逢魔ヶ刻に手を離さぬよう 弐


黄昏の紋章の形が刻まれた扉の前で、ツヴァイクが王子の右手をぐい、と引っ張った。
「開けろ」
王子の手の甲の紋章が光を帯びる。
重い音を立てて扉が開いた。
「よし」
ツヴァイクは満足そうにうなずくと、王子をぽいとばかりに手放し、遺跡の奥の部屋に踏み入った。
唖然として見ていたベルクートが、ようやく我に返って叫ぶ。
「――なんて扱いをするんですかっ!?」
カイルが苦笑した。
「……そっか、セラス湖の遺跡では、まだベルクート殿、いなかったんですよね」
「え?」
「あの人は、ああいう人なんです。遺跡のことしか目に入ってないし、王子はその鍵くらいにしか思ってないんじゃないかなー」
ベルクートは絶句して声もない。
「あそこでは、まだベルクート殿も、ミアキス殿もいなかったしぃ。魔法系の敵が多いわ、やたら装甲硬い敵は多いわ……。うう――オレがどんなに苦労したか……」
しくしくと泣き真似をしながら、地面にのの字を書くカイル。
相当暗い思い出があるようだ。
しかし、ツヴァイクは容赦ない。
「愚痴っている暇があったら先に進むぞ」
「こーですもんね」
「殿下……」
「もう慣れた」
王子が遠い眼をしているのは気のせいではあるまい。
シンダル文明の探求は、女王騎士も、王子も、管轄外らしい。
広い通路を我先にと進んでいたもう一人、ローレライが甲高い声を上げた。
「な……なんだ、これはっ!?」
冷静沈着な彼女が動揺するのは珍しい。
通路の先にあった、網のような球体から、いくつもの蔓が伸びていた。
それらは絡まり、みるみるうちに巨大な手足を持つ巨人の形となって立ちふさがった。
その向こうには通路が見えるのだが……この番人を倒さなければ、通れないということだ。
うねうねと部屋中に広がり始めていた蔓の一つが、いきなり王子の方へ伸びた。
黎明の紋章を狙ったかのように。
「――っ!」
蔓は、王子の手に届く前に断ち切られ、落ちた。
しかしその一部は、前に立ったベルクートの手にまだからみついている。
「……皆さん、刺に気をつけてください。毒を持っているようです」
「ベルクート殿、解毒を」
「大丈夫です。先にあれを倒しましょう」
蔓を引きちぎって振り払い、剣を構え直す。
「剣士諸君、全員別の蔓を狙え! 私と王子で本体を押さえる。キリィ、ローレライ、君らは……」
「魔法でとどめか」
「不本意だが仕方ないな」
聞き覚えのない声に王子があたりを見回し、一人増えていることにぎょっとする。
「いつの間にか、赤い人が混じってる!」
「そういう設定を狂わせる突っ込みは後にしろ!」
疑問を却下され、王子は怒りをシンダルの置き土産である植物に向ける。
剣士たちの紋章が、一斉に光を帯びた。
本体から伸びた蔓が、彼らの剣によって切り落とされていく。
王子の三節棍と、ツヴァイクの棒杖が本体に突き立つ。
断末魔のように幹が震え、光る粉が通路内に散った。
「眠りの花粉だ!」
「ツヴァイク先生の講義に比べたら、なんぼのもんかですよー」
「なんだと!?」
最後に紋章魔法を得意とする二人の雷撃と炎を受け、ずずん、と巨大な身体が広間に倒れ伏した。
太古に作り出された植物は、役目を終えて、たちまち干からびていく。
「たいしたことないじゃーん?」
「図体がでかいだけか。他愛もない」
リヒャルトとハヅキが、ものたりぬ、と言いたげに剣をしまう。
奥の小部屋を見回して、ミアキスが首をかしげた。
「こんなお部屋、お城にもありますねぇ」
正面には、黄昏の紋章が描かれている。
ツヴァイクに引っ張られる前に、王子は手をかざした。
紋章が光を帯びる。
「やはり! 黎明の紋章でも反応するのか!」
「これって、指紋認証が作りものでもパスしちゃうくらいに拙いシステムじゃないかなぁ」
「だから、考証を狂わせるようなことを言うなというのに」
部屋に、鮮やかな映像が浮かび上がった。
太陽によって水を奪われ滅びた地に、今度は恵みの陽光がそそぐ。
日差しは雲を生み、雲は雨を呼ぶ。
蘇っていく緑あふれる大地。
そして――。

