果て無き大海原へ ――出る前に。
馬から降りた若き騎士長閣下が、連れに尋ねた。
「今回の旅程、確認させてくれる?」
経路は全て頭に入っているが、念のため。
「はい。往路はエストライズから群島諸国を東回りで、グレッグミンスターへ。山越えして、都市同盟地区に入ります。トゥーリバーからグリンヒル。復路は、西の海まで出て、直行でスピナクス港に戻る予定です」
騎士長にとって、初めての国外。
日程に響かない程度に、なるべく多くの都市を見たいという意向を受けて、主要な都市を網羅している。
「……なんで行きにカナカンが入ってないの」
「急ぎの旅では、余計な回り道となりますから――っ!」
「ふうん?」
じっと見ると、ベルクートは露骨に視線をそらす。
……一体どういう隠し事があるのだか。
旅の間、退屈しないで済みそうだ。
エストライズで旅の準備の間、さっそくからかおうと思ったが、町に入った途端、人々に取り囲まれた。
「北の大陸に行かれるんですって?」
「グリンヒルに留学ですよね、留学」
ファレナの内乱時、常に王子の側についてくれた人々は、今も気軽に声をかけてくれる。
くれるのは、構わないのだが……。
問題は、おしのびであるはずの旅を、何故彼らが普通に知っているのか、だ。
「騎士長閣下! ベルクート殿!」
懐かしい声が聞こえた。
「ダイン、久しぶり!」
「北に行かれると聞いて、馬を飛ばして参りました」
「わざわざ来てくださったのですか」
そこにもう一人。
「お二人共、久しぶりですね」
また、懐かしい声と姿。
「シュラも来てくれたの」
「もちろんですよ、お見送りさせてください」
「グリンヒルまで行かれるとか。どうかお気をつけて」
「旅の途中、風で肌を荒れさせるんじゃないよ、もったいない」
あわただしい港町にあっても、あくまで優雅な立ち居振舞いを崩さない三人衆。
彼らだけで、南の蛮族と言われていたアーメスのイメージを見事に塗り替えていると言っても過言ではない。
ファレナの地を離れる前に、懐かしい顔ぶれと会えたことはとても嬉しい。
しかし。
「それで、そのう、どうして皆、知って……」
「騎士長閣下! お待ちしておりましたぞ!」
町中に鳴り響くような大きな声。
相変わらず豪快な港町の領主が姿を現した。
「ご心配には及びません、エルメラークの点検は万全! 北の大陸まで安全にお送りいたしますぞ!」
――犯人発見。
なるほど、この調子では町中の人々が知っているわけだ。
「丁度エストライズは収穫が一段落しましてな、収穫祭を兼ねまして、盛大に閣下の出国祝いを開く手はずになっています。シュラ殿とラウルベル卿にも声をかけたわけですよ」
「ソリス様は収穫期の手続きで、残念ながらセーブルを離れることができませんでした」
代わりに私が、とダインが微笑む。
さて宴会、宴会、と上機嫌で去っていく領主を見送り、女王騎士長閣下は、こっそりとアーメスの大使を振り返った。
「あのう、シュラ殿」
「騎士長殿。心配なさらなくても、お留守中にアーメスが兵を動かすようなことはありませんから」
にっこりとシュラが答える。
「そのお言葉、切実に信用申し上げますよ」
ダインが大きくため息。
そして、女王騎士長閣下と、その供も。
「……リム、怒ってるだろうなぁ」
「戻った時に、席が残っているとよいのですが」
違う件でため息をついた。
***
その夜は、ボズの家で心づくしの歓迎を受けることとなった。
盛大に見送りたいと言い続けていたボズは少し不満そうだ。
「騎士長閣下がおしのびでお出かけになるのですぞ、エストライズを上げてお祝いしたいと思ったのですが……」
「ウィルド卿。おしのびの意味、ご存知ですか?」
くすくすと笑いながら、シュラが柔らかに問いかける。
「もちろんですとも! 人に知られぬよう、隠密に、内緒で――あ。」
自分で言って、ようやく気づいたようだ。
「も……申し訳ない、それがし、無骨者ゆえ……」
そういう問題ではないような気がするが。
「気にしなくていいよ。ある程度知られていた方が動きやすいこともあるだろうし」
「申し訳ありませぬ」
大男が、しゅんと反省している図は、妙に可愛い。
そこに、領主夫人と、手伝いの女性たちが料理と飲み物を運んできた。
円卓には、騎士長と連れの騎士、招かれたセーブルのダイン、アーメスの三人衆。
「見た目は少々物足りぬかもしれませぬが、我が妻が腕を奮った料理、味は保証いたしますぞ。たっぷりお召し上がりください!」
無自覚ののろけと共に、ずらりと円卓に並べられた素朴な家庭料理。
