潮騒は海が奏でる子守唄


「いかがですかな? これが殿下にお乗りいただく外航船、エルメラークです!」
ボズが誇らしげに、港の中でも一番大きな船を指し示した。
「すごい……王家やラフトフリートの船とは、ずいぶん違うんですね」
リオンがその大きさと形に驚くと、外海の旅にも慣れているらしいゲオルグがうなずいた。
「川船と外航船の差だな」
「長期の航海にもビクともせぬよう、群島諸国の最新技術を導入して造らせた船です。ニルバ島までの快適な旅をお約束いたしますぞ」
どうやら、相当自慢の一隻であるらしい。
「水の積み込みが終われば出港できます。あと一時間くらいですので、それまで我が町でおくつろぎください」
王子は連れの者たちを振り返った。
「少し買い物していきたいね」
「そうだな、ニルバ島にはアレがない……」
呟いたゲオルグに、数人の口が、チーズ…という形に動いたのは見間違いではあるまい。
「殿下は城におられることになっています。目立たないようにしないと」
「騒ぎを起こさないようにしなきゃねぇ」
ベルクートとリヒャルトの言葉に、視線がカイルに集まった。
「ななな、なんで俺を見るの!?」
ここへ到着するまでのわずかな間に、カイルは町娘に声をかけ、その彼氏と一騒動起こしかけていたのである。
「それじゃ、これから騒ぎを起こしたら罰ってことにしとこうか」
王子がいたずらっぽく提案した。
「ど、どんな?」
「ニルバ島までの間、みんなの言うこと聞くっていうのはどう?」
たかが一時間。
逆に騒ぎを起こすことの方が難しいだろう、と思う者たちは、その言葉に軽く微笑んでうなずく。
カイルまで一緒になって笑顔になった。
「面白そうですねー、何やってもらおうかな」
「お前は、自分が何を命じられるか心配しておけ」
「信用ないなぁ」
がっくりと肩を落とすカイル。
「それじゃ、出港まで全員別行動だね」
「全員……ですか?」
「だって今回のメンバーって、ただでさえ目立つ人ばっかりじゃない」
「確かに……な」
「ですよね」
カイル、ダイン、リヒャルト、ベルクート、ジーン、ゼラセ。
初めての外海ということで実力重視だったのだろうが、よくもこれだけ人目につく者ばかりを選んだものだと、ゲオルグは王子に感心していた程だ。
もっとも、自覚していない者も何人か混ざっている。
剣士集団あたりは、「自分以外のことだ」と思っているに違いない。
「それじゃ、解散!」
言うなり、王子は交易所の方へ駈け出して行った。

