涙に浮かぶ灯火


「あれ、なんかいい匂いがする」
「ほんと、なんでしょう」
ザイン大陸の樹海を歩いていた第七中隊のメンバーのうち、特に好奇心の強い二人がきょろきょろと辺りを見回す。
急に広い場所に出た、その時。
「ミラーズ、ヴェルト、戻れ!」
鋭い声が飛んだ。
「隊長? ……うわっ!!」
蔓に足元を払われ、ひっくり返った二人に大きな蔓が迫る。
マンイーター。
巨大な植物系のモンスターだ。
本体の動きは遅いが、自在に動く蔓で生き物をその口に運ぶ。
二人の足にまきついた蔓が、銀の光の煌めきの後、地に落ちた。
「早く下がれ!」
両剣の使い手であるアインザッツは、襲ってきた新しい蔓を叩き切る。
だが、その背後に別の二本が伸びていた。
手首にからみついた蔓が、刃を封じてしまう。
「く……っ」
駆け付けたカデンツァが、本体と蔓に続けざま二発撃ちこんだ。
マンイーターの動きが鈍り、蔓が凍りつく。
その隙にアインザッツの手から剣を取り、片方の蔓を切り落としたが、もう一方の蔓が彼らを弾き飛ばした。
傍らの樹に叩きつけられ、二人が動かなくなったのを見てとり、ジャディスが舌打ちした。
「フォルテ、氷魔法を叩きこめ! グラナーダ、ソーマゲート設置!」
「はい!」
「完了した!」
副長の指示に、後衛の二人が間髪入れずに答える。
「撤退だ! お前らさっさと行け!」
ためらいながらも全員がゲートに向かったのを確認し、ジャディスは隊長と狙撃手を乱暴に担ぎあげた。

   * * *

白い天井。
目覚めた場所が、見覚えのある部屋であることに気づき、アインザッツは飛び起きた。
「ジャディス!」
「アイ、サー!」
待ち構えていた副長が、怒鳴るように答える。
「マンイーターとの交戦から約二十分経過、犠牲者なし、以上!」
「報告としては、相変わらず色々足りないが……」
「他の連中が、後で要らないことまでしゃべってくれますよ」
「カデンツァは?」
「そっちです」
指差されて隣の簡易ベッドを見れば、部隊一の狙撃手が、すやすやと寝入っている。
手に、見覚えのあるものを握りしめて。
「俺の上着?」
「どうしても離そうとしなかったんで、隊長を助けた褒美に提供しときました」
こんなものが褒美?
まぁ、艦内では上着のあるなしは大して変わらない。
見慣れない、と隊員たちに笑われる程度で。
「それにしても、相変わらず、空恐ろしい判断力ですよね、こいつは」
あの一瞬で、威力のある弾よりも、動きを鈍らせる麻痺弾と冷凍弾が有効と判断し、弾丸を入れ替えて攻撃した。
あれがなかったら、アインザッツはマンイーターの口に運ばれていただろう。
「起きれば返しに来ますよ。教主庁とセクンダディに比べれば、えらく近くなったもんですし」
「ジャディス!」
「失言っす!」
「……最近、そう言えば許されると思ってないか?」
「とんでもない、イシュタルには、三度に二度は却下と言われて……」

医務室を出た二人の声が、遠ざかっていった。

   * * *

「お母様、お祖父様。今までで一番大きな花火ができました!」
居間に駆け込んできた七、八歳の少年に、白いひげの男性が目を細める。
「おお、これはまた豪勢だな。家の中で爆発させないでくれよ、カデンツァ」
「火気は近づけません。大丈夫ですよ」
「今日の収穫祭の主役ですものね」
「夜までに、小さいのをもう少し作ってきます」
家の奥の作業室へ走っていくのを、微笑ましく見送る。
「まったく、あの歳で火薬の扱いは大したものだ」
「一体誰に似たのかしら」
収穫期の後の祭りは、山奥の村では年に一度の大きな行事だ。
今までに作ったいくつかの花火の腕を見込まれて、今年は大きなものを任された。
祭りの最後に、夜空を彩ることになっている。
あとは、子供たちが手に持って遊べるようなものを用意すれば喜んでもらえるだろう。
どれくらい作業に夢中になっていたのか。
外が騒がしいのに気づき、少年は顔を上げた。
祭りの開始にはまだ早いはずだが。
窓のないここからでは、様子が分からない。
だが、ドアが開かない。
向こう側から、何かで押さえられていた。
「お母様? お祖父様?」
扉を叩いて呼ぶと、なぜか、ひどく遠くから彼らの声が聞こえてきた。
「部屋から出てはいけません!」
「カデンツァ、中におるのだ!」
合間に聞こえてくるのは、誰かの悲鳴だろうか。
「お母様! お祖父様!?」
出てはいけないと言われた。
母や祖父の言いつけは守らないといけないが……。
ひどく嫌な予感がする。
外の様子が知りたい。
せめて、何が起こっているのかを。

