緑の風 ――前奏曲(プレリュード)


「最近、怪我が多くないか?」
「なんでもないよ」
ここ数日、カデンツァは午後の講義が終わると、すぐにどこかへ消えていた。
そして、服は薄汚れ、細かい傷だらけという姿で帰ってきて、おつきの者たちに悲鳴をあげさせていた。
どこへ行くのだろう。
親しくなれたと思っていたのに、こんなことも教えてくれないのかと、ちょっとへこむ。
だが、それ以上に心配だった。
何か危ないことにでも巻き込まれているのではないか。
本人が気にしなくとも、教主の血筋である特別扱いに、反発する者もいる。
一人でいる時に暗殺などということが起こらないとも限らない。
悪いとは思いつつも、こっそり後をつけてみると、カデンツァはどんどん町の外に出て行ってしまい、森の奥まで入り込んでしまった。
これだけ町から離れると、危険な動物も出るはずだ。
怪我は、それらに襲われて出来たものか。
あの程度で済んでいたのが信じられない。
はらはらしていると案の定。
少年の後ろに、わらわらと白い毛玉のような動物が集まってきたのが見えた。
「カデンツァ、危ない!」
思わず飛び出して、構える。
手の中に集まる、ソーマの力。
あの程度、追い払えるくらいの威力はあるはずだ。
だが。
「エレオス、だめ!」
動物たちの前に、カデンツァが立ちふさがって手を広げた。
「え!?」
発動しかけた術は、そう簡単に止まらない。
このままでは、怪我をさせてしまう。
……それだけは。
なんとか別の方向に力を逃がさなければ。
しかし、横にも背後にも、テイルたちがちょろちょろしている。
きっとこいつらも、「ダメ」な対象なのだ。
迷っているうちに手の中の力を制御することができなくなり――集めてしまったソーマが、手の中で暴発した。

