神の依代  ―― 聖譚曲(オラトリオ)



「忙しそうだね」
「今日の会議は、失敗できないからな」
「手伝おうか?」
「……あまり関わると、そこの姉さんにまた「共謀容疑」でとっつかまるぞ」
エレオスの言葉に、イシュタルが苦笑する。
「あの時は、第七を押さえておく建前が必要だったのよ。カデンツァ君が教主庁に情報を流しているとは考えていないわ。――逆は有り得てもね」
さっくりと逆襲されて、エレオスがへこむ。
百戦錬磨の監査官をからかうには、修行が足りなかったようだ。
「それにしても、なんでそいつまで連れてるんだ」
「立派な関係者だよ? 今となっては、アレーティア側の存在は、彼しかいないんだから」
その言葉に、ちゃっかりカデンツァの腕に納まっているテイルが、えへんと胸を張った。

***

その日、教主庁には各組織のトップクラスが集まっていた。
大半はモニターを通しての参加であるが、これだけの面々が揃うのは前代未聞。
それだけの未曾有の危機であるとも言える。
ソーマ消失と同時にビジターも消えたが、同時にエネルギー枯渇という事態が起きていた。
ビジターによる襲撃の被害はなくなったが、通常の事故や事件による負傷者の救護や運搬に重大な支障が出ている。
各組織の確執を超えて、いかにこの事態を収束するか――。
教主庁が出した提案を元に、各組織のトップやその代理が、互いの利権は譲るまじとにらみ合いを続けていた。
――緊迫した雰囲気もなんのその、クロ入りのテイルはカデンツァの膝の上で、寝こけている。
時折目を覚ましては、欠伸をしたり、毛づくろいをしたり、幸せそうにカデンツァにすりすりしたり。
目にしたエレオスが、分厚い資料を真っ二つにして周りを仰天させたり。
「……あいつの資料だけ、冊子の装丁が甘かった――ってことはないっすよね?」
手元の資料を両手で引っ張って、自分の力でもそう簡単には破れないことを確認し、ジャディスが首をひねる。
「お偉方のタヌキツネぶりも飽きないが、あの三人を見ている方が面白いな」
「隊長、ちゃんと会議内容聞いてるんでしょうね?」
「当たり前だ。お前こそ、この資料、目を通しておけ」
「……イシュタル、大事なところだけ付箋でも貼っておいてくれよ」
「彼の資料まとめはたいしたものだわ。すべて重要よ、全部読んでおきなさい」
「うげ」
対立する組織のトップ会談としては、比較的穏やかに話し合いが続いている。
もちろん、開催前に慎重な根回しは行われていたが。
もっとも危惧されたのはオーディタールの反応であったが、現在の総統代理はゲッツェ大佐であることが幸いした。
頑固ではあっても義理堅い性格である彼は、世話になった第七の面々がいることで、多少態度を和らげている。
そして、今回の目的はあくまで「民衆のため」。
先日のソーマの暴走で痛手を負ったオーディタールとしては、協力することに異論はない。
教主代理の司会が、最後の提案を出した。
「セクンダディには人々を救うための知識と人材、オーディタールには機械と優れた技術力がある。これまでの確執を超えて、人々の危機の救済に当たるのであれば、教主庁はそのためのエネルギーを提供しよう」
息詰まるような沈黙の後。
――円卓を囲んだ面々が、静かにうなずいた。

***

「とりあえず、終わったか」
最終的には見ているだけだったとは言え、実質自分たちが仕掛けた協議が無事に終わったことに、エレオスは安堵の息をついた。
「お疲れ様。これで当面、各国間の争いはないと思っていいね。人命救助を最優先できるよ」
アレーティアが去った後、ソーマの枯渇による混乱の中、早く動いたのは、意外にも教主庁だった。
現存するソーマの新しい抽出手段と、まったく別の動力源への移行。
……それらが、セクンダディと対抗するための研究だったのは、公然の秘密だ。
「今回はすべてエレオスの手柄だな」
「教主庁の一人勝ちになりかねなかったのを、防いでくれたことには感謝しているわ」
アインザッツとイシュタルに言われ、エレオスは肩をすくめる。
「セクンダディに協力したつもりはない。それに、俺は別に何も……」
「謙遜しなくてもいいよ。新エネルギーの研究をしていたのも、それを外交カードとして優位に立とうとしていた教主庁のお偉方を黙らせたのも、エレオスなんだから」
「……中和弾の理論を、新しい動力源として研究していたのはうちのメンバーだ。俺じゃない。それに、教主庁を抑えられたのは、その姉さんが俺がセクンダディを襲った時の証拠を突きつけたから、だろ」
「それを使えって言ったのは君じゃないか。自分の立場が悪くなると分かっていることを、そうそう言えるものじゃないよ」
「俺は一組織の独裁に反対なだけだし、必要な奴だけ分かっていれば、俺への評価なんかどうでも……」
「エレオス、格好いい!」
背後からぎうーと抱きしめられて、自分はテイルと同じ扱いなのかと、エレオスは心中複雑である。
「あとは教主庁をどうするか、だけど」
「どう……するか?」
カデンツァが時々突拍子もないことを言い出すのには、いい加減慣れた――つもりだった。
「新興宗教でも立ち上げてみようかと」
「――は?」
「アレーティアが邪神ではなく、過去の人類の罪状が分かった以上、教主庁って存在自体がまずいと思うんだ。それなのに、今回のことでものすごく株をあげちゃったし。とは言っても、セクンダディを牽制する組織はあった方がいいし、民衆の拠り所となる場は残したいし。……それならいっそ、新しいの作った方が早いかなって」
「それはいいですね。幹部に真実が浸透すれば、教主庁から半分は流れるでしょう。一年もすれば乗っ取れます」
グラナーダが顔色一つ変えずに同意する。
ちょ、なんで普通!?
「ちょっと待て、それってお前が斎主ってことか?」
それなら、少しは考えないことも……。
「ぼくは表には立たないよ。こういうのは、後ろから糸を引くのが面白いんじゃない」
――悪役かよ!
「それじゃ一体誰を……」
「この子」
ひょい、と抱えあげたのは。
イシュタルの膝で寝こけていた、変わった毛色のテイル。

テ イ ル 教!?

脱力したエレオスに、カデンツァが笑う。
「純粋なソーマであるこの子が、一番ふさわしいだろ?」
「いや、しかし、その――」
目を覚ましたテイルが、ふわぁ、と大欠伸をし、エレオスは自分はまだまだ修行が足りないと思い知った。


                                        おわり





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エネルギーとしての「ソーマ」の概念は、「石油」ではないかと思ってます。
私も電気を使う身ですから大きなことは言えませんが、自分たちで再生できないエネルギー、しかも太古の生物が長い年月をかけて蓄積した「命」を、湯水のように使ってから、ようやく危機を感じるという人類の感覚。

今、石油=電気がいきなりなくなったら、人間はどうなるのでしょう。
マスターが危惧した通り、自分の利益だけを考える強い国だけが、争いの挙句に生き残るのか。
それとも、各国がそれぞれの得意分野を生かして、危機を乗り越えられるのか。

今、我々の世界は必死に新エネルギーを模索中。
水力、風力、太陽電池。
素人である身では、研究者を応援するしかないのですが。
これまで人類を支えてくれた地球にお返しができるような、希望ある未来であることを祈っています。

真面目な話はこの程度で。
テイル教。
いいですよね、テイル。
可愛い動物にめろめろになる人間って、信者みたいなもんですよ(笑)。
クロは、「カデンツァがそうしたいならやってもいい」とあっさり承諾しそうです。





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