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「桜の花の咲く頃」
「へ? 一緒に行く?」
劇団に遊びにきてまで、仕事の書類整理していたヨルジュが振り返った。
床に落ちてしまった写真を、あわてて拾っている。結構びっくりしたようだ。
その様子に、机に座って、足をぶらつかせていた少年が、すねたように首をかしげた。咲きかけのスミレの花のような不思議な色の瞳でじっと見つめる。
そうすれば、絶対に相手がノンと言わないことが分かってやっているから、たちが悪い。
「だめ?」
「いや、別にそんなことはないけど……仕事は?」
忙しいんだろ、と言いたげな顔に、シトルイユはぺろりと舌を出した。
「実は、仕事の一環なんだ」
「?」
「今度、僕の映画が日本でも上映されるんだって。それで、向こうのTV局から、一度来てくれって頼まれてたんだ」
「そこに、都合よく、俺が日本に行くことになったと」
「うん。丁度いいから、連れてってもらえってリュオンさんが……」
しまったと、シトルイユが口を押さえた。
案の定、ヨルジュがひきつった顔をしている。
「やっぱりあいつか。あの野郎のことだ。通訳とガイドの節約とでも言ってたんじゃないか?」
シトルイユは、しばらくきょろきょろして言い訳を探していたが、結局こくこくとうなずいた。
ため息をつき、ヨルジュは肩をすくめた。
「そういう魂胆なら、あいつから料金ふんだくってやる……。ああ、別にかまわないよ。じゃあ、どこか観光案内でもしようか」
「ほんとに?」
ぱっと笑みが浮かびかけ、本当にいいのだろうかという疑いが覗き、最後に照れたような表情が残ったのを見て、ヨルジュは苦笑する。実際にはほとんど表情は動いていないのだが、慣れると見分けがつくようになってきた。
この王子様、知り合った頃に比べると、かなり表情が豊かになった。最初の頃は、ろくに微笑みもしない、仮面をかぶったような子だったのだが。
最近は、よくしゃべるようになったし、笑顔を見る機会も増えた。
その分、少しわがままになったような気もするが……。
まぁ、贅沢は言うまい。世界きってのトップ俳優を独占しているようなものなのだから。
「日本ははじめてだろ?
日本語は全然?」
「ちょっと教えてもらったけど」
「へえ、どんなの」
「「ボン・ソワ」は「おばんです」、「メルシー」は「まいどおおきに」」
ドアに向かおうとしたところで、ヨルジュが転びそうになった。
シトルイユが、あれ?という顔をしている。
「だ、だ、だ、誰がそういうことを……」
その時、ドアが開いて元気よく入ってきた者がいた。
「おばんでやーんす。元気してるぅ?」
「てめえだ!」
間髪入れず、ヨルジュは入ってきた人間を羽交い締めにして、首を締め上げた。
多分、見た目より力は入っていないのだろう。捕まった者が、その腕をつかんでぎゃあぎゃあ喚いている。
鮮やかな金髪の、姿だけなら誰も文句を言わないようなハンサムな若者。背も高く、モデルとして人気がありそう……なのだが、さっきのおちゃらけたセリフがまったく違和感がないという、良く分からない雰囲気を持っている。
これが劇団ラパン・アジルの団長兼監督のリュオン=フォーレだ。
自らもトップ俳優であり、シトルイユの直接のボスであり、ヨルジュの学生時代の悪友でもある。
「何すんだよー、俺が何をしたんだー」
「シトルイユに変なこと教えるんじゃない!」
心当たりが大有りのリュオンは、一瞬やべえという顔になったが、すぐに開き直って反論する。
「ちょっとしたお茶目じゃんかよ」
「貴様が地でお笑いとるのは勝手だがな、シトルイユには似合わないだろーが!
