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「いかなる星の下に」


    第三章 運命の輪

コンクリートで固められた地面を蹴飛ばして、アルシャインは少々当惑して辺りを見回した。炎もないのに輝いている柱、どう見ても金属の固まりである妙な四角い箱。彼の知識にないものが、そこかしこにある。
下手に動いて騒ぎを起こすわけにもいかない。かといって、この場にずっといるわけにもいかない。さて、これからどうしたものか。今までのパターンなら、近いうちにリュシオンの転生と巡り会えるのだが。
……リュシオンを追って、アルシャインは様々な時代へ時を超えていた。古代ギリシャ、中世フランス、キリスト教誕生時のエルサレム―。共通するのは、あと少しというところで必ずリュシオンを目の前で死なせてしまうということである。病で倒れたこともあった。拷問に耐え切れず舌を噛んだこともあった。アルシャイン自身が自ら手を下したことさえある。
運命の輪が、どんなにあがいても断ち切ることができないのなら、何故自分は彼に巡り会うのだろう。死を見送ることだけが、神が自分に与えた使命だとでもいうのか。心の内に生じた疑問は大きくなるばかりである。
薄闇に包まれ始めたのを幸いに、辺りの様子を見ようとアルシャインは歩き始めた。少し肌寒いくらいの風が、立ち並ぶ大きな木々の枝を揺らしてゆく。紅葉した葉が舞い落ちてくる。もう秋も終わりかけているようだ。人気のない道を歩いているうちに、アルシャインは一見ばらばらに生えているように見える樹木が、うまく並べられていることに気づいた。よく見ると、足元に茂っている草も、良い香りを漂わせている花も、元からそこにあるものではないようだ。
これだけの広さの土地を植物を育てるためだけに使うとは、一体どんな金持ちだろう。半分あきれて辺りを見回した時、聞き覚えのある声が響き渡った。反射的に木の陰に隠れ、声の主を捜す。
軽い足音、そして翼が風を切る音。
数秒後、捜していた人物は自分からアルシャインの前に姿を現してくれた。駆けてくる華奢な身体つきの若者。薄暗い電灯の下でも鮮やかな金髪が風に流れる。人に好かれる笑顔を惜しげもなく浮かべて、彼は伸ばした両手に大きな鳥を受け止めた。
「ムルグ、元気だった?」
頭をすり寄せる大鷹に困ったような顔をしながら、リュシオンは尋ねた。動物を仲間として扱うところは少しも変わっていない。しかし、鳥の名前がムルグとは。過去の記憶がわずかながらでも残っているのだろうか。
声をかけようとして、アルシャインは迷った。今のリュシオンは当然ながら彼を知らない。疑われるのも面倒だ。しばらく様子を見ようと木の陰に隠れたまま、気配を断つ。
大鷹のムルグは、セーンムルグに比べれば可愛いものだが、翼を広げると二メートルはゆうにある巨鳥である。しかも、その爪は小動物を引き裂く鋭さを持っている。怪我をさせぬようにじゃれつく鷹も偉いが、恐れもせずに相手をしている若者も大した度胸だ。
「怪我はもう大丈夫みたいだね。もう密猟者に撃たれないように気をつけるんだよ」
子猫のように喉を鳴らす鷹を、リュシオンはよしよしと撫でている。
「君は野生の鳥だから、本当はこうして会ってはいけないのだけど……ここなら誰もいないから構わないよね。でも私以外の人間に近づいてはいけないよ」
言い聞かされて、分かっているのかムルグはうなずいた。妙に人間めいた仕草にリュシオンはにこりとする。軽く勢いをつけて手を振ると、大鷹は翼を広げて舞い上がった。
大喜びでリュシオンの周りを飛び回り、時折甘えたように腕に止まろうとする。薄闇の中で、それはひどく幻想的な光景だった。
