雪解けの村 ―― 童歌(ナーサリーライム)
人に何かあげれば、返ってくるのだ。
教主庁中の人間に配りまくっていたのだから、そのお返しがどれほどになるか。
考えていなかったとすれば、あいつらしくもない。
きっと大量の菓子の箱に埋もれているだろう。
……だが、カデンツァの部屋を訪ねてみると、予想は外れた。
机の上には、菓子ではなく、代わりに本が山積みになっている。
ほとんどは古本のようだが、それにしても種類に脈絡がない。
それに、子供向けが多いような。
「一日つきあってくれるよね?」
数日前から、今日は空けておいてくれと頼まれていた。
「ああ、大丈夫だけど……」
箱詰めしては、教主庁が物資の移動に使うゲートの部屋へ運ぶ。
何往復もして、ようやく机の上から本がなくなった。
「それじゃ、行こうか!」
「せめてどこへ行くのかを言え!」
なんだなんだと集まっていた人々が見送る中、二人の姿は転移の光に消えた。
***
ソーマゲートを使っての都市間移動。
ついた町から、さらに乗り合いの貨物車。
最後には、馬車まで登場したのには驚いた。
しかも、この経路には覚えがある。
首都からの客とは珍しい、と大喜びの馬車の主人が、エレオスを見て、あっという顔になった。
睨みつけると、さすがに察して黙ったが。
「こちらはまだ雪が残っているんですね」
ぬかるむ道や白い雪の間から覗く小川を、カデンツァは嬉しそうに眺めている。
「田舎は解けるのが遅いからなぁ。でも早咲きの花も咲いているし、いい季節さ」
「ぼくの故郷もこんな感じでしたよ。雪も好きだったけど、春が待ち遠しかったなぁ。……マラン・アサは砂漠地帯だから、雪を持って帰ったら喜ばれそう」
「はは、やっかいものの雪が土産になるとはな」
雪の合間に植物の芽や花を見つけては、歓声を上げるカデンツァに頬を緩ませながら、時折馬車の主人はちらりとその隣を見る。
そのたびにじろりと睨まれて、くわばらくわばらと肩をすくめた。
***
「司祭様、お久しぶりです!」
「本当に来てくれるとは……わざわざありがとう」
馬車を出迎えたのは、この地域の司祭であった。
都市から遥か離れた田舎町のこと、司祭は教主庁から派遣された官職であるが、地域のとりまとめや、身寄りのない子供たちの親代わりでもある。
カデンツァを歓迎していた彼が、馬車の陰にいたもう一人に気づいて、表情を変えた。
口に指を当てると、こちらも察して黙ってくれたが……。
「エレオス兄ちゃんだ!」
暗黙の了解とか、空気を読めという言葉とは、縁がないのが子供だ。
おかえりの合唱に、エレオスはとうとうごまかすのをあきらめた。
カデンツァは、しばらくきょとんとしてエレオスと司祭を見比べていたが、子供たちに手を引かれて建物に入っていった。
「……新顔が増えてますね」
「君が出て行った後も、ビジターは減っていないからな」
ここ数年、地方にもビジターの出現が目立っていた。
ビジター討伐を主に掲げるセクンダディは、依頼をすれば地方にも来てくれるが、当然都市部が優先される。
彼らが来てくれても、手遅れなことが多い。
「……で、これはどういうことなんです?」
「おや、聞いてないのかね」
運び終えた本を改めて眺めたエレオスに、司祭が笑う。
「先月、年次報告でマラン・アサに行った時に、子供たちに何か本でもと思ったんだがね。高くてあまり買えないし、一人の陸路では重くてろくに持ち帰れないだろう。それで教主庁に、古本でよいから少し分けてもらえないか、ゲートで送ってもらえないか、と頼みに行ったんだ」
ぼそりと「教主庁の石頭どもめ」と呟いたのは、聞き間違いではあるまい。
「案の定、ソーマゲートの使用も本の件も、断わられた。だが、あきらめきれずに受付で粘っていた時、彼に会った」
少年僧に話したところで、自分の希望が通るわけもない。
ただの愚痴のつもりだった。
しかし。
「本は何とかするから一ヵ月待ってくれと言われてね」
翌日、帰る時には、子供たちにと山ほどの菓子まで持たせてもらったのだという。
――なるほど。
それで、今年はあげる側に回った上に、手作りだったのか。
