曇りなきこの刃に懸けて
「ベルクート、今日こそは覚悟しろ、剣を抜け!」
「お断りしますっ!」
すでに城の名物と化している、ベルクートとハヅキの追いかけっこ。
もう誰も驚きもしないが、今日のハヅキは少し様子が違っていた。
王子は目を丸くして見送る。
「随分気合が入ってるね」
いつもの冷静さはどこへやら、顔を真っ赤にして、かんかんに怒っていることを隠そうともしていない。
勝負がどうのというよりも、切り捨ててやる、と言わんばかりの形相だった。
「実はさっきですねぇ」
苦笑しながら、カイルが言った。
「ハヅキちゃんにガヴァヤ君が求婚してるってのを、うっかり話してしまったんですよ」
「ベルクートに?」
「ええ。そしたら説明する前に、たまたまハヅキちゃんが来て……」
大げさに、額を押さえてため息をつくカイル。
「あの人、『おめでとうございます』って言っちゃったんです。そりゃもう、にっこりと」
「うーわー」
ハヅキは自分でも気づいていないし、言っても否定しまくるに決まっているが……彼女がベルクートを追いまわすのは、憧れの裏返しであると、誰が見てもあきらかなのだ。
その相手に、別の人間との仲を祝福された日には。(しかも、よりによって!)
――そりゃ怒るに決まってる。
「今日はハヅキの好きにさせてあげようか」
「それが無難かと」
王子が仲裁に入らなかったので、おなじみの追いかけっこは、いつもより倍くらい長かった。
***
「レツオウさんの手伝い?」
湖のほとりで、山ほどのじゃがいもを相手にしている剣士を見つけ、王子は隣に座った。
「ハヅキからは逃げ切れたんだ」
その言葉に、ベルクートが困ったように笑う。
今日は、相当追いまわされたらしい。
「一度くらい、手合わせしてあげたらいいのに」
「ご冗談を。彼女の本気の攻撃を避けきれるかどうか」
「そんなに強いんだ」
「天才ですよ、彼女は」
自分に挑んでくる少女のことを、気負うでもなく、悔しがるでもなく、褒め称える。
「でもベルクートはハヅキに勝ったんだよね?」
「あの勝負は、私が少々ズルをしているのです」
ベルクートが、ズルという言葉を使うこと自体が不思議で、王子は首をかしげる。
誰よりも、卑怯な手を使うことを嫌う人間なのに。
「私はハヅキさんが別の人と勝負するのを見ていましたので、大体の太刀筋と、最初の一、二撃を受けて相手の様子を見るクセがあることが分かっていました」
――なるほど。普通の人なら、そのくらい、ズルなどとは思わないだろうに。
「彼女の目的は、相手を叩きのめすことではなく、あくまで技を競うこと。それにハヅキさんが使っていたのは、練習用の剣でした」
ですから、とベルクートは肩をすくめた。
「初太刀ではやぶさを使って、彼女の剣を折ったのです」
……少女相手に随分と思い切ったことを。
それに、はやぶさの紋章は、反動が大きい。
万が一避けられれば、自分がやられる。
「どうして、そこまで……」
「ハヅキさんを見ていて、不安を感じたので。彼女が目指しているのは、剣の道。あくまで精神と技を磨くもの。ですが、世の中にはそういった話の通じない相手もいる。そのことに、気づいて欲しかった」
剣の勝負に負けた者が、逆恨みすることもあるだろう。
一対一どころか、大勢で、油断しているところを襲うかもしれない。
「ただ、私がやったことは逆効果でしたね。こんなことをする人間もいる、ということを知った彼女は、それに対処する方法を覚えてしまいました。私ごときでは、もう敵いませんよ」
「剣が折れたのは、私の腕が劣っていたからだ。剣の質など言い訳にならぬ」
ベルクートの言葉を、聞き慣れた声が遮った。
いつの間にか、ハヅキが不満げに見下ろしていた。
「そなたの技量、当時より更に上がっていると見受ける。だからこそ、私は剣を交えてみたいと……」
「レツオウさんに届けてきますっ」
剥き終わったじゃがいもの山のカゴを抱え、ベルクートはすく、と立ち上がった。
あっという間に塔に消えてしまうのを見送って、ハヅキは小さく舌打ちする。
「――また逃げたな」
「どうしてそんなにベルクートとの勝負にこだわるの。ハヅキも言ってたじゃない。この城には他にも強い人がたくさんいるって」
「剣の腕だけなら、な」
女王騎士カイル、剣王リヒャルト、南の守護神ダイン。
名だたる剣豪がこの城には集まってる。
剣の腕を競うだけであれば、一人にこだわる必要はない。
……だが。
「あの時、あやつは自分の腕を誇ることもなく言いおった」
――剣は所詮、人殺しの道具です。それを振るう意味をもっと考えてください。
「私は剣術指南をしている旧家の娘だ。剣を持つのが当たり前で、その技術を磨くことに疑いをもったこともなかった。強くなれば、自分の身も、周りの者も守ることができる。人にその技を広め、そのために自分は常に最上の位置にあるべく努力するのが当然だと。……なのにあの時、私は初めて自分の道が、これでよいのか迷ったのだ」
だから、他の者に勝っても意味がない。
「勝てるだけの腕を持てれば、あやつの考えを理解できるのか。そう考えて、奴を追ってきたが……」
未だに、真剣勝負どころか、訓練の手合わせすらできずにいる。
生じた迷いは埋まることなく、今も心のうちで凝ったまま。
このままでは、振るう刃までが曇りそうで。
