封印された真実
「久しぶりですね、ベルクート殿」
「まさか貴方が来てくださるとは」
待ち合わせの場所で、飛竜の影から現れた人物に、ベルクートが珍しくうろたえた表情を見せた。
「お友達?」
「友達だなんてとんでもありません、この方は……」
紹介されて、少年はあわてて居住まいを正した。
見かけこそ若々しい姿であるが、目の前にいるのは、200年もの間、竜洞騎士団をまとめているという長、ヨシュアその人であった。
「おや、私は貴方に、友人と思われていなかったのかな?」
「そ、そういう意味ではなく――」
おろおろするのを、彼は楽しそうに見ている。
「さて、これから山越えして都市同盟地区へお送りするわけですが……。赤月帝国と都市同盟は、おせじにも平和を保っているとは言いがたい。国境を越えてお運びすることは、あくまで特例であり、内密に願います」
「分かっています。こちらも無理を申し上げてすみませんでした」
「いえ、他でもない貴方の頼みを断るつもりはありません。――が、代わりと言ってはなんですが、竜の休憩のために、今夜は竜洞騎士団の砦へ戻ることをお許しいただきたい」
グレッグミンスターのあるアールス地区から、直行で向かえれば都市同盟は比較的近い。
だが、山の高さと安全を考えると、やはり平地の多い湖側を回ることになる。
飛竜のスピードをもってしても、都市同盟地区に入れるのは夜中。
夜の道行とならぬよう、これは竜洞騎士団の好意による招待であろう。
竜洞騎士団はかなり閉鎖的で、その砦には竜騎士候補か特別に許された者でなくては、入ることができない。
とても見学は叶わぬと思っていたので、飛竜に並々ならぬ関心を持っている騎士長閣下は、降ってわいた幸運に目をきらきらさせている。
「それでは、参りましょう。くれぐれも落ちませんよう」
竜を操る騎士は、竜の首辺りに乗る。
それは別の騎士に任せ、ヨシュアは二人を竜の背につけたカゴに招いた。
荷物や人を運ぶための、丈夫だが簡易なカゴ。
ぐるぐる巻きにできる荷物ならともかく、人間は自分で責任を持ってしがみついている必要がある。
ばさり、と大きな翼が打ち振られ、ふわりと宙に浮く感覚。
たちまち地面が遠くなり、風の音だけが辺りに響く。
「――殿下、竜は乗り物酔いしないのですか?」
この移動でも体調を崩してしまうのでは、と心配していたのだが、少年は目を輝かせ、下に広がる景色に夢中で見入っている。
「うん、ある程度スピードがあると大丈夫みたい」
「そういうものらしいですよ」
「すごいすごいすごい〜っ!」
素直な賞賛を連発する乗客に気をよくしたのか、飛竜は時折鳥の群れに並んでみたり、山すれすれに滑空してみたり、気持ち良さそうに華麗な飛行を披露している。
普通の旅人では経験できぬ空の旅を満喫し、彼らが地上に降りたのは、昼をかなり回った頃だった。
***
他の飛竜も見たいという騎士長閣下を、見習いの竜騎士に任せ、ヨシュアは砦の一室にベルクートを招いた。
「実は、貴方に話があって、寄っていただいたのですよ」
竜の休憩のためというのは、半分口実だったらしい。
「今、ファレナで、ある噂が流れていることをご存知ですか」
「噂?」
「『女王騎士長閣下が、太陽の紋章を奪って国外に逃げた』」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
しばらくして、ようやくその意味を理解する。
「な……っ!?」
「やはり、ご存知ありませんでしたか」
竜洞騎士団は山の奥に砦を構えているため、外界と直接のつながりは少ないが、荷物や人を運ぶ役割を担っている分、情報には強い。
「ファレナから他国に渡った数人から同じ噂を聞いたと、町に出た者が言っています。――噂は普通、距離を経るほど尾ひれがついたり、話が変わってしまったりする。しかし、今回はそれがない」
「……誰かが、故意に流してる、と?」
「ええ。噂の伝達が速すぎる上に、庶民よりも貴族階級中心に流れているようです。何者かが、なんらかの意図を持って流していることはまず間違いないでしょう」
それに、とヨシュアは続けた。
「騎士長殿から、大きな紋章の力を感じます。内乱後、三つの紋章はすべてファレナ王家の宮に戻ったと聞いておりましたが……今は彼に宿っているのではありませんか?」
ベルクートの沈黙は、肯定だった。
