真夜中の近所迷惑


旅の話をねだられて、布団にもぐりこんでからも、随分長い間話していた。
リムとは約束していることがある。
離れている間に経験したことは、楽しいことも辛いことも、必ず分けると。
今回は、最後を除けば楽しい出来事ばかりだった。
話す方も嬉しい。
まだ幼い女王は目を輝かせて聞いていたが、あまりに色々ありすぎて、『学院に到着する前』に眠ってしまった。
続きは、また明日。
さて、どうしよう。
今日はこのまま自分も休むつもりだった。
――でもやっぱり、会いたい。
可愛い妹に毛布をかけ直して、ベッドから出る。
(ごめんね、リム)
そーっと部屋のドアを開けると。
(うわああっ!)
目の前に、見慣れた女王騎士の顔があった。
「閣下ぁ? 陛下を置いてどちらへ行かれるおつもりですかぁ?」
「い、いや、その……」
なんとごまかしたものかとおたおたしていると、ミアキスがにっこりと笑った。
「そんなことだと思って、交代にきましたぁ」
そういえば、ミアキスは寝巻き姿で枕を抱えている。
「え、それじゃ」
「ふふ。明日怒られる役は交代ですよ?」
「ありがとう!」
「鍵かけちゃいますからねぇ。今夜は戻ってきても入れてあげませーん」
言葉通り、ドアが閉まると同時にカチャリと小さな音がした。
本気で明日まで締め出されたようだ。
こうなったら覚悟を決めて。
見張りの兵士たちを避けながら目的のドアに到達し、ノックをする。
……が、返事がない。
もう眠ってしまったのだろうか?
戻っても、ミアキスは開けてくれそうにないし。
ダメ元でノブをひねってみると。
(あれ、開いてる?)
必要なもの以外おいていない、客室のような少々淋しい部屋。
「どこ行ったんだろ」
休んだ気配のない寝台にぽすん、と座って、しばらく待つことにした。

   ***

「いやー、あいかわらず弱いですねぇ」
「この程度でつぶれるとは情けない」
ここは太陽宮の調理室。
「ゲオルグ殿、ま、もう一杯」
「おう」
北の大陸から持ち帰った焼き菓子を肴に、旅先で入手した美酒を酌み交わしている。
二人して、ぐっと飲み干したその時。
背後から、ぼすぼす、と枕攻撃が当たった。
「あわわ、王子!?」
「俺たちの背後を取るとは……また腕を上げたな」
「おかげさまで、先生がいいもんで!」
「先生ってコレ?」
調理台に突っ伏して撃沈してる人を指す。
――人を指差してはいけません。
「カイルとゲオルグもだよっ!!」
二人のことは尊敬してるし、もちろん感謝もしているが。
「ベルクートがお酒に弱いの知ってて、こういうことを〜」
いくら待っても戻ってこないわけだ。
「ま、待ってくださいよ、王子ぃ。分かってて飲むこの人もこの人でしょっ?」
「俺たちは、敵に酒を勧められた時の心構えというものをだな――」
「カイルとゲオルグから勧められたら、ベルクートが断れるわけないじゃない!」
そうか? としれっと肩をすくめる二人。
これは何を言っても効きそうにない。
もう一度枕攻撃をかけようとして、もっと効果のある手段を思い出した。
「ぼく、グリンヒルで紋章師と料理人の授業も受けてきたんだよねぇ」
「それはすごいですけど、それが――?」
ふいに話題を変えた王子に、カイルが首をかしげる。
「……二人には、これをあげよう!」
ぺしん、とカイルの左手に何かを叩きつける。
一瞬にして流水の紋章が外れて王子の手の封印球に入り、代わりにそちらに入っていた別の紋章が宿った。
続いて、部屋の隅の保冷庫から、小箱を取り出し、ゲオルグの前に置く。
「お、王子っ、なんですか、この紋章!?」
「おい……これは一体――」
自分たちの手許を見て、嫌な予感に蒼ざめる二人。
「カイルにはスカンクの紋章!」
「ぎゃああああっ!!」
「ゲオルグには、黒竜島風チーズケーキ! 見かけはそっくりだけど、マヨネーズ入りだっ!」
「うおっ!?」
(注:幻水IIの料理システムにおいてのケーキのレシピ。ケーキにマヨネーズを加えると、チーズケーキになる)
滅多に動揺しない二人が、のけぞったのだから、精神的ダメージの凄まじさが伺われる。
その威力に満足して、騎士長閣下は思わずガッツポーズ。
「ベルクート、仇は討ったからねっ!」
――生きてますから。
「ホントに眠っちゃった?」
隣に座って、同じように調理台に突っ伏して、顔を覗き込んでみる。
「……殿下?」
うっすらと目が開いた。
夢でも見ていたのか、嬉しそうな微笑が浮かぶ。
「今度は是非、カナカンに……あそこは、本当に良いところで――」
それだけ言って、また寝入ってしまった。
「……うん!」
いつか、きっと、必ず。
幸せに浸るその後ろで、黒い憤怒の炎を上げている者たちがいる。
「こんなものつけてたら、女性が逃げちゃいます――」
「チーズケーキ……これがチーズケーキ……」
ぶつぶつと呟いていたが、ふいに怒りの矛先を思い出して、きっとばかりに振り返る。
「「おのれぇ……っ」」
――その気合は、是非敵に向けていただきたい。

