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「見つけられた真名」
画面いっぱいに並んだそSOS。
永久に増え続けるその文字を強制終了で止める。
操作していたヨルジュは、画面の前で考え込んでいた。
今まで、ただのゲームだと思っていたのに。
いきつけのホームページの掲示板で見た書き込みは、「できるものならパスワードを解いてみろ」という挑戦状だった。
指定のページに飛び、蛇の道は蛇、昔とったなんとやらで鍛えた技術でブロックをいくつも破った。
そして、最後に現れたのが「これ」だった。
「悲鳴みたいだね」
傍らから覗き込んでいたシトルイユが、ぽつりと感想を漏らす。
多分、その通りなのだろう。どこの誰とも分からない人間へのSOS。恐らくは、身近な者には言えない心の叫び。
「どうするの?」
「そうだね。とりあえず、電話でもしてみようか」
「は?」
ヨルジュは、このページの主を知っているのだろうか。
しかし、短縮ダイヤルで呼び出した相手は、仕事仲間の弁護士のようだった。
数分の問答の後、ヨルジュは仕事が一つ増えたらしい。
今度の休みには、買い物につきあってくれると言っていたのに、またお預けだ。
シトルイユは聞こえるように、わざと大きくため息をついた。
***
「ねぇ、エリス。話してくれないと、対策の立てようがないんだけどなぁ」
なだめる声に、いかにも気の強い女子高生といった雰囲気の少女は、ますますプイ、とあさっての方を向いてしまった。
「だんまりを続けるつもりかい? このままじゃ、本当に犯人にされてしまうよ」
優しく言っても、彼女は完全に無視を通す気らしい。
「仕方ないな。……ちょっと一休みするか。お茶入れてくるよ」
敏腕で知られる腕利き弁護士も、難しい年頃の少女相手では勝手が違うようだ。困り果てた苦笑を残して席を立つ。
一人残されて、少女はようやく目を開けた。きょろきょろと自分が連れてこられた部屋を見回す。
弁護士の事務所というから、もっと雑然とした仕事場を想像していた。予想に反して、ここは普通の家のリヴィングのようだ。実際、自宅でもあると言っていたから、そうなのだろう。男一人暮らしにしては、えらく手入れが行き届いている。きっと、さっきの弁護士は几帳面な性格に違いない。
真面目そうで、優しそうで。
突然の弁護士交代を告げられても、両親が素直にうなずいたのが分かる。……ただ単に、誰がやっても無駄だとあきらめただけかもしれないが。
ドアの開く音がした。戻ってきたのだと思い、エリスはまた無視の構えに入ろうとして……びっくりした。
入ってきたのは、さっきの若い弁護士ではなかった。
自分と同い年くらいか、少し上くらいの、少年だった。
見事なまでの金髪に、透けるような白い肌。不思議なスミレ色の瞳。
この顔は見たことがある。スクリーンの向こうで。でも、まさか。
人形のように整いすぎた顔はひどく冷たく見える。そして、彼はその印象そのままの声で言った。
「ヨルジュの仕事の邪魔をするだけなら、さっさと出ていけ」
「な……っ!?」
それが自分に向かっての言葉と理解できるまで、数秒かかった。
「なんなのよ、いきなり! 私は助けてくれなんて頼んだ覚えはないわよ!」
「この嘘つき。心の中じゃ、助けてくれと泣き喚いているくせに、少し話を聞いてくれそうな人間が現れたから八つ当たりしているんだ。このガキ」
「だ、誰が八つ当たりなんか……いい加減なこと言わないで! 第一、なんであんたなんかに、そんなことを言われなきゃいけないのよ」
「僕が迷惑してるからに決まってるだろう? ヨルジュは君のために休日働く羽目になってる。おかげで僕は予定が狂った。滅多に休みが重なることなんてないのにさ」
「そんなの、私の知ったことじゃ……そうよ、あの人の方から、担当を変わるって言ってきたのよ。そんなことを言うのなら、最初から私なんか放っておけばいいじゃない、誰がやったって何も変わりはしないんだから!」
なんとか反撃を試みるエリスに、少年は再び冷たい視線を投げる。
