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「温泉宿の眠り姫」
1.俺とヤクザと美少年
捜していた相手は、意外とすんなり見つかった。板張りの廊下、開いた障子の前で、ぼんやりとつっ立っている。
声をかけようとして、俺はぎょっとした。
部屋の中から聞こえてくるのは、色っぽい女のあえぎ声。しかも、怪しい音楽のおまけつき。
部屋の中を見ずとも、大体の察しはついた。俺だって若い男だ。中の連中をとやかく言うつもりはない。
……が、今は状況が違う。
みはやがいるのだ。
「くおらぁっ、真っ昼間っから、何見てんだっ!」
障子を全開にするなり、思わず叫んでいた。案の定、TVの前に張りついていた連中が、跳び上がるように振り返った。このチンピラ共。こんなだから、いつまでも格が上がらないんだ。
予想通り、TVの画面の中では、なかなかの美女が誘うような笑みを浮かべて、薄い服を脱いでいる。
照れた表情で頭をかきながら、三人のうち、一番若いのが言った。
「喬(きょう)さーん、固いこと、言いっこなしですぜ。たまには、ほら、息抜きってことで……」
「みはやがいない所でなら、俺もうるさい事は言わねーよ」
不機嫌な声で言い返してやると、連中は初めて俺の後ろに目をやり、悲鳴を上げた。
「み、みはや坊ちゃん!
いつから、そこに……」
「見ちゃダメ、坊ちゃんは見ちゃダメっす!」
「げーっ、親分に殺されるーっ!」
パニックを起こしている連中を尻目に、机の上にあったリモコンを取り、ビデオを消す。ガタンと音を立てて出てきたカセットを、それらしいケースに入れて宣告。
「没収!」
それだけはお許しをーっ、お情けをーっ、と喚く連中を無視して部屋を出る。やれやれ、余計な時間を食ってしまった。
肝心のみはやはと言えば、相変わらずぼーっとしたまま、部屋の中を見ている。いや、元々何も見ていなかったのかもしれない。いつもの事ながら。
本人がこの調子では、目の前でアダルトビデオを見ようが、裸踊りをしようが、別に構わないんじゃないかという気もするのだが、そうもいくまい。
なにせ、この坊ちゃんは……。
考えて、ふと手元のビデオに目がいった。俺だって、この前高校を卒業したばかりの健全な青少年だ。興味がないと言えば嘘になる。
さっきの妖艶な美女が、あられもない格好で微笑んでいる。タイトルは「二十歳の目覚め」。
どーして、AVってのは、こうもネーミングセンスがないのだろう。しかも、確かに美人なのは認めるが、彼女はどう見ても三十前後だ。名前は美波藤乃。有名なのかどうかは、俺には分からない。
視線を感じて、俺は我に返った。
寝呆けまなこのまま、みはやが不思議そうに俺とビデオを見比べている。これじゃあ、なんの為に取り上げたんだか。
焦っているところに、未練がましい三人組の声が追ってきた。
「喬さぁーん、お慈悲をーっ」
「俺たちの楽しみを奪わんでーっ」
……情け無い。
睨みつけてやろうかと考えた時、役者がもう一人増えた。
「一体、なんの騒ぎです?」
低く渋い声が響いた途端、辺りの空気がピン、と張りつめた。黒づくめのスーツに、黒いレイバン。びしっと決めた黒髪。まだ若いが、迫力が違う。
チンピラ三人組は、喉をつまらせて「気をつけ」をしている。
「喬さん?」
説明を求めるように名を呼ばれて、ちょっと困った。問題のビデオは、俺の手にある。俺が三人から巻き上げた図にも見えるのではないか?
こういう場合は、下手に言い訳しないに限る。
「銀次さん、これ、処分はお任せします」
銀次さんは、ちょっと当惑したようだったが、渡されたビデオと三人組を見比べて、一言「ほう」と呟いた。三人の間から、あきらめのため息が漏れる。
「没収」
俺と同じことを言ったのが、なんか嬉しかった。
三人は、とぼとぼと去っていく。哀愁を漂わせる背中が……情け無い。
「ところで」
銀次さんが振り返った。どうやら、最初から俺に用事があったらしい。
「夏休みは何か予定でも?」
そうか、世の中はもうすぐ夏休みなんだっけ。学生でなくなってから、休日の感覚がなくなりかけていた。
銀次さんの言う「夏休み」は、みはやの物なのだ。
「特に考えてはいないんですけど……一週間くらい、温泉ってのもいいかな、と」
「温泉」
意外そうに、聞き返してくる。確かに俺たちの年齢なら、北海道へとか、軽井沢へ、の方があってるだろう。自分でも、なんでこんなことを言い出したのか、よく分からない。
多分、この家じゃない所でゆっくり休みたい……という思いが、心のどこかにあったに違いない。
「ほら、医師に見せてもダメだった病気が治ったとか、不思議な効能があるって言うじゃありませんか。みはやにも効くかなー、なんて……」
思いつきを並べただけだったのだが、銀次さんは驚いたことに、深くうなずいた。
「転地療養になるかもしれませんね。分かりました。おやっさんには、私から話を通しておきましょう」
言うだけ言って、立ち去ってしまう。
予想外のお許しに茫然としている俺の隣で、何も分かっていないみはやが、ふわぁと大きなあくびをした。
これ以降は、テキストデータでどうぞ。
(onsen.lzh 38k)
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