六日目  ――学園裏の言い伝え



王子の留学もあと一日。
今日も今日とて、教授の手伝いで、ベルクートは学院の中では一番の高所となる時計塔にあがっていた。
「これが原因ですね」
「おや、こんなところに」
隙間に挟まっていたクルミの殻を取り出すと、歯車が音をたてて回りだした。
時計の時間を合わせ、油を差し、修理完了。
塔に住み着いているリスか鼠が、おやつをかじっていて落としたのかもしれない。
不調は、意外と小さなものが原因であったりするものだ。
「いや、助かりました」
「一週間もお世話になりましたから、このくらい」
「ベルクート先生が学院に残ってくださると生徒も喜ぶのですがのう」
「先生ではありません」
あいかわらず、とりあえず否定するのはそこらしい。
「そういえば、留学生のおつきそいでしたな」
……学院の教員たちにも、臨時講師と思われている節がある。
この老教授も、すっかり忘れていたようだ。
苦笑しながら梯子を降りたところで、北側の窓から広大に広がるグリンヒルの森が見渡せることに気がついた。
森には細い道があり、複雑につながっている。
先日見つけた隠し通路から、脱出経路として使われるのだろう。
「裏の森は、稀に魔物が現れることがありますからな、普段は立ち入り禁止ですよ」
「普段は、というと例外の日が?」
「生徒がこの学校から飛び立つ日、ですな」
「卒業の日ですか」
「ほれ、森の中ほどに、ちょっとした空地があるでしょう」
小道と小道の間に、少し開けた場所があり、乾いた土の茶色が見える。
「いつ頃からか、あそこに妙な伝説が出来ましてな」
ひとしきり、そこに関するいわれを話し、教授は笑っている。
「その日ばかりは、魔物も恐れをなして出てこなくなってしまった。いつの時代も、若者の恋心に敵うものはないということですかの」
「はあ……」
どうもそういった話とは縁のないベルクートは、なんと答えたものか困りながら、改めて森を見る。
木々の間に、人影が動いた。
その髪と服の色は、見間違いようもない。
「先に失礼します」
毅然とした剣士の顔になったベルクートを見送って。
「――また伝説が一つ増えるかのう」
北の森に目をやり、老教授が、ほっほっほと楽しげに笑った。

