山からの贈り物
人外の断末魔の悲鳴の後、ずずん、と重い音がした。
何事かと駆けつけてみると、川原で体躯の良い一人の男が、大きなザドムを槍で一突きにしていた。
「ゼガイ、久しぶり!」
「おう」
「無事だったんだね、よかった」
王家と貴族の争いに巻き込まれ、一時は処刑されるところであったゼガイ。
王子が無事に脱出できたのは、カイルと彼のおかげだ。
ハウド村で別れた後、どうしているか気になっていた。
元気そうで何よりだ。
「食うか?」
王子が倒れたザドムを珍しげに眺めているのを見て、ゼガイが尋ねる。
「一人では多すぎると思っていたところだ」
「ザドムって食べられるんだね」
「……鳥みたいな感じです」
さらりと意見を述べたベルクートに、王子が目を丸くする。
「食べたことあるんだ!」
「昔は食べるものに贅沢は言えませんでしたし。わざわざ狩りをする地方もあります」
「世界って広いんだね。――ご相伴しようかな」
「ああああああ」
王子たちのはるか背後から、鳥のような不思議な声があがった。
「「「?」」」
「あんたたち、本気かい、トカゲだよ、トカゲ!!!」
ようやく言葉になった声は、裏返って悲鳴のようだった。
忘れていた。
サイアリーズは、"超"がつくほどトカゲ嫌いだ。
「生き物を狩ったらきちんと食べてあげるのが礼儀だって、叔母上も言ってたじゃない」
声が遠ざかる。
「いやいやいやいや、それは鳥とか魚とか獣とかの話であって!」
「叔母上に食べろとは言わないよ」
「食わされてたまるかい!!」
声がさらに遠ざかる。
「あんたたち、それを食べたら一生あたしに近づくんじゃないよ! いいね!!」
叫びが谷に木霊し、声の主は森の中に消えていった。
「……いいのか?」
「大丈夫、明日になればケロっとしてるよ」
タカムが後を追ってくれたし、ルナスも目の前だ。
「それで、どう料理するの」
「基本は丸焼きだが」
「豪快ですね。半分ほど野草などを集めて鍋にしては」
「美味しそう。それじゃ、探してくる!」
「王子! 一人では危険です!!」
ぱたぱたと駆け出した王子を、リオンが追う。
微笑ましい主従を見送った後、手伝いましょうと申し出たベルクートに、ゼガイは無表情のままうなずいた。
***
川辺でザドムの巨体を前にしていたゼガイは、ベルクートの腰の剣に気づいて尋ねた。
「お前が決勝まで残った男か」
「ご存知でしたか」
「手合わせをしたいところだが」
「私は王子に剣を捧げた身。私闘は受けられません」
ベルクートはあっさり断り、作業を続ける。
ゼガイの話は聞いている。
もしゴドウィンの策略がなかったら、決勝で当たっていたのは彼かもしれない。
そんな力量の相手との立会いは心惹かれないでもなかったが、今は流浪の剣士ではない。
「ふむ……それでは、こんなのはどうだ?」
ゼガイは、振り上げた槍の穂先で、ザドムの尻尾を一刀両断した。
予備動作もなしで、この太さを断ち切るとは、それだけでも腕力の強さを伺い知れる。
「焼きやすい大きさに切るだけだ。これなら私闘などではあるまい」
だが、力比べにはなる。
その程度ならと苦笑して、ベルクートは剣を抜いた。
刃の切れ味だけでは、獣の肉はさばけない。
力と、勢いと、技量。
呼吸を整え、振り下ろそうとした、その時。
「双方動くな!!」
二人の間に、まっすぐに組み立てられた三節棍が突き立った。
森の木立の間から、王子が険しい顔をして睨んでいる。
決闘を始めたとでも思われたのだろうか。
「申しわけありません、あの……」
「ただの力比べだ」
ベルクートは誤解です、と訴えるために。
ゼガイは、続けさせろと言うために。
二人して一歩踏み出そうとしたところに、再び悲鳴のような声が上がる。
「動いちゃだめええ!」
「「?」」
その剣幕に、二人は立ち止まり、顔を見合わせる。
駆けつけた王子は、たどり着くなり膝をついた。
足元から拾い上げたのは。
「キノコ、ゲーット!」
「王子、良かったですね!」
「早速、鍋に入れよう!」
白く、もこもことした形の良いキノコ。
確かに美味しそうだ。
しかし。
ベルクートは申しわけなさそうに。
ゼガイは相変わらず無表情で。
「「それは笑いダケ(だ・です)」」
――しばしの沈黙の後。
白いもこもこは、川のはるか彼方へと投げ捨てられた。
◆ファレナ通信◆
ルナス周辺で、ケタケタと笑うザドムが現れたそうです。
目撃情報をお待ちしております。
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ザドム料理を気に入った王子は、城のメニューに追加。
……戦いが終わった後もちょっとだけ、叔母上が城から出奔したのは、アレがいけなかったのかもと悩んでいるとかなんとか。
山の幸は、恵みでないこともあります。
特にキノコ類は、解析が進んでおらず、そのほとんどは毒があるかどうか分からない状況で、ないと思われていた種類にも、倒れた人が発生して初めて有毒種があると分かるのだとか。
素人が山に生えているものを口にするのは危険。
しかし、その効果(?)を確かめるのが趣味という人も存在するそうですから、世の中は広いです。
なおホントの笑いダケは、神経毒で顔の筋肉がきかなくなる状態なので、ケタケタ笑うわけではありませんw
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