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「テディベアは神様!」


シトルイユ=ラウシュタニア篇

「うわー、熊だらけ」
一瞬の絶句のあと、シトルイユ=オースティーは少々うんざりしたように呟いた。
彼の言葉通り、小ホールとなっている部屋は、熊のぬいぐるみで埋め尽くされていた。オーソドックスに茶色の物、派手な赤に黄色のマフラーをした物、青に暴走族のようなサングラスをした物、等々……。
「ここまで集まると、壮観ですわね」
つきそいとして来ていたラミナも、目を丸くしている。
「千体はあるんじゃないかな。たいしたもんだ。テレビで『あなたの可愛いテディを、僕に貸して下さい』と言っただけでこうだ。もしシトルイユが、『国が一つ欲しい』なんて言ったりしたら、世界中のファンが銃を持って立ち上がるんじゃないかな。……こうなると、核ミサイルよりたちが悪いね」
小さな熊を放り投げながら、映画監督兼、俳優のリュオン=フォーレがニヤニヤしている。
「今度の映画の題名は、『くま、くま、くま』に変えるべきじゃないっスか?」
「バカ言ってんじゃないわよ」
二枚目役が多いのに、仲間内ではお笑い取りに徹してしまうランス=レイムが、早速、女優の卵セシア=オーレイに小突かれた。
ひとしきり皆が笑った後、こほんとリュオンは咳払いした。
「ご存じの通り、今度僕が手掛ける映画はぬいぐるみが重要な役目を果たす。シトルイユのファンの力を借りて、それこそ世界中からテディベアを集めたわけだが……、これから重大な使命が君達を待っている」
そこで、彼は部屋にいる者たち─今度の映画の主役クラスとそのつきそい─を見回し、重々しく告げた。
「今度の映画に出演する俳優ぬいぐるみを君達に選んでもらいたい!」
げー、信じられねー、と喚いたのは、もちろんランスである。セシアは貧血を起こしたように額を押さえて天井を仰ぎ、さすがのシトルイユも、ひきつりかけたのはごまかせない。ラミナは静かに、困ったような微笑みを浮かべている。
「監督ーっ、そんなの、劇団の連中に任せておけばいいじゃないですか。百人ぐらいでやれば、あっと言う間でしょ。なんでまた、俺たちが……」
「甘いぞ、ランス! これはオーディションで、君達は審査員だ。今度の映画の「ゲスト」を選ぶんだからな。君達の目で、一番センスが良くて、一番カメラ映りが良くて、一番相性が良さそうなテディを探してくれなきゃ困るんだ。なんか文句あるか?」
「い、いえ、ないっス……」
有無を言わせぬリュオンの言葉に、ランスはこわばった顔で笑った。変なところで完璧主義のこの監督は、一度決めたら、てこでも動かせないのだ。劇団員なら誰でも知っていることである。彼の決定に逆らうなら、劇団を辞めるしかない。……もっとも、そこまでむちゃくちゃな命令を出されることは、まずないのだが。
確かに、共演者を探すと考えれば、主役クラスが集められたのも、うなずける。人間と違って相手がしゃべってくれないのと、数が多すぎるのが問題なだけだ。
「これは、一日がかりだね」
これだけの熊を集めてしまったシトルイユは、肩をすくめた。次の映画に使うテディベアを貸してくれるように、テレビでファンに呼びかけたのが二週間前。まさか、こんなにたくさん集まるとは思わなかった。
「みんな、シトルイユ様への愛情がこもってますわね。どれも可愛いのばかり。目移りしますわ」
ふわふわのぬいぐるみを手に取りながら、ラミナが呟く。
「そうかしら。あたしには、怨念がこもってるように見えるわ。『私のテディを使ってー、使ってー……』って」
妙に目がきらきらとしているぬいぐるみとにらめっこしながら、セシアがため息をついた。その後ろでは、半分悲鳴を上げながら、ランスが埋もれているぬいぐるみを発掘している。
「それにしても、一口にテディベアって言っても、色んなのがいるんだね。大きいのや小さいのや、茶色いのや青いのや……顔も、一つ一つみんな違うんだ。なんか、座布団みたいにぺったんこのまであるなぁ」
今まで、ぬいぐるみなどまじまじと見ることのなかったシトルイユは、ふう、とため息をつき、共演者探しに加わった。
そして、約十分後─。
あっと小さな声を上げて、シトルイユが一つのぬいぐるみを抱え上げた。結構大きな茶色の熊である。コンテストに出せば、そこそこの賞に入りそうな立派なものだ。
「どうした?」
「良さそうなの見つけたか?」
仲間たちの視線を浴びつつ、シトルイユは恍惚とした表情で、ぬいぐるみを眺めている。
「このお人好しそうな表情、だまされやすそうな目、愛嬌のある顔……似てる」
「はぁ?」
きょとんとするランス。
途端に、傍らにいたラミナが吹き出した。
「シトルイユ様、それは、あんまりでは─」
言いながら、必死に笑いを堪えている。彼女には、シトルイユが誰のことを言っているのか、すぐに分かったらしい。
一瞬の沈黙の後、事態を飲み込んだリュオンとセシアが爆笑した。
「た、確かに似てるかも……」
「本人が聞いたら怒るだろうな……」
うっとりとぬいぐるみを抱き締めているシトルイユと、げらげらと笑いこけている仲間たちを見比べて、まだ分からないランスはぽかんとしている。
「この熊、気に入った。僕がもらう」
ぬいぐるみに頬ずりしながら、シトルイユはロッカールームへ消えてしまった。どうやら本気で持ち帰るつもりらしい。
「あの……これは、一体……」