***

「うーん、この辺……かなぁ?」
学院から北へ、5分ほど歩いたところにある空地。
そんなあいまいな情報を頼りに、学院裏の隠し通路を出て30分。
森の小道は、あちらでつながり、こちらで途切れ、早々に見失ってしまった。
振り返れば学院が見えるので、とりあえず帰りはなんとかなるだろうが……。
じゃれついてきたヒイラギ小僧は軽く道からどかし、ヒイラギ爺さんのお茶の相手を務めて愚痴を聞き、野生のドレミの精にはこちらのドレミの精とのど自慢大会を開いてもらい。
戦闘らしい戦闘はないものの、やたらに時間を食ってしまった。
「行きすぎたかな?」
呟いて、来た方向を振り返る。
前方は、木々にふさがれている。
左右の細い道のどちらかから来たはずなのだが、もうよく分からない。
……自分の方向オンチを甘く見てはいけなかった。
「あや。どうしよう」
緊張感の欠片もないまま、一人ごちたとき。
「殿下!」
聞きなれた声を耳にして、「助かった」と「しまった、見つかった」という両方のなんとも言えない表情が浮かぶ。
「お一人で、どうしてこんなところに!」
無事であったことをほっとすると共に、一人で森に入り込んだことを咎める目。
「大丈夫だよ、魔物と言っても、このあたりのは友好的みたいだし」
言っているそばから、ベルクートも、ヒイラギ爺さんに「ま、一杯」と差し出されたお茶を「あ、どうも」とか受け取っている。
「ほら、大丈夫でしょ」
「……そういう問題ではなく」
薬草っぽいお茶を飲み干して、ベルクートは注意を再開する。
「初めての場所は、もっとご用心ください。貴方の身に何かあったら、ファレナはどうなるのですか」
「……ファレナ?」
チリ、と額に小さな痛みが走った。
「そうですよ、もう少しご自分の立場というものを……」
その言葉に、また。
今度は、少し爪を立てたような。
いつもと同じ、ただの軽い注意なのに。
何故こんなにイライラするのだろう。
額の痛みにつられるように、心の奥底に沈めていたはずの言葉が口をついた。
「ベルクートが守っているのは、女王の兄? 騎士長?」
――こんなこと、言ってはいけないのに。
「ああ、今は紋章の所持者っておまけもついてたっけ。こんな危険な人間を、国外で見失うわけにはいかないよね」
元々、女王国に王子など不要なのだと言われ続けてきた。
あの頃は、何もなかったからこそ、そばにいてくれた人々を信じることができた。
しかし、今は。
女王の兄、騎士長代理、太陽の紋章の所有者。
肩書きがつくほど、不安になる。
それらを失った時、自分の周りには、誰か一人でも残ってくれるのだろうか、と。
そして、自らの故郷であるあの国。
内乱後、多少落ち着いているとはいえ、王族がどんなに努力してもそれは『当たり前』で、何をしても貴族たちは認めようともしない。
それどころか、隙あらば足をすくおうと虎視眈々と狙っている者のなんと多いことか。
これからも、ずっと空しい努力が続くのだろうか。
あんな国……
「ファレナには、もう戻らない!」
叫んでしまってから、また走った額の痛みに、我に返る。
――自分は今、何を言った?
妙に頭がぼんやりとして、どこまで本当に口にしてしまったのかが思い出せない。
けれど、最後の言葉は自分の耳にもまだ残っている。
こんな子供のような八つ当たり、呆れられたに違いない。
この場からいっそ逃げ出したいのに、足が動かない。
思考だけではなく、身体も上手く動かない。
――どうしよう、嫌われてしまう。
鋭い叱責か、侮蔑の言葉を覚悟して、目を閉じる。
けれど、聞こえたのは。
「殿下。私の忠誠は、ファレナ王家でも、紋章の主でもなく――ただ貴方にのみあります」
静かな、変わらぬ誓い。
「もしも本心からファレナとのしがらみを捨て去りたいとおっしゃるのなら……このまま、地の果てまでもご一緒する覚悟くらい、とうにできていますが?」
「――っ!」
思ってもいなかった同意の言葉に、所詮、一時的な感情に任せた反発はあっけなく崩れた。
その様子に気づいているだろうに、旅行の続きでも考えているかのように、どこがいいですかと続ける。
「私はファレナを出てから、できるだけ多くの国を見ようと旅して回りましたが、まだハルモニアの奥や、アーメスには行っていません。――ああ、いっそ、ナガール教主国にでも行ってみますか? あそこなら、そうそうファレナ出身者と会うこともないでしょうし」
なんでもないことのように言ってのけるベルクートに、驚いて声もない。
「予定のまま西に向かってしまうと、迎えの方と会ってしまうかもしれませんから、明日にでもハルモニアへ抜けて……」
なおも逃避行の計画を、並べあげる。
しばらくして。
口をぱくぱくさせている主に、ベルクートは、冗談ですと笑った。
「このような申し出に意味がないことも分かっております。貴方が妹君を見捨てて国を出ることなどありえませんから」
その言葉に、リムスレーアの顔が浮かんだ。
甘える笑顔、ミアキスにからかわれた時の拗ねた顔、貴族と謁見した後の不機嫌な顔――。
本心から逃げ出そうなどと思ったわけではなかった。
自分のように国外へ出ることすら叶わぬ幼い妹が、立派に責務を果たしているというのに。
ただ、自分を見てくれている人がいるのか、急に自信がなくなった。
こんほど近くにいる人でさえ、必要としているのは、ファレナの代表者なのではないかと。
そう疑った途端に、自分を支えてきた糸が、ぷつりと切れたような気がして。
普段なら思っても絶対に言わないようなことを、言葉にしてしまった。
「ごめん、こんなこと、言うつもりじゃなかったんだ」
――怖い。
「どうしよう、これが紋章の影響だったら……。母上みたいに、ちょっとしたことでも、抑えられなくなったら――!」
紋章が響いているのかどうか、自分でも分からない。
母は、太陽の紋章を宿した後も、普段は優しかった。
けれど、自分の意に添わぬ意見や状況を耳に、目にした時、感情を押さえられなくなるのが、端から見ていても分かった。
こんな風に、少しずつ蝕まれていくのでは。
その危険があることは、理解していたはず。
覚悟して、自分で宿したにも等しいのに。
「大丈夫です。紋章の影響などではありません」
きっぱりとした言葉に、すがるように顔をあげる。
信じたい。
けれど、どうしてそんなに自信を持って言えるのだろう。
「少しくらい不機嫌なことは、誰にでもあることですよ。今回は、その原因も分かっておりますし」
「原因?」
「殿下はお疲れなんです」
軽く言われて、緊張が崩れる。
「ここに来てから、別に大変なことなんか――」
「この一週間、あまり寝ておられないでしょう」
「……」
一番単純で、それでいて人の心を極端に乱すもの。
眠らせない、というそれだけの手段が、拷問の一手にすら使われる。
心当たりは大有りだった。
ここに来てから、一度きりの授業でも理解しないまま受けたくはなかったし、真の紋章について書かれた文献も気になった。
どうしても寮に戻ってから長時間、本と向かいあう羽目になった。
情報を得るために必死であったために、眠気も疲れもほとんど感じずにいたが……。
気づかぬうちに、どこかで、歯車が狂いかけていたのか。
「健康な人間でも、寝不足が続けば、体調を崩して当然です。気づいていたのですが、お元気そうだったので、まだ大丈夫なのかと……。ご注意せず、申し訳ありません」
あまりにも基本的な体調管理に失敗していたことに愕然としつつ、別のことに思い当たる。
何故、自分が起きていたことを知っているのか。
つきそい人の宿の窓からは、校舎の影になって学生寮は見えない。
宿の外の通りまで出なくては。
「……ずっと外にいた?」
「私は難しい本を読んでいたわけではありませんし、昼間は適度に休めましたから」
なんでもないことのように、大丈夫です、と答える。
変わらぬ笑顔に、この程度で自制できなくなった自分が恥ずかしくなった。
辛いのは自分だけなどと、なぜ思いこんでしまったのだろう。
こんなにも、近くで見守ってくれている人がいるというのに。
「さ、戻りましょう」
「……うん」
「ところで、殿下。蒸し返すようで失礼ですが」
「うん?」
「なぜ、こんなところへ?」
本当は照れくさくて言いたくなかったが、今更隠し事などできるわけがない。
「今日、授業で一緒になった子に聞いたんだ。グリンヒルの森に、生徒だけが知ってる秘密の場所があるって」
平和な場所で過ごす子供たちらしい、微笑ましい言い伝えだった。
卒業の日に、そこで想い人に気持を伝えることができれば、その後もきっと上手くいくのだ、と。
「それで、どんなところなのかなって」
「ああ、『学園裏の言い伝え』ですか」
「うん、そう……ってなんでベルクートが知ってるのさ!?」
「先ほど時計塔でご一緒した教授が、その話を教えてくれました」
生徒の「秘密」は、意外と教師にはバレバレだったりするのだ。
「そそそ、それで、その場所って……!?」
「ええと――」
森の中の、少し開けた場所。
乾いた土が茶色く変わった形を描いている。
その場では、その全体像はよく分からないが……。
塔から見た時の位置と距離から判断すると。
「ここだったみたいですね」
「――っ!!」
「? さ、帰りましょう」
「う……うん」
手を差し伸べるベルクートは、良くも悪くも、いつもと何も変わらない。
伝説の場所は、効果があったのか、なかったのか。
少なくとも言われた方にとっては、一撃必殺であったことは間違いない。

