旅立ちは突然に
  ――もしくは、最強の留守番



その日、太陽宮の奥の間では、各地のご隠居が集まりお茶会が開かれていた。
サイロウ、タルゲイユ、ラージャ。
懐かしい顔ぶれだ。
彼らにあいさつを終えたベルクートは、お茶会に交じっていた女王陛下と女王騎士長から、ある提案を聞かされた。
「学校、ですか?」
「うん。貴族は家庭教師とか雇ったり、町の人たちもそれなりに勉強する機会を確保しているみたいだけど……やっぱり、誰でも平等に学べる場があった方がいいと思うんだ」
まずはソルファレナに、大きな学校を。
望む者であれば誰にでも門を開くような、そんな学びの場を。
「学校と言ったら、どこを思い浮かべる?」
「それはもちろんグリンヒル学園都市ですね」
北の大陸にある、ジョウストン都市同盟の一つ、グリンヒル。
かつてはミューズという都市の属領であったが、学園都市として独立し、すでに90年近いという。
女王陛下がうなずいた。
「どんなものを作るにしても、最初は実績のあるところを参考にするべきじゃ。ファレナなりの工夫は、後から加えていけばよい」
年若いファレナの代表たちは、古い伝統やしきたり、保守的な思想にとらわれず、よいと思ったものをどんどん取り入れようという前向きな考えに満ちている。
市民議会という話し合いの場はもちろんあるが、彼らが提案した事案で反対されるものはほとんどなかった。
もちろん、議案として持ち出す前に、それだけの下調べを行っているからだ。
そして、今回も。
「真似をするにしても、やはり本場を知らねば話にならぬ。というわけで、兄上に、グリンヒルへ留学してもらうことにした」
女王陛下の言葉に、ベルクートは驚いた。
「閣下、自らですか?」
「さすがにミアキスとリオンは手放せん。かといって、あまり王家から離れた者を送り出すわけにもいかぬ。おしのびとは言え、ある程度、王家の名代としての判断を下せる者でなくてはな」
「しかし、お一人では危険です!」
ファレナの内乱終息から半年。
内部はかなり落ち着き、周辺諸国も今は争いを望まず、比較的平穏な日々が流れている。
国境や港にも警備を増やし、治安はかなり保たれてもいる。
……が、やはりまだ旅人を狙う盗賊や山賊はいるのだ。
特に少年の一人旅など、狙ってくれと言っているようなもの。
女王騎士長に、真剣に訴えるベルクートを、周りの者たちはお茶をすすりながら、面白そうに眺めている。
湯のみが空になり、ミアキスとリオンが新しいお茶セットを取りに奥の間を離れたタイミングで、見かねたリムスレーアが声をかけた。
「これ、誰が一人で行かせると言った」
「は?」
「おぬしは兄上を、国外へ一人で放り出す気か?」
ベルクートはようやくほっとした表情になった。
「もう同行者は決まっているのですね」
「当たり前じゃ。放っておくと、あっちにふらふら、こっちをうろうろする兄上を、一人で出歩かせるものか」
騎士長閣下は「え?」という顔になったが、周りの者たちは、うんうん、と深くうなずいている。
「それで、どなたが?」
「……国外の旅にも慣れておって、兄上からの信用が厚く、ファレナの内情を心得、いざという時の腕も立つ。この条件に合う者が、そうそうおると思うか」
集まった者たちに注目される中、返答を待たれていると気づいたベルクートは、周りを見回してから、恐る恐る答えた。
「……サイロウ殿でしょうか……?」
交易で東西に通じ。
騎士長閣下から信頼され。
腕は立った……だろう、若い頃は。
――しかし。
「バッカも――」
「ベルクートって、ホントに、もう……っ!!」
女王陛下が怒鳴り終える前に、騎士長閣下から鉄拳制裁が下った。
「鈍いにも限度ってもんがあるでしょー!?」
お仕置きは、任せておけばいいだろう。
じゃれているようにしか見えないし。
ちょうどミアキスとリオンが戻ってきたので、改めてお茶会が始まる。
「やれやれ、この老骨を、北の大陸まで行かせる気かい」
「相変わらず面白いズレ方をしている御仁ですのう」
「謙遜して言っているのなら、嫌味にしか聞こえないのだがな」
「普段はまともなのに、自分のことになると、何故こう極端にボケるのだか」
サイロウ、タルゲイユ、ラージャ、リムスレーアが、ひとしきり言いたいことを言って、お茶をすすり、ため息。
「見てて、飽きませんですぅ」
