古文書と眼鏡と鞭と赤い帽子 ――季語無し。
「どうぞ」
軽く戸を叩く音に、寝台に座って剣の手入れを始めていたベルクートは答えた。
すたすたと入ってきた少年が、ぽて。と隣に腰を下ろす。
手には、旅の荷物一式。
「殿下?」
「今夜はぼくもこっちで寝るから」
「……私があちらの部屋ということですか?」
荷物をまとめて出て行こうとするのを、後ろから襟首をひっつかむ。
「ぼく『も』、って言ったよね?」
窒息しかけて涙目になりつつ、ベルクートは尋ね返す。
「今日は二部屋取ったはずですが……」
「ノーマとエルンスト、レヴィも泊まりでしょ」
「ええ」
「他にあと三人、別の泊り客が来ちゃったんだって。部屋がいっぱいで、同じグループの人は一緒の部屋で我慢してくれって頼まれた」
そういうことであれば仕方がない。
「それにさ、いつも二部屋取るなんてもったいないって。ぼくらは視察で、ファレナ王家の公費で来てるんだから、無駄使いは厳禁! 小姑の嫁いびりみたいに揚げ足とりを狙っている貴族共に、嫌味言わせる隙を与えちゃいけないの!」
「……どこの国の経費・領収書問題ですか」
一国の王兄殿下、現在の実質国家代表が、最近ますます貧乏臭……もとい、庶民的なのは気のせいだろうか。
「しかし、この村に旅人が七人とは、相当珍しいのでは?」
「うん。村始まって以来の大盛況だって宿屋の人、興奮してたよ」
普段、どれだけ閑古鳥なのやら。
「ぼくはその三人の見当ついてるけどね」
「こんなところにお知り合いが?」
「ベルクートにも分かると思うけど」
「?」
「ま、いいや。寝よ寝よ」
「まだ剣の手入れが……」
「使ってないんだから、一日くらいさぼったっていいでしょー!」
「そういうわけには……ちょ、待っ――危なっ!」
「ぎゃーっ!!」
***
「……隣楽しそうだね」
「くう」
「まったく、世の中乱れとる」
レヴィは、嘆かわしいと呟いたが。
少なくとも、彼が考えたような事態になっていないことは確かだった。
***
翌日。
静かな村の中では、交易所は比較的にぎわっている場所だったが、その日はさらに犬だかりができていた。
騎士長閣下とその連れが顔を出すと、客らしき三人の人間に囲まれていた交易商人のコボルトが、うるうる目で助けを求めてきた。
その前に陣取っているのは。
「ツヴァイクさん」
「久しぶり」
「……」
眼鏡の向こうから、鋭い目が声をかけた者たちをじろりと睨む。
しばらくの沈黙の後。
「――君たちか」
「今、ぼくらのこと、忘れてなかった?」
「ふ――っ」
キザに眼鏡の位置を直して誤魔化しているが、やはり記憶領域から削除されていたらしい。
「先に古文書を手に入れたのは、お前たちか……!?」
「どこへやった? シンダルに関わると、ろくなことにならないぞ!」
続いて詰め寄ってきたのは、案の定。
やたら居丈高な若い女性と、真っ赤な衣装に身を包んだ怪しげな男。
ファレナにいたシンダル探求組、勢ぞろいだ。
この村に、シンダルに関する古文書があることを、聞きつけて来たに違いない。
つかみあげられそうな勢いに、別にウソを言う必要もないので、二人は素直に答えた。
「我々ではないです」
「レヴィだね」
「「「どこにいる!?」」」
「まだ宿屋ではないかと……」
三人が、互いに押しのけあって、我先に出て行く。
交易所に、ほーーーーっと大きな安堵のため息が満ちた。
コボルトたちは、よほど怖い思いをしたらしい。
次は宿屋に迷惑をかけているのではと、心配して見に行ってみると予想通り。
宿屋の主人が、尻尾を丸めて、カウンターの奥で震えていた。
「「「古文書はどこだ!?」」」
寝起きのレヴィは、突然乗り込んできた面々に不機嫌そうな顔を隠さない。
「紋章について書いていなかったから、道具屋に売ったが?」
「「「道具屋だと!?」」」
今度は、道具屋へ走っていく三人。
最近の若い者は礼儀を知らん。
レヴィが不満を漏らしたが、今回は彼の方が正しいだろう。
さて、次は道具屋道具屋。
嬉々として後を追う騎士長閣下。
これが身内ならすみませんと謝って回るところだが、他人だと気楽なものだ。
「「「古文書を売れ!!」」」
「えーと、300ポッチです」
「「「300だと!?」」」
「え? あう……200でいいです……」
高いと苦情を言われたと思った道具屋の主人が、耳を伏せたまま値段を下げた。
――が。
「馬鹿者! お前は、この古文書の価値がわかっておらん!」
「シンダル文明について書かれたものだぞ!」
「低く見積もっても、1万は取るべきだろう……!」
「え? え? え?」
口々に、安すぎる、と苦情を言われて、道具屋の主人は目を白黒させてる。
「……お店ってさ、買う側が値段釣り上げるものだったっけ?」
尋ねられて、いやいやとベルクートは首を横に振る。
眺めている前で、古文書の金額は勝手に跳ね上がり、何故か一番高値をつけたツヴァイクが手に入れることとなったらしい。
古文書と引き換えに置かれた貨幣に、道具屋の主人は真っ白になってる。
早速中身を確認し始めたツヴァイクを、ローレライは悔しげに、キリィは無表情ながら怒りのこもった目で見ている。
「皆で仲良く見ればいいのに――」
「自分で手に入れた情報でなくては、意味がない……!」
「別の遺跡を優先するまでだ」
キリィが、さっさと踵を返し、店を出て行く。
他に当てがあると見て、ローレライは赤い人の後をついていく。
あの堂々っぷりは、尾行というのだろうか。
というか、尾行して横からぶんどるのは自分で手に入れたことになるのか、彼女の場合。
「ふむ……なるほど……今のミューズに近い辺りだな――」
古文書に没頭していた先生は、ぶつぶつと呟きながら、歩き始めた。
そのまま村から出て行ってしまう。
結局、三人共、出会いも別れも挨拶すらしなかった。
「ミューズって、グリンヒルに近いところだっけ」
「関所がありますが、比較的近いです」
「先生は再登場だね」
「決まりですか」
「うん」
――筆者に断りなく、話を進めないでいただきたい。
コボルト村では、しばらくの間、人間族がひどく恐れられていたそうな。
----------------------------------------------------------------------
ようやく(裏)第一話に追いつきました!
王子がちょっと寝込みを襲ってみましたが、進展無しです。
アカツィアには、星辰剣様並に心があってもいいと思います。
しかも女性キャラで。
さて、シンダル集団まとめて登場であります。
彼らは、シンダルのあるところ、どこにでも登場しそう。
はた迷惑なマイペース。
先生は、王子に再登場を予言されてしまいました。
勝手に決めないで下さい、王子。
TOP/
小説目次>
小説裏目次