七日目 ――八十八年祭
「学校も今日で終わりかぁ」
「過ぎてみると、あっという間でしたね」
今日は学院の休日だが、年に一度の学祭だった。
学祭と言っても、普段の勉強の成果を発表する場。
今年は、八十八年祭と銘打って、いつもよりも少しにぎやかに開かれるという。
最終日の午前中は、終了の手続きと、そちらを見て回る時間に当てている。
「ベルクートの用事は全部終わった?」
「一つだけ、ご協力いただきたいことが……」
最終日でよいと判断したのだから、それほど重要なことではないのだろうが、手伝えることがあるのなら嬉しい。
渡された用紙を、わくわくしながら眺める。
最重要任務!
『女学生に人気のあるお菓子』
……これはミアキスの字だ。
その下に。
なるべくたくさん。
……これはリムの字。
「調理実習の発表やってるとこで、適当に買っていこう」
「……頼りにしています」
よほど困っていたらしく、深々と頭を下げられた。
***
付添い人の宿を引き払うために、ベルクートは一週間使っていた部屋に戻っていた。
机の上にまとめておいた書類の位置がわずかに違っていることに気付き、部屋を見回し、声をかける。
「――シグレ殿とサギリさん?」
「……なんで分かった?」
書棚の陰から現われたのは、長い前髪で目の隠れた若者だった。
その後ろから、連れ添うように長い髪の女性も続く。
「そろそろ誰か、合流される頃だと思っていました。王家の信頼が厚く、調査が得意で――同じ部屋にいて、私に気配を悟らせない人」
「ちぇ、気配を消してたから逆にばれたのか」
「ストームフィストの件は、上手くいったんですか?」
「なんだ、騎士長サン、あんたには内緒だって言ってたくせに、やっぱり話しちまったのかよ。……安心しな。犠牲者ゼロ。貴族の連中、面白いくらいに引っかかってくれてな、一網打尽だったぜ」
「ゲオルグ殿とカイル殿は今、ソルファレナに?」
「いや、残党が騎士長サンを追ったことが分かったんで、俺たちと一緒に北に来てる」
そこに、途中から話を聞いていたらしい騎士長閣下が、泡を食って駆け込んできた。
久しぶりに会った王家お抱えの諜報担当の肩を、ぽかぽかと叩く。
「シグレ! 何、ふつーに話しちゃってるのさ!!」
「――へ?」
シグレが、まさか、という顔で振り返る。
ベルクートは、苦笑しながら謝った。
「すいません、鎌をかけさせてもらいました」
「でぇぇぇっ!?」
シグレが頭を抱えて、こんな奴に、とか、守秘義務が、事務所の信用が、とぶつぶつ言っている。
「申し訳ありません。殿下からお話いただくまで待つはずでしたのに」
「い、いつから分かってたの?」
「竜洞騎士団で噂を教えてもらった辺り、ですか」
そういえばあの後に、隠し事はないか、と聞かれた覚えが……。
「わざと不穏な噂を流し、貴族の造反を促して、反勢力を燻し出す計画だったのでしょう?」
「――うん」
「まだかなりの力を保ち、なおかつ王家に対して害意を持つとすれば、ゴドウィンについていた一派。ドラートは、竜馬騎兵団が目を光らせていますから、彼らが集まるとしたら、手薄になっているストームフィスト。あそこで、罠を張ったのだろう……と、ここまでは、想像がついたのですが」
そこまでバレバレだったのか、と騎士長殿は、がっくりとしている。
「分からなかったのは、何故、私にだけ秘密にされていたかです。話していただければ、私はストームフィストを押さえるメンバーに加われたでしょうに」
「だからだよっ!」
正解にたどり着いているのに、肝心のところが分かっていないベルクートに叫ぶ。
「ストームフィストと関りがあることで、情報を漏らすと疑われましたか?」
「ベルクートがそんなことするわけないじゃないっ!」
「それでは一体……」
見かねて、サギリがそっと助け船を出す。
「騎士長さんは、貴方と一緒に旅をしたかったのよ」
それを聞いて、ベルクートはかえって驚いた顔になった。
「……それだけですか?」
「それだけって――」
今回の計画が持ち上がった時点で、色々検討はしてみたのだ。
考えれば考えるほど、ベルクートはファレナから外せない。
