アデル砂漠 ――奏鳴曲(ソナタ)
「新入りがびょーきなんです」
「は?」
休みの日、実験室にこもった隊長の邪魔をしてまでの相談にしては、「びょーき」の語調が軽い。
「研究班に入った新入りなんですが」
「受付のお嬢さんに夢中になってまして」
「彼女、美人ですから」
恋の病はなんとやら、ということか。
エレオスが、受付の美女とやらを思い出せずにいるのは内緒である。(←興味なし)
「それでですね。そいつが、噂を聞いてアデル砂漠へ行ってしまったんですよ」
「砂漠?」
「聞いてません? ケブーラに咲く花には、人を好きにさせる効果があるって噂」
「なんだそりゃ」
よくある都市伝説にしても、それはちょっとたちが悪い。
ソーマの枯渇以来、動物たちの凶暴性は格段に落ちているとは言え、素人に危険であることは変わりない。
「ケブの泉の観測ポイントなら、大丈夫だろう」
「それが、ケブの泉じゃなくて、ケブーラのオアシスなんです」
「……主がいる方か」
「いくらなんでも、新入り一人じゃ危ないでしょう」
「かと言って、手伝っちゃ意味がないし」
心配だから、様子を見に行こうということらしい。
半分くらいは、野次馬根性なのかもしれないが。
「……お前らがこっそりついていけばいい」
「「「我々では主に勝てません」」」
「堂々と言うな」
要は、エレオスにも一緒に行って欲しいわけだ。
「――仕方ないな」
休養日とは言え、隊員が怪我をしたとなれば監督責任を問われるだろうし、こんな噂が出回っているようでは、他の一般人が行っていないとも限らない。
「ただし、あくまで定点観測のついでだぞ。お前らも一式揃えて来い」
「「「はぁーい」」」
予想の範囲内とは言え、休みの日に仕事をする羽目になった隊員たちが、肩を落としながら機材を取りにいった。
***
気合は、人に根性を出させるものらしい。
新入りは、結構がんばっていた。
慣れない砂漠に足をとられ、うっかり遭遇したモンスターや巨大虫に襲われても、なんとか逃げ切っている。
逃げるのに必死のあまり、それほど離れていない場所から、面白がって眺めている先輩たちに気づいていないのはご愛嬌。
この調子なら、心配しなくても無事に件の花とやらを手に入れられるのではないだろうか。
ようやく到着したケブーラオアシス。
中央の泉を中心に、美しい緑の葉と、鮮やかな花が咲き誇っている。
オアシスのさらに奥へたどり着いた新入りに、皆が心の内で拍手を送ろうとした時だった。
花を摘み始めた彼の背後に、巨大な影が迫った。
サンドリザードよりも一回り大きな、鎧のような外皮をまとった泉の主。
ケブーラドラゴンと呼ばれる大トカゲだ。
足音に気づき、振り返った若者が悲鳴を上げる。
支給されている小型の麻痺銃を構えたものの、殺傷