そして皆に、お返しは手持ちの本を、と頼んだというわけだ。
これだけ色々集まれば、子供たちだけでなく、娯楽の少ない村の人々にも喜ばれるだろう。
考えていなかったどころか、すべて計算ずくだったと分かって、呆れるやら感心するやら。
まったく本当に敵わない。
「俺に声をかけてくれれば……」
「君に迷惑はかけたくなかった。ただでさえ、教主庁からの報奨金を、こちらに残してくれたのだし」
「あれは俺の意思ですから」
教主庁行きに、司祭は反対していた。
珍しい能力を持つばかりに、実験体のように扱われるのではないかと心配してくれた。
金など要らぬから行かなくて良い、と。
それを振り切って、行くことを決めたのは自分だ。
自分がここに残るよりも、提示された金額がどれほど院の役に立つか、子供心にも分かっていた。
それに、持って生まれた力が何の役に立つのか、知りたかったということもある。
確かに最初の頃は、実験動物のように扱われかけた。
だが、知り合ったばかりの少年が、手厳しく異議を唱えた。
そんなやり方で取ったデータなど正確ではない。
それに、これから先も協力を求めるのなら、何より本人を尊重すべきだと。
研究員たちが子供の言葉に従ったのには驚いたが、それよりも教主庁のソーマに関する研究が、まだあまりにお粗末であることに呆れた。
見ているうちに機械の扱いを覚えてからは、研究員たちの手際の悪さにたまりかねて、自分でやると提案したほどだ。
結局、実験材料がいっぱしの研究者に成り上がったのだから、我ながら大した下克上である。
――振り返ってみれば、それほど悪い道ではなかったと思う。
「なんにせよ、君が元気でいたことが分かって嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
照れくさくて口の中で小さく答えると、司祭が噴き出した。
「何笑ってるんですか」
「いや、あんまり素直なんで、驚いた」
一体誰の影響やらと言いながら、子供たちと本を選んでいるカデンツァを見ている司祭は結構人が悪い。
その時、エレオスは子供たちの輪から離れた場所に、一人の少年がいるのに気付いた。
――ああ、新入りだな。
来てすぐは、周りが敵のように感じてしまって、なかなかなじめない。
自分の身に降りかかった不幸が、周りの者のせいなどではないことくらい、よく分かっているのに。
全身の毛を逆立てた獣のように、警戒して他人の優しさを拒否してしまう。
あの状態になった子供は、落ち着くのを時間をかけて待つしかない。
カデンツァも気づいていたようだ。
数冊の本を手にとって、その子の元へ向かう。
「君はどんなのが好きかな?」
膝をついて本を差し出され、少年が叫ぶ。
「うるさい! こんなもの……あんたも、俺を憐れんでるのかよ!」
振り払った手が当たり、本が床に転がった。
「これは失礼なことを……」
さすがに注意しようとした司祭を、エレオスが止めた。
あれは、この程度でおたつくような人間ではない。
カデンツァは、驚きもせず落ちた本を拾い集め、まだ睨んでいる少年に微笑みかける。
「ぼくも、両親はいないんだ」
その言葉に、少年はうろたえた表情になった。
何か言い返そうとしていたが、意外と気の優しい性格だったのか、攻撃的な言葉は声にならなかった。
代わりに。
「ごめ――」
「その言葉は、今までに同じことを言ってしまった人たちに言ってあげて」
「え?」
「きっとその人たちは、君と友達になりたくて声をかけてくれたんだ。ぼくらに親がいないのがぼくらのせいではないように、彼らが悪いことなんて何もない。……次に会った時には謝れるね?」
同じ目線で、変わらぬ声で諭されて。
やがて、こくりとうなずいた。
「さ、読みたい本があったら一緒に探すよ。こっちおいで」
差しのべられた手に、おずおずと小さな手が伸ばされる。
しばらくすると、いつの間にか子供たちの輪の中に、その姿は紛れていた。
……大人でも、普通こうはいかない。
「彼は一体何者かね? 君と同じくらいなのに、時々そこらの司祭などより年上に見える。それに、都市間のゲートの使用許可が下りるなんて」
