隠された思惑  ―― 受難曲(パッション)


「砂だらけ。シャワー貸して」
「好きにし……え?」
砂漠地帯での合同調査を終えて部屋に戻った後。
当たり前のように着いてきたカデンツァに言われて、うっかり普通に答えかけ、ようやくペンやタオルを貸すのとは違うだろと気づく。
「セクンダディにも、風呂くらいあるだろうがっ!」
「本部だと個室ないんだ。シルトクレーテはオーディタール行っちゃってるし」
「教主庁にも、お前の部屋はまだ残ってる!」
返事の代わりに、ぽいとばかりにペンダントと上着が飛んできた。
どうせ、そちらを使うと戻ってくるのかと教主が喜んでしまうからとか、備品の準備で誰かの手を煩わせてしまうからとか、そういう理由なのだろうが。
――ああもう、勝手にしろ。
文句を言うのもバカらしくなって、報告書に取り掛かる。
書く内容はすでに頭の中でまとめてあったので、さほど苦ではない。
砂漠地帯に設置した太陽エネルギーの変換装置の、稼動実験とその結果。
予想よりもよい結果が出ていたので、思ったより早く実用化にこぎつけられるかもしれない。
さくさくと仕上げて顔を上げる。
文章を書くとしては短時間。
しかし。
……。
やけに遅くないか?
「エレオス」
声がしたのでほっとする。
また何か言われても、いちいち驚いてなどやるものか。
そう決心して、すげなく聞いてみる。
「今度は何だ」
「のぼせた」
……覚悟は一瞬で彼方に消えた。
「さっきから何やってんだ、お前はっ!」
あわてて駆けつけると、浴室から出たところで、ぺたんと座り込んでいた。
よかった、服は着てる。
いやいや、安心するところが違うから。
ベッドに転がして、ようやく一息。
「ごめん」
「いいから寝てろっ!」
やれやれ。
なんだか昔より手がかかるようになっている気がする。
「なんだってうだるほど湯に漬かってたんだ」
「ちょっと考え事してて」
「出てからにしろ」
「一人の時は気をつける」
――人がいても気を抜くな。
思ってはみても、言えるものならとうに言っている。
各地の復興支援のために動いてるシルトクレーテから離れて、カデンツァが教主庁側と共に行動しているのは、表向きは情報の共有のため。
だが本当は、今回の件で微妙な立場となった友を心配して、教主の一派を牽制しているのだと、状況を知っている者たちは理解していた。
『考え事』も、今後どう動くのが最良か、考えを巡らせていたのかもしれない。
そう思うと、手厳しく言うこともできやしない。
具合が悪いのを放置して報告に行くわけにもいかず、隣に寝転がってみる。
――教主庁とセクンダディ。
立場も距離も、遠く隔たっていた。
今また、こうして隣にいること自体、奇跡的なことなのかもしれない。
なんだか、色々悩んでいたのがばからしくなってくるから不思議だ。
しばらくして。
コツコツ、とノックの音が響いた。
「こちらにカデンツァ様はおられるか」
「ああ」
ドアのロックを解除すると、すらりとした女性が遠慮する様子もなく入ってきた。
そして。

部屋に、火花が飛び散った。

「……貴様、カデンツァ様に何をした?」
「何もしてねぇっ!」
ぶつかり合った槍の穂先と銃身。
「そんな槍を持ったまま、よくここまで来れたもんだ」
「貴様こそ、よく室内で銃を用意していたな」
ぎりぎり、と力のせめぎあいになっている様子を、カデンツァは転がったまま、「わぁ、すごい」などと感心しながら、のんびりと眺めている。
「グラナーダ、おかえり。シルトクレーテも?」
「はい。オーディタールの緊急の復旧支援は取り急ぎ終わりました。アマティーに向かう前に、お迎えにあがりました」
「うん、あちらの司祭様とも調整とらないといけないもんね。ありがとう」
その合間にも、二人の武器は一進一退を繰り返している。
そこに、入り口の方から少々情けない声が割り込んだ。
「隊長〜」
「すみません」
「止められませんでした……」
見るからによれよれになったエレオスの部下たちが、部屋の入り口で折り重なっている。
怪我はしていないようだが、麻痺術でも食らったか。
敵わないと分かっていても、一応努力はしたらしい。
「俺の部下になんてことしやがる!」
「ふん、少しつついただけだ。だらしがない」
「うちは研究班なんだ、あんたの技量でつつくな!」
部下をあしらわれた怒りで、少しエレオスが優勢になる。
「あ、それ。ちょっと不思議だったんだよね。エレオスなら戦闘班任されてもよさそうなのに」
「造反を警戒して、戦力を持たせなかったのでしょう」
「……」
沈黙は大抵の場合、図星。
一気にテンションが下がったのを見逃さず、そのまま勝敗が決まった。
隣に倒れて起き上がる気力も失った友人を、カデンツァが寝転がったまま、つついている。
倒れていた部下たちは、グラナーダに回復術をかけてもらい、不幸なのか幸せなのか、よく分からない顔になっていた。
「二人とも格好いいなぁ。……そういえば、ぼくが教主になって、エレオスとグラナーダが神殿騎士として両脇にいる、という可能性もあったんだよね」
「貴方がそう望むのなら、今からでもそう出来ますが」
教主庁から離反した身でありながら、平然と告げるグラナーダ。
できるかもしれない、ではないのが彼女のすごいところだ。
にこ、と笑ってカデンツァは答えない。
それが答えだった。
「そろそろ行かなきゃね。……でも、もう少しこのままでいさせて」

大好きな大切な人たちに、手を伸ばせば届く今が、とても幸せだから。
――あと少しだけ、このままで。

「湯中り(ゆあたり)で動けないから」

――そっちか。

エレオスが緊急連絡用の通信ボタンを押し、グラナーダが教主の主治医を拉致してきたのだが。

老練な医師に、『全員、少し頭を冷やしなさい』と叱られただけだった。

                                              おわり






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副題:「守り主との対峙」(似合うじゃないか)

グラナーダさんの本気と対決してきたエレオス君。
やたら戦闘能力に秀でているのは、彼女の特訓あればこそ!

落ち込んでいる人を元気づけるのは難しいものです。
下手な慰めは、逆効果になることもありますし。

でも、その人が真面目で優しい人なら、
「もっと心配で目が離せない人を置いておく」のが結構効果的。

ウンブラスの一件で、自己嫌悪に陥っているエレオスに、
カデンツァがまとわりついているのは、そういうことで。


セクンダディでの訓練生期間と、着任後3年。
教主庁から離れて5、6年は経っているはず。
そんなに離れていても、変わらぬやりとりができる友達っていいなぁと思ってみたり。

天敵状態の二人が、ケンカするのも、いきなり協力体制に入るのも、誰かさんのせい。
何年経っても、要職についても、代わり映えなし。
そんな状況を知っている古馴染みのお医者さんは、彼らをいまだに子供扱いに違いない。



もう一つの「隠された思惑」

カデンツァ 「先生、教主様の健康状態はいかがですか?」
教主の主治医「ありゃ、100まで大丈夫。元気そのものだよ」
カデンツァ 「それじゃ、少々荒っぽい方法とっても大丈夫ですね(にこっ)」
エレオス  「……まさか、それを聞くために、寝込んだふりをしたのか?」
カデンツァ 「やだなぁ、ふりじゃないよ? 狙ったけど」
グラナーダ 「さすがです、カデンツァ様」







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