱られるので、三節棍は抜きませんでした。
でも、手加減した三節棍よりも、手加減なしの拳骨の方が痛いと思われます。

この後から、前衛をベルクートさんに譲ることになったカイルは、ぶつくさ言いながらもベルさんの専任回復係に。
いや、本当にそういう関係でした(笑)。
一度気に入ると、カイルは面倒見よさそうで、大好きです。

ところで、幻水アンチスレは覗かないようにしているのですが、たまたま目に入った一文。

>王子・カイル・ベルクートが坊・ビクトール・フリックのコスプレしてんのが――。
(この人にとっては、気に食わない、という主旨)

王子、カイルの服のことは知っていましたが……
そういえば、フリック枠には、ベルクートさんが入るんだった!
どなたか、ベルさんにも、おしのび服デザインしてくれないでしょうかv




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