初めて行く国で、イメージぶち壊してどうする!」
「うちでは、歌って踊れてお笑い取れる俳優を目指してるんだけどなー」
「そういうのはお前だけで十分だ!」
「あー、差別だ、差別」
「やっかましい!」
その騒ぎを呆然と見守っていたシトルイユは、彼といっしょに入ってきた女性に目をむけた。
シトルイユにちょっと似た顔立ちの、不思議な雰囲気を持つ美女だ。
「ラミナ。どーいうことだろ」
「あの方が教えてくださった言葉は、なまっていたみたいですね」
「スラングみたいのだったのかなぁ」
「……エランド様の様子からすると、もっと笑えるものだったみたいですけど」
そうこうするうちに、なんとか悪友二人は和解したらしい。
リュオンは、もう二度と日本語教室は開かない、と約束させられたようだが。
「なーなー、日本行くなら、土産よろしく」
「餞別渡せよ。……で、何が欲しいって?」
「イカどっくりと貝ひも」
「…………」
「だってさー、個人輸入の品目に入ってないんだもんよ」
「……一応、探したという努力を認めて、1キロくらいずつ叩き送ってやるよ。食いすぎで倒れちまえ」
「よーし、日本酒いっぱい用意しておこーっと。ラミナさん、一緒に飲みましょうね。何々、酔いつぶれたって心配ありません。ちゃんとホテルに部屋を用意して……」
当然ながら、リュオンが、ヨルジュとシトルイユにぶん殴られたのは同時だった。
***
「ところで、ヨルジュってなんで日本に行くんだっけ」
飛行機に乗り込んでから、今更のように聞かれて、ヨルジュは苦笑いした。あれから二週間、海外旅行だとはしゃいでいた少年は、連れが何をしに行くのか確認するのを、すっかり忘れていたのだ。
まぁ、ヨルジュの用事は一日だけ、シトルイユのTV局周りが一週間と、完璧に目的が逆転してしまったので、仕方がないのだが。
「叔父貴の頼みでね。あちらの知り合いと、打ち合わせに」
「おじさん? もしかして、あの合気道の先生?」
「あたり」
ヨルジュの父方の叔父は、若い頃に旅した日本で合気道を習い、今ではパリの近郊で道場を開いている。奥さんは日本人で、普段も着流し、食事は和食という徹底した日本びいきなのだそうだ。
学生時代にリュオンもその道場に通ったことがあるそうで、彼の日本への執着も先生譲りだという。
「四月末に、日本の総本部で大会があるんだ。その参加について、話してこいとさ。……まったく、もう学生じゃないんだから、使い走りさせるなよなー」
「お弟子さんに頼めなかったの?」
「……日本語でそういう交渉ができるのが俺だけなんだ」
「納得。……でも、なんで本人が行かないの」
「今は花があんまり咲いてないから嫌なんだと。ったく、それはこっちが言いたいよ。久しぶりなんだから、いい季節に行きたいよな」
二月初め。パリでも、雪がちょくちょく降ってくる。
日本も、今が一番寒い季節だと聞いていた。
「本当はいつ頃が一番よかったのかな」
「やっぱり四月だな。桜がきれいだよ。日本には桜並木が多いから、一面淡いピンク色でね、それの花びらが風でひらひらと飛んでくるんだ。あれは見事だよ」
「ちょっと早かったんだ」
「そういうこと。残念だね。今だと……紅梅がやっと咲き始めたころかなぁ。雪に埋もれていないといいけど」
確かに花の季節でないのは残念だが、寒ければくっついている口実ができるなと、シトルイユが内心喜んでいたのは内緒である。
「僕ね、海を越えるのは初めてなんだよ」
「今まで、映画のロケもヨーロッパだけ?」
「うん。ドイツとかイタリアには行ったけど。それに、いつも映画スタッフと丸ごと移動だったから、旅行って感じじゃなかったし」
「ま、骨休みだと思って、ゆっくりするんだね。……そうだ。シトルイユ。「オ・ルヴォアール」は?」
「「ばいちゃ」」
突然の問いに、とっさに答えてしまったときには遅かった。
ヨルジュが真剣な顔でつぶやいていた。
「リュオンの野郎、帰ったら息の根止めてやる……」
日本についたら、一言も人前ではしゃべるまい、とシトルイユが決意したのは言うまでもない。
これ以降は、テキストデータでどうぞ。
(sakura.lzh 16k)
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