日々是好日 釣り日和
軍師からの指示は、待機。
実はこれが結構、軍隊の指揮を取る身としては困ったりする。
城からは出られないが、かと言って軍事演習を行うほど切羽つまっているわけではない。
今日くらいは羽を伸ばさせてもいいだろうと判断し、ダインは部下たちに自由行動を許した。
「隊長は、どうするんで?」
「特に用はないが……」
これからできる予定だった。
王子も同様の状況のため、暇を持て余して、セラス湖で釣り大会が開催されていた。
確かにあれならば大勢が参加できるし、すぐに切り上げることができるだろう。
王子が城に待機、ということは……。
彼も今日は特に用事はない、はずだ。
セーブルでの偽者王子討伐の折りに同行していた剣士。
あれ以来、一度手合わせしたいと思いつつ、なかなかタイミングがつかめずにいた。
今日は自分にとっても、絶好の機会だった。
「隊長、だったら釣り行きませんか」
「楽しそうですよ」
セーブルは山地で、海釣りにも川釣りにもほとんど縁がない。
ここに来てから部下たちが、セラス湖で大物を狙っている川の民を、興味津々で眺めているのには気がついていた。
参加する機会を狙っていたのだろう。
「いや、私は釣りには興味ない」
「分かりましたー」
やけにあっさりと了解して立ち去る部下を見送った後、ダインは一度自室に戻った。
訓練用の木刀を二太刀、手に取る。
あの剣士は、戦いの場以外で真剣をふるうことを嫌いそうだ。
これならば、訓練と言えば相手をしてくれるかもしれない。
自らの剣技を磨くこと自体には、抵抗はないはず。
回廊から円堂の階段を上がり、宿屋前を見上げる。
やはり、そこに彼はいた。
円堂の上階からは、セラス湖全体が見渡せる。
城に待機している時は、宿の手伝いをするか、大抵そこから外を眺めているようだった。
今も、手すりに手をかけ、いつもと変わらぬ穏やかな表情で、湖を見下ろしていた。
声をかけようとして、動けなくなってしまった。
何を見つけたのか、ベルクートは静かに微笑んだのだ。
それはもう、本当に、幸せそうに。
彼は、自分が今、どんな顔をしているのか分かっているのだろうか。
それを見て言葉を失ってしまったのは――、同い年の男性相手には少々おかしな表現ではあるが、見惚れてしまった、というのが一番正しいような気がする。
邪魔をするのをためらい、一度出直そうかと考え始めた時。
後手にした木刀が手すりに当たって軽い音を立てた。
気がついたベルクートが振り返る。
「ダイン殿」
「……何か見えましたか?」
ようやく発することのできた台詞に、ベルクートは先ほどの笑顔の名残を留めた表情で、セラス湖に目をやる。
「下で釣り大会が開かれているのですが、殿下が先ほどから壺や靴ばかり釣り上げてしまっているようで」
遠目でも、あの見事な銀髪は目立つ。
王子の乗っている小船には、黒やら茶色やらの固まりが重なっている。
どうみても魚ではない。
釣り糸の先にはまた黒いものがひっかかっており、少年が腕を振り回して怒りをあらわにしていた。
「とうとう癇癪を起こしてしまいました」
「ああ、なるほど」
普段王子は、軍を統率する者として感情を押さえていることが多く、そういった歳相応の態度は珍しい。
いつも傍らにいる剣士にとっても、その姿が微笑ましかったに違いない。
剣を捧げたという主と、その周りの者たちが、笑顔であること。
それが彼にとっての幸せなのだろう。
「ダイン殿、何かご用事でも」
「え、ええ、実は――」
よろしければ一緒に剣の鍛錬でも、と言いかけた時。
ベルクートが吊り橋側に目をやった。
「ダイン殿に御用ですか?」
セーブルの隊兵が四名、こちらに手を振っていた。
「どうした? 今日は自由にしていいと……」
「いえ、用は隊長じゃなくて」
全員が、隊長の隣を見る。
私? とベルクートが自分を指差してきょとんとした。
「我々、これから下の釣り大会に参加するんですけど」
「ベルクート殿も一緒にいかがですか?」
何!? と声を上げかけたのはダインである。
まさか、部下に先手を打たれるとは。