ちゃっかりお茶請けのご相伴に預かって上機嫌のミアキスは、楽しくて仕方がないという笑顔である。
そうこうしているうちに、痴話喧嘩としか見えない騒ぎも収まったらしい。
一方的に片方がやりこめられて。
改めて、女王陛下が任務を告げる。
「留学期間は一週間じゃ。兄上は学科や教師の選定について、ベルクートは学院の組織や建物の設計などについての調査を頼む。二人では少々荷が重かろうが、議案を出すまではあまり計画を知られたくないからの」
言葉では簡単だが、グリンヒルのある北の大陸は、群島諸島、カナカンをさらに越えた地。
往復だけでも相当の日数を覚悟しなくてはならない。
「実質は一週間としても、戻るまでに最短一ヶ月はかかるかと……」
「うむ。余裕がなくてすまんが、さすがにそれ以上、ファレナを空けられるわけにはゆかぬ。……じゃが、それくらいの間は、なんとかしてみせよう。こまめに連絡さえ入れてくれれば、無理せん程度に急いでくれればよい」
「一ヶ月もの間、閣下が不在で大丈夫でしょうか」
「わざと収穫期にぶつけておる。貴族共も税の取立てで大わらわであろう。元々兄上は表立った公務よりも、各地の視察が多いしの。別のところに出かけておると言えば、いくらでもごまかせるわ」
「いえ、それだけではなく……」
不在に気づいた者が、何か不穏な動きを見せたりはしないだろうか。
まだ心配気なベルクートに、リムスレーアが胸を張る。
「わらわが、なんのためにこの者たちを呼んだと思っておる? 共に茶を飲むためだけではないぞ」
サイロウ、タルゲイユ、ラージャ。
なるほど。
直接の戦力ではないとは言え、彼らが声をかければ、たちまち百万の軍にも匹敵する実力者が集まるだろう。
「それに、あと二人――」
「陛下ぁ、来ましたよぉ!」
「お二人様、ご到着されました」
ミアキスとリオンに先導され、広間に現れたのは。
「女王陛下、騎士長閣下。参上が遅くなりましたこと、お詫びいたします」
「陛下、引退した者をこき使うとは、人使いが荒すぎますぞ」
元竜馬騎兵団、団長、クレイグ=ラーデン。
元女王騎士、ガレオン。
「おお、よく来てくれた」
最強の隠居たちの登場である。
「これは錚々たる顔ぶれですね」
「分かったら、安心してさっさと行って帰って来るのじゃ」
「お気をつけてぇ」
「行ってらっしゃいませ」
隣町へ視察に行く程度の気安さで言われると、見送られる方も、その程度のことなのかと肩の力が抜ける。
奥の間から退出しかけた二人に、女王が声をかけた。
「二人共、詰所に寄ってゆけ。新しい服を用意しておいた」
「新しい服……ですか?」
おしのびであれば、確かに騎士服を着ていくわけにはいかないが、それならば昔の服を引っ張り出しても……。
と言いかけたベルクートに、陛下のお叱りが飛んだ。
「ファレナ王家の名代で行くのだぞ、なめられるような格好は許さぬ!」
さりげなく、昔の服はセンスが悪いと怒られた。
若い女性は、見栄えに手厳しい。

二人が出て行ったのを確認して。
「この旅で少しは進展するに2000ポッチですじゃ」
「いやいや、全然変わらぬに1500ポッチだの」
「しびれを切らして寝込みを襲うに3000ポッチ!」
「陛下、それは賭けにならないですのう」
「絶対やりますからね」
サイロウ、ラージャ、女王陛下、タルゲイユ、なにげなく隠居組になじんでいるクレイグ。
それもそうだ、と一斉に笑う。
傍らで、リオンが首を傾げていた。
「なんの賭けですか?」
「うふふ。リオンちゃんは分からなくていいんですよぉ」
「……女王陛下ともあろう方がなんと下世話な会話を……」
ミアキスが実に楽しそうに笑い、元女王騎士が深く深くため息をついた。






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当日に旅立ちを告げられるベルさん。
気の毒ですが、わざとです。
あらかじめ旅に出ることを知らせると、ついてくる人がたくさん出てきそうなので……。

いつの間にか、重鎮たちだけでなく妹にまで公認。
見ていて、じれったいようです(笑)。

リオンちゃんは、なんだかんだと理由をつけて説得されました。
これ以上、女王騎士を減らせませんし……!(少なすぎるよ!)




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