空へ還る絆 ――狂詩曲(ラプソディ)
「おはよう。エレオス、いるかな?」
今日も今日とて、教主庁へ普通に入ってきたカデンツァは、エレオスの部下たちを見つけて声をかけた。
「調べ物で、朝方まで起きておいででしたから、まだお休みのようですが」
てっきり遠慮して出直すと言うかと思えば、
「……それは都合がいいかも」
そう呟くなり、ほてほてと分隊長の部屋へ向かってしまう。
個室のドアを、起きるまで叩きつづけるつもりだろうかと、彼らが興味津々で見守っていると。
ぴっ、という軽い認証音と共にドアが開いた。
――フリーパスですか。
元教主候補の特権か、それとも部屋の主が合鍵を渡している状態なのか。
どちらも納得できるだけに、呆れはしても、誰も驚かなかった。
来訪者が部屋に消えて、数秒後。
「やめろぉーーっ!」
閉まりかけた扉の隙間から、悲鳴に近い声が響き渡った。
――隊長が、襲われているようです。
旧友がちょくちょく訪ねてくるようになって以来、冷静沈着で、自他共に厳しい有能な隊長……というイメージが、がらがらと崩れている。
前の研ぎ澄まされた刃のような隊長も尊敬していたが、今のちょっと砕けた彼も悪くはない。
何より、本人が幸せそうだし。
……というわけで、部下たちは上司の救出をあきらめた。
(それ以前に、誰も部屋に入れない)
***
「せめて、来る時は連絡を入れてくれ」
着替えながらエレオスが、力なく懇願する。
できれば、こんな情けない姿など見られたくない。
「まだ寝ててよかったのに」
「あれで寝ていられると、本当に思っているのか?」
「寝ぼけてる間に、答えてくれるかと思ったんだけどなぁ」
聞きたいことがあるんだけど、と耳元で囁かれて、眠っていられる人間がいるのなら会ってみたいものだ……!
「――で?」
振り返ってみると、カデンツァはいつの間にかベッドを占領して、転がっている。
……少し長くなる話だということか。
「君が乗っ取られていた時」
上着のボタンを留めていたエレオスの手が止まった。
「あの時、君の中にいたのは完全に別の人格だった。フェデルタはソーマに食われたって表現していたけど、きっとオルフェウスのように意思を得た強力なソーマの塊が飛び込んでいたんだよね」
エレオスにとっては、屈辱と後悔に満ちた過去。
カデンツァも、話題にせぬよう気遣ってくれていたのに、何故今になって。
「今だから落ち着いて考えられるんだけど、君の中にいたのは、子供みたいだった。知識も力もあるけれど、どうしたらいいのか分からなくて暴れてるような……。そんな感じがしたんだ」
「お前や、お前の仲間を殺そうとした奴だぞ!?」
「攻撃を受けた時だけ反撃していたんだよ。――力が強すぎて、一方的に仕掛けていたように見えたけど」
好戦的で、挑発的なことばかり言っていたけれど、自分から攻撃をしてはいなかった。
「自分の力を認めてもらいたくて指示通りに動いたのに、誉められるどころか役立たず扱いされて、荒れてたよね」
彼がしたことは、そう簡単に許せることではないけれど。
「ぼくは驚いてしまって、初めて会った時にいきなり、彼を責めてしまったんだ。……君の身体に入ってしまったのは、あの子の意思ではなかっただろうに」
生まれたばかりだったのに、居場所も存在も否定されて、一体どんな思いをしただろう。
もう一度会えるのなら、そのことを謝りたい。
「強いソーマはアレーティアが連れて行ってしまったけれど、あの子がどうなったか、ずっと気になってたんだ」
「お前は甘すぎる! あんな奴……万が一、俺の前に現れたりしたら、俺がこの手で消し去ってやる!」
エレオスの剣幕に、カデンツァは黙り込む。
その表情があまりに哀しげで、エレオスはそれ以上言うことができなくなった。
「……それにしても、どうしてそんなことを急に」