早く勝負して白黒つけたいとも思うのに、本当にそれで疑問が解決するのかも分からない。
「あやつめ、戻って来ぬな」
「レツオウさんのところ行って、そのまま食堂の手伝いを始めたんじゃないかな」
「まったく、あのお人好しめが! 剣の鍛錬もせず、人の手伝いばかりしおって、それで何故腕が落ちぬのか不思議でならん!」
ここに来た頃のハヅキなら、人の手伝いをする暇があるのなら自分と手合わせしろ、と言っていたはずだ。
城で働く人々の姿を見回っているうちに、彼らの仕事の手伝いを「暇」とは言わなくなっていた。
少しずつ、自分が変わっていることに、彼女自身は気づいていないだろう。
イライラした様子を隠そうともしないハヅキに、王子は苦笑する。
「そんなに、ガヴァヤとのこと、勘違いされたのが悔しかった?」
「な!?」
予想外の言葉に、ハヅキは動揺を隠せない。
「わ、私はあのケダモノとは、ななな、何も――!」
「うん、それは分かってるけど」
「勘違いする方がどうかしているのだ! ……やはりあやつは叩き切らねば気が収まらぬ!」
言うなり、塔の方へ駆け出して行ってしまう。
せっかく落ち着きかけていたのに、また火に油を注いでしまった。
(ベルクート、ごめん)
塔に向かって、王子は合掌した。
***
食堂で、通りかかったベルクートを王子は呼び寄せた。
「ハヅキが行かなかった?」
「ええ、下ごしらえの手伝いをしてくれましたよ」
美少女剣士が料理の手伝い!
挑みに行って、結局まるめこまれたにちがいない。
「魚を刀で一刀両断にしようとしたのは、さすがに止めましたが」
「ハヅキらしいね」
「あと包丁が、刀の持ち方になってしまうのはどうしたものか……」
――彼女の花嫁修業は大変かもしれない。
というか、それは手伝いになっていたのだろうか。
「殿下が召し上がっているシチューの魚は、彼女が切ったものですね」
「……切り口はきれいなのに、やけに大雑把だと思ったら」
皿からはみだすほど大きい切り身を奇麗に片付けて、温かい食事と湖の幸に感謝。
「ハヅキがね、人殺しの道具と思うなら、どうして剣を手放さないのか、って不思議がってた」
その言葉に、ベルクートは自分の剣に目を落とす。
「私にはこれしかありませんし……、避けられぬ戦であれば、人々に代って血を浴びるのも剣を選んだ者の役目です。辛い思いをする人間は少ない方がよいでしょう」
「僕に剣を捧げると言ってくれたのは?」
「王子殿下と共に歩むのが、私の目的を果たす一番の近道であると……、申し訳ありません、結局は自分のためです」
「うん、それでいい」
自分のためと言いながら、見定めるその先が人々のためであると知っているから。
目指すものが異なっていては、いつ道を違えるか分からない。
同じ目的を目指す過程で、道が共になっている方がいい。
「ところで、内緒なんだけど」
「はい?」
「ぼく、この戦いが終わったら結婚するんだ」
――しばしの沈黙後。
「おめでとうござ……」
ごんっ!
王子の拳が炸裂した。
「で、殿下?」
ハヅキの怒りがよーく分かった。
あっさり祝福されるのは、なんとも思われていない証拠で、どれほど腹が立つことか。
「相手は誰かとか、冗談じゃないのかとか、なんで確認すらしないのさ、ばかばかーっ!」
「冗談……なんですか?」
「まだ言う!?」
じゃきん、と三節棍が引き抜かれる。
シンダル遺跡の城では、本日、二度目の追いかけっこが始まった。
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おまけ
カイル
「ベルクート殿が、あんまり剣の修行してないように見えるのに、強いのは何故かって?」
ハヅキ
「荷物運びに宿の手伝いに馬の世話。この城に来てから、まだ剣を持っているところを見たことがないぞ。納得がいかん!」
カイル
「そんなの、ハヅキちゃんや王子と毎日駆けっこしてるからに決まってるじゃないですかー。回避力つくし、判断力養われるし、基礎体力も落ちてる暇ないですって。あっははは」
ハヅキ
「わ、私が特訓していたのか…… orz」
カイル
(ホントは、皆が寝静まってから、一人でやってるみたいですけどねー)
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憧れている人に考え方や行動が引きずられてしまう、ということはあると思うのです。
もちろん、根本的な考えが近いから、憧れたとも言えるのでしょうけど。
ルクレティアさんに対するレレイさんは……きっと味の好みまで努力しちゃってますね。
(がんばれ、女の子!)
ハヅキさんも、負けたことよりも、剣に対する考え方の違いにショックを受けて、反発しつつも憧れているのだと思いました。
でも自分では絶対に認められないから、倒してしまえ! と。(ひどいw)。
ハヅキさんの決戦前夜の台詞。
あれも、実は影響を受けたものだったら面白いなと思いまして、今回の話でちらりとそれを出してみたり。
王子は、自分なら少しは動揺を見せてくれるかな、と期待して結婚ネタを振ってみました。
ベルさんは、沈黙したり、笑顔でなかったり、ハヅキの時とは反応が違ったんですけど。
そうとは知らない王子は大激怒(笑)。
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