***

「……で?」
自分の力を身をもって体験したエレオスは、少々みすぼらしい格好になっていた。
咄嗟にカデンツァが落ち葉の山を投げ込んでくれたおかげで、威力は半減したものの、粉砕された落ち葉と足元の土を頭から被る羽目になった。
二人して顔も服も薄汚れている。
教主庁へ戻ったら、悲鳴と小言が待っているに違いない。
今更汚れを気にしても仕方がないと、落ち葉の上に座り込んだエレオスとカデンツァの周りには、何何?と言いたげなテイルたちが、ちょろちょろと走り回っている。
覗き込んだり、撫でてもらおうと擦り寄ってきたり、図々しいのは頭までよじ登ったり。
「テイルって、可愛いじゃない」
「まぁ、な」
ひょこひょこと跳ね回り、しっぽをくるくるさせている様子は、確かに可愛い。
だが、警戒心が強く人には馴れない。下手に近づけば群れをなして襲ってくる――というのが、常識だった。
それが、なんなんだ、これは。
「一緒に遊んでみたかったんだ」
「――で?」
「そこでぼくは考えたね! 小さいのと仲良くなるには、先に大きいのを陥としちゃえばいいって!」
……普通そこは、将を得と欲すればまず馬を射よ、まずは小さいのから、となるところではないだろうか。
この辺の感覚が、ちょっと人とずれている。
「で、結果がコレか」
「うん」
通常の数倍はあろうかという巨大なテイルが、どーーーん、とカデンツァの背後に立っていた。
何度見ても。
(――でかっ)
一体、どうやって手懐けたのやら。
ここ数日の怪我は、仲良くなるべく森の中を追い掛け回していたせいらしい。
この巨大テイルも、カデンツァの根性に負けたのか。
「あこがれだったんだよね。ふかふかの毛皮」
嬉しそうに、お腹の辺りを撫でている。
「感想は?」
「思ったよりごわごわしてて、獣臭かった……」
さもありなん。
相手は野生動物だ。
「でも、これでテイルと争わなくていいことが証明できただろう? 危険だと決め付けて、退治しようと追い詰めるから、テイルだって必死になって向かって来るんだよ」
「まぁ、そうかもしれないけどな」
ここまで懐かれると、ただの愛玩動物に見えないこともない。
そして、カデンツァが危険を冒して、テイルに近づいた理由が分かった。
教主庁では、町の人々に危害を与える可能性があるとして、野生動物の退治を計画している。
だが本当の目的は、戦闘に関しては一歩も二歩も先に進んでいるセクンダディに、こちらにもそれだけの戦闘能力を持っていることを誇示することだ。
その相手として動物を選んだことを、カデンツァはひどく憤慨していた。
彼らの領域を侵しているのは人間の方。あちらから襲う意思がない存在を、殺す必要などない、と。
「この子を見せれば、考え直してくれると思うんだ」
「見せるったって、どうやって……」
「今日は、両方呼んだから」
両方?
一体誰のことか、と聞こうとした時。
「カデンツァ様」
聞き覚えのある声と共に、がさりと茂みがかき分けられた。
現れたのは少し年上の女性。
テイルたちに取り囲まれている二人を目に留め、手にした護身用の棒を構える。
先ほどのエレオスと同様、テイルを警戒したのかと思いきや。
「何故お前がここにいる」
ごん、といい音を立てたのはエレオスの頭だった。
「いきなり何しやがる!?」
「お前がいるとはお聞きしていないぞ」
「ごめん、少し予定が変わったんだ」
やんわりとカデンツァが間に入ったが、彼女は冷徹な視線を崩さない。
「……どうせ、貴様が勝手についてきたのだろう? カデンツァ様の邪魔をするとは粗忽者め」
ずばっと言われると、当たっているだけに、ぐうの音も出ない。
言うだけ言えば気が済むのか、無表情な女性はさくっと予定外の人物を無視する。
「他の者たちも直に到着します。このテイルがいれば、説得材料としては十分でしょう」
「うん、ありがとう」
彼女の言葉通り、木の葉や茂みに足を取られながら、教主庁の僧兵たちが数人やってきた。
手には、映像を撮る機械や、記録のための道具。
今後行う予定の「討伐」の調査をしているらしい。
彼らは巨大なテイルと小テイルの群れに仰天し、さらにそれらがカデンツァに懐いていることに呆れ、しばらく喧喧囂囂の討論会が開かれていた。
やがて、討伐対象とすべきではない、という結論に達したようだ。
他の動物についても、要検討であろうと。
よかった、とカデンツァが笑顔になった、その時。
ふわりと不吉な風が流れた。
背後に現れたのは、大きなテイルを上回る大きさのビジター。
その腕の形をしたものが、ゆらりと振り上げられ……カデンツァに向かって振り下ろされた。
普段であれば、飛びぬけた素早さと判断力を見せるのに、それを前にしてカデンツァは動かない。
自分に向けられた半透明の腕を、呆然と見上げている。
「カデンツァ様!」
グラナーダも、エレオスも、駆けつけようとしたが間に合わない。
代わりに、意外なものが間に割って入った。
大きな毛の塊。
巨大なテイルが、背でビジターの腕を受けた。
体を丸め、毛皮で攻撃をはじく。
そして振り返ると、敵意をあらわにして牙を剥いた。
その勢いに、ビジターはゆらゆらと後退し、消え去るかに見えた。
しかし。
ビジターの姿が揺らいだ。
巨大なテイルに、ビジターが煙のように吸い込まれる。
テイルの動きがぴたりと止まった。
――振り返った、赤い目。
「そんな……」
立ち尽くすカデンツァ。
「カデンツァ、逃げろ!」
グラナーダが棒を振り上げ、エレオスも手の中にソーマの力を集める。
傍らにいた僧兵たちも、一斉に巨大なテイルへと武器を向けた。
巨体であれば動きも緩慢であろうという予想は外れた。
グラナーダの棒の突きを俊敏に避け、エレオスが術を完成させる前に尻尾でなぎ払う。
僧兵たちの短剣や戦斧の刃も、厚い毛皮にさえぎられ、傷一つ負わせられない。
エレオスは、テイルの鋭い爪がカデンツァに振り下ろされたのを目にして、叫んだ。
「カデンツァ、撃て! そいつはお前を助けようとしたんだ、お前を殺させるな!」
「――っ!」
その言葉に、カデンツァの顔から表情が消えた。
腰に帯びていた銃を手にとり、流れるような動作で安全装置を外し、構える。