「騎士長殿は、あくまで留学のためにこちらに来ているのであって、紋章も奪ってきたわけではない。しかし、国外に出ていることも、紋章を宿していることも、真実ではある。噂は、ある程度の信憑性を伴って流れているでしょうね」
ファレナは、貴族による元老院制が崩れ、今は王家を主導としつつも、市民議会制に移行している。
内乱時に、王家から実質の支配権を奪い取ろうとした貴族は、ある者は追放され、ある者は財産を没収され、それ相応の罰を受けた。
だが、彼らは完全に力を失ったわけではない。
他にも、上手く処罰を逃れた元ゴドウィンの一派は、今もかつての栄光を取り戻し、あわよくば王家の権力を手に入れようと虎視眈々と狙っている。
今回のような噂が流れれば、またとない機会と判断して、政権の転覆を図るに違いない。
「狙いが分からない以上、何卒注意を怠りませぬよう」
「ご忠告、感謝します」
王子が紋章の暴発を恐れたとしても、このような時期にファレナを離れるべきではなかったのでは。
浮かぬ顔のベルクートに、ヨシュアが続ける。
「しかし、この噂は、王家側からわざと流したものではないかと思っているのです。本来なら噂というものは、庶民から早く伝わるものです。それが、不安要素のある内容であればなおのこと」
「この噂は、王家が計画したもので、殿下もそのことを知っていると?」
「ええ。ただ、それならば何故、同行している貴方に何も知らせていないのか――」
なんらかの謀略が動いている時、味方にもそれを知らせない理由はいくつかある。
仲間に引き込むほど信用されていない。
計画達成のために、捨石として切り捨てる。
どれも、ありがたくない可能性ばかりだが……。
「殿下が黙っておられるのなら、何かそれだけの理由があるのでしょう」
「ベルクート殿が信じておられるのなら、もう何も言いますまい。――我らも力になれると良いのですが」
「国境越えに協力いただいただけでも、過分なお力添えです」
「いえ、当然のことですよ。竜が友と認めた方は、竜騎士にとっても友ですから」
用意していた杯を渡して軽く打ち合わせ、ヨシュアは穏やかに微笑んだ。
***
「ね、なんでベルクートはここで特別扱いされてるの?」
まだ両手で抱えられるほどの大きさの子竜たちと大喜びで遊んでいた騎士長は、同い年くらいの竜騎士見習いの少年に尋ねた。
竜洞騎士団の好意は、ファレナ王家ではなく、一人の剣士に向けられたものだと気づいていた。
「聞いてないのかい?」
「うん」
本人が言っていないのを、話して良いのだろうか。
……と、少年はしばらく大人ぶって迷ったふりをしていたが、やはり言わずにはいられなかったようだ。
「3年くらい前に、ある竜が弓で撃たれて、逃げ込んだ山の洞窟で卵を産んだんだ」
「弓で!?」
「竜の血肉は、万能薬になるって言われてるからね、たとえ欠片でもいい金になる」
「その人たちは、竜が竜騎士団の所属だと知っててそんなことを?」
「もちろんさ。竜騎士と一緒に、産卵のために竜洞へ向かっていたんだ。竜ごと落ちた騎士は、当然大怪我をしてた。竜を守って戦うこともできない。……だから、なんとか洞窟に竜を隠して、助けを呼ぶために竜洞へ戻った」
何週間もかけて、たった一人で。
「知らせを受けて竜騎士たちはすぐに助けに行ったけど……その人が竜洞にたどり着くだけでも、かなり時間がかかっていたからね。正直、もうだめだと思ってた。でも、竜騎士が着くまでの間、母竜と卵を守ってくれた人がいたんだ」
それが誰かは、聞くまでもない。
「その卵から生まれた竜が、そいつ。――俺の相棒」
「キュオッ!」
誇らしげに言った少年の後ろで、人の背よりも少し大きいくらいの竜が、高く鳴いた。
「だからあの人は、竜騎士団にとっても、俺にとっても、そいつにとっても、恩人なんだよ」
「キュオオオ」
賛同するかのように、子竜が鳴く。
その首輪に、短い紐飾りが結ばれていた。
色に見覚えがある。
これは……。
その時、竜洞に二人連れが入ってきた。
先に立つヨシュアに見習いの少年が敬礼し、その後ろにいたベルクートに子竜が飛びついた。
……子供と言っても、牛や馬くらいの動物に懐かれたようなもの。
つぶされそうになったのを、あわててヨシュアが止める。
「覚えていたようですね」
「――こんなに大きくなって」
「知ってるの?」
話は聞いていたが、なんと答えるか、ためしに尋ねてみる。
「旅の途中で卵を見つけて、竜騎士団に預けたのです」
彼らしい簡潔な返答が返ってきた。