「今朝、あの時のことを夢に見たんだ。起きてから、どこまでが夢で現実なのか自信がなくなってしまって」
視線を落とし、しばし沈黙。
「君に会いたくなった」
上げた顔には、照れくさそうな微笑み。
「カデンツァ……」
「さ、行こうか」
すかっとエレオスの手を避けて、立ち上がる。
――絶対わざとだ。
お預けを食らった犬の気分で、ため息。
廊下に出たカデンツァが、首をかしげた。
「なんだか騒がしいね」
ざわめきの方へ向かってみると、受付前に人だかりができていた。
取り囲まれてきょろきょろしているのは、変わった色の、小さな生き物。
「あの色は……ザイン大陸のテイル? どうしてこんなところに」
テイルは用心深く、生れ育った場所から離れることはほとんどない。
それを目にするなり、エレオスは術を構成する構えをとった。
驚いたカデンツァが、あわてて人々を左右にどかし、テイルの前に立って手を広げる。
「こんなところで力を使う気かい!?」
「どけ、カデンツァ!」
かばう手をすり抜けて、テイルがちょろちょろっと走り出た。
そのまま勢い良くジャンプ。
見事な飛び蹴りが、エレオスに決まった。
――Winner テイル!
思わず審判してしまいたくなるような、ノックアウト勝ち。
胸を張ったテイルが、誇らしげにエレオスを足蹴にしている。
「ざけんな!」
がばっと飛び起きたエレオスは、ふさふさしっぽをつかもうとするが、テイルは身軽に飛び跳ねて、手の届かないところまで逃げてしまった。
柱の陰に隠れ、顔だけ出して覗いている。
「この子、もしかして――」
「ただのテイルだ!」
「無理があるよ、それ」
ただのテイルが、ゲートを使ってクレモナに渡り、クレモナから地上に降りて、教主庁までたどり着いた、というのはちょっと。
「こっち、おいで。……えーと、なんて呼んだらいいのかな」
「よせ! すぐに退治してやる!」
「脅しちゃだめだよ」
「この程度で怯える奴か、あれが!」
「エレオス!」
友人への呼びかけに、テイルの耳がピンと立った。
その様子に気付いて、カデンツァが振り返る。
テイルは再び警戒して耳を伏せ、じっと見返している。
「……エレオス?」
また、耳がピンと立った。
目は懸命に睨み付けているが、尻尾は「呼んだ?呼んだ?」とぱたぱたしている。
「――そうか。あの時、ぼくがエレオスって呼んじゃったから、この子も同じ名前なんだ」
「冗談だろ!? 絶対認め……」
エレオスの叫びと同時に、二度目の飛び蹴りが決まった。
***
「俺はクロに火酒一杯だ!」
「それでは、私はエレオスに」
「はい、行ってきます。……今日はどっちが勝つかなぁ」
教主庁で開催される、新エネルギーの開発と各地復興の人員計画、そして各国・各種族との連携のための打ち合わせへ出席……のはずなのだが、○×のついた表を片手に、ご機嫌でセクンダディ本部を出るカデンツァであった。
おわり
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副題:空へ還らなかった件について
黒エレは、カデンツァともう一度会いたくて、根性と気合で居残りました。
攻撃性は大幅に減ったものの、エレオスに対する対抗意識はむしろ五割増。
カデンツァが、ついクロをかばってしまうので、エレオスの不憫度も五割増。
三作読了後、クロも好き!と言っていただけると嬉しいですv
この後、テイルの仲間がいた方がいいのではと、森に連れて行ったのが「緑の風」の話になりますw
ブログでは照れくさくて書けなかったのですが。
初音ミクのオリジナル曲、「歌に形はないけれど」が、カデンツァとエレオスに似合いすぎ、とか思って聞いてました。
「歌は……」は中盤からが切ないっす。
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