少年は、机の上にあった、火薬の塊を手に取った。

   * * *

それはおかしな依頼だった。
昔は一つの組織であったが、今は分断し、敵視しているはずの軍事組織セクンダディに、教主庁から緊急の要請が入ったのだという。
ビジターに襲われた山奥の小さな村から、ある一人を救ってこいと。
「村人たちをじゃなくて、一人ってのが、なんなんですかね」
「こんな辺境の村に、出動が許されるとはな」
ファルズフは、セクンダディの危機管理部門。
いわば、対ビジターの戦闘部隊。
建前、知らせが入ればどこへでも駆けつけるが、当然、人の多い都に近い地域が優先される。
目標の地に到着したものの、部隊は、廃墟と化した村の手前で立ち尽くしていた。
その元凶が、村の半ばにまだ居座っている。
「なんという巨大なビジターだ……」
隊長が、呻くように呟く。
「村人は全滅の模様です!」
望遠鏡で確認していた隊員が、首を振った。
全滅……間に合わなかったのか。
だが、ビジターの足元に、小さな影が動いた。
「……あそこに子供がいる!」
「よせ、待機だ!」
武器に手をかけた隊員に、部隊長が叫んだ。
「あのビジターを倒せるだけの武器が届くまで、待機! これは命令だ!」
「なんだって!?」
まだ生きている者がいるのに。
艦から武器を運ぶのを待てと!?
他の隊員に命じてまで止めようとする隊長を、きっと振り返った銀髪の若者が殴り飛ばした。
「目の前の人間を助けられなくて……なんのためのファルズフだ!?」
それぞれの得意武器を引き抜き、駆け出す。
「やめろ、アインザッツ! ジャディス!」
後ろから隊長の声が聞こえたが、彼らは足を止めなかった。

   * * *

巨大なビジターの前の子供は、すくんでしまったのか、その場から動かない。
異形の生き物を見上げている。
ビジターと言われる、謎の生命体。
それは人間以外の生き物に寄生し、人々を襲う。
今いるものは、寄生する前の純粋なビジターだ。
だが、不定形のエネルギーを形にして、人や物を打ち倒すだけの力を持っている。
その腕の形をしたものが、ゆらりと振り上げられ……子供に向かって振り下ろされた。

――ギィン!

金属音と共に、その腕が弾かれた。
予想外の反撃に驚いたのか、ビジターがわずかに後退した。
「ジャディス、その子を連れて行け!」
ビジターに対峙する若者の指示に、大斧を構えかけていたもう一人がうなずく。
今は、ビジターを倒すことよりも、この生き残りを救うのが目的だ。
「さ、こっちへ来い!」
引き寄せようとした手から、恐怖に固まっていたとばかり思っていた子供が、するりと逃れた。
まっすぐにビジターを見つめたまま、再び攻撃を受け止めた若者の前へと飛び出す。
「……!?」
目の前に現れた元々の標的に、ビジターの動きが止まった。
その時、その子供が黒いものを、ビジターへと投げつけた。
不定形のビジターは、それを避けるのではなく、包み込むように歪んだ。
ただの石であれば、そんなものは大したダメージにはならない。
だが、今のは――。
「伏せて」
下から聞こえた小さな声。
「……ジャディス、伏せろ!」
咄嗟に子供を抱え込み、自分もその場に身を伏せる。
その判断は間違っていなかった。
全身に叩きつける爆音と衝撃。
廃墟となった村には不似合いな、鮮やかな色が辺りを染めた。
「こ、こいつは……花火?」
上空で破裂させるはずの火薬の塊を抱えていたビジターは、何度も繰り返される発火と共に消し飛んでいた。
暴発した花火は、行く先を失って地上を惑い、村のあちこちに火の手を上げている。
「お母様……お祖父様……」
呆然と変わり果てた村を見つめていた少年は、乾いた目に闇夜に踊る炎を映している。
そして、ふいにその場に崩れ落ち、そのまま意識を失った。

