夜空の星をすべて集めて
「すっごい星!」
「行きも帰りも晴天とは、殿下は運がよいですね」
満天の星空を見上げて素直に喜ぶ王子に、ベルクートが微笑む。
恐る恐る王子が尋ねた。
「天気悪いと揺れる?」
「時化だと、私でも船酔いして動けなくなります」
驚くほど揺れない素晴らしい風、と船乗りたちが喜ぶ往復でさえ辛いと思う王子は、できればその経験はしたくないと思う。
大きな波がくれば一揺れで甲板にある物、すべてが投げ出されるという話に、荒れた海の怖さを想像するばかりだ。
「やっぱり嵐は怖いよね」
「ええ。ですが、海で一番怖いのは、凪(なぎ)です」
「凪?」
「無風状態のことだ。帆船は、風さえあれば、操作次第で逆風でも進むことができるが、凪ではまったく動かなくなる。四方に陸が見えず、次第に食料や飲料水が尽きていく……」
ゲオルグが、難しい顔をして、王子を脅かす。
動けない以上、助けを望むこともできず。
ただ、飢えと乾きに追い詰められていく。
そんな様子を思い描き、背筋が冷たくなる。
「エストライズとニルバ島の航路には、よい海流がありますから、そのようなことはまずありません」
「よかった」
ほっとした王子に、おずおずと、チサトが言った。
「そういえば、今日は流星が多く見られる日なんですよ」
ニルバ島で仲間に加わったこの女性は、千の声を操るというすごい特技を持っているのに、生来の恥ずかしがりのせいで、人前ではまともに話せないのだという。
今は甲板の灯りが少なく、ほとんど顔が見分けられないほどの暗さなので、多少安心しているのだろう。
「流れ星が消えないうちに、三回願いを唱えると、叶うと言われてます」
「へぇ」
王子とリオンが空を見上げる。
その時、星が流れた。
「船酔い克服! ネコボルトのぬいぐるみが欲しい! リムに会いたい!」
「王子! 同じ願いを三回です!」
さすがは女の子、リオンがこだわって指摘する。
「そうなんだ?」
それに、星が流れているのはほんの一瞬だった。
唱える言葉も短くしないと。
王子がぶつぶつと対策を練っていると、また星が流れた。
「リム、リム、リム!」
「王子、願いになってません!」
短さ最優先で叫んだ王子に、リオンも負けずに叫ぶ。
「心の中で唱えてもいいんですよ」
王子たちのやりとりに、チサトがアドバイス。
「がんばる!」
王子の気合につられて、甲板に集まっていた者たちも、空を見上げる。
そこに、もう一つ流れ星。
ふと、沈黙が降りた。
下界の住人たちを思いやったかのように、今度の星は、尾を引いて長く光っていた。
皆、心のうちで何を祈ったのだろう。
「リムも見ているといいなぁ……」
部屋に閉じ込められているのではないだろうか。
せめて、この美しい夜空だけでも眺めることができているといいのに。
「ベルクートは何を願った?」
「殿下の願いが叶いますように、と」
またこの人は、そういうことを。
こんな時くらい、自分のことにしておけばいいのに。
でも、素直に嬉しい。
「リオンは?」
「船酔い克服したいです……」
「ダインは?」
「私も船酔いを……」
行きより遥かにマシとはいえ、二人はまだ蒼い顔をしているに違いない。
「カイルは?」
「もっちろん、可愛い彼女が欲しいですー」
聞くんじゃなかったと、王子が背を向ける。
「チサトは?」
「も、もう少し、人前で、堂々と……話せるように……」
だんだん声が小さくなっていってしまう。
「リヒャルトは?」
「もちろんミュー」
「ゲオルグは?」
「もう少し聞いてやれ」
聞き手がいなくなったので、金髪の少年は海に向かって叫んでいる。
慣れているのか、全然気にしていないのがさすがだ。
「人のことよりも」
ぽんぽん、と王子の頭をなぜるように叩いて、ゲオルグが言った。
「お前は、もう少し背が伸びることを祈った方がいいんじゃないか?」
軽い気持ちでからかっただけなのだろうが。
船上の空気が凍りついた。
どうやら隻眼の勇士は、王子の数少ない地雷を踏んだらしい。
はっと気がつき、あわてて声をかけようとするが、王子は船首の方へ駆け出してしまった。
チサトとリオンが、顔を見合わせ、心配そうに後を追う。
「あーあ、ゲオルグ殿、やっちゃった」
「気にしてるのにねー」
「いや……悪かった――」
「そういうことは、本人に言わなきゃ」
「う、うむ」
しばらくして。
リオンたちになだめられたのか、王子が戻ってきた。
ゲオルグは謝ろうとしているのだが、王子はふくれつらのまま明後日の方を向いてしまっている。
不自然な沈黙が重い。
「あ」
また、流れ星。
誰もが、心の内で自分の願いを唱えようとした、その時。
「チーズケーキ、チーズケーキ、チーズケーキ!」
甲板に響いた低い声に、全員の視線が、一斉に背の高い剣士に向く。
「ち、違うぞ、今のは俺では!」
「確かにゲオルグ殿の声でしたが……」
やや呆れたようなダインの苦笑。
「ゲオルグ殿って、ほんとにレアちゃんやベイクさんを愛しちゃってるんですねぇ」
カイルが言うと、女性の名前に聞こえる。
「エストライズに売ってたから、明日には食べられるよ」
リヒャルトまでが、慰めるようににっこり笑う。
「いや、だから違うと……っ!」
皆にからかわれ、珍しくうろたえている黒い剣士から少し離れた場所で。
王子はこそっと舌を出し、リオンはくすくすと笑い、チサトが真っ赤な顔を人形でおおっている。
甲板に笑い声が響いた、その時。
船内からすらりとした影が二つ現われた。
「今日もにぎやかね」
「……そんなに流れ星が見たいのですか?」
ジーンには言外にうるさいと言われ、ゼラセには星の紋章を使う仕草を見せられ。
「静かにいたします」
おびえた面々に押し出されたベルクートが、美しい笑顔と無表情に向かって、ようやく一言答えた。
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王子をからかうと、意外なところでしっぺ返しがあります。
そして、チサトの仕業であることは、全員が分かった上でからかってます。
ゲオルグさんは二枚目なのですが、チーズケーキに関しては三枚目を地で行ける人。
……そして私は、チーズケーキネタでばかり彼を出していることに気づいてみたりする。すいませんっ!
一番大目に見てもらえそうだという理由で、人身御供にされたベルさん。静かだったのに、災難です。
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