「ヨルジュは自分の仕事でもないのに、わざわざ頼み込んでまで君を引き受けた。理由は簡単、自分なら、君を助けられるって自信があるからさ。でも、それも君に協力する気があればの話。君が幼稚園児みたいなわがままで、ヨルジュの時間を無駄にするだけなら、僕が許さない。ヨルジュがなんと言おうと、追い出すからな。殺人犯にでもなんでもされるがいい」
「――!!」
ほとんど表情も変えないままつむがれる冷たい言葉に、エリスは何も返せない。
喉がつまって声が出ないのは、相手のガラスのような鋭い目が怖いだけではない。言われたことが間違っていないと、自分もどこかで認めていたからだった。
昨日突然家に刑事が来て以来、隣人や家族でさえ自分を見る目が変わった。誰も自分の話を聞いてくれない。言葉にする前から、目が拒絶しているのが分かった。担当となったと告げた弁護士も、どうやったら罪が軽くなるかなんて言い出した。
誰も信じてくれないのなら、自分も誰も信じるものか。
そう思い始めた時に、突然現れた弁護士は、自分を信じると言ってくれた。
本当はそれがとても嬉しかった。この人なら信じてくれるかもしれないと思った。
そう言ってくれたのが、嬉しくて、くすぐったくて、照れくさくて。
あの弁護士は何も悪くないのに、無視して仕事を進ませなかったのは、確かに八つ当たり……だったのだ。
「あれ? シトルイユ。出てくるなんて珍しい。仲良くなっ……たわけじゃないみたいだねぇ」
戻ってきた弁護士が、冷たく見下ろすシトルイユと、真っ赤になってにらみ返すエリスを見比べて苦笑する。聞かずとも状況は大体飲み込めたらしい。
「シトルイユも、紅茶飲む?」
「いらない」
そっけなく答えて、金髪の美少年はさっさと部屋を出ていってしまった。気まずい雰囲気だけを残して。
黙り込んでいたエリスの前に、手際よく注がれた紅茶が置かれた。南国の果実の甘い香り。
「はい。グレナダっていう紅茶だよ」
「……」
「マフィンもどうぞ。口に合うといいけど」
「……なんだか出来立てみたい……」
「出来立てだよ。君が来る前に作ったんだから」
「作ったって……あなたが!?」
「? そうだけど」
平然と言ってのける相手に、がくりと力が抜ける。料理が趣味の弁護士? なんか変な奴……。
けれども、置かれた焼きたてのお菓子はとてもおいしそうだ。そういえば、朝から何も食べていない。
結局、エリスは空腹に負けて手を出した。そして、その味に心の中で白旗を揚げる。昔、母が作ってくれたものより、ずっとおいしい。くやしいけれども。
「悪かったね、シトルイユは休暇がつぶれて機嫌が悪いんだ。気にしないで」
蒸し返されて、エリスは紅茶にむせそうになった。悪かったのは自分だと思っても、さっきの言いぐさにはやはり腹が煮える。
「なんなのよ、あいつ! シトルイユって映画俳優の? 本物なの!? どうしてこんなところにいるのよ! あの性格の悪さは何!!」
「まぁまぁ落ち着いて。――本物だよ、彼は。ちょっとした成り行きでね、今はここに住んでる。普段は優しい子だよ。……多分」
ちょっと力無く笑ったのは、心当たりがあるに違いない。
それにしても、世界きってのトップスターが弁護士の家に住み着くなんて、一体どういう成り行きだというのだろう。
聞いてみたい衝動にかられたが、自分のことを一言も話さずに追求するのも悪い。結局、エリスはその件については忘れることにした。さっきのシトルイユの口の悪さも、一緒に心の中のゴミ箱に入れたつもりで。
……もっとも、パソコンのゴミ箱と同じで、いつでも復帰できる程度の努力ではあったが。
「やっと口を聞いてくれたね。よかった」
「どうして……」
にこにこと言われて、エリスは不審そうに相手を見返す。
「自分の仕事じゃないのに、わざわざ引き受けたって、どういうこと?」
「え? ああ、シトルイユが言ったのか。君が訴えられていることを知ってね。俺の知り合いが担当だったんで変わってもらったんだ」
「だから、どうしてそんなことまでして、私を? 会ったこともないのに!」