手柄話になることを一切口にしないのは、徹底しすぎもいいところだ。
隣で聞いていた竜騎士見習いも、あの話がそれだけになっちゃうの!? と仰天している。
「ファレナに向かう前に寄った時、孵ったこの子に会ったのですが……元気そうで良かった」
頭をなでられて、子竜は気持ち良さそうに、くるくると喉を鳴らしている。
その日、客室へ忍びこもうとする子竜を、見習い竜騎士が竜洞へ連れ戻す姿が、何度も見かけられたという。
***
翌日。
再び飛竜に乗って旅立とうとする二人の前で、子竜が、だだをこねて「行くな」と騒ぎまくっていた。
見習いの少年が静めようとするのだが、どうにも言うことを聞かない。
最後には、ベルクートの持つ剣の房に食いついてしまった。
引いても、くすぐっても、どうしても口を開こうとしない。
おかげで静かにはなったが。
――アカツィアの柄の房飾り。
三つあるうちはずの一つが、なぜ欠けているのか、ずっと気になっていた。
カイルに尋ねると、間髪入れず「昔の恋人に渡したに決まってるでしょ!」と答えたので、こちらも間髪入れずに飲み物の氷を背中に放り込んでやったものだ。
――答が目の前で再現されていた。
苦笑しながらベルクートは紐を剣からはずし、子竜に提供する。
二つ目をゲットした子竜は、とりあえずそれで許すことにしたらしい。
「お気をつけて!」
「キュオオオオ!」
飛び立つ飛竜に向かって、少年が手を振り、子竜が鳴く。
数年後、きっと彼らは立派な成竜と竜騎士になっているに違いない。
***
「ここから北へ向かえばコボルト村です。さらに北に向かうとトゥリバー。そこから道なりに進めばグリンヒルへ着きます」
「何から何まで……ありがとうございます」
「では、よい旅となりますよう」
変わらぬ穏やかな表情で一礼し、ヨシュアは飛竜の首に乗る騎士にうなずいた。
飛竜が、大きく翼を羽ばたかす。
たちまち風を巻いて上空へと飛び立ち、数分もするとその姿は山の彼方に見えなくなった。
「クジラも見たし、飛竜にも乗れたし。土産話はネタが尽きないね」
「殿下」
あとは学校! と上機嫌で歩き出そうとした主に、ベルクートは声をかけた。
「何か私に隠し事はありませんか?」
少年の足が、ぴたりと止まった。
しばらく言うか言わないか迷った挙句。
「……ある」
消え入りそうな声が答えた。
「分かりました。――行きましょうか」
「えっ!?」
てっきり追及されるか、責められると思ったのに、それきり何も聞くつもりがないらしいことに驚いて振り返る。
「ないと答えられていたら、私は信用されていないと判断したところでしたが、殿下は正直に答えてくださいましたから。それで十分です。――いずれ、話していただけるのでしょう?」
そのまま、北へ歩き出す。
その背に向けて。
「……グリンヒルでの用事が終わったら、必ず言うから!」
少し震えた声に、
「気長に待ちます」
いつもと変わらぬ声が答え、手が差し伸べられる。
――森に囲まれたコボルトの村に入るまで、少年は連れの手を離そうとしなかった。
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嫌われないように何かを秘密にすることと、
隠しごとをして嫌われるのではないかと怯えるのと、
一体どちらが辛いのでしょう。
……なーんて、シリアスモードはここまで。(私がもたん)
動いていないタクシーでも酔うのに、ジェットコースターと暴走自動車は何故か酔いません。
……私だけでしょうか。
子竜は二つ目を首輪につけてもらって大得意。
虎視眈々と三つ目を狙っています。
アカツィアは初期の名前なんですが、他よりこの語呂が好きなので、統一しておりますv
今回、非常に無謀な書き方をしました。
アカツィアの房飾りのことを、王子が勝手に話し出しまして。
実は私、そんなこと全然覚えてませんでした。
おいおい、三か所普通についてたらどうすんの、全部ボツだよ?
とひやひやしながら書き終えて、それから人物紹介イラスト見直しました。
……確かに一つ欠けている。
なんだか最近、頭の中の王子がそら恐ろしくなってきました。
ところで今回は、選択を間違えるとファレナに戻った時にバッドエンドという大分岐が混ざっていたようです。
ときめき幻水伝w
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