探しものは何ですか?



その日、グレッグミンスターの街中には、二つの靴音が響き渡っていた。
一つは軽いブーツが駆け抜ける音。
合間に、「ぼっちゃーん!」という悲しげな呼びかけが混ざる。
もう一つは、重い革靴が急ぎ足で道を行く音。
こちらは呼びかけこそしないものの、辺りを見渡すたびに靴音が一瞬途切れる。
すれ違い、顔を合わせ、ぶつかりそうになり。
何度目かで、彼らはとうとう立ち止まって、気まり悪げに会釈した。
「人探しですか?」
「ええ……そちらも?」
互いにうなずく。
「ぼっちゃん、一体どちらに行かれたのか――。貴方はどんな方をお探しですか? 途中で見かけているかも」
見事な金髪を後ろで無造作に結った二十歳くらいの青年は、自分のことで手いっぱいであるだろうに、旅人を思いやって尋ねる。
聞かれた方は、自分の連れの姿を脳裏に浮かべた。
旅の軽装は、このあたりでは珍しくない組み合わせで、手がかりにならない。
なるとすれば。
「肩より少し長い、見事な銀髪です」
「それは目立つでしょうね。――でも残念ながら、お会いしていないみたいです」
「そちらは?」
「緑のバンダナを頭に巻いた男の子です」
「私も、見かけていないですね……」
二人して、ふう、とため息。
「この町は初めてなので、私が見逃しているだけかもしれません。もう少し探してみます」
「私も、どこかですれ違ってしまったのかも。――それでは」
「ええ、早く見つかりますように」
そして、靴音は左右に別れた。

***

「今の人、君を探していたんじゃないの?」
「お兄さんこそ」
顔を見合せて、黙りこむ少年たち。
そこは、たった今、二人が話していた目の前の茂みの中だった。
「……なんで逃げてるの?」
「お兄さんこそ」
言い返されて、また黙り込む。
しばらくして。
バンダナの少年が口を開いた。
「今日の昼食が、ちょっと……ね」
「わかった、今の人、料理が下手なんでしょ」
「ち、違うよ!」
大人びた表情をした少年だったが、身内をけなされたと思ったのか、むきになって言い返す。
「グレミオは、すっごく料理上手いんだから! シチューは、食堂で食べるよりずっと美味しいよ!」
「それじゃ、なんで?」
「それは、その……」
「作ってくれる人がいて、料理が美味しくて。文句言うのは、わがままじゃない?」
「そ、それは分かってるんだけど!」
なんと説明したらよいか分からない、という顔で、少年はしばらくじたばたしていたが……
やがて諦めて、反撃に転じた。
「じゃ、お兄さんは、どうしてさ」
「ぼくは……今回の旅で、どーーーしても行きたかったところを、気がついたらスルーされてたから」
「なんであの人はそこを通り過ぎちゃったのさ」
「それは……日程が押してたから、そこに行くと間に合わないって……」
「それって、お兄さんのためだったってことじゃない?」
「う……」
「そこは、どうしても行かないといけないところだったの?」
「ど、どうしてもというわけじゃ……ぼくが、ちょっと知りたいことがあっただけで――」
「それってわがままじゃないの?」
「……」
年下の少年に言い負かされて、がっくりと肩を落とす。
「探してもらえてるうちに、出た方がいいよねぇ……」
「うん――」
あんなに必死に探してくれているのに、隠れているのは子供っぽいわがままなのだと分かっている。
でも、自分から飛び出してきただけに、今更顔を出しにくい。
二人して、はぁ、とため息をついた。

***

しばらくして、再び茂みの前。
また鉢合わせした二人が、浮かない顔を見合わせていた。
「まだ見つかりませんか」
「そちらも……ですね」
「ぼっちゃんは、私よりもこの町に詳しいので、本気で隠れられると敵いません」
「こちらは、初めての町なので、賑やかなところを見て回っているのかと思ったのですが」
二人して、ため息。
「そういえば、どうしてここに?」
町中駆け回っているのに、先ほどから何度もここで出会っている。
「ここで見失ったので、もしかして戻っていらっしゃるかと」
「ああ、私もです」
その時、かさり、と小さな音を聞いたように思って、二人は前の茂みを見た。
グレミオの目に、茂みの間から銀の髪がはみ出しているのが映った。
ベルクートの目には、葉にひっかかった濃い緑色の布の端が。
((あ……!))
互いに指さして、探し人を見つけたことを確認する。
そして、苦笑しながらうなずきあった。