「知らずに頼んだんですか?」
私用にゲート許可を取ったあいつもあいつだが、何も知らずに一番の当たりくじを引いた司祭も相当だ。
「教主の血筋です」
本来なら面倒な手続きや資格が必要なところを、手を回せたのは、やはりそれが大きい。
だが、その許可を取り付けたのも、これだけの本を集められたのも、あいつだったからだ。
「本人も教主庁へ連れてこられるまでは、知らなかったそうですが」
生まれなどで納得されるのが癪で、付け加える。
「彼のご家族や周りの人々は、とてもよい人々だったのだろうね」
血筋や、教主庁での教えではなく、それは育ちと本人の資質。
なるほど、とうなずいた司祭に、エレオスは心の内でここに居たことを誇りに思った。
***
帰りの馬車に揺られながら、カデンツァが言った。
「今日はありがとう」
「いや……」
カデンツァの用事に便乗して、懐かしい顔を見ることができたのだ。
礼を言うのは、本当は自分の方だろう。
「あそこがエレオスの育った院だったなんて。……言っておけば、色々用意もできただろうに、ごめん」
ぎりぎりまで隠していたのはこちらなのに。
先に謝られてしまうと、返す言葉がなくなってしまう。
遠くなっていく村を見やって、カデンツァの表情が曇る。
「ぼくのような思いをする子が増えないようにと願っていたけど……」
家族を失った子供たちを目の当たりにして、教主庁もセクンダディも、根本的な解決になんの役にも立っていないことに苛立っている。
「退治するだけじゃなく、ビジターがどこから現れるのかを、早くつきとめないと。セクンダディは、ビジターに近く接している分、核心に近づいてると思うんだけどな」
その情報が欲しい、とカデンツァは常々言っていた。
悔しそうに呟く顔を見ていると、それを手に入れるためならどこまでも行ってしまいそうで、時々不安になる。
「ところで」
ぱっと顔をあげると、いつも通りの笑顔。
この切り替えが、本心を隠した偽りの笑みなのか、判断しかねてしまう。
戸惑っている間に、ひょい、と後ろ手に隠していたものを覗きこまれた。
「今年のお菓子は全部、本に化けちゃったんだよね。やっぱり一つくらいないと寂しいな」
――とうに気付かれていたらしい。
用意しても、渡さないままになるとばかり思っていた。
菓子が本の山に変わったことを知って、手元に持ってはきていた。
それでも渡していいものか、まだ迷っていた。
ちょーだい、ときらきら目で訴えられては、逆らえるわけもない。
「いっただきまーす」
箱には十個ほど、雪をかたどった小さなメレンゲ菓子が入っている。
実は一つだけ、店で一番甘いのを混ぜてもらった。
カデンツァは甘いものも大丈夫だから、少し驚くだけだろうが。
先月の仕返しだ。
さて、どんな顔をするか。
「すごい、ふわふわ溶けるよ。美味しい!」
よほど気に入ったのか、幸せそうに口にしている。
「エレオスも一つ食べてごらんよ。そんなに甘くないから」
「え、いや、俺は……」
断ろうとしたのだが、触れた手に驚いているうちに、口に放り込まれてしまった。
「雪みたいに溶けるよね、少し甘酸っぱくて美味し……どうしたんだい、エレオス」
知り合ってから何度目か。
エレオスは、改めて「こいつには絶対敵わない」と思い知ったのだった。
おわり
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十分の一の大当たり。
きっとエレオスは天暗星。
カデンツァに会うので、運を使い果たしたんですかね ヽ(´ー`)ノ
おやつの後は、お昼寝タイムです。
不憫幸せなエレオス君は、固まって動けません!
おまけ:
カデンツァ 「教主様、都市間ゲート使わせてください」
ソナス教主 「いかんいかん、そう簡単に許可するわけには……」
カデンツァ 「そうですか。それじゃ、地道に陸路で行きますね。戻るまで二週間ほどかかりますけど」
ソナス教主 「……使ってよろしい……」
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