   * * *

翌日、アインザッツとジャディスは、隊長の命令を無視したことで、懲罰房に放り込まれていた。
「ちっ、人を助けてこれじゃ、割に合わないな」
「……つき合わせて悪かった」
「助けたことを後悔してなんかいませんぜ。……ただ、助けられたのがたった一人ってのが、ちょっと――」
もう少し、到着が早ければ。
いや、隊長が出撃の指示を全員に出していれば、もしかしたら他にも生き残りがいたかもしれないのに。
自分たちは、できる限りのことをしたのだとは思ってみても。
あの惨状が、どうしても頭から離れない。
昼過ぎになって、二人は部屋から出された。
しかし、苦虫をかみつぶしたような隊長の言葉は、予想していたものとは違った。
「お前たちに、教主庁から呼び出しが来ている。行ってこい。言っておくが、教主庁と揉め事など起こしたら、ファルズフはおろか、セクンダディからも追放するぞ!」
教主庁に知り合いなどいないはずだが。
着いた二人を、青年僧が迎えた。
「我々に一体どのような用件でしょうか?」
「――こちらへ」
通されたのは、奥の一室。
医師らしい数人が、ベッドを取り囲んでいる。
寝台から身を起しているのは、確かに昨日の少年だった。
しかし、はしばみ色の目は、宙をさまよって何も見ていない。
医師たちが、口々に対策を話し合っている。
「やはり、ビジターに襲われた時の恐怖が……」
「それよりも、お二人が亡くなられたショックで……」
その言葉に、ぴくりと少年が震えた。
「助けて――」
鋭い悲鳴が上がる。
「助けて、助けて、助けて……っ!」
何もない空間に向かって手を伸ばし、必死に叫び続ける。
耳をふさぎたくなるほどの、恐怖に彩られた声。
「目覚めて以来、この状態なのです。おそらくカデンツァ様は、昨日のビジターの襲撃と村の壊滅の状況を繰り返しておられる。なんとか、時を断ち切らねば……」
「カデンツァ様、もう大丈夫です!」
「ビジターは倒されました、貴方は助かったんですよ!」
「助けて、助けて――!」
医師たちはなんとかパニックを治めようとするのだが、少年はただ繰り返し叫び続ける。
その様子に、二人はぎり、と唇を噛む。
ここに居る者たちは、あの村の惨状を知らないのだ。
「どけ――!」
アインザッツの鋭い声に、医師たちがぎょっとして振り返った。
「その子が言っているのは、そんなことじゃない」
「なんであんたたちは分からねぇんだ?」
ジャディスが、彼らを乱暴に脇にどかす。
「カデンツァ」
静かな呼びかけに、悲鳴が止まった。
「村で生き残ったのは、君だけだ」
目はまだ遠い故郷を求めてさまよっているが、耳は確かに声を聞いている。
その言葉を聞き逃さぬように。
「助けられなくて……すまなかった」
しばらくして。
少年の目から、涙があふれた。
「皆……亡くなったのですね、お母様も、お祖父様も、みんなも……」
彼が助けを求めていたのは、自分のことではない。
ほんの少し前まで共にいた人々の、誰か一人でも助かっていたと言って欲しくて。
時間を止めて、待っていたのだ。
告げられた言葉は、期待したものではなかったけれど。
ようやく知らされた真実が、時を再び動かした。
少年は、しばらくの間、静かにすすり泣き、直に泣き疲れて眠ってしまった。
ファルズフの二人を招いた青年僧が、頭を下げる。
「……ありがとうございました」
「結局、辛い事実を突きつけただけだ。……すまない」
「いえ、次に目覚める時には、自分を取り戻してらっしゃるでしょう。あなた方のおかげです」
その言葉に、ジャディスは気になっていたことを聞いた。
「このガキ……いや、この子は一体なんなんだ?」
村の一少年のために、教主庁が動くわけがない。
それに、周りの者の対応と、山村の少年とはとても思えない口調。
「カデンツァ様は、昔に山奥に移り住まれた、教主様の家系の末裔でいらっしゃいます」
「次の教主候補か!」
それで、村にビジターが現れた時、普段の確執を曲げてまで、セクンダディに依頼を出したのか。
このたった一人のために。
彼が助かったのは偶然か。
いや、家族だけでなく、村人も最後まで守ろうと抗ったのだろう。
遠い昔に縁を断ち切ったはずの、教主庁に連絡を入れてまで。
それに、あのビジターを倒したのは、少年自身が持っていた花火だ。
彼は一人でも生き残っていたかもしれない。
――たとえ、それが本人の望みではなかったとしても。
「キツイっすね……」
一人で生きていくには、まだあまりにも幼い。
次に目覚める時、周りの者が支えてくれればいいのだが。
これ以上、できることはない。
そう判断して、立ち去ろうとした時。
ぐい、と服が引かれた。
見れば少年が、眠ったまま、アインザッツの制服の裾をしっかりと握りしめている。
「こりゃ、離しそうにないっすね。残りますかい?」
「そういうわけにもいかんだろう。仕方ない」
ファルズフ隊員の目印でもある上着を脱ぎ、少年の手元にかけてやる。
「受付にでも預けてくれればいい。……その頃には、着る資格がなくなっているかもしれんがな」
昨日から、上司の機嫌を損ねるようなことばかり起こしている。
もしかすると、資格をはく奪されるかもしれない。
苦笑しつつ、二人は二度と入ることはないであろう、教主庁を後にした。