半年もストームフィストに居たのだから、当然地理に詳しく、知り合いも多い。
暗躍する貴族の動向もある程度察している。
あの町を押さえる役に、彼以上の適任はいないのだ。
知らせれば、本人もその役目を望むに決まっている。
しかし、最大の『エサ』として、自分は国外に出なくてはならない。
最初で最後になるかもしれない、国外の旅。
どうしても、一緒に行って欲しかった。
――それならば、いっそのこと、何も知らぬうちに連れだせば。
だます形になることに気が引けながら、悩みに悩んだ末の決断だったのに。
それだけで済まされるとは。
へこんだ騎士長閣下は見なかったことにして、シグレが別の話題を振った。
「んで、次はあんたからの依頼の結果なんだが。――九割方、今の件と一緒に解決した。あとの一割は残念ながら、まだだ」
「分かりました」
ベクルートは別に何か、探偵事務所に依頼していたらしい。
「え? 何?」
きょろきょろする主に、にこりと笑う。
「まだ内緒です」
「ええええ、ずるいっ!」
ちらっと睨まれたシグレも、今度は肩をすくめる。
「守秘義務だっ」
「むうー」
立場が逆転して、騎士長殿はふくれかえる。
……が、しばらくすると、ふふ、と笑った。
「ああ、なんかバレてほっとした」
隠し事があると告げてから、ずっと怖かった。
いっそ言ってしまおうかと何度も考えたが、それで嫌われはしないかと思うと、口に出せなくなった。
「言ってくださればよかったですのに」
「話してたら、ファレナに残ったでしょ」
「同行せよと一言命じていただければ、私はこちらに来ましたよ」
「そうかなぁ……」
ストームフィストには、彼にとって思い入れの強い者たちがたくさんいる。
「……ストームフィストを囮にするような真似をしたから、下手に途中で本当のこと言ったら、怒るかと思った」
だから、無事に済んだことが分かってから知らせたかったのだ。
「確かに心配はしたかもしれませんが、私にとって、貴方以上に優先することなど何もありませんよ」
さらっと言われて、そういうものかと流しかけて。
しばらく、その言葉を反芻する。
ようやく理解して、言われた方は、熟れたリンゴのように真っ赤になった。
やってらんねーという顔で、シグレが肩をすくめて部屋を出ていく。
サギリが、作り物ではない微笑を浮かべて、またあとで、と戸を閉めた。
***
「騎士長サンは?」
「女王陛下へのお土産を選んでいます」
学院の建物の設計図や組織に関する調査書、写本などは、それなりの量になるため、別途ファレナへ送ることになっている。
日持ちのする菓子類もそちらと一緒に送ることにしたので、今頃は山ほどの焼き菓子を抱えているに違いない。
仲良くなった生徒たちとの別れもあるだろうと、気を利かせた連れたちは、グリンヒル市街の広場に先に来ていた。
だが、彼らの元に息を切らせて走ってきたのは、女学生たちだった。
「「ベルクート先生ーーっ」」
「私は先生では……」
「それどころじゃないのっ!」
「盗賊が!!」
動揺した彼女たちをなだめ、何とか状況を聞き出した。
周辺の町を荒らしていた盗賊たちが、都市同盟の依頼を受けた追跡者に追われてグリンヒルへ逃げ込み、よりによって学院へ入り込んだのだという。
「そ、それで……」
「アルちゃんが人質に!」
「まさか――」
「騎士長さんのこと?」
「げっ」
ファレナの貴族がしかけた追手ではないが、面倒なことに巻き込まれたことには違いない。
慌てて学院地区へ戻ってみると、学院の入り口前に人だかりが出来ていた。
その中心で、旅服の少年がたちの悪そうな男につかまっている。
男は片手で人質の腕を押さえ、短剣を喉元につきつけていた。
「早くしろ! この娘がどうなってもいいのか!」
……少々誤解があるようだ。
仲間たちが駆けつけたことに気づいた少年は、顔色一つ変えぬまま、視線で彼らに合図をした。
自分がおとりになっている間に、町に散らばっているはずの、この男の仲間を倒すように、と。
その指示を読み取った三人は、おびえて遠巻きにしている学生や教師をすり抜け、その場から姿を消す。
盗賊の頭らしい男は、なかなか要求したものが届けられないことに苛立っている。