『それはかつて、実際に起きたことです』

青い輝きの中に、人影が浮かんだ。
「また出ましたぁっ!」
「……あなたがレックナートか!」
紋章の謎を知るらしき女性の出現に、ツヴァイクが目を光らせる。
さっそく質問をたたみかけようとしたが、狙い澄ましたように、彼女が先に言った。

『残念ですがあなたの問いに答えることはできません』
『私が語れるのは……あなたが太陽の紋章を巡る運命により近づいたということ……』

しばらく静かに語った後、謎の女性は光と共に消えていった……。

「言いたいことだけ言って消えるとは、随分勝手な女性だな」
肝心なことを聞けなかったツヴァイクが、自分のことは棚に上げまくって舌打ちする。
「それより王子……黎明の紋章はどうです? 何か変わった感じしますか?」
ミアキスの声に、王子が振り返る。
「え? 何が?」

「「「聞いてさえ、いなかったのか」」」

シンダル探求組が声をそろえた。
「だって、ベルクートの手当てを……。分かった、分かったから」
シンダル組に睨まれて、王子はしぶしぶ右手を挙げた。
今までよりも強い輝きに包まれる紋章。
そして――。

【巻き戻し】≪≪≪

【再生】≫≫ ピピッ

『ソレハカツテジッサイニオコッタコトデス。ザンネンナガラ……(@倍速)』

――質問に答えられないわけだ。

黎明の紋章の新しい力を、王子は使えるようになったようだ。
正しい使い方かどうかは別として。
「それで……彼女の言った意味、わかりましたぁ?」
「全っ然」
ミアキスの声に、王子は実にあっさりと答えたのだった。




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おまけ:
レックナート様、登場時の王子たちの状況

「もーーーっ、また怪我してぇっ!」
「たいしたことはありませんから……」
「カイル、早く水の紋章で回復っ!」
「はいはーい」
「『目覚めの刻』っ」
(↑黎明の紋章、状態異常回復ランク1。ランクアップしたことにまだ気づいてない)
「レアチーズケーキ食べる?」
「神仙薬もあるぞ」
「皆さん、ほんとに、大丈――」
「今度ぼくをかばって怪我したら承知しないからねっ!」
「いや、しかし……」
「大体ね、ベルクートはいつもそうやって無茶ばっかり――」

リヒャルト君とハヅキさんも、こっちのようです。
……ミアキスに声かけられるまで、誰も聞いてませんでした。





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薄明の森の遺跡は、二手に分かれ、別の場所でまたつながる通路が妙に印象に残ってます。
段差がないのに、なんで交差してるんだーって。
それで思いついた「パーティ分轄」話でした。
やけに人数が多いのは、控え組も混ざってるってことで(笑)。

この後に、「宵闇の彼方〜」が来ます。
あの真面目な話の前に、こんなギャグ持ってきていいんだろうか。

モンスターなんて、別に倒さなくてもいいんだ。
……と気がついたのは、ネットゲームをやっていた時。
仲間がいると、ついかばいあって、結局全滅なんてこともあったけれど、
一人なら、すたこら逃げてしまえばいい。

というわけで、ベルさんは、さっさと鎧を踏みつけて避難しました。
「木洩れ日〜」の後なので王子は心配しまくっていますが、
まだ目的も果たしていませんし、無駄死にする気はさらさらありませぬ。
一人なら、敵から要領よく逃げ切ると思います。
人から逃げるのは苦手(笑)。




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