幻に沈む道を求めて


「頼むよ、君にしか頼めないんだ!」
がしっと手をつかまれ、真正面から見つめられて。
ここまで言われれば、気分と状況は春。
しかし、切実に感じる予感は真冬のブリザード。
ここで断われるようなら苦労はない。
「俺にできることなら……」
そう答えることが分かっていて頼むのだから、たちが悪い。
「よかった、それじゃ一時に部屋に来て。待ってるよ!」
……一時って、明日の昼じゃないよな?
ますます怪しい。
駆け去っていく後ろ姿を見送って、エレオスは大きくため息をついた。

   ***

時間通りにドアをノックすると、すぐさま部屋の中へ引っ張り込まれた。
そんなに人に見られてはまずいことなのか。
一体どんな「お願い」なのだか、不安が増す。
真夜中だというのに、部屋の灯りは最大限。
机の上には、本の山。
どうやら、これが「お願い」の代物なのだろう。
表紙は古ぼけ、中身の紙は茶色がかっている。かなり古い書物に見える
だが、ページをめくってみると……何も書かれていなかった。
「この誘拐犯に渡すための一番上にだけ本物を置いた偽札の束のような本の山はなんだ?」
「何、そのめちゃくちゃ具体的な比喩は。――結構上手く出来てるだろ」
「ああ、これなら相当な年代物に見え……じゃなくて、俺が聞きたいのは、これを何に使うかってことなんだが」
「あとで説明するよ。時間がないから運んで運んで」
問答無用で、本の山の一つを渡される。
歩きなれた廊下も、明かりを落とした薄暗さの中では別世界のようだ。
……こんな時間に自分は一体何をやっているのだか。
曲がり角で、カデンツァは足を止めた。
この先は、図書室。
「そろそろ効いてると思うんだけど」
こそっと先を覗いてから、うなずいた。
「よし、成功!」
歩き出すのを慌てて追い、エレオスは愕然とした。
図書室の大きな扉の前で僧兵が二人、座り込んで寝こけている。
「カデンツァ……これは押し込み強盗といわないか!?」
「やだなぁ、まだ誰も縛り上げてないよ?」
――未然形かよ!
「ほら、目を覚まさないうちにちゃっちゃと行くよ」
見張りを眠らせたとしても、鍵がかかっているはず。
いくらカデンツァでも、それが開かなければあきらめるだろう。
淡い期待は、認証システムのピッという軽い音に裏切られた。
「何であっさり開いてんだ!」
「ここの鍵って遺伝子認証なんだよね。すごい昔からある代物だから、教主の遺伝子の方が色々交ざっちゃって、教主様でも五回に一回くらいしか開かないみたいなんだけど、なぜか僕と相性がよくて教主庁の扉って大抵開くんだ」
教主庁はかたくなに血族制を守っている。
それは世襲ということだけでなく、こういった古いシステムの都合もあったのかもしれない。
「お前、開くこと報告してないだろ」
「マスターキーって、いざと言う時に役に立つよね」
悪びれずに、にこりとされると、そういうものかと思いかけてしまう。
「で、こんな本を持ち込んで、どうするって?」
「ここにある同じ本と取り替えるんだ」
「マジで泥棒か!?」
「やだなあ、救出だってば」
「救出?」
奥の書庫の扉もあっさりと開け、机の上に積まれた本の前でカデンツァは立ち止まった。
いつもと変わらぬ飄々とした表情の陰に、怒りの色が揺らめく。
「この本たち、明日燃やされるんだ」
「燃やすって……例の邪教を扱ってるっていう禁書か――!」
「そう。古代の神とその下僕たちについて書かれた本さ」
教主庁ができる遥か以前。
異教の女神を崇める教義があった。
人が手にしたソーマや、それを操るための技術。
それらすべては、外から来た女神によって与えられたものだという。
教主の祖に当たる者たちが、外部から来た「敵」を撃退して人々を守り、その力を万人に与えたという現在の教義とは相容れぬもの。
教主庁はそれらを「邪教」と定め、それに関する書物、口伝など、一切を禁止している。
現在の教主によって封印されていた奥の書庫が開いたことで、それらの書物が内部から発見され、あわてて処分することになったのだろう。
それで、普段は立てない見張りまで置いていたのか。
「邪教って言うけどそれを含めて歴史だろう。今の人間に都合が悪いからといって、なかったことにするのは良くない」
「しかし、こんなことバレたら、いくらお前でも……」
「大丈夫だよ、バレないようにやるだけさ。ほら、急いで」
どうやら渡された分の本は、自分が担当であるようだ。
見分けがつかぬほど上手く作られた古代の書物もどきと本物を見比べて、エレオスはまた一つため息をついた。

