夜明けは光と闇の狭間 弐
***
「王子!」
額を押さえた少年の元へ、仲間たちはなんとか駆けつけようとするのだが、紋章の力が彼らを近づけさせない。
前女王がロードレイクを干上がらせた時は、正常な判断ではなかったとはいえ、確かに彼女の意志があった。
しかし、今は。
主が混乱したまま力が暴走したら、一体どうなるのだろう。
はるか昔、高度な発展を遂げていたシンダルの都を壊滅させたという太陽の紋章。
力が解放されれば、大陸一つくらい、滅ぼしてしまうのでは。
――あの心優しい少年が、そんなことを望むわけがない。
それならば、いっそ。
ゲオルグが愛剣に手をかける。
必死にカイルはそれを止めるが、他に策があるわけもない。
柄をつかんでいた手が緩み、あきらめに唇を噛んだ時。
突風が広場を吹き抜け、頭上を黒い大きな影が舞った。
「キュオオオオ!」
全身に響くような声。
「飛竜!?」
何故こんなところに。
紋章の力が満ちる広場を、わざとかすめるように低く飛び、通り過ぎた。
その背から落ちるように下りた者がいる。
「ベルクート殿!?」
「あいたたた……」
一人であれば問題なく降り立ったであろうに、気を失ったままのもう一人をかばって、下敷きになっていた。
駆け付けたカイルが、感極まってがくがくと揺さぶりながら文句を言う。
「……この状況で! もうちょっと格好よく登場できないんですか、貴方って人は!」
「そ、そうおっしゃられても……」
「無事なのか!?」
「はい、おかげさまで」
全員を見渡して、皆さんもご無事で、とにこりと笑う。
背後に、何度か翼を打ち振って、竜の巨体が舞い降りた。
その背から、すらりとした女性の竜騎士が、身軽に飛び降りて軽く挨拶をした。
「申し訳ない、時間がないと見受けたので手荒な扱いに」
「いえ、助かりました」
「団長より、船に乗るまでの警護を言い付かっておりました。間に合ってよかった」
「王子っ、ほら、ベルクート殿、無事でしたよ!」
いつの間にか、熱風は収まっていた。
飛竜の羽ばたきに吹き飛ばされたかのように。
「殿下」
呆然と立ち尽くしている少年の元に歩み寄り、ベルクートは深く礼を取る。
「ご心配おかけして、申し訳ありません」
しばらくして。
ばしっ、と派手な音が響き渡った。
いたそーっ、とカイルが首をすくめる。
驚きもせず平手を受けたベルクートに、主は背を向けてしまう。
「で、こいつらどうする?」
紋章が落ち着いたと判断し、シグレが聞いた。
気絶させた襲撃者たちを、一緒に船でファレナに運ぶか、それとも町に置いていくか、という意味で言ったのだが、彼らに目をやった少年の額の紋章が、再び不穏に揺らめいた。
「殺……むぐっ!?」
叫びかけたのを、ベルクートは後ろからひょいと抱きすくめて、その口を手でふさいだ。
ついでに、何か放り込む。
――学祭で土産に買った、キャラメルがけの菓子だった。
口に入れた食べ物は、無駄にできない貧乏症発動。
あわてて噛み砕いて飲み込み、喚く。
「何するのさっ!!」
「空腹で気が立っておられるのかと」
「そんなわけないでしょーっ!」
暴走モードの相手に対して、いつもと変わらぬ対応ができる剣士を、周りはさすがだと思う。
どうやらこの紋章は、咄嗟の怒りには過剰に反応するが、宿主がそれ以上の混乱を受けると、力を形にし損ねてしまうらしい。
がっくりとしている主に、ベルクートは願い出た。
「……殿下。その子の仮面を、貴方の手で取っていただけませんか?」
足元に倒れている襲撃者。
命じられたとは言え、ベルクートが命を落としかけた直接の原因。
仮面をかぶっているために、『物』のように見えているのは確かだが、素顔を見ても、とてもこの殺意を抑えられるとは思えない。
それでも、何か理由があるのだろうと、言われた通りに仮面をはずす。
思ったよりもはるかに若い少年の顔が現れた。
「――これ、どういうこと?」
