三日目 ――夜歩くオバケ



「ねぇ、知ってる? 最近、夜になるとオバケが出るの」
「どんなの?」
「夜中にね、白い布みたいのかぶって、ふわりふわりと、宙を歩くんですって」
「それはまた目立つオバケだね」
「その後、裏の森からオーケストラの音がするとか」
「へぇ、無料でコンサートしてくれるなんて親切じゃない」
まったく怖がる様子のない新入りに、脅かそうとしていた女生徒たちは、からかい甲斐がない、とつまらなさそうだ。
「それでね、今夜こそは、オバケを捕まえようってことになったの!」
「でも、やっぱり大人の人いないと怖いじゃない?」
ああ、だんだん読めてきた。
「「「ベルクート先生、誘ってぇ?」」」
やっぱりそれが目的か。
「ベルクートは先生じゃないし」
ぷい、とすげなく拒否するが、それくらいで女の子があきらめるわけがない。
「独り占めはずるいわよ〜」
「おーねーがーいー」
「明日、調理実習で作るお菓子あげるから」
まぁ、放っておいても行くのだろう。
校内で危険があるとは思えないが、女の子に怖い思いをさせるわけにはいかない。
――決して、お菓子につられたわけでは……多分、ない。

***

「別に構いませんけど」
ベルクートにつきそいを快く了解してもらい、女の子たちは万歳しかけたが、次の言葉に固まる。
「先生方に知らせてきますね」
そんなことをしたら止められるに決まってる、と学生たちは大反対したが、学校側の許可がなくては消灯後に勝手に出歩いてはいけない、と逆に諭されてしまう。
いきなり肝試しは中止か、とがっかりしていたが、これまたあっさりとベルクートは了承をもらってきた。
彼がいるなら大丈夫だろう、と許可されたらしい。
黙って行かずに、きちんと報告したのもポイントが高かったようだ。
まさに人徳。普段の行いを、周りは結構見ている。

そして、消灯後。
学生寮からスタートして、夜の学校を歩く。
昼はなんとも思わない場所でも、明かりを最低限にした校舎は、妙に淋しく、不気味だ。
紋章の教室では放置された紋章が怪しげな光を放ち、鍛治の教室では作りかけの彫像が蝋燭の炎に動いて見える。
語学の教室には並んだ本が、何故か時折かさかさという音と立て、鑑定の教室ではずらりと並んだ「いたずら描き」が部屋を呪われた雰囲気に仕立て上げていた。
とりあえず、学校というのは、肝試しには最適の環境かもしれない。
いちいち、床のきしみや灯りの揺れに悲鳴をあげる女の子たちに苦笑しながら学校を一周し、特に何も見つけられず、彼らは学生寮へと戻った。
女生徒たちは、ほっとしたようであり、何もなくて残念そうであり。
一階のの受付前で解散しかけた彼らの前を、ふわりと何かがよぎった。
白い布が宙に浮かんでいた。
「うそ……」
「ほ、ほんとに白いオバケ――」
きゃーーーー、と黄色い悲鳴があがる。
一斉に飛びつかれて、ベルクートは動けない。
これでは用心棒の意味がない。
ついでに、ファレナの軍では最速を誇ったはずの王子は、女生徒たちの反射速度には遠く及ばず、一歩離れたところから呆然と立ち尽くすのみ。
――女学生、恐るべし。
「「「先生ぇー! 怖ーーいっ!!」」」
「先生じゃありませんから!」
とりあえず、否定するのは忘れない。
待ち構えていたかのように、隣の通路から声がかかった。
「何事だね?」
「「教授」」
「「「オバケが〜っ!」」」
生徒たちの声に、老教授はふいに真剣な表情となった。
「出たかね」
ここは昔戦場で……などと、灯りを顔の下に持っていって恐ろしい表情をしてみせる教授に、さらに悲鳴が上がる。
「教授、あまりからかわないで上げて下さい」
「目が笑ってる」
「おや、ばれたか」
かっかっか、と笑う老教授に、女生徒たちをまとめて引き渡す。
「彼女たちを、部屋まで送っていただけますか」
「君たちは、どうするね?」
「もっちろん、正体を確かめる!」
「おお、がんばりなされ」
元気よく走り出すのを、にこにこと見送って、教授が女の子たちに尋ねた。
「……ところで、今の子はどこの子だったかのう?」
「ファレナからの留学生でしょ?」
ん? と教授が首をかしげた。
「わしは、留学生は男の子と聞いとるぞ?」
「双子の男女だって噂ですけど」
「いやいや、留学生は一人のはずじゃが……」
「じゃ、あの子、ダレ?」
学院は、単元ごとに自分で受ける授業を決めるため、まともに自己紹介をしていない。
留学生は銀髪、という噂だけを聞いていたので、午後の授業で一緒になった美少女を、疑いもなくその留学生と思っていたのだが……。
「それじゃ――」
改めて、悲鳴が夜の寮に響き渡った。