「貴方の
     せいだ!」」
「お前の

二人して、ベルクートの背に向けて、剣に手をかける。
「うわ、ひっどい逆恨み」
二人のほとんど本気の殺気は、さすがに剣士の目を覚まさせるのに十分だった。
カイルとゲオルグが剣を抜くのと、ベルクートが自分の剣を引き抜き構えたのは、ほぼ同時だった。
剣を受け流し、それが先ほどまで杯を交わしていたはずの二人であると気づき、うろたえる。
「カイル殿? ゲオルグ殿? 殿下、これは一体……」
「「表へ出ろ!!」」
「……表ってどこですか!?」
ここは太陽宮でも結構奥である。
だが根本的に問題はそこではない。
では寝ぼけてるのかというと、そうでもないのがベルクートである。
とりあえず調理室は狭すぎる。
切り結びながら移動しているうちに、謁見の間に入り込んだ。
元女王騎士のカイルとゲオルグ VS 現女王騎士のベルクートと寝巻き姿の騎士長閣下。
軽快な剣戟が鳴り響く。
「おーぬーしーらー」
地獄から響くような、可愛らしい声。
最近、従者に似てきているようだ。
「夜中に何騒いでおるか!」
ずるずると毛布をひきずりながらやってきた女王陛下の言葉にも、一度気合の入ってしまった模擬戦闘はなかなか収まらない。
「まったくこやつらは……。ミアキス、リオン!」
「はーい」
「はい!」
「ミアキスはゲオルグ側、リオンは兄上側に入って、決着つけてくるのじゃ!」
――止めるんじゃなくて?
「はぁい! いっきまぁす!」
「王子! よく分かりませんが、助太刀いたします!」
嬉々として小太刀を両手に、参戦するミアキス。
負けじと長巻を引き抜き、その前に立つリオン。
二人とも寝巻き姿だが。

 …………

「なぁ、相棒」
「ん?」
「なんか俺、すさまじい光景を見ているような気がするんだが……」
「ああ、すごいよなぁ。現女王騎士様たちと、元女王騎士様たちが勢ぞろいで……何故か対戦中だ」
「なんでそんなに落ち着いてるんだよ?」
「……だって、俺たちに何かできるか?」
「――ムリ」
「だろ?」

しばらく、呆然と状況を眺めていた見回りの兵士たちは、自分たちはお呼びでないと判断し、別の場所の見回りに向かった。

   ***

翌朝。
「あのう、殿下」
「うん」
「どうしてこんなことになったんでしたっけ」
昨夜は記憶が少々さだかでなくて。
すまなさそうに尋ねるベルクートに、隣の少年ががっくりと肩を落として謝る。
「ごめん、ベルクートは悪くないんだ……」
女王騎士長閣下と、現女王騎士と、元女王騎士二人が、謁見の間、王座の横で正座させられていた。
その後ろには、
『私たちは、夜中によっぱらって乱闘しました』
と大書きされた看板が置かれている。
さきほどから、女王陛下に会見に来た各地域の使節や大使、見回りの衛兵が、必死に噴出しそうになるのをこらえながら行き来している。
「王子ぃ、せめてこの紋章だけでも外してくださぁい」
「認めん……あれは、チーズケーキでは……」
ぶつぶつ言っている二人から、まだおかんむりの騎士長閣下は、ぷいと顔をそむける。
その様子を見た女王陛下が、じろりと睨んで宣言する。
「まーだ反省しとらんのか。おぬしらは、当分そこに座っとれっ!」
「まぁ、政治はわしらに任せておけ」
「このまま女王騎士を名乗ってみますかのう」
「まったく、最近の若い者ときたら……」
謁見の間から出ていく女王の後ろに、ラージャ、サイロウ、ガレオンが続く。
彼らから見れば、ここにいる者たちなどひよっこでしかない。
女王の怒りが解けたのは、昼になって、土産の菓子の山が届いてからだった。


おまけ:

「殿下……今、襲撃があったら、お役に立てないかも――」
「ベルクート、しっかり! あっ、ぼくも立てない!」
「情けないなー、これくらい……どわっ!」
「うぬ……この足で居合は厳しい――」





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普段、椅子暮らしの人に、正座はキツイっすよね。にやにや。

ベル王を狙って書くと、ゲオルグとカイルの立ち位置が、どうしても父と兄になります。
二人とも、ベルさんの腕も性格も認めているけれど、やっぱり面白くないので、いじめる機会を狙ってます。
大変だー。






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