ストームフィストにいるはずの人間だった。
ベルクートに憧れて、女王騎士になろうとがんばっているはずの。
騎士長相手にも物おじせず、堂々と食ってかかってくるのが面白くて、視察に行くたび、からかって遊んでいた『あいつ』。
「今回、貴族共が使ったのは、幽世の門の残党ではない」
ゲオルグが口を開き、カイルが続けた。
「ストームフィストでは、ひと月ほど前から人さらいが頻発していたんです。それも、そこそこ腕の立つ少年ばかり」
サギリとシグレが後を引き受ける。
「……襲撃者や傭兵を雇うのではなく、普通の人をさらって暗示を施し、目的の相手を狙わせる……」
「こいつらを倒しても奴らの腹は痛まない上に、倒れた者の親族は……逆恨みと分かっていても、憎悪を王家に向けるって算段だ」
なんという汚い手を。
「どうしてぼくに知らせてくれなかったんだ!?」
「太陽の紋章を、王子がどの程度まで抑えられるのか、判断がつかなかったからですよ」
今回のやり口が分かったのは、女王騎士長が国外に出て、貴族が動き出した後。
王家に向けられた襲撃者は、幽世の門の残党にしては、あまりに手ごたえがなかった。
疑いを持ったゲオルグやカイルは、彼らを殺さず、素性を調べさせた。
彼らの身元は、すぐに分かった。
ファレナを出る前に、ベルクートがシグレに行方調査を依頼していたストームフィストでの失踪者と、ほぼ重なっていたのだ。
貴族たちの選んだ汚い手段に、怒りのあまり紋章が反応してしまうのではないかと、女王が心配した。
せっかく国外にいるのだから、できればさらわれた者たちが全員無事に戻り、ことが終わるまで知らせずにおけと。
北の地に差し向けられた者たちも、できれば遭遇する前に捕えておきたかったのだという。
「殿下。彼らに罪はありません。どうか……」
ベルクートに懇願されるまでもなく、とうに倒れてる者たちへの憎悪は消えていた。
最初に感じた、あの違和感。
自分の意志を封じられ、それでも彼らは、操られながらも必死に抵抗していたのではないだろうか。
「――彼らに暗示をかけた貴族は、もう捕えてるんだね?」
「ああ。ソルファレナに送って、裁判待ちだ」
どんなに汚い手を使った人間でも、いきなり断罪はしない。
それが、内乱を経て王家が選んだ道だ。
たとえ甘いと言われても、憎しみの連鎖だけを続けてはいけないと、リムと話し合って決めた。
「それなら、もういい。その子たちはファレナで手当てしてあげるんでしょう?」
「シルヴァさんとムラード殿が、暗示の解除方法を突き止めてくれましたよ。ファレナに戻れば正気に返ります」
「そう……よかった」
彼らを殺さずに済んで、紋章が暴走する前に止めることができて、本当によかった。
「早く帰ろう」
懐かしい人たちの待つ故郷へ。
早く、大好きな人たちに会いたい。
会って、話したいことがたくさんある。
それから、ジーンを探して占いをしてもらおう。
――死神もいい加減、あきらめただろうから。
***
ふもとの村まで数往復して眠っている若者たちを運び終え、飛竜は広場に戻ってきた。
「……ベルクートを助けてくれて、ありがとね」
背に乗る前に耳元でこそっと囁かれて、飛竜は自慢気に高く鳴いた。
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――死神のカードを破ったり、焼いたりすれば、意外とダメージを与えられるかもしれません。
ジーンさんのカードだもの。
留学中の寝不足と、安心したのとで、復路の船は二人して爆睡(笑)。
『隠しごと』も回収できて、私もようやく安心して寝られます。
襲撃者とやりあった広場は、何気なく、IIでゲオルグさんが登場(逃亡パターンの時)する場所だったりしますv
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