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「結婚狂詩曲」
「あなたに決めたわ」
「はぁ?」
それが、二人の出会いだった。
***
「ごめん、待たせちゃった」
「いいや、早かったよ。今日は、これで終わりかい?」
「うん。お腹すいちゃった、何か食べに行こ」
「そう言うと思った。はい、お疲れさまのプレゼント」
控え室に戻ってきた友人に、ヨルジュは持っていた小さな箱を渡した。
一ヶ月に渡る舞台の千秋楽。主役を演じたシトルイユは、ずっと出ずっぱりだった。
こういう場合、普通は花束でも持ってくるべきなのだろうが、ファンが持ってきた花束が、控え室を埋め尽くしていることを知っているヨルジュは、もっと喜ばれるものを選んだのだった。
すなわち。
「わー、おいしそう!」
中には、シトルイユの好きな、飲茶のミニミニセットが入っていた。
「食べていい?」
「そのために作ってきたんだけどね」
苦笑して言うと、シトルイユは実に嬉しそうにぱくつき始めた。
「おいしいー、幸せー」
お腹が空いているというのも本当だろうが、ヨルジュが作ってくれたというのに、すっかり感激してしまっている。……家でも、毎日食べているくせに。
まぁ、これだけ喜んで食べてくれると、作った方もむくわれる。
「明日からは、しばらく休み?」
「うん。今までの分、まとめて。……でも、一週間も何してようかな。ヨルジュは仕事でしょ」
「まぁね。あさっての日曜、出かけるんだけど、よかったら、ちょっと付き合わない?」
シトルイユは、びっくりして食べるのを止めた。
ヨルジュから、休みの日にどこかへ行こうというのは珍しい。大抵、自分の方がむりやり引きずり回すことになっているのに。
「どこに行くの?」
「俺のうち」
「は?」
「えーと、俺の実家」
シトルイユは驚いて、また食べかけていた包子を喉に詰まらせた。じたばたしているのへ、慌ててヨルジュがミネラルウォーターを渡してやる。
やっと飲み込んでから、シトルイユはあたらめて目を丸くした。
「エランド警部のうちってこと? ……僕は歓迎されないと思うなぁ」
ヨルジュの父は、パリ警察のベテラン刑事である。事件に巻き込まれた関係で、シトルイユは何度も彼とあっている。……が、最初の出会いが最悪だったため、いまだに天敵状態なのだ。
「親父はいないと思うよ。ほら、俺の母が君に会いたがってたって言ったろ。クリスマスの時に行くはずだったのに、あの事件で流れちゃったし。あれ以来、電話するたびに催促されていてね。今日、君の舞台が終わるって話をしたら、絶対連れてこいって脅されちまったんだ」
シトルイユは、早くに両親を亡くしている。特に、母は彼を産んだ時に他界してしまった。
だから、「お母さん」という言葉を聞くと、憧れの入り交じったうらやましそうな顔になる。
「ヨルジュのお母さんかぁ。きっと、料理上手なんだろうね」
ヨルジュに似て、と言いたかったのだが、その前にヨルジュが複雑な顔で否定した。
「いーや、あの人は、なーんにもできないよ。クッキーなんか焼くと、炭みたいだったもんな」
……意外だ。
「料理は苦手だったし、裁縫はできなかったし、アイロンかけさせると火傷するし……家事能力は0に等しかったよなぁ。……あれ、誰かに似てるような?」
「僕だよ、それ……」
聞いていた王子様が、むう、とふてくされてしまったので、ヨルジュはあわてる。
シトルイユを見ていると、誰かを思い出すような気がしていたのだが……そうか、自分の母だったのか。
そういえば、世間の常識からちょっとずれているところや、見てくれに比べて実はなーんにもできないあたり、よく似ている。
そこが放っておけなくて、つい猫のように甘やかしてしまうのだが……。
はて、もしや、親父もそうだったのだろうか。
何と言おうか迷っているうちに、シトルイユは残りを片づけ、さっさと機嫌を直してしまった。
この辺も、非常に猫に似ている。
最近、家に帰ると、居間に猫が二匹転がっているような気がして仕方がないのだが……あながち、間違いではなさそうだ。
人間の姿をした猫さんが、首をかしげる。
「ヨルジュのお母さんって、褐色の髪?」
「いや。どうして?」
「だって、エランド警部は金髪じゃない。ヨルジュはお母さん似かと思って」
「母さんは黒髪だよ。上の姉貴二人は金髪で、三人目は赤、四人目が黒。うちって、そういえば、ばらばらだよなぁ」
もしかして、母親が違うとか?
そういえば、随分姉の数も多いようだし……。
悪いことを聞いてしまったかと思い、焦るシトルイユに、ヨルジュはあっけらかんとして言った。
「人種が違うから、色々混ざったんだろうな、きっと」
「じ、人種? お母さんってフランス人じゃないの?」
「あれ、言わなかったっけ。ハンガリー人だよ、母さんは」
「じゃあ、ヨルジュってハーフだったのぉ」
猫さんの、悲鳴のような叫び。
その驚きように、ヨルジュの方がびっくりしている。
「……なんか、改めて言われると、
変な気分だなぁ。俺はフランスで育ったから、そういう実感はないんだけど」
「それにしても、あの、仕事の鬼みたいなエランド警部が、どうやって外国の美人と知り合ったの」
「鬼ね……。ところで、なんで美人が出て来るんだ?」
「リュオンさんが、ヨルジュのお姉さんは美人ぞろいだって言ってたもん。だったら、当然お母さんも」
「あの馬鹿。……なんでも、護衛したことがあるとか言ってたけど」
「護衛? お母さんって、なんか狙われてたわけ?」
「さぁ……。そういえば、そうだよなぁ。聞いたことなかった。親父がなれそめ話なんかするわけもないし。……なんの護衛だったんだろう」
自分の親だというのに、全く知らないあたり、ヨルジュらしい。
普段、他人のことなどどうでもいいタイプのシトルイユも、ヨルジュのことだと気になってしかたがない。
「お忍びでパリ見物に来た、どこかの国のお姫様だったとか?」
「あの人が? まさかぁ」
「女優だったとか?」
「俺の分のケーキ食っといて、頬に生クリームつけたまま、妖精にあげたんだとか言い出すあたり、とても演技力があるとは思えないけど」
幼年時代の苦い思い出だろうか。食い物の恨みは誰でも忘れないとみえる。
「ねぇ、有名人なら、僕でも知ってるかも。名前、教えてよ」
「三十年以上も昔のことだよ? 無理だって」
「名前くらい、いいじゃない。ね?」
「分かった、分かった。名前はエレオノーレ・ファラディス。あとは、直接会ったときに聞いてごらん。……さ、早くまともな夕食、食べにいこうよ」
珍しく食い下がるシトルイユに、根負けしてヨルジュは答えた。
親の話になって照れたのか、言うなり、すたすたと部屋から出ていってしまう。
……だから、彼は気がつかなかった。
シトルイユが、硬直したまま、ぽつりとつぶやいたことを。
「……エランド警部の弱み、見ーっけた」
***
「ルックスもまぁまぁだし、歳もあんまり離れてないし、警察の人なら身元も確かだし……。国が違うのが難点だけど……まぁ、かまわないわよね、うん」
「何をぶつぶつ言っているんです?」
「ね、ご家族は何人? 兄弟は? 恋人はいるの?」
「は??」
二人の会話が成立するのは、まだまだ先のようだ。
***
これ以降は、テキストデータでどうぞ。
(rapsody.lzh 14k)
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