   * * *

翌日、また呼び出しを食らった。
とうとう、資格はく奪のお達しか。
そう覚悟していたのだが。
接見室で待っていたのは、お付きを伴ったあの少年だった。
「昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありません。服を返しに参りました」
この年代の子供とはとても思えない、丁寧な言葉使い。
「……すまなかったな。受付にでも渡してくれればよかったものを」
受け取ったアインザッツが苦笑すると、後ろに控えていた者が食ってかかった。
「貴様、カデンツァ様が、わざわざ届けに……」
「下がりなさい!」
少年に一喝され、お付きの僧がうろたえる。
「しかし、ファルズフなどどこの馬の骨ともしれません、あまり近づけぬようにと……」
「恩人に感謝の言葉も述べぬ礼儀知らずになれと?」
「そ、そのようなことは……」
昨日の様子を微塵も感じさせぬ、凛とした態度。
教主庁はかたくなに血族制を守っている。
アインザッツとジャディスは、セクンダディとの対立を抜きにしても、彼らの選民主義を苦々しく思っていたものだ。
この少年の祖先は、そんな一族に反発し、都から出奔して山村に移ったと言う。
だが、この言動を見れば、やはり血は争えぬか、と感じてしまう。
「アインザッツ殿、ジャディス殿。村を救ってくださったこと、感謝いたします」
「……救う? いや、我々は――」
「あれだけのビジター、本来なら部隊は撤退していたと聞きました。例え間に合わずとも来てくれたこと、村の皆も感謝していると思います。あなた方は、彼らの魂を見捨てないで下さった。――本当にありがとうございます」
真実の感謝を込めて、少年は深々と頭を下げる。
それが教主庁が唱える、気休めの精神論だとしても。
人々を救えず、罪悪感にふさいでいた若者たちを、間違いなく癒してくれた。
「君は、いい教主になりそうだな」
アインザッツの言葉に、少年はまっすぐに答えた。
「ぼくは、あなた方のような、人々を救うファルズフになりたい」
「カデンツァ様!?」
僧たちが、その言葉に仰天する。
「はは。それはさすがに無理だろう」
苦笑するジャディスに、少年は軽く首をかしげる。
「どうしてです? 今のぼくに不可能なのは、村の人々を生き返らせることだけです」
沈黙した大人たちの前で、少年は薄く微笑み、それでは、と子供らしからぬ言葉を残して去って行った。
「……先が楽しみだな」
「いやあ、俺は末恐ろしいと思いますけどね」
「十年後、彼がどこにいるか賭けてみるか?」
「そりゃ、やっぱり教主庁でしょう?」
あれだけの人材を、あちらが手放すわけがない。
「そうか。俺はファルズフに賭けよう」
「セクンダディどころか、ファルズフですか。豪気っすね」
「賭けの結果を見るためにも、我々はクビになるわけにはいかなくなったわけだが」
「そればかりは、上司の口一つですからねぇ」
ジャディスは、大げさに溜息をついた。