***

二人の姿が空き地から消えた後。
がさり、と茂みから顔を出した者たちがいた。
大人びてはいるが、まだ夢見がちな目をした娘が、ほう、と頬を染めてうっとりと呟いた。
「私の忠誠は、ただ貴方にのみあります、ですって。……素敵。一度、あんな風に言われてみたいわ」
ちらり、と背後に目を向けると、同い年くらいの若者が、すいと視線を避けた。
「お嬢様。ドレミの精集めはもうあきらめて、お戻りになってください」
「やーよ、あと二匹なんだから。……あの子も全部揃ってたわ。きっと、揃えば素敵な音楽を聞かせてくれるわよ」
「あとは私が集めておきますから……」
「だめよ、貴方はヒイラギお爺さんの世間話に付き合わされて、さっきから全然先に進んでないじゃない」
「お嬢様っ!」
気の強そうな娘が、捕らえたドレミの精のロープの端をつかんだまま走りだす。
もう一人は、ため息をつきながらも、少しだけ笑みを浮かべてその後を追う。
グリンヒルの森には、助けを求めるドレミの精たちの不協和音が、いつまでも響いていた。






----------------------------------------------------------------------



コナミと言えば、ときメモ。
学校と言えば、伝説の木!
きっとあるに違いない!!

というわけで、グリンヒルの裏に森があると分かった時点で、「伝説の木」を探しました。
……が、該当するような目立つ木はなく。

代わりに妙に目立ったのが、途中の空き地。
ハート型なんです。
気になる方は、是非ゲームを立ち上げるか、攻略本(NTT出版の方)で確認してください(笑)

途中の誓いの言葉と、ラストの二人に、ニヤリとしていただければ嬉しいです。
彼女たちが10年前にグリンヒルにいたかどうかは分からないのですが……
17歳なら、彼女が学生として滞在していてもいいかな、と思いまして。





TOP小説目次小説裏目次