五日目  ――フィールドワーク。または薬草の秘密



午前中の授業は、「考古学」。
外部から是非にと招いた、ありがたい講師によるものだった。
「先生はツヴァイクさんだったのでしょう? いかがでした?」
「……知識のある人が、いい先生というわけじゃないことが良く分かったよ……」
自分は睡魔との戦いになんとか勝利したものの、教室の九割方が敗北する様子を目撃する羽目になった騎士長閣下は、ファレナでは、人選に気をつけねばと心に誓ったのであった。
「ところで午後は何か予定ある?」
「依頼は、ほぼ片付きましたから、特には」
「今日の午後は、もう受けた授業ばかりなんだ。だから――」
たまには町でも回ろうか、と言おうとした時。
手から、ひょいとサンドウィッチが奪われた。
「それは好都合だ。私に付き合ってもらおう」
「ツヴァイクさん」
「ぼくの昼ご飯〜っ!」
「付き合えって、一体どちらへ」
自分の分から昼食を分けて主をなだめ、ベルクートが尋ねる。
「コボルト村で見つけた古文書には、ミューズの東にシンダルの遺跡があると記載されていた。たいした規模ではないようだが、調べる価値はある」
「なんでぼくたちが」
「習ったことを実地研修するのも、授業の一環ではないかね?」
ファレナでの学校の参考にするのではないのか、と言いたいらしい。
「……ご先祖様(かもしれない人)たちが作ったものなんだよね。行ってみようか」
「殿下が行かれるのでしたら、お供します」
何かだまくらかされている気もしないでもないが、午後の日程は決まったのだった。

***

「ただの森のようですが……」
「いや、そこから土の色が変わっているだろう。過去に、なんらかの人為的な工事があったということだ」
常人では分からぬわずかな違いを見つけ、ツヴァイクは茂みを切り開いて先に進んでいく。
考古学者は、結構体力勝負である。
「よし、ここだ!」
目の前に、木々や草の蔓に飲み込まれかけた、石作りの大きな遺跡が現われた。
「さすがだね」
ファレナの大規模な洗練された遺跡とは違い、石造りのごつごつとした雰囲気だ。
水路を利用して扉を開く動力などに使用しているところは、やはり同じ文明の流れを汲むものか。
何箇所かに置かれた変わった形のシンボルをはめ直すことで、途中の通路や扉が開く仕掛けになっている。
「単純な作りだな。……鍵を持ってくる必要はなかったか」
「――そーゆーこと!?」
フィールドワークとか、実施研修とか言っていたが。
この遺跡でも紋章による認証があった場合に備えて、『鍵』を連れてきたらしい。
ふくれかえった『鍵』には目もくれず、ちゃくちゃくと通路を進んでいくツヴァイク。
途中に置かれた双頭の蛇の彫像の前で、少し考える様子を見せたものの、迷う様子もなく水路の水を抜き、さらに奥へと進む。
「気をつけてください、何かいるようです」
通路の端で、今まで通りに石壁へシンボルをはめ込もうとしたツヴァイクに、何か大きな気配を感じとった剣士が、注意を促した。
剣を引き抜き、連れを後ろに下がらせる。
「――開けるぞ」
ツヴァイクが、『鍵』をはめる。
石の扉が重い音を立てて開き……中から現われたのは。
先ほど見かけた彫像とよく似た、しかし、途方もなく大きな双頭の蛇であった。
「やはり『門番』がいたか。――よし、倒してくれたまえ!」
「それで連れてきたんですかっ!?」
一応苦情を言ってみるが、予想通り、「当然だろう」と一蹴された。
遺跡を荒らす者を倒す使命を持っているのか、明らかに敵意を持って襲ってくる相手を放置するわけにもいかない。
仕方なく、飛び掛ってきた片方の頭を、剣の刃のない方で叩きのめす。
もう片方の頭には、少年が持っていた「眠りの風」の札を使った。
古代遺跡の門番にしては、意外とあっけなく倒れた大蛇を踏み越えて、学者殿は次の部屋に置かれていた古びた金属の箱――冒険者の呼ぶところの宝箱――を開いた。
中には、何やら文書が入っていたようだ。
新しい(?)古文書だろうか。
「何て書いてあるの?」
子供らしい好奇心で、わくわくした顔で覗き込もうとする前で。
ツヴァイクは、いきなりそれを引きちぎり、くしゃくしゃに丸め、まだ倒れている蛇の口の中に投げ込んだ。
――証拠隠滅。
くだらぬ、と部屋に背を向けるツヴァイク。
「誰にでも解読できる文書があり、誰にでも分かる程度の『鍵』で、ある程度の腕があれば倒せる程度の門番……、『古代遺跡』になる前に、荒らされていて当然だったな」
要は、すでに誰かが先に訪れており、何か腹が立つような手紙が残されていたということらしい。
前にも倒されずにすんだ『門番』は、そんなことも知らずに、箱を守りつづけてきたのだろうか。
八つ当たりされて可哀想に……。
さっさと来た道を戻ろうとしたツヴァイクに、少年が責めるような視線を投げる。
「どんな文書だったとしても、残しておいた方が良かったんじゃないの? 次の人、空っぽの箱じゃ可哀想じゃない」
人によっては、メモが残っていれば、先駆者がいたのだとあきらめもつくだろう。
ようやくたどり着いた場所に残されたものが、とにかく空なのは淋しい。
それを聞いたツヴァイクは、しばらく腕組みして考えていたが、何を思ったのか、蛇が倒れている広場の隅に生えている草を引き抜き始めた。
片手で掴める程度の束を、蔓で一巻きし、すたすたと戻ると無造作にそれを箱に放り込む。
「――これでよし」
いいんだ!?
こうも当たり前のように行動されると、自分たちが間違っているような気になるのが恐ろしい。
几帳面に取り外したシンボルや動かした石を元の場所に戻し、考古学者はまた遺跡を求めて去っていく。
騎士長閣下は「またね」と手を振ったのだが、それにすら気づいていないようだった。

***

「あ、これ、さっきの草だ」
「この辺りでは珍しい薬草だったようですね」
学院に戻った二人は、資料室で植物の図鑑を開いていた。
「何々、乾燥させた全草は、高熱に特効……。それなりに価値のあるものだったみたい」
「遺跡目当ての考古学者や、財宝目当ての冒険者が、あれで満足するとは思えませんが……」
「元々金目のものは入ってなかったわけだし。気持ち気持ち」
「はぁ」

十年後、それが誰かの役に立ったなんてことは、二人には知るよしもない。






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シンダル遺跡の薬草。

――先生、あんたの仕業か。
と言っていただければ本望です(笑)。





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