「早く、食い物と金を持ってこい! もたもたしてると、この女ぁ……」
役得とでも言わんばかりに、腕の代わりにぐい、と胸をつかんだ。
……つもりだった。
「――アレ?」
普通なら、人質はこの辺で泣き叫んだりするところなのだろうが。
疑問形の呟きになったのは、盗賊の方である。
「お、おまっ、おと……」
驚きのあまり手を離した男は、がつ、と背後から肩を掴まれた。
「それ以上……触れるな――!」
低い宣言と共に、容赦なく殴り飛ばす。
かなりの体格であるヤクザ者が、学生寮側の空き地まで吹っ飛んだのだから、その怒りの凄まじさたるや。
学生たちからは、わっと喝采と拍手が上がったが、次の矛先になった者はそれどころではない。
「貴方も貴方です! 何故あんな奴につかまってるんです!」
「だ、だって、他の女の子を人質にしようとしてたからさ……」
予想外の激怒ぶりに、怯えていいのか、喜んでいいのか、難しいところだ。
「あんな奴、簡単に倒せたでしょう!?」
「一人だけ先に倒したら、学生たちが危ないじゃないかっ!」
「だからと言って、あんなのに触……」
「ベルクート先生っ、あいつが逃げる!!」
盗賊がそーっとその場から離れようとしたことに気づき、学生が叫んだ。
決まり文句となっていた『先生ではありません』がなかった上、無言で投げたのは短剣ですらなく、腰に帯びていた大剣だった。
こそこそと膝立ちで逃げようとしていた男は、肩越しに地面へ突き刺さった剣にへたりこむ。
頬を掠めた刃に、つぅ、と一筋血が滴った。
「動くな」
「は……はひっ――っ」
腰を抜かした盗賊を再び放置して、きっとベルクートが振り返る。
ああ、怒ってる、怒ってる。
――母上。
母上も無茶をすると、父上にこんな風に叱られてたんでしょうか?
ぼくは母上と父上は仲がいいところしか見ていないので、こういう時の対処方法が分からないのですが。
それとも案外、父上がならず者で、母上に退治されてたりして――。
……ちょこっと現実逃避に入ってみる騎士長閣下である。
「――殿下」
聞いたこともないほど静かな口調に、なんとか言い返してみる。
「ぼくは、こいつらの仲間を捕まえておいてって指示したつもりだったけど! そっちはどうなってるのさ?」
「そ、それは……」
ベルクートが、さすがに口ごもった時。
「そっちは心配ないぜ」
「盗賊を追ってきた人たちが、全部捕まえてくれたわ」
シグレとサギリが戻ってきた。
「ホント? 良かっ……」
「悪め!」
ほっとした少年の言葉は、どこかで聞いたことのあるセリフにさえぎられた。
「この悪党共、我が刃のサビとなるがいい!」
「細切れにして、森に投棄し、獣の餌としたしましょう」
「うむ、任せる!」
縄でぐるぐる巻きにされた男たちが、体格のよい若者にひきずられていく。
獲物の中に、空地前でへたり込んでいた男も加えられた。
その前を、堂々と歩いていく軽甲冑を身につけた赤毛の女性。
「キャーっ、お姉さまーっ!」
「すてきぃーーっ!!」
盗賊の乱入も、その追手の活躍も、学祭の出し物の一つと化してしまったようだ。
「……そういえば、あの二人って北の大陸出だったっけ」
「里帰りですか」
呆然と見送っているうちに、何をモメていたのか忘れてしまった約二名がいた。
***
屋台や展示を回り、料理人見習いたちから山ほど菓子を買占め、学生たちの別れを惜しむ声を後にする。
街道に出てから、ベルクートは不思議そうに言った。
「それにしても、八十八周年というのは、随分半端な数字ですね」
「そう? ここらしいと思うけど」
「?」
「元グランリーフ学院。今はニューリーフ学院。葉っぱでしょ」
「??」
「はっぱ=88」
「……」
立ちすくむ剣士を、諜報員二人が、ぽん、と肩を叩いて慰めた。
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88が書きたかっただけデス。
すいませんっ、石投げないで〜っ!!
隠し事、ようやく判明……と見せかけて、実はまだひっぱります。
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