   ***

翌日。
「助けられたのは、ほんの一部。……できるだけ重要なものを選んだつもりだけど、悔しいな」
教主庁のはるか奥から立ち上る煙を見上げながら、カデンツァが呟いた。
時を超えて伝わる貴重な蔵書を、人の手で失わせてしまうこと。
古いものを大切にする彼には、それが許せない。
「燃やされた分はあきらめるしかないけど。セクンダディには人の記憶を記録できる機械があるそうだから、いつか僕の頭から抽出するよ」
――またそんな無茶を言う。
だが、カデンツァが言うと現実になりそうなのが怖いところ。
「ところで、あの本はどこに置いたんだ? お前の部屋じゃ、おつきの連中に見つかるだろう」
「半分は天井裏に隠したよ。あと半分は……君の部屋の本棚」
「――っ!?」
さらっと恐ろしいことを言ってくれる。
あわてて部屋に駆け戻り、心当たりの場所を覗いてみる。
本棚の一番下、半ばベッドに隠れている段に、見覚えのある背表紙が並んでいた。
その時。
「おーい、エレオス、辞書貸してくれ」
部屋にひょいと入ってきた級友が、屈託なく呼びかけてきた。
文字通り飛び上がりそうになるエレオス。
「辞書!?」
「分厚いの持ってただろ? 確か本棚の下の方……」
「それなら机の上にあるから!」
「何あわててんだよ。――エッチな本でも隠したんだろ」
面白がって、かえって覗き込んでくる。
「や、やめーっ!」
「やけに古い本だな。……ん? 読めないぞ、どこの文字だ?」
棚に並んだ本に、友人は当惑気な顔になる。
「古代語だね。ぼくが探してた本だ」
後から入ってきたカデンツァが、さらりと言ってのけた。
……確かに嘘ではない。
「ああ、カデンツァに上げるつもりだったのか。悪ぃ」
それじゃ借りてくな、と大きな辞書を持って、友人は勝手に納得して去っていった。
ようやく安堵のため息をついたエレオスに、カデンツァはにこりと笑った。
「大丈夫だよ、エレオス。あの本を読めるのは、僕と君と、あとはかなり高位の僧だけだから。友達に見られたぐらいじゃばれないって」
「あの古代語、教主庁ではいずれ必要になるからって無理矢理俺に叩きこんだよな?」
「必要だよ。……幹部になれば、邪教対策でね」
――それは、幹部になれという厳命か?
気になったが、今はそれより気になることがある。
「ところでカデンツァ、ここにあった物は……」
怪しげな本が並んでいる棚に、置いてあったはずの。
「箱に入った写真の山? 同じようなものばっかりだったから、片づけといた」
「――!?」
「写真はすぐに整理しないと、ごちゃごちゃになっちゃうよ」
「それで……その写真は……」
「昨日の本の厚みを出すのに使わせてもらった」

――カデンツァの写真は、偽本と一緒に灰になったようだ。

(一体いつの間に……ああ、そうか、こいつがマスターキーだっけ。ていうか、写真を持ってたこと、もしかして怒ってる? 怒ってるのか?)
人の部屋に無断で入ったことも、写真を勝手に処分したことも、状況的にはこちらが怒ってもよさそうなものなのだが。
……怖くてとても振り返れない。
「それじゃ、しばらくその本たち、よろしくね」
去っていく友に、はい、と言う以外、答える言葉を思いつかなかった。

   ***

(あーあ、あの量がたったこれだけに……)
薄いノート程度になってしまったアルバムにため息。
寿命が縮むような手伝いの礼がこれでは、あんまりだ。
パラパラとめくってみて、手が止まる。
覚えのない写真が数枚増えていた。
いつ撮ったのだろう、二人で並んでいるもの。
こ、この程度で懐柔されて……たまる、か――。

――敗北決定。

まぁいい。
一番気に入りの写真は、別のところに挟んでおいたから。
滅多に使うこともない、大きな本の……

さっきの辞書だ!!

先ほどの友人の部屋に駆けつける。
「おい! さっきの本に……うわっ!」
顔を出したのは、その友人ではなかった。
「ななな、なんでお前がここに……」
「宿題の手伝いを頼まれたんだ」
手には、数枚の写真。
――遅かった。
「実は他にも欲しい本があるんだけど」
それはもう、天使のような笑顔で。
「手伝ってくれるよね?」
背中にコウモリ羽とカギしっぽが見える。

共犯、の二文字が、背中にずっしりと乗っかったような気がした。

                          おわり




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今まで書いた話のご感想に、不憫幸せなエレオス、というお言葉をいただいて爆笑しました。
今回も不幸街道まっしぐらでごめん、エレオス。
ちょっとストーカー入りかけてますが、相手はそれを逆手にとる小悪魔なので大変です。
まぁ、本人が幸せなら(ry


伝わる歴史というものは、その時点の支配者にとって都合のよい内容である。
……というのは、結構どこの国でも発生するもので、ケルト神話などは、まさに侵略の歴史が都合よく物語化したものでしょう。
過去の支配者が、魔物や小人として表舞台から駆逐され、次の支配者が「英雄」として名を残す。
まだ内容が残っているだけマシな方で、マヤやアステカあたりになると、歴史自体が完全に抹殺されてしまったり。
(年代を検証して、ようやくそこが「抜けている」ことが判明するのだとか)


ソーマでは、アレーティアを邪教という割に「神様」の言及がまったくありません。
教主庁の持つ教義の説明がないので、宗教観が難しいです。
でも、かつてアレーティアを利用し追放したことを正当化するためであれば、彼らを「悪」として「退治した正義」であることを主張するものなのでしょう。

事実を知ってしまった以上、正しい歴史を残すべく行動するであろうカデンツァとエレオスは、まさに教主庁内の爆弾ですね。





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