「会ったことはない。でも、俺は君のことよく知ってる。「シャーウッドの森」って数学クイズのホームページで活躍しているだろう? タイムトライアルではいつも一、二位をキープしてる。若いのにすごい子だなと思ってたんだ。それに、初心者への面倒見もいい。つまらない質問でも根気よく答えてる。思いやりのない人間に、ああいうことはできないよ。特にお互い顔の見えないネット上ではね。『ノエル』、君は人殺しなんかするような子じゃない」
当たり前のことのように、きっぱりと言われてエリスはうつむいた。
強気の仮面もそこまでだった。
ずっと、誰かにそう言ってもらいたかった。
「信じる」とたった一言。
やってない、私は何も知らない。
どんなに訴えても、誰一人信じてくれなかった。
そして、あきらめたのだ。もう、何を言っても無駄なのだと。
そんな人間ばかりの世界なら、たとえ無罪になっても生きていたくない。
もうどうにでもなるがいい……。
そうやって自暴自棄になりかけた今、この人はどうして現れたのだろう? 一番大切な言葉を告げてくれるなんて。
『ノエル』は、一昨年、母が亡くなったクリスマスの日から、気を紛らわすために参加したゲームで使い始めた名前だ。
元々、気に入って様子を見ていたホームページだったので、すぐに溶け込めた。数字ばかりを追いかけていくゲームは、よけいなことを考えなくて済む。正解か、不正解か、きっぱり答えが出るのも性に合っていた。
けれど、気がつくと現実世界ではうまく人とつき合えなくなっていた。
母が亡くなってから無口になった父、すぐに後妻に入った若い義母、その息子の幼い弟。
学校の同級生も、ネットの世界で出会う年齢の高い人たちに比べると、ひどく子供っぽいような気がして話が合わない。
誰が悪いわけでもない。だた、顔を合わせるのが辛くなっていった。
いつの間にか、学校に行く回数が減り、滅多に顔を合わせないクラスメートから浮くようになった。
不登校を知って怒鳴りつけてしかる父、おびえきった顔でうろたえる義母、その母を見て不安そうな顔をする弟。
自分の心の中の悲鳴は、誰にも届かない。
現実世界から逃れるように、ますますネットにのめりこむようになった。
顔も知らない人々は、よけいなことを聞かない。顔も知らない、行きずりの人々。だからこそ、『普通』に振る舞うことができた。
そこでは、誰も自分がはみ出し者だと知らないから。
何気ない挨拶、ゲームをして交わすちょっとした言葉、素直な賞賛。
適度な無関心な人たちの会話は居心地がよかったし、自分もちょっと優しくなれた。
多分、何か嫌なことがあっても、ネットからは姿を消せば済む。そんな安心感もあったからかもしれない。
昼と夜が逆転し、息がつける暗闇の世界が彼女の動ける場所となりつつあったその頃。
春の花も散り始めた、卒業まであとニヶ月という、春の暖かな日に、その事件は起きた。
学校のクラスメートが、殺されかけたのだ。
まだ何も知らずに眠っていたエリスは、突然の来訪者にたたき起こされた。
警察だった。初めて事件を知り、驚くエリスに、彼らは同行を求めた。
そのとき、エリスは自分が疑われていることを知った。
意識不明の重体となっている少女が、エリスに学校へ行きたくなくなるようなこと……いわゆる「いじめ」をしていたこと。そして一昨日の事件の日に、エリスが学校のそばにいたのを、学校の同級生が見たのだという。
確かにエリスは、外に出ていた。別に用事があったわけではなく、ただ久しぶりに外の風に当たってみたかっただけだ。学校のそばも通った。そこには、好きな並木道があったから。けれど、学校には入っていない。絶対に!
そう言っても、誰も信じてはくれなかった。
なんということをしたのだ、と父は叫んだ。義母は恐ろしいものから守るように、弟を抱きしめた。
誰も、自分の味方はいない。この明るい世界には、誰も。
ついさっきまでは。
「私……何もしてないよぉ……」
ずっと心の奥底にしまいこんでいた涙があふれて、それ以上は声にならなかった。
幼い子供のように泣き出してしまったエリスを、若い弁護士は困ったように、それでもちょっと嬉しそうに眺めていた。
これ以降は、テキストデータでどうぞ。
(mana.lzh 18k)
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