ささやかな戯れを邪魔したのは、騒々しいエンジン音だった。どんどん近づいてくる。バイクの音だが一台二台ではない。リュシオンはいぶかしげに音の方を見やっていたが、いきなりライトに照らされて立ちすくんでしまった。逃げていれば良かったのだが、もう遅い。あっと言う間に、たちの悪い連中に取り囲まれてしまう。
「おい、見ろよ。すげえ美人だ」
「こんな夜中に何やってんだい、子猫ちゃん」
「遊び相手探してんなら、俺が相手になってやるぜ」
野卑な叫びの合間に、耳障りなひやかしの口笛が混じる。
「な……なんですか、貴方たちは! この公園は、バイクの乗り入れは禁止ですよ!」
叫んだリュシオンに、一瞬の沈黙の後、暴走族はどっと笑い出した。まさか逃げることもできない人間から抗議を受けようとは思わなかったらしい。しかも、相手はモデルにでもなれそうな美貌の持ち主。連れもなく出歩いている世間知らずだとしたら、いいカモである。
器用にバイクを走らせながら間合いをつめてくる男たちに、ムルグが頭冠の毛を逆立てた。リュシオンの肩に止まったまま鋭い目で相手を選び、攻撃をかけようと翼を広げる。しかし、気づいたリュシオンが叫んだ。
「いけない、ムルグ!」
体勢を崩し、ムルグは当惑してリュシオンを見下ろした。どうして、と尋ねたげな鷹をリュシオンは飛び立たせようとする。
「せっかく治ったのに! 早く逃げなさい!」
手を振られて、仕方なくムルグは舞い上がった。困ったようにリュシオンの頭上で飛び回る。
「聞いたか? こいつ鳥としゃべってるぜ」
「よぉ、鳥なんかと話しても面白くないだろう。俺たちが相手になってやるって」
伸ばされた手を振り払い、リュシオンは逃げようと後ずさったが、後ろで両手を広げて待ち構えていた派手な赤いメッシュの若者に捕らえられる。
「つーかまえた!」
ふざけた声と小さな悲鳴に、再びどっと笑い声が上がる。その瞬間、上空を旋回していたムルグが、リュシオンを捕らえた若者に襲いかかった。鋭い爪が容赦なく腕をえぐる。
「い……痛ぇ! おい、こいつ、叩き落としちまえ!」
「ムルグ、逃げて!」
若者の叫びとリュシオンの悲鳴が交錯する。バイクから飛び降りた数人が、ムルグにヘルメットやスパナを投げつけようとし……突然、折り重なるように倒れた。一体何事かと駆けつけた他の若者たちも、呻き声一つ上げずにその場に崩れる。
「お―おい? どうしたんだ、みんな!」
リュシオンの手をつかんでいる赤のメッシュが叫ぶ。つっぱっていても、大勢でなければ何もできない部類の人間である。いきなり一人残されてうろたえきっていた。
風を切る鋭い音がしたかと思うと、息をつまらせて彼も倒れた。その足元に、固い音を立てて小さな木の実が転がる。
残されたのは、状況がつかめず目を丸くしているリュシオンと、上空を旋回しながらきょろきょろしているムルグ、主人を失ってエンジン音を響かせているバイクだけである。
「た、大変だ!」
はっと我に返り、リュシオンはあわてて倒れているバイクに駆けつけた。手際良くキルスイッチを切っていく。ガソリンの匂いと火気がないことを確かめて、ほっと一息つく。
「それにしても、一体……」
累々と倒れている若者たちを眺めて呟くと、ムルグが騒ぎ始めた。慣れている者にしか聞き分けられない、甘えた鳴き声だった。
今まで人の気配などなかったのに、振り返ると目の前に一人の青年が立っていた。転がっていた木の実を彼が指で弾き、暴走族共を気絶させたとはリュシオンに分かろうはずもない。だが、暴走族の仲間ではないことは雰囲気で分かった。それに、その姿。留学生の多い大学でなら、アラビア風の白いターバンは目立たないかもしれない。だが、風にひるがえる赤いマントと腰に帯びた大きな剣はあまりに時代錯誤だ。まるで、古い映画に出てきそうな格好である。
どうやら助けてくれたのは彼らしいと判断して、リュシオンは頭を下げた。
