想いの欠片


「……レオス、エレオス!」
懐かしい声。
今にも泣き出しそうな目。
一体誰が、お前にそんな顔をさせたんだ?

   * * *

「ホントに君の力はすごいよ、必ず、セクンダディへの切り札になる」
「その力があれば、ファルズフなんかに頼らなくても、ビジターを倒せるな!」
媚びるように付きまとう輩には、正直うんざりしていた。
元より、望んで教主庁になど来たわけではない。
自分が持つこの力。
この世界に満ちるエネルギーとも言えるソーマ、それを機械を通さずに「力」に変えられる自分の能力が、教主庁の目に止まった。
教主庁が唱える教義は奇麗事ばかりのようで、自分の心には響かない。
元は同じ組織でありながら、今は対立しているという軍事組織セクンダディにも興味はない。
だが、教主庁が研究に対する見返りにと示した報酬。
世界は、ここ 教主国マラン・アサのように、ソーマにあふれ、その力を湯水のように使える場所ばかりではない。
そのほとんどは、ビジターと呼ばれる異形の生き物を恐れ、小さくなって生きているのが現状だ。
故郷にいては、到底望めない金額は、自分がその場に残るよりも、彼らの暮らしを守る大きな力になるはずだ。
そんな駆け引きから教主庁に来たのだから、自分は実験材料のようなもの。
多少色眼鏡で見られることは覚悟の上だったが、特別扱いのおこぼれ狙いはうっとおしい。
なんとか振り切れないものかと、適当に教主庁内を歩き回り、水晶の間と呼ばれる広間に入った時だった。
人がいない時に練習をしていたのか、澄んだ歌声が耳に入った。
――なんて綺麗なんだろう。
音楽の良し悪しなどまるで分からないが、思わず引き込まれて、広間の入り口で立ち止まる。
急に先頭が止まったので、勢いあまった後ろの者たちが、つまづき、転ぶ音が響いた。
歌が、ぴたりと止まった。
野暮な連れを睨みつけ、声の主に謝る。
「悪い、邪魔するつもりじゃ……」
振り返ったのは、柔らかそうなはしばみ色の髪、同じ色の優しい目。
整った顔が、小首をかしげて、にこりと笑った。
――可愛い。
「はじめまして。ぼくはカデンツァと言います」
「俺はエレオス……」
――ん? 今、ぼくって言った?
そう言えば、少年僧の青い服を着ている。
――あまりにも短い初恋だった。
エレオスの内心の嘆きを知ってか知らずか。
カデンツァと名乗った少年は、壁画の天使もかくやという笑顔を浮かべた。
「聞いてますよ、ソーマケイジなしで、ソーマを操ることができるんですって?」
……こいつも、他の人間とそう変わらないか。
少しがっかりしたが、興味を持たれて悪い気はしない。
「ああ、見せてやろうか?」
軽く手の平を広げると、辺りのソーマが手の中に集まってくるように感じる。
これを、普通の人々は、ソーマケイジという機械に頼らなくてはできないのだ。
滑らせるように、手の中に集まった『塊』を、目標に投げる。
離れた場所の台に置かれていた花瓶が、上から半分が何かに当たったように、音を立ててくだけた。
花が飛び散り、流れ落ちた水が床を濡らす。
後ろの野次馬たちから喝采が沸き、賞賛の言葉が繰り返される。
いつものことだ。
けれど、一番期待していた傍らからは、声があがらなかった。
おや? と振り返ってみると、少年の顔から、先ほどまでの笑みが消えていた。
「……貴方の力は、壊すものなのですか?」
こわばった表情。ぽつりとつぶやかれた言葉。
「――ごめんなさい」
軽く頭を下げると、呼び止める間もなく、部屋から駆け去ってしまった。
その姿が消えた後、取り巻きの一人が肩をすくめた。
「ヘンな奴だね、教主の血筋だからって、いい気になってるんだよ」
「教主の?」
「昔、山奥に移り住んだ一族の末裔だってさ。その村がビジターに襲われて壊滅したからここに……」
「壊滅!?」
「確か、あいつが最後の生き残りだとか――」
エレオスは、しばらく濡れた床を見つめていたが、急に砕けた花瓶の欠片を集め始めた。
取り巻きたちは、突然の行動に驚く。
「な、何をしてるんだい? そんなの掃除ロボットに任せておけば……」
「うるさい!」
払いのけられ、周りの者たちは、わけがわからないという表情でしばらく眺めていたが、一人二人と姿を消し、やがて広間からは誰もいなくなった。