***

港から吹いてくる潮風が心地よい。
店の多い広場から少し離れた木立の間で、ベルクートは大樹にもたれて目を閉じていた。
一時間程度、静かに休んでいれば、すぐに経ってしまうはずだった。
「……なにか御用ですか?」
関わりたくなかったが、さすがに剣呑な気配が近づいてくるのを無視してはいられない。
「お、起きてやがったか」
眠っていると見て、いきなり殴り倒すつもりだったようだ。
拳を握っていた男が、ぎょっとして立ち止まる。
すかさず、もう一人が凄みをきかせた。
「金とその剣、置いて行きな」
旅人狙いの、町のチンピラらしい。
人があまり来ない場所を選んだのが災いした。
「お断りします」
「この野郎!」
殴りかかって来たのを、首を少しだけ動かして避ける。
目標を誤った男は、後ろの木に拳を叩きつけて悲鳴を上げた。
「や、やりやがったな!」
「やっちまえ!」
勝手にかかってきて、何を言っているのやら。
いきがってはいるが素人ばかり。
倒すのは簡単だが、よりによって何故こんな時に。
王子とカイルの満面の笑顔が見えるようで、溜息。
騒ぎが大きくなる前に、適当にあしらって追い払うか。
しかし、後ろにいた一人がクロスボウを取り出したのを見て、表情が変わった。
ナックルやナイフを構えている者には構わず、矢をつがえようとおたおたしていた若者の手を掴む。。
「街中で飛び道具など……他の人に当たったらどうするのです!」
ぎり、と腕をひねられて、男の手からクロスボウが落ちた。
「いてててっ!」
「てめえっ!」
別の二人が前後から殴りかかってくる。
挟み撃ちしたつもりかもしれないが、拳が当たる直前でかわして避け、手をつかんでいた男と場所を交替。
二人は、真中になった仲間を殴った上に、お互い頭をぶつけてひっくり返った。
打ち合わせした寸劇のような、鮮やかな撃退ぶりに、なんだなんだと集まっていた野次馬たちは大喜びである。
残るは、ナイフを持ったリーダー格らしい男一人。
敵わないと見て、仲間を助けようともせずに背を向けた。
「どけぇっ!!」
人垣から悲鳴が上がる。
「……だから、無関係の人を巻き込むなと」
ナイフを振り上げて人垣の方へ走りだそうとした男に、落ちていたクロスボウを、地に滑らせるように投げる。
それは男の足にひっかかり、人々にたどり着く前に、つんのめって地面に顔から突っ込んだ。
お見事、と再び人々の間から歓声があがる。
その時、鋭い笛の音が響いた。
エストライズの衛兵と自警団が駆け付けたらしい。
住民が状況を知らせていたのか、まだ目を回して転がっている若いチンピラたちを捕えていく。
最後の一人を引っ立てて、自警団長らしき男が敬礼した。
「暴漢の捕縛に協力いただき感謝いたします!」
「すみません、騒ぎを起こすつもりでは……」
「いやいや、あの連中には我々も手を焼いていたんです。おかげでまとめて捕まえられましたよ」
「それなら良いのですが」
ちょうど町に戻っている領主に紹介したいと言うのをなんとかごまかしたものの、彼らが去ると、代りに様子を見ていた町の者たちが物珍しげに寄って来た。
「お兄さん、旅の人?」
「宿屋決まってるかい? まだならうちに泊まってきなよ」
「よかったら、お昼食べてって」
「いえ、私は……」
盛り上がった一般人の声は遠慮がなく、大きい。
何かもう、色々と手遅れな気がする。
「ベルクート」
人の向こうから声が聞こえた。
どんなに他にまぎれても、聞き逃すはずがない。
「皆さん、申し訳ありませんが、失礼します」
人垣を器用にすり抜けて、その後ろにいた少年の傍らに立つ。
「申し訳ありません」
本気で反省している剣士に、王子が噴き出した。
「ごめん、まさかベルクートが騒ぎに巻き込まれるとは思わなかった」
「まったくだ。意外どころがひっかかったな」
「いやー、船で何頼もうかなぁ」
いつの間にか、二人の周りには他の者たちも現われていた。
「カイル殿、今のはベルクート殿のせいでは……」
「面白そうだったね、ぼくも参加すればよかった」
全員、いつから見ていたのやら。
その面々に、エストライズの住民たちが息を飲む。
しばらくして、あちこちから声が上がり始めた。
「王子殿下!」
「女王騎士のゲオルグ様とカイル様?」
「セーブルのダイン殿だ」
「リンドブルムの剣王リヒャルトじゃないか?」
先ほどどころではない大騒ぎとなってしまった。
「あ、あのっ」
あわててベルクートが、彼らに人差し指を口に当てて見せる。
「皆さん、どうか、ご内密に……」
その困り果てた表情に、人々は互いに顔を見合わせ、つられて口に人差し指を当てる。
「王子殿下がおられるってことは、おしのびなんだよ」
「内緒内緒」
「静かに、静かに」
声が波が引くように小さくなっていく。
不自然なほどに、辺りが静まった時。
町全体に響き渡るような大声が発せられた。

「王子殿下ー! 出港準備が整いましたぞー!!」

「「「領主様、しーーーーっ!」」」
領民や衛兵、自警団の者たちに一斉に諌められ、きょとんとするボズ。
そして、盛大に笑い出した。
「おお、そうであった。王子殿下! 失礼いたしました!」
――だめだこりゃ。
住民たちが肩を落とし、王子が涙が出るまで笑いこけていた。

***


さて、こちらはエルメラークの船上。
全員が騒ぎに関わって、今回の賭けはなかったことになるかと思いきや。
一足先に船に乗り込んで、船員たちにデザートなどをふるまわれていた女性陣がいた。
「ふふ。何をお願いしようかしら」
「まったく……愚かな――!」
「あの……お手柔らかにお願いします――ね?」
船まで聞こえてくる騒ぎに、溜息をつく女王騎士見習いであった。




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よくも悪くもからまれやすい、運の悪い天暗星。
でも、それを見ていた人たちに腕を見込まれて用心棒頼まれたり、食事に誘われたり、いい方に転ぶ人。
一人旅中、宿や仕事には困らなかったんじゃないかと思ってみたり。
きっと自分では運が悪いとは思ってない(笑)。

話を書き始める前に、ニルバ島をチェックしてみたら、本当にチーズケーキ扱ってなかったんですよ。
ゲオルグ殿、準備が大変です!





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