「あの……ありがとうございました。私は―」
「リュシオン・ド=ファレル……だな?」
初めて会った人が何故自分の名を知っているのかと、リュシオンはきょとんとした。しかし思い当る節があったのか、にっこりと微笑んで尋ねる。
「コンサートに来てくれた方ですね?」
「コンサート?」
「あれ、それでは大学でお会いしましたっけ」
「大学?」
「違うんですか。うーん、それではテレビでご覧になったとか……」
「テレビ?」
どうやら全部違ったようなので、リュシオンは考え込んでしまった。他に名前を覚えられるような事はしていないはずなのだが。それにしても、相手の聞き返し方が、微妙に違和感がある。まるで、コンサートや大学の存在自体を知らないような……。
しばらく悩んでから、せめて恩人の名前だけでも聞いておこうと顔を上げる。そして、ムルグが彼の腕に止まっているのを見て驚いた。ムルグは、その場所にいるのが当然と言いたげに羽づくろいをしている。獣医の先生ですら治療にてこずった、野生の大鷹が。
「すごい。ムルグが初めて会った人になつくなんて」
「……古い知り合いだからな」
ぼそりと青年が呟くと、ムルグは賛成するように高く鳴いた。
意味をとれずにリュシオンは首をかしげたが、ふいに響き渡ったパトカーのサイレンにぎょっとした。誰かが警察に連絡したのだろうが、ここにいれば面倒なことになるのが目に見えている。
「こっちへ! えーと……」
「アルシャインだ」
「アルシャイン、早く!」
助けてくれた青年の手をつかむなり、駆け出す。
アルシャインは、苦笑した。どこの誰かも分からない人間―知らぬとはいえ、世界屈指の暗殺者を引きずっていくとは……さすがは、リュシオンの転生の末。あんな目にあったばかりというのに、全然懲りていない。そこがいいところであり、最悪に悪いところでもあるのだが。
走り続けて、約五分。
パトカーのサイレンが遥か遠くになった頃、リュシオンはやっと足を止めた。とは言っても、国立公園はとんでもなく広い。やっと外との境にたどりついただけである。ぜいぜいと息つぎしながら柵に寄りかかり、リュシオンは振り返った。そして、驚く。自分は疲れ果てて声もでないというのに、ついてきた青年は息も乱れず、表情一つ変えていない。そういえば長身なので一見痩せて見えるが、鍛えられた身体つきはTVでスポーツ選手を見慣れている目にも、ちょっとした驚きである。まるで、野生の獣。狙った獲物は決して逃さない鋭い瞳。
並の人間なら威圧され、後ずさってしまうような異国の青年を遠慮なく眺め、リュシオンは尋ねた。
「アルシャインはどちらにお住まいなのですか?」
素朴な疑問だったが、アルシャインには答えようがない。ここがどこなのかも知らないのだ。黙っていると、リュシオンは何か理由ありのようだと判断し、それ以上追求しようとはしなかった。代わりに、ためらいがちに切り出す。
「よろしかったら……私のところにいらっしゃいませんか?」
見ず知らずの人間を家に誘うなど、変な奴だと思われなかっただろうかと、リュシオンはあわてて続ける。
「もちろん、嫌でなければです。つまり、その―」
アルシャインは驚きもせずにうなずいた。
「迷惑でないのなら、こちらから頼む。行くあてはないからな。雨風をしのげる場所があるならありがたい」
その返事に、リュシオンがにこりと笑う。
こうして、アルシャインは天才ハーピスト、リュシオンの家へ転がり込んだのだった。

     *

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(プロローグから、後書きまで入っています)

 (hoshi.lzh 155kb)



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