***

「あれ、なんだと思う?」
「……ドレミの精」
「やっぱり?」
裾をふりふりしながら飛ぶ姿に、見覚えがあった。
グリンヒルの裏手の森にいるという、野生(笑)のドレミだろうか。
白い影はのんびり散歩しているようで、すぐに追いついた。
ひょいひょいと角を曲がり、最後に地下の準備室に向かう階段へ。
その後を追って、二人も地下に下りてみたが。
そこで、白い姿は煙のように消えていた。
「あ、あれっ?」
「……いませんね」
「ドレミって空間転移なんてできたっけ?」
「そんなビッキーさんのような能力はなかったと思いますが」
「おっかしいなぁ?」
「殿下、その格好では自重してください……」
がたがたと、積みあげられた荷物や樽によじ登り始めた少年に、ベルクートが力なく懇願する。
「なんで? 狭いし暗いし、ベルクートしかいないじゃない」
「だから困……いえ、私が探しますからっ!」
もめている間に、たまたま手が当たったランプが、ぽっと灯をともした。
同時に、ごとん、と音を立てて、壁が開く。
「隠し通路みーっけ!」
「殿下、走っては危ないですよ!」
闇の向こうに、ほんわりと光る白い影が移動してる。
しばらくすると、再びその影が消えた。
「学院の中だね」
「地下の準備室ですか」
薄暗い中、ふよふよ幽霊もどきを追いかける。
「む、行き止まり?」
廊下の先で、また影が消えた。
今度は、通路の奥に偉そうな胸像が一つあるきりで、スイッチが見当たらない。
「ここまで来て!」
「殿下、像に八つ当たりしないでください」
不敬にも彫像の頭を引き抜いた途端、奥の壁がごとり、と動いた。
「あ、また隠し通路!」
さっきから、押しボタンとか像のスイッチとか。
「……学院長の趣味なんでしょうか」
逃げ道を確保するにも、もう少しおとなしい仕掛けにしてもよさそうなものなのだが。
学院裏の森に入り、少し進むと、少し開けた場所に出た。
小屋があり、その前にいくつもの小さな影がうごめいていた。
「やっと来たか。一匹足りないと、ハーモニーがそろわんではないか!」
コロコロと転がるようないくつもの音の合間に、甲高い声で怒鳴っている人間がいる。
「この声は……」
「コルネリオ、何してるの?」
声をかけられたことには驚きもせず、くるりと丸い体が振り返った。
「何を、だと? この、凡俗、がーっ!!」
……耳をふさぎたくなるような口調も、久しぶりだとちょっとなつかしい。
小さな目が、かっと見開かれ、罵倒混じりの説明が続く。
「なんて言ったか分かった?」
「明日の授業、とか、演習、とか……」
「音楽の先生なんだ!?」
ラシドが加わって、ようやくリハーサル開始。
ファレナに居たドレミの精に、グリンヒル周辺に住む野生のドレミが遊びに来て、楽団はさらに大きくなっている。
なるほど、これなら夜中に学院まで届く音楽となっていただろう。
性格に難はあれど、音楽に関しては確かに天才。
オバケをつきとめたご褒美として、二人は久しぶりに、巨匠が奏でる壮大なオーケストラを楽しんだのだった。

***

翌日。
学院では、白いオバケに果敢に立ち向かった、ざしきわらしの美少女の噂でもちきりだった。






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翌日、緑制服で過ごして、さらに学院を混乱に陥れる王子。
いたずら大好き。

夜の地下準備室で、ベルクートさんに「そんなに私を困らせたいんですか?」と言わせたかったのは内緒です。
ふふふ。
(どこかで悲鳴が聞こえたような。キニシナイ)





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