状況の分からぬランスが、リュオンに尋ねる。リュオンはニヤニヤしながら答えた。
「あの熊はね、「ヨルジュ」っていうんだ。強くて、すっげー頭がいいくせに、お人好しで振り回されやすい熊さんだよ」
「はぁ?」
「弁護士の資格まで持ってて、十歳近く年上なのに、シトルイユには頭が上がらない熊さんなの」
?マークに埋もれたランスの前で、リュオンとセシアが再び笑いこける。
「でも、ヨルジュさんは、熊っていうより犬よね。ジャーマンシェパードみたいに格好いいのに、主人に逆らえないとこなんか。うーん、あたしも、あんな彼氏欲しいわ。やっぱりアタックしてみようかな」
「そのセリフ、シトルイユの前で言ってごらん。呪い殺されるかもよ」
「あはは……世界的な美少年俳優に宣戦布告なんて、そんな恐ろしいことできないわ。……ところで監督、そろそろ休憩にしません?」
「もう二時半か。そうだな、コーヒーでも飲むか。みんな喫茶室においで」
話題に取り残されたランスが、手にした熊の手を引っぱりながら、くすくす笑っているラミナに助けを求める。
「えーと、ヨルジュさんというのは、シトルイユの……?」
「お友達ですわ。先日、お世話になった弁護士さんなんです。シトルイユ様は、お兄さんができたみたいだと言って、とても慕ってらっしゃるんですよ」
「なるほどね……」
大体さっきの会話が理解できた。あの熊の気に入りようを見ると、その弁護士殿への執心は相当のものらしい。ファンが知ったら、嫉妬の嵐が巻き起こるだろう。
しかし、リュオンたちのセリフから察すると、とても対等に付き合っているのではなさそうだ。「王子と従者」。自然とそんな言葉が浮かんでしまう。ちょっと、その見知らぬ人物を気の毒に思っていると、シトルイユが戻ってきた。
ラミナが微笑みかける。
「本気で持ち帰るおつもりで?」
「もちろん。今夜から一緒に寝るんだ」
「ヨルジュ様がうなされそうですわね……」
「なんか言った?」
「いいえ、別に……」
二人の会話に苦笑しつつ、喫茶室に入った時だった。
突然、外から通じているドアが乱暴に開け放たれた。続いて重い靴音が、駆け込んでくる。三人組の男たちだった。
何事だ、と言いかけたリュオンの前に、一番背の高い男が立ちふさがった。
「動くな。怪我したくなかったらな」
手にしているのは……モデルガンではなさそうだ。残り二人も、映画に出てくるようなショットガンと拳銃を持っている。
「何の真似だ?」
リュオンが低い声で言った。その胸に銃口が向けられる。
「ここに、熊のぬいぐるみが一つ届いたはずだ。さっさと出しな」
リュオンが絶句したのを、恐怖と勘違いした男が、もう一度繰り返す。
「もたもたするんじゃねぇ。ここにあることは、分かっているんだ。隠すと、その顔に穴が空くぜ」
「…それは困る。顔は商売道具なんでね」
ちらり、と仲間たちを見やり、下手に逆らうなと目で合図して、彼は例の部屋を顎でしゃくった。
「あの部屋だ。あんたたちの探しているのがどれかは知らんが……分かるのなら持っていきな」
「ふん? 随分と物分かりがいいな、若僧。長生きするぜ」
リーダーらしい男が、リュオンに銃を向けたまま、ドアを開く。一瞬の沈黙の後、予想通り、男は怒りのあまり額に青筋を立てて振り返った。
「なんの真似だ? これは……」
銃の引き金に指がかかる。
ぴん、と空気が張りつめた。シトルイユとランスが、思わずその男に飛びかかろうと身構える。彼等に向かって、残りの二人の銃が冷たく光る。
「おい、なめた事しやがると、全員命はないぞ! さっさと出さねぇと……」
「残念ながら、何のことか分からないね。あのぬいぐるみは、全て今度の映画の為に、一般の人々から集めたものだ。その中に、あんたの探しているのがあるとしても、僕らには全く分からない。あれは皆、事務所宛に送られてきたもので、直接受け取った物は一つもないからね」
抵抗の意思がないことを軽く手を上げて示しながら、リュオンはわざとなげやりに言い放った。こういう手合いには、下手に言い訳しない方がいい。
さすがに嘘ではなさそうだと判断し、男はちっと舌打ちした。
「あの……それで、あれをこんなところに送りやがったのか─」
「兄貴、どうすんで?」
「あの数じゃ、とても見つからないんじゃ……」
「馬鹿野郎!」
うんざりしたように尋ねた子分たちに、男は叫んだ。
「あれを手に入れるのに、どれだけヤバい橋を渡ってきたか忘れたのか! あきらめてたまるものか。……お前らにも手伝ってもらうぞ。居合わせたのが運の尽きだと思いな」
銃口を向けられては、ノンと言いたくてもうなずくしかない。
「どんな熊なのかくらいは分かっているんだろうな。なんの手がかりもないんじゃ、探しようがない」
油断なく賊共を睨みつけながらリュオンが言うと、リーダーは苦々しげに答えた。
「……茶色のでかい熊だ」
「そんなの一番オーソドックスじゃない!もっと特徴はないの?」
セシアが悲鳴のように尋ねる。
「……持ち主のカードに、『ルールドのアルルより』と書かれているはずだ」
「なんとも、ありがたい手がかりだな」
さっきまで散々にらめっこしていたというのに、持ち主のカードなどというものがついていた事を初めて知ったランスが吐き捨てる。
「うるせぇ! お前らは黙って探せばいいんだ。死にたくなかったらな!」
冷たく光る銃口に追われて、俳優たちは熊だらけの部屋に戻った。仕方なく、さっき手にしたぬいぐるみも含めて、一つ一つ確認していく。

