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「スノーマンはサンタの使い」


塀の上には、作られたばかりの小さなスノーマンが、ずらずらと並んでいた。
嬉々として増殖させている者が知り合いだったので、ヒューイはため息をついた。
「何してるんですか」
声をかけられた若者は、振り返りもせずにせっせと球形を作り続けている。
「雪だるま作ってる」
「それは見れば分かります。何故、病院の塀に並べているんです?」
「いやー、病院って見るからに殺風景じゃない。ちょっとくらい、可愛くしようと思ってさ」
「……まったく、こんなことしてるから、威厳が無いって言われるんですよ。少しはご自分の立場ってものを……」
若者が、手を止めてどこかを眺めているのに気がついて、ヒューイはその視線を追った。病院の正門の前。
赤いコートと帽子を被った、4、5歳の男の子が、寒そうに身を縮めながら立っていた。ヒューイが気づいた時には、若者はこの子の隣に歩み寄っていた。
人を安心させる、暖かな笑顔。
「こんにちは、誰か待っているのかな?」
男の子は、白い息で答えた。
「サンタさん!」
若者は、おや、という表情になる。
ヒューイが、何か言いそうになるのを手で止めて、また尋ねる。
「サンタさんに、何か用かい?」
「うん。ここにね、パパが入院してるの。もうすぐクリスマスでしょ、それまでにパパが家に帰ってこれるようにってお願いするんだ」
赤いミトンの手袋を振り回して、男の子は一生懸命に説明する。
「でも、どうしてこの病院の前で待ってるんだい?」
「僕、この間、ここにサンタさんが入っていくの見たんだ。真っ白なひげで、赤い服着た、おっきな人だった。サンタさんだよ、絶対。クリスマスの他は、ここで働いてたんだね。パパに話したら、きっと院長先生だって言ってた。だから、お願いするの。パパの手術、成功させてくださいって。でもサンタさん、なかなか出てこないんだ。ずっと待ってるのに」
若者と、ヒューイは顔を見合わせた。
しばらく考えてから、若者は言った。
「サンタさんはね、クリスマスの準備で忙しくて、しばらく来ないんだ。でも、今度来たら、伝えておくよ。それからね、この塀に小さな雪だるまを作っておくと、願いことがかなうんだよ」
「ホント? ぼく、いっぱい作っちゃう!」
「一日にたくさん作ってもだめ。だから、今日は一つ作ったら、帰りなさい」
「うん、分かった!」
男の子は、急いで雪を両手いっぱいに集め、でこぼこのスノーマンを作り上げた。
それを塀の上においてもらうと、嬉しそうに笑って帰っていった。
見送った後、ヒューイはため息をついた。
「……・405室の患者の子ですね」
心臓病で入院している患者だ。
今度の手術で生死が決まる。
他の病院では、手の打ちようがないと言われ、この病院へ来たという難病であった。
フランスで随一の名医をそろえたこの病院でも、成功する確率の方が低いと見られている。
「サンタってのは、先日遊びにきた、ラハム教授のことじゃありませんか? 白ひげというと。そういえば、赤いコートを着ていたような……・」
「うん、あの人はそのまんまサンタでやっていけるよね。僕も早くあんな風になりたいなぁ」
「あなたは、何十年たっても絶対無理です。……・患者も、院長は年寄りだと思ったんですねぇ。まぁ、普通そう思いますが」
ちらりと、隣を見てため息。
「それにしても、スノーマンで願懸けなんて……・。良かったんですか? とりあえず、納得して帰ったようですけど。あのままじゃ、いつまでもサンタの登場を待っていそうでしたからね」
「人事を尽くして天命を待つ。僕は僕にできることを精一杯やるだけさ」
「そうですね。……・がんばりましょう、院長」
副院長の言葉に、まったく威厳のない院長は、もう一つスノーマンを追加して、にこりと笑った。

***

8時間に及ぶ大手術であった。
本来、人間の集中力はそんなに長く続くものではない。
それでも、自分が一瞬でも気を抜けば、一つの命が失われる。
その緊張だけが支えだ。
その長時間交代もせずに、自ら執刀した院長は、当然ながら、そのままソファベッドに倒れ込んで意識不明である。
後半からつきあっただけでも倒れそうなのに。
この細い院長のどこに、それだけのパワーがあるのだろう。
せめてゆっくり休ませておこうと、そっと席を立とうとした時……突然、やかましくベルが鳴り響いた。
その正体が、机の上の目覚し時計であることに気づいて、あわてて止め、傍らに居た看護婦たちに、声を殺して叫ぶ。
(誰だよ、目覚ましなんかかけたのは!)
しかし、言われた者たちも、あわてふためいて否定する。
一体誰の仕業だと、再び怒鳴りかけた時、のんびりした声が言った。
「悪い。僕だ」
「院長!?」
なんでまた、と言いたげなヒューイの前で、若者はうーんと伸びをして、窓に向かった。
「そろそろ時間だ」
「?」
窓からは、病院の正門が見える。
あれから、毎日一つずつ追加された雪だるまが、塀の上にちんまりと並んでいる。
見ていると、その隣にもう一つ雪だるまが増えた。
……あの子供が来ているらしい。
「いつも、この時間に来てたんだよ、あの子」
「手術成功を知らせるんですか?」
「それは、僕の役目じゃない」
「は?」
聞き返そうとしたとき、正門の前を、赤いコートを着た人物が通りすぎた。
ヒューイは、その姿に見覚えがあった。
「ラハム教授を呼んだんですね」
「やっぱり、サンタに頼んだんだから、サンタさんが知らせないとねぇ。……僕がサンタの格好しても良かったんだけど」
「あなたには、全然似合いません」
室内全員の合唱に、院長先生は憮然としてふくれ返った。




十二月二十日 エコー・ド・フランス紙より抜粋

毎年の名物となった、ディアン医療センターの、塀のミニ雪だるまは、今年は1000以上に登る模様。
病人の回復を望む人ばかりでなく、最近は通りがかりの恋人や受験生が、願懸けで作っているケースも多いとか。
正面玄関の、謎の特大雪だるまは、院長と副院長の作であるという。
一見の価値あり。



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