豪華な宮廷料理よりも、こういった作りを好む騎士長は嬉しそうだ。
しかし、ダインとベルクートが、こそっと忠告する。
「この時期、エストライズから北までの航路は、季節風が入るので船の速度がとても上がるそうです」
「急ぎの旅ではとても助かりますが、早いということは……」
「――揺れるんだ」
ニルバ島までの船旅で、穏やかな天候に恵まれたにも関わらず、船酔いで動けなくなったことのある騎士長は顔をひきつらせる。
「残念だけど、食事は少しだけにしとく。皆、たくさん食べてね」
同席の者たちは、その言葉に、心得たと笑顔でうなずいた。
おしのびをぶち壊しにしてしまった詫びのつもりだろうか。
ボズは、たまたま近くにいたベルクートの杯に、自慢の一品であるらしい酒を注いだ。
蒸留酒は、無色透明で香りも少ないが、アルコール度はとても高い。
酒に弱いともっぱら評判の青年は困り顔だが、領主の好意を断り切れない。
満たされた杯を机に置いて、領主と世間話を始めて間をごまかす。
察したダインも、今年の南の収穫などについて話を向けた。
その隙に。
(あーあ、こんな強いお酒、ベルクートに飲ませちゃだめじゃない。ぼくのレモン水と交換しておこう)
部下思いの騎士長閣下が、こっそり杯を取り替えた。
そして、領主との会話に参加する。
(おやおや、船酔いする方が、こんな強い酒を飲んだら大変ですよ。私のワインくらいなら……)
様子を見ていたシュラが、自分の杯と取り替えた。
そして、彼も領主との会話に加わる。
(あら。シュラ様ったら、ご自分もそれほどお強いわけではないのに……。わたくしの麦酒と換えておきましょう)
常に主人のためを思うシャルミシタが、自分の杯と取り替えた。
そして、主と共に、アーメスの収穫祭などについて話し始める。
(おや、シャルミシタの奴、美味そうな酒を手に入れたね。こいつはあたしがいただいて――)
しめしめ、とニフサーラが杯を取り替える。
……が、そこでちょっといたずら心を起こした。
(それにしても、この剣豪共って歳食ってる割には可愛いよねぇ。十数年前ならどんなにか……。酔っ払ったらどうなるかな)
ひょい、とさらにダインの杯と取り替える。
領主との話に区切りがつき、振り返ったダインは、隣の剣士が領主に強い酒をつがれていたことを思い出す。
(まったくボズ殿も気の利かぬ……)
ため息をついて、こんなこともあろうかと頼んでおいた薄荷水――見た目は蒸留酒とほとんど変わらない――を、隣と取り替えた。
「さぁ、積もる話もあるでしょう! それがしは隣の部屋におりますので、どうかゆっくりとおくつろぎください!」
ようやくボズが席を外し、シュラが乾杯の音頭を取った。
「それでは、騎士長閣下の旅の安全を祈って」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
杯が交わされ、皆が手にした飲み物をぐっと口にする。
そして。
ほとんどの者が、想像していたのと違った味に、あれ? という表情になった。
しばしの沈黙後。
「あーっ、なんでベルクートの杯が、最初のに戻ってんの!?」
「ベルクート殿、しっかり……!」
「くー……」
悲鳴をあげる二人の間で、剣士はすでに夢の中。
状況を察したアーメス三人衆は、苦笑いと共に、とりあえず食事を始めたのであった。
***
「ミアキス。今頃兄上は、どの辺りかのう」
バルコニーからソルファレナ市内を見下ろしながら、女王陛下が尋ねた。
「今朝エルメラークが出港したそうですから、ニルバ島のちょっと手前ってくらいでしょうかねぇ」
「そうか。――次の連絡で、『二度と帰ってくるな』と伝えてやれ」
「了解いたしましたぁ」
「陛下っ、何卒、何卒お慈悲をーーっ!」
心得てころころと笑うミアキスと、涙目で訴えるリオン。
「……あの阿呆共が――っ!!」
女王陛下の手には、『騎士長閣下、グリンヒルへご留学』と一面トップに大書された号外新聞が握りつぶされていた。
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おしのび旅行のはずが、旅立つ前に、ファレナ全土に知れ渡りました。
エストライズに、テイラーさんが居たようです。
いつか書こうと狙っていた、お酒の取り替えネタ。
書いていて楽しかったです……!
お留守番組のリム様、ミアキス、リオンは、色々な情報が集まってきて、飽きなさそう。
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