二日目 ――臨時講師
「先生、遅いね」
午前中は、古代ハルモニア語の授業のはずだったが、5分過ぎても担当の教授が来ない。
最初はおとなしく席に着いていた生徒たちも、だんだん飽きてきて、席を替えたり、話に花を咲かせてしまっていた。
授業の最初だけ様子を見て、それから教室を離れるつもりだったベルクートは、どうしたものかという顔をしている。
「自習しておいた方がいいのでは?」
転入生の話を聞こうと集まってきた女生徒たちに、恐る恐るそう言うと、案の定、大反対を食らってしまった。
彼女たちにとって、先生の遅刻は貴重なおしゃべり時間であるらしい。
「しかし、一応授業中ですし……」
「じゃ、貴方が教えてくれたら、真面目に勉強する」
一人が言うと、周りもうんうん、と目を輝かせた。
「は?」
「教えてあげたら?」
「貴方まで何を言い出すんですか」
「だって、何かしないと収まりそうにないよ」
聞きつけた他の生徒たちも、集まってきていた。
もちろん、本当の授業を期待しているわけではなく、外国の話でも聞けないものかと面白がっているのだ。
やってーやってーの大合唱に、ベルクートは当然、困り果てた顔をしていたが。
「分かりましたから、静かにしてください!」
とうとう根負けして、教壇に向かった。
――え、ほんとに授業してくれるの?
驚いた生徒たちが、からかい半分で歓声を上げる。
もっと驚いたのは、その主だ。
ベルクートは目立つことをする人間ではないし、他人の領域に手を出すことも好まない。
てっきり、適当に誤魔化して教室を出ていくかと思っていた。
……男と言えば同じくらいの年齢の学生か、見慣れた教師ばかりの学院で、女生徒たちは外国から来た人間に興味深々だ。
これ以上、注目されるような状況は作りたくなかったのに。
ベルクートは、一番前の生徒から、今までの授業の進み具合を聞いている。
まだこの科目は始まったばかりで、発音と単語程度しか進んでいないと判断し、教科書を全員に閉じさせた。
「簡単なゲームをします。半分に分かれてください」
語学のはずなのに、一体何をするのかと、生徒たちは素直に並ぶ。
「これからお題を言いますから、それに関連する単語を、古代ハルモニア語で言ってください。左右で早いもの勝ちです。二人とも列の後ろに戻りますが、勝った方はこの駒を持っていくこと」
教室の脇にあったボードゲーム用の駒を、教壇の上に置く。
「はい、それではスタート。最初は動物で」
最初は驚いていた生徒たちも、知っている単語を答えればいいらしいと飲み込んで、次々に答えていく。
ベルクートもただ聞いているだけではなく、わずかなスピード差や、発音の違いを判断して、勝者を決めていく。
指定される題も、色、挨拶、形容詞、とどんどん変化していくので、生徒たちも気合が入り始める。
語学の時間だというのに、すっかり対戦に盛り上がってしまった頃。
教室の後ろのドアの窓から、こっそり覗いている人がいることに、ベルクートが気づいた。
「教授」
お題が途切れたので、生徒たちもゲームを中断する。
「終わりにします! 後ろの方、ドアを開けて差し上げて」
えー、やだー、と一斉に声があがる。
「だめです、ほら、早く!」
即されて、仕方なく後ろにいた二人が、扉に近づき……、おもむろに机や椅子でバリケードを築き始めた。
見ていた生徒たちから拍手が湧く。
「こらっ!」
これにはたまらず、ベルクート本人が慌てて駆けつけた。
「教授、すみません――」
入ってきた老教授は、ブーイングに迎えられて苦笑している。
「いやいや、なかなか面白かったよ。続けてくれないかね。これでは私が始めてもボイコットされてしまう」
教授の公認に、拍手が起きる。
苦笑しつつ、ベルクートはゲームを続け、区切りのよいところで、彼らを駒の数によって席を分けた。
「今出た言葉を思い出せるだけ書き出してください。基本単語が200ほど上がったはずです。終わったら、隣と用紙を交換して答え合わせ。右の人は、古代ハルモニア語が得意なはずですから、教えてあげてください。左の人は、今日出た単語をなるべく覚えておくこと」
たった30分ほどで、読み書き採点まで一通り網羅して、涼しい顔でベルクートは終了を告げた。
「お疲れ様でした。何か質問があればどうぞ」
はーい、と早速手が上がった。
「先生ー、次の授業はいつですかー?」
「先生じゃありません! 次もありませんから!」
生真面目に訂正する様子に、生徒たちからどっと笑いが上がる。
ようやく隣に戻ってきた連れを、少年は複雑な顔で誉めた。
「――お見事」
まったく、想定外だった。
というか、うっかり忘れていた。
畑違いとはいえ、ベルクートは半年もの間、新兵たちの教官をしていたのだ。
このくらいの年代の扱いには、慣れている。
今のゲームも、新兵に学科を教えていた時の方法なのかもしれない。
たしかにアレなら、大抵の科目で応用が利きそうだ。
年下になつかれグセのあるベルクートのこと、放っておいても生徒たちにまとわりつかれるのは予想していたが。
一週間程度なら、遠巻きにしているうちに去れるかと思っていたのに。
ああ、もう、どうしよう。
主が勉強と隠し事以外に、さらに悩みが出来たことに気づきもせず、ベルクートは予定通り書庫に行ってしまったのだった。
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王子があまりに周りの注目を集めるので、ひやひやし通しのベルクートさん。
ちょっと生徒たちの目をそらせれば、程度の気持ちで介入してみました。
――やりすぎです(笑)。
話が面白かったり、授業の進め方が上手かったり、人気のある先生っていますよね。
ベルクートさんは、結構そういうコツをつかんでいるのではないかと。
生徒たちにからかわれながらも、いつも取り巻かれているような。
今度は、王子がひやひやです。
互いに、自分のことには無頓着な天然二人w
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