   * * * 

砕けた欠片をつなぎ合わせるのは、難しかった。
壊すのは一瞬だったが、直すのはこんなに手間がかかる。
部屋に戻り、エレオスは壊した花瓶を接いでいた。
面倒だが、こういった作業は嫌いではない。
そうだ、自分も昔は、壊すよりもこうして何かを作り出す方が好きだった。
けれど、ソーマを操る術を求める連中は、その威力を見せつける「破壊」の方を好んだ。
それらに応えているうちに、創ることの楽しさも忘れてしまっていた。
一つ一つ、元の姿に戻っていくのを見るのは楽しい。
よし、あと一欠片。
「……あれ?」
集めたはずの欠片は、もう残っていなかった。
花瓶は、口のところに描かれた花の絵が欠けたままになってしまった。
あの時、拾い損ねてしまったのか。
綺麗好きの教主庁だ、もうとっくに片付けられてしまっているだろう。
――でも。
もしかしたら掃除の者にも気付かれていないかもしれない。
花瓶をつかみ、水晶の間へ駆けつける。
数人、世間話をしている者たちがいたが、先ほどの床にはいつくばって、椅子の下を覗き込む。彼らは驚き、自分を指差して笑っている。
――あんな連中はどうでもいい。
今は、あの欠片がとても大切なものである気がするのだ。
花瓶を直すことができれば、それが何か分かるように思えて。
「……エレオス?」
背後から、聞き覚えのある声がした。
「カデンツァ!」
差し出された手を取ろうとした、その時。
「……カデンツァ様と言わぬか。この無礼者め」
護身用の棒と共に、淡々とした声が割り込んだ。
「いいんだよ。特別扱いしないでって言ってるだろう? ご先祖様が誰だろうと、ぼくはただの田舎者なんだから」
「そうは参りません。あまり気安く接されては」
やはり、教主の血筋というのは本当のことなのだ。
やけに堅苦しい口調のこの娘は、護衛兼お目付け役といったところか。
「花瓶、直してくれたんだね」
「……さっきは、悪かった」
「とんでもない! ぼくの願いを聞いて力を見せてくれたのに、勝手なことを言ってしまって。――あの後、謝りに戻ったんだけど、花瓶がなくなっていて、君とも会えなくて」
これ、と開かれた手には、花の絵が書かれた、白磁の欠片。
探しに来た時に、残っていたのを拾っていたのだろう。
元の場所に置かれた花瓶の口に、ぴたりと収まった。
「やっぱり見栄え悪いよな」
丁寧に直したつもりだったが、光のあたる場所では、やはり細かいヒビが見える。
「そんなことないよ。直した物は、接いだ人の心が宿ってる」
元の姿を取り戻した花瓶を、大切そうに撫でる。
「エレオスはすごいね。人を守るための力も使えるし、こうして物を直すこともできるんだから」
教主庁に、興味はなかった。
セクンダディとの対立にも、関心がなかった。
上の方の事情など自分には関係がないし、これからもそうだとばかり思っていた。
それなのに、年も変わらぬ少年の言葉一つが、こんなにも嬉しい。
目の前にいる彼が、いずれ教主庁の主となるのなら、自分の力は、もっと別の形で生かしてもらえるのではないだろうか。
「カデンツァ、俺は――」
「カデンツァ様と呼ばぬか。気安く触れるな」
「いいだろ、これくらい!」
「貴様は口が悪すぎる。殴るぞ」
「もう殴ってるじゃねぇか!」
表情一つ変えぬ護衛の娘とのやりとりに、カデンツァが鈴を転がすように笑った。