じろりと睨みつけてみるが、隊兵たちは引き下がる気配がない。
ベルクートは、釣り自体よりも、誘ってもらえたのが嬉しかったのか、笑顔でうなずいた。
「お誘いありがとうございます。お邪魔でなければ、是非」
答えてから、ダインを振り返る。
「その前に……ダイン殿、何か別件があったのではありませんか?」
「いえ、別に急用というわけではないので……」
手にした木刀は、そっと背中に隠して。
「それでは、ダイン殿もご一緒にいかがです?」
「つ、釣りですか……」
ダインは、部下たちがニヤニヤしていることに気がついた。
ここに至って、彼らの狙いが読めた。
一度部下たちの誘いを断った自分が、剣士からの誘いを受けるかどうか、試しているのだ。
プライドを取るのであれば、「釣りに興味はない」と言った以上、断るはず。
だが、セーブルでの一件以来、特別視している剣士の言葉であればどう動くか――と。
南の守護神とまで言われるダインが、葛藤で固まってしまったのを、ベルクートはどうしたのだろう、という顔で見ている。
「ご――」
声をかけてもらえたことが嬉しいのと、部下たちの思惑にまんまと乗せられたのが悔しいのと、複雑な心境で。
「ご一緒します!」
隊長が折れた!
部下のうち、二人が手を打ち合い、二人ががっくりと肩を落とした。
どうやら賭けまでしていたらしい。
――後で覚えてろ。
ダインの厳しい視線を、隊兵たちはしっかりベルクートを盾にして避けていた。
***
途中参加を申し出たセーブル+一名に、ラフトフリートの民は快く船を出してくれた。
竿や仕掛けの簡単なものがよいだろうと、使いやすそうなものを渡してくれる。
「ベルクート殿は、船の経験はあるのですか?」
「カナカンに渡る時に、しばらく乗っていました。荷役の手伝いでしたから、釣りは全然なんですが」
慣れない手でも、夕飯の足しになりそうな小魚やウナギがかかり、話題にはことかかない。
最初は戸惑っていたダインも、部下やベルクートの笑顔が絶えないのを見て、自然と機嫌を直していた。
しばらくして。
ベルクートの持つ竿が、引いてもまったく動かなくなった。
「……根がかりしてしまったかな」
直接糸を持ってひっぱってみるが、同じ位置から動かない。
しかし、底までは相当の距離があるはずなのだが。
全員が、ひょいと湖面を覗き込み、ぎょっとした。
「何か……いますよ――」
船の下の黒い影。
エサに食いついた小魚に、さらに大物が食らいついたらしい。
ようやく自分の口に何かが引っかかっていることに気づいたのか……ゆらりと身を翻し、一気に動き始めた。
「うわ……っ」
湖に引きずり込まれそうになったベルクートを、左右からダインと隊兵二人が飛びついて止め、残りの二人が竿を掴んだ。
釣り上げるというよりは、全員がひっくり返った勢いで、巨大な魚影が宙を舞った。
このままでは、頭上にまともに落ちる。
直撃を受けそうだった隊兵を横に押しやり、ベルクート自身も後ろに飛びすさったものの。
「あ」
――ここは船だった。
「「「「「ベルクート殿ーーーっ」」」」」
盛大な水しぶき。
魚は見事船の真ん中に落下したが、こうなると、もう釣りどころではない。
思わず助けに飛び込もうとしたダインを、部下たちが必死に引きとめる。
「隊長、我々が下手に行っても危ないですっ!」
「ここはラフトフリートの方々に任せましょう!」
「あの人のことですから、泳げますって!」
「船の経験あるって言ってたじゃありませんかっ!」
「し、しかし――」
セーブルの民の大騒ぎに、船に同乗しているラフトフリートの親父が笑っている。
「こういう時はなぁ、慌てず騒がず、10数えるんだよ。急な流れがあるわけじゃなし、泡が静まれば、どこにいるか分かるだろう?」
それもそうかと、セーブルの者たちが素直に数を数えはじめる。
1、2、……10。
「……おんやぁ。浮かんでこないね」
「「「「「落ち着いてる場合かーーーっ!!」」」」」
再び悲鳴。
「ベルクートが落ちたって?」
王子が船を寄せてきた。
まだ白く泡立っている湖の中に目をこらす。