その日、二人は隊長を飛び越して、地区のマスターに呼び出された。
教主庁より名指しで礼書が届いたのだという。
対立が激化する状況で、それは極めて異例であった。
教主庁に、ひとつ貸しを作ったのは大きい。
当然、彼らの細かい罪は不問となった。
セクンダディ内での二人の立場を察して、少年が届けさせていたことは、疑うべくもなかった。

   * * *

セクンダディの危機管理部門、ファルズフ。
今日は、その訓練生たちの卒業試験だ。
もっとも危険な任務に当たる部隊へ送られるだけに、それこそ千人に一人しか選ばれぬとまで言われる難関である。
訓練生たちは三人一組で任務を与えられ、それをこなす。
いままで学んできた、武術、ソーマ術、そして道具の使いこなしや、咄嗟の判断力を見る。
今回の卒業生には、全般的には弱点があっても、それぞれに得意分野を持つ者が多い。
審査官の一人であるアインザッツは、その数人に注目していた。
無線を聞いていた副長のジャディスが、振り返るなり報告した。
「隊長、緊急事態です。試験中の訓練生が、インプに襲われて崖下に落下したそうで」
「インプだと?」
最終試験は、武器や道具の扱いの実地だ。
訓練生が対処できぬほどの敵がいないことは、あらかじめ確認している。
「よりによって、例のあいつがいる班らしいですぜ」
「俺が行こう」
訓練生が落ちたという崖に着き、あたりを見渡す。
救助はすでに終わっているのだろう、下に人は見当たらない。ただ、不吉な血の色がやけに鮮やかに残っていた。
崖上の雪には、人の他に、インプの足跡が混じっている。
インプはそれほど好戦的ではない。彼らが極端に攻撃的になるのは、巣を荒らされた時。
それに、この近くにインプの巣など、なかったはずだ。
――目の端を人影がかすめた。
その数人は、雪に足を取られながら必死に離れようとしている。
先回りし、アインザッツは両剣を引き抜いて彼らの前に立った。
「……お前たちの仕業か?」
ここは、教主国からも遠く離れた山地。
いるはずのない者たち。
「わ、我々は、少し脅かそうとしただけで――」
「こんなことになるとは……!」
うろたえ、へたりこんだ白い僧服。
その手には、小さな機械を持っている。
インプの嫌う音を発する装置だ。
わざとインプを怒らせ、試験の場に乱入させたのだ。
「お前たちの顔は覚えた。万が一のことがあれば、その時は……覚悟しておけ」
たとえ証拠をつかんでも、表立って教主庁を責めれば、下手をすれば全面対決となる。
「――失せろ!」
その所業が許されないものであっても、今は表沙汰に出来ぬことが口惜しい。
努力している本人を無視して、このような手段に出る大人がいること、何より、それを止められなかった自分が情けない。
先ほどの場所に戻り、副長に声をかける。
「崖から落ちた者の容体は?」
ジャディスは、アインザッツの表情に、何かあったとは察したようだが、あえて何も尋ねず答えた。
「幸い、命には別状ないようで」
「その班の、残りの者はどうした」
「怪我をした一人を連れて、試験から離脱したと」
離脱は、どんな理由があろうと試験の放棄と見なされる。
「……カデンツァも、か?」
ファルズフに入ることだけを目的としていたのなら、救護班に任せ、一人でも試験を続行したはずだ。
命に別条ないとなれば、なおさら。
「それがですね。試験を続けるように言った試験官を、『目の前の人間を助けられなくて、なんのためのファルズフだ』と一喝したのは、そいつだったそうで」
どっかで聞いたセリフっすよね、とジャディスがにやりとする。
その言葉に、アインザッツは何か言い返そうとしていたが、やがて、肩をすくめて告げた。
「――その三人、うちでまとめてもらい受けよう」
「そう言うと思ってましたよ!」
待ってました、と副長は、無線機を手に取った。

   * * *

「……そういえば、賭けは俺の勝ちだったわけだが。肝心の景品を決めていなかったな」
「あのファルズフ入りは、隊長の一存ですから、ちとズルくないすか?」
「ならば、俺が口出ししてなければ、ファルズフに入っていなかったと思うか?」
「――いや、他の部隊の隊長の弱みを握ってでも、入ってたでしょうね」
「だろう?」

一方、その頃。
医務室で青年が一人、くしゃみをして飛び起きた。

END




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