***

「走り回って疲れてしまいました。一休みしませんか」
「そうですね。ぼっちゃんも、もしかしたら家にお帰りかもしれませんし」
その会話に、隠れている少年たちは、ぎょっとして振り返る。
あきらめられてしまうのは、ちょっとどころではなく、さびしい。
思わず、二人して茂みをかきわけた。
「ちょっと、何度も近くまで来て、気づかないってどういうこ……」
「グレミオ! もう食事のことで文句なんか言わないから……」
二人の目に入ったのは、遠ざかっていく背ではなく、面白そうにこちらを覗き込んでいる笑顔だった。
一瞬の沈黙の後。
「あーーっ、ずっるい、だましたね!?」
「やっと出てきてくださった」
苦情も、嬉しそうな言葉に流されてしまう。
「ぼぼぼ、ぼっちゃーん!」
「グレミオは一生懸命作ってくれてるのに、ごめん」
こちらは少年の方が、よほど少し大人であるらしい。
照れくさそうに笑って、歩み寄りを試みる。
「とんでもないです、私が至らないばっかりに……!」
「ううん、世の中には食べられない人だっているのに、ぼくがわがままだった。――これからは、グラタンとちらしずしと杏仁豆腐が一緒に出ても、文句言わないよ!」
(えええ――?)
少年の心遣いは素晴らしいが。
それは、少年でなくても苦情の一つも言いたくなるかもしれない。
「それじゃ」
「うん。お兄さんも――あんまり困らせちゃだめだよ」
「余計なお世話っ!」
グレッグミンスターの中でも、特に立派で大きな家に入っていく少年と青年を見送って。
「参りましょうか」
「うん。……わがまま言って悪かった。でも本当に残念だったんだからね!」
「カナカンへ渡るには、かなり時間がかかるんですよ。特に目的もないのに、それだけのために、半月近くかけるわけにはいかないでしょう?」
「それは、そうなんだけど」
「またいつか、行く機会がありますよ」
ベルクートの過去を知る人々がいる島。
オボロ探偵事務所に調査依頼を出せば、きっと色々(聞いていないことまで)調べ上げてくれるだろう。
けれど、自分の目で、彼が過ごした土地を見てみたかった。
自分にとっては、グリンヒル視察と同じくらい、大きな目的だったのに。
「待ち合わせの場所ですが、町を出た、南東の広場になります」
「都市同盟地域に出るために、誰かが来てくれるんだっけ?」
「ええ、竜洞騎士団の方です。特別に山越えの約束を取り付けましたから、これだけは、日程をずらせませんでした」
「……なんでそれを早く言わないのさ!」
飛竜、飛竜、と走っていく少年の姿を微笑ましく見送って、ふと我に返る。
「待ち合わせは明日の朝ですから!」
あわてて呼びかけたものの、すでにその姿は視界から消えていた。
彼の主は、少々……いや、かなり……方向音痴の気がある。
運の悪い従者は、再びグレッグミンスターの街を駆け回る羽目になった。






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「グレミオは料理が得意、特にシチューは絶品。ただ、メニューに問題があるという説もある」という解説に笑いました。
こういう細かいネタが大好きです。

この後、二人ともグレミオに拾われて、ちゃっかり夕飯をごちそうになってみたり。
で、王子はきっと夕飯のメニューに苦笑するんだ。
(ベルクートさんは、そういうことは気にしないと思われます。私も気にしません

プレイヤーが普通にゲームをやっていると、王子は方向音痴になりやすいですよね。
うちの王子は迷子スキル、デフォルトでSSです。

ベルクートさんが日程管理を任されているのは、建前、外国の旅に慣れているから。
実際は、「兄上に任せると、予定外が入りすぎていつ帰るか見当がつかん(怒)」という女王陛下の厳命があったためと思われます。


♪探しものは何ですか?
見つけにくいものですか?
まだまだ探すつもりですか?

――とてもとても見つけにくいものです!
でも、あきらめるわけにはいきませんから!

外国で、閣下、殿下、と叫ぶわけにもいかないので、ベルさんは大変です。





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