「そろそろ、底まで見えるはずだけど……」
さすがにラフトフリートの者も、そろそろまずいかと人を呼びかけた時。
彼らが探していたのとは、まったく逆の方で水音が響いた。
「「「「「ベルクート殿ーーーっ」」」」」
顔にまとわりつく髪を払いのけながら、船からの叫びに驚いた顔をしている。
「出てこないから、皆心配してたんだよ」
「すいません、大丈夫です!」
セーブルの面々に手を振り、ベルクートは王子の船に、すい、と泳ぎ寄った。
「殿下、これを」
掌には、綺麗な金色の模様の入った指輪。
「下で見つけたんです。効果が残っているか分かりませんが」
これを取るために、湖の底まで潜っていたのか。
受け取ろうとして……いたずらっ気を起こした王子が、左手を優雅に差し出した。
特に何も考えていない顔で、ベルクートは王子の薬指に指輪をはめる。
――それ、女性にやったら冗談じゃすみませんから。
その場にいた全員が心の中で突っ込みを入れた。
王子が肩を震わせて必死に笑いをこらえているのを、当の本人は不思議そうに見上げている。
ようやく笑いを収めた王子が、手を伸ばす。
「服を乾かさなきゃ。早く乗って」
「いえ、殿下は大会の途中でしょう? 濡れたついでですから、このまま岸に向かいます」
そう答え、ベルクートは再び湖に潜った。
白い大きな影が寄り添ったかと思うと、ほんの数秒のうちに、その姿が岸に現われる。
ビャクレンがそばにいたらしい。
セーブルの面々に、先に引き上げることを詫び、円堂に向かう。
そこに、船を下りたダインが追いついた。
「大丈夫ですか、ベルクート殿」
「ええ、少し驚きましたが」
「すいません、うちの部下がお誘いしたばかりに」
「いえ、とんでもない。こんなことは久しぶりだったので……面白かったです」
ずぶ濡れの姿ではあるが、実に楽しそうに笑う。
「ところでダイン殿」
「はい」
「着替えましたら、少々剣の稽古におつきあいいただけませんか?」
木刀は、竿と一緒にこっそり部下へ押し付けてきたのだが。
どこかで見られていたらしい。
まさか、途中で退出するきっかけを作るために、湖に飛び込んだわけではないだろうが……。
もちろん、セーブルの隊長に、否やの返答があるはずもなかった。
その日の釣り大会の優勝は、一番の大物を持ち帰った、飛び入り参加のセーブル組ということになった。
レツオウによってその大きな魚は料理され、城の人々を喜ばせた。
セーブルの部隊には、釣り上げた組へのご褒美ということで、『かぶと焼き』が届けられた。
酒のつまみにどうぞ、という料理人からの伝言に、「お酒でなくてはだめでしょうか」と真顔で尋ねる剣士の姿があったとか、なかったとか。
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ダイン殿やセーブルの隊兵さんは泳げますが、溺れた人間に手を出す危険を十分知っているということで。
ファレナに婚約・結婚指輪の慣習があるか、分かりません。
キャラ絵を見る限り、つけている人がいないんですけど。
この辺はお約束w
「なんで(よりによって)薬指に?」という問いには、「女性がそこにはめていることが多いので、そういうものかと」と答えていると思われます。
自分の知らないことは、周りを見て真似をする、というのは行動の基本ではありますが。
……気づかぬうちに、結婚の約束とかさせられていそうなベルクートさん。
指輪は、実は金運のリング。
二週目、誰かにうっかり「おまかせ」で装備させてしまったらしく、持っているのに見当たらないんですよー。
王子は金運グッズ装備と常々書いておりますが(笑)、実はリングだけが足りません。
うちの王子に、金運のリングプリーズ!
(その前に、王子に装備させるのやめなさい)
今回、108☆の新キャラは登場させられなかったのですが……
何気に、後半ベルさんの隣に沸いて出るラフトフリートの親父さんがしゃしゃり出ましたw
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