─三十分もたっただろうか。
男たちの一人が、とうとう癇癪を起こした。
「冗談じゃねぇ、てめえら、何のんびりしてやがるんだ! まさか、わざとやってんじゃないだろうな……」
銃をつきつけられたセシアが、ひっ、と悲鳴を喉につまらせる。
「やめろ!」
澄んだ声が部屋に響き渡った。
「これだけの数があるんだぞ、カードを見ていくだけでも、時間がかかるのは当然だろう! 僕の仲間に、傷一つつけてみろ、ぬいぐるみ探しなんて協力してやるもんか!」
それまで、黙っていたシトルイユであった。
予想外の剣幕と、年齢に似合わぬ迫力に、喚いた男の方がたじろいだ。銃を向けかけた、もう一人の男を制して、リーダーが感心したようにニヤリとする。
「威勢がいいな、坊や。お前の言う通り、大変なのは分かっている。だがな、俺たちには時間がないんだ。言い忘れていたんだが……あんまり遅いようだと、こいつを使うことになるぜ」
そして、男は懐から茶褐色のどろりとした液体の入ったビンを取り出した。眉を寄せた俳優たちに、彼はくっくっと低く笑った。
「分からんか? 見たことがないようだな。こいつはニトロだ。ニトログリセリンだよ。俺がちょっと手をすべらせれば、このビルごとドカン、という訳だ。……懸命に探す気になったかね?」
「ばかな……そんなことをすれば、お前も吹っ飛ぶんだぞ?」
呟いたリュオンに、男はビンをゆっくり振ってみせた。
「それぐらいの覚悟の上でやっているということさ。覚えておけ、タイムリミットは五時だ。それ以上かかるようなら、こいつを使うことになるぜ……」
隙あらば、と狙っていたランスが、唇をかんだ。これでは、飛びかかって銃を奪うこともできない。
渋々ながら、全員途方もない熊捜しの作業に戻る。
五時まであと二時間。
人形のオーディションは、とんでもない成り行きになっていた。



これ以降は、テキストデータでどうぞ。

(tedy.lzh 20k)



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