――銃声。

テイルの動きが止まった。
巨大な体がゆっくりと倒れ、地響きを立てた。
だが、まだそれで終わりではない。
ビジターがその体からするりと抜け出る。
新たな宿主を求めて、別のテイルに飛び移ろうとした、刹那。
――二筋の光が、ビジターを両断した。
風が渦を巻き、ビジターであったものが、悲鳴に似た音を残して空気に溶けた。
「怪我はないか?」
両手の剣を鞘に収め、銀髪の男性が振り返る。
「――はい」
凍りついたような、感情を失った声。
カデンツァは倒れ伏したテイルを見つめている。
やがて、その前に膝をつき、動かない身体を撫でた。
そっと、何度も。
涙も嗚咽もなく、ただ静かに。
テイルを無邪気に可愛がっていた様子を見ていた者たちは、なんと声をかければよいのか分からない。
――しばらくして。
「こりゃまた、でかいテイルだな」
辺りを見回っていた大男が、状況を察せずにずかずかと近づき、持っていた大斧でつんつんと巨大テイルをつついた。
倒れていたテイルの尾が、ぴくりと動いた。
ぶん、と勢いよく振られた尻尾が、つついた男を弾き飛ばす。
反動を生かして、巨大なテイルがひょいと起き上がった。
「よかった――!」
カデンツァがテイルにしがみつく。
テイルには、先ほどまでの凶暴さはもう見当たらない。
ただ、人が増えているので何事だろうときょろきょろしている。
「そいつ、生きてたのか!」
「新しい麻痺弾を使ったんだ。少しの間、生き物を仮死状態にできる。ビジターをだませるか、心配だったんだけど……」
ビジターは野生動物に取り付き、凶暴化させる。
それを引き剥がして退治するには、まず動物を倒さなくてはならない、というのが常識であった。
「イシュタル、見ていたか?」
『ええ、興味深いわね。テイルが馴れるだけではなく、人をかばうなんて。駆除対象は要検討と報告しておくわ』
「とりつかれた動物を殺さなくても、ビジターを引き剥がせることが分かったのも収穫だ。そちらの検証も頼む」
『了解』
本部との通信を終えた青年が、テイルの毛皮に埋もれている少年に呼びかけた。
「これでよかったか?」
「ありがとうございます。すみません、あなた方を利用してしまって」
「我々は、怪しい匿名の投書の調査に来て、偶然出くわしただけだ。気にしなくていい」
投書の主が誰かは、確認するまでもない。
「私も、ビジターに取り付かれることを前提に、動物を殺めることには反対だ。私からも礼を言おう。――ところで」
見事な銀髪の青年が、連れに声をかける。
「ジャディス、生きているか?」
「……なんとか」
しっぽ攻撃を食らった後、落ち葉の山に頭から埋もれていた男性が、憮然として答えた。

   * * *

「そういえば、そんなこともあったね」
カデンツァが、懐かしそうに微笑んだ。
あの頃と変わらぬ森の茂みの中で、ちょろちょろと遊んでいるテイルたちを嬉しそうに眺めている。
「あの後、結局、教主庁、セクンダディ双方の軍事演習が中止になったが……」
頭によじ登ろうとするテイルを何度も払いのけながら、エレオスがちらりと傍らに目をやる。
「結果がコレか」
「うん」
通常の数十倍はあろうかという超巨大なテイルが、どーーーん、とカデンツァの背後に立っていた。
あれから森の主は、さらに大きくなったようだ。
「そうそう、エレオス。テイルの近くにいる時、気をつけないといけないこと、知ってるかい?」
「しっぽ攻撃と、後ろ足キックか?」
「それもあるけど、ちょっとじゃれたつもりのボディプレスが……あ」

――カデンツァの注意は、ちょっと遅かったようだ。

                             おわり




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ゲームをやった時、最初に出会うであろう敵。
それはテイル。
ペットシステムがあれば、希望の第一位であります。
かーわーいーいー、と駆け寄ってみたら、わらわらと襲われました。
隊長が退治してくれました……。

どーーん、と立っている巨大テイルは、大ト○ロを想像していただけると(笑)。

不憫幸せなエレオス君、今回も爆発したり尻尾で飛ばされたりつぶされたり、大変です。
いいの、本人が幸せなら(ry
ええ、大好きですよv

そうだ、お供に一番欲しいのは、エレオスですね。
二人で爆弾投げまくり!
アクタイオンのところだけでいいから、参加してほしかったですね〜。




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