   * * *

カデンツァは、頭がよく、人当たりの良さで誰にでも好かれていた。
けれど、古いしきたりや規則を嫌い、教主庁の古株たちが驚くようなことをしてのけることも多かった。
敵対に近い関係にある、セクンダディの一部門、ファルズフについての雑誌を堂々と読んだり。
図書館の奥に収められていた、昔の邪教を取り扱ったという理由で焚書にされかけていた本を盗み出したり。
昔は、無茶をして、怒られたり泣かれたりするのは、自分だったような気がするのだが。
最近では何故か、予想外のことをしでかす友を諌め、しかも止めそこなって、一緒に怒られることが定番になりつつあった。
これだけ枠に収まらない人間もめずらしい。
彼が教主になれば、きっとこの組織は大きく変わる。
だが、その前に、何かとんでもないことをするのではないか。
そんな予感を感じていた、ある日。
友人が教主の間に行ったと聞き、また何かしでかしたのかと心配して駆け付けた時。
大きな扉が開き、そこから乱暴に投げ出されたのは、カデンツァだった。
口元には血が伝っている。
頬には、殴られたような跡。
「教主にやられたのか!?」
高齢の教主が手を上げるのを想像するのは難しい。実際に手を下したのは、その側近かもしれない。
しかし、止めなかったのであれば、同じことだ。
時々無茶をやらかすカデンツァが何かしたのだろうとは思っても、その身を傷つけられたことにカッとなった。
「あのじじい……!」
教主の間に飛び込んで殴り飛ばしそうな勢いのエレオスを、逆にカデンツァが止めた。
「いいんだ、こうなることは分かってて言ったんだから、ぼくが悪いんだ」
「一体何を言うと血が出るまで殴られるようなことになるんだよ!?」
「大げさだよ。ちょっと口の中を切っただけ」
いてて、と悪戯小僧のように笑う。
「……それで何て言ったって?」
「『ぼくは教主にはならない。セクンダディに入る』ってね」
友の言葉を理解するのに時間がかかった。
いや、理解はしても、到底認められなかった。
カデンツァは、この教主庁で、頂点を目指すつもりではなかったのか?
自分は、傍らでその支えとなれるよう、力を蓄え、立場を固めていたのに。
なんでここまできて、いきなり裏切るようなことを言い出すのだ、こいつは。
教主が先に殴っていなければ、自分が殴り飛ばしていたかもしれなかった。
「なんでだよ! お前は、今の教主庁やセクンダディのシステムはおかしい、それを変えるって言ってたじゃないか! お前が教主になって、根本から変えていくんじゃないかったのか!?」
「エレオス、それでは時間がかかりすぎる」
ふいに、カデンツァは別人のような表情になった。
世間と隔絶され、平安しか知らぬようなこの場所に在りながら、彼はもっと遠いところを見ている。
「教主庁は、人々に平安を与えることを主としている。それ自体はいいことだと思う。でも、ソーマの独占やビジターの襲撃で、辺境の人々が苦しんでいるのも事実だ。――エレオス、今の教主庁が、村一つを全滅させるような巨大なビジターが現れた時、そこに救いの手を差し伸べると思うかい?」
それは無理だ。
元々、教主庁にあった武装部門がセクンダディの前身である。
二つが分かれたことで、教主庁側はますます「武力」ではなく、「信仰」と「学問」に傾倒するようになった。
正体不明の侵略者であるビジターどころか、モンスターに対抗する手段さえろくにないと言ってもいい。
「セクンダディが武力とソーマを独占している状況を正しいとは思わない。けれど、あそこには、そんなビジターを前にしてもひるまない、たった一人の子供を救うために命を張れる、そんな人がいるのを、ぼくは知っている」
それはきっと、かつて彼の村を壊滅させたビジターから、彼を救い出したという人のことだ。
「ぼくは、今救いを求めている人々を助けたい」
いつもと変わらぬ、迷いのないまっすぐな目。
「それなら……俺だって――!」
「そう言うと思ったから、エレオスには知らせずにいたんだ」
すまなさそうに、カデンツァが微笑んだ。
「教主庁にエレオスは必要だよ。機械に頼らずソーマを使える君はセクンダディへの切り札でありながら、教主一派とも違った考えと行動ができる。そんなエレオスと、君の仲間たちがここを変えていってくれると信じるから、ぼくは思い切ることができたんだ」
「本気で、一人で――」
「うん。セクンダディに志願する。そして、教主庁とセクンダディの双方の言い分を直に確かめたい」
ああ、そうだった。
いつだって、こいつには追いつけないのだ。
もう少しで隣に立てると思っても、手をすり抜けるかのように、またもっと遠くを目指して行ってしまう。
こんな顔をしている時は、止めても無駄だということを、自分が一番よく知っている。
「――分かった」
あきらめたわけではない。
別れるからこそ、力になれることもあると。
そしてまた、望む未来が同じであれば、いずれ道が重なると信じているから。
自分ごときが教主庁という巨大な組織を相手にできると信頼してくれたのであれば、その期待に応えてみせよう。
「お前は、思った通りの道を進めばいいさ、カデンツァ」
「ありがとう、エレオス」
そう、いつだってこの笑顔には、敗北するしかないのだ。

勝手にしろ、という教主の「赦し」が出たのは、数日後のことだった。

   * * *

「……レオス、エレオス!」
懐かしい声。
今にも泣き出しそうな目。
一体誰が、お前にそんな顔をさせたんだ?

ノイズのように、自分には記憶にない、けれども確かに自分の姿が脳裏をよぎる。

――ああ、そうか、自分なんだ。

泣き顔など見たくなくて。
笑顔でいて欲しいだけなのに。
何故いつもうまくいかないのだろう。

辺りは力強いソーマに満ちていて、それを取り込めばすぐにでも起き上がれるような気がした。
でも、そうしてはいけないということも、分かっていた。

今度目を開くことができるのならば、友がいつもの笑顔であるように。
叶うのであれば、邪教の女神にだって祈ろう。

これ以上、大切なものを傷つけたりしない。
自分に入り込もうとするソーマを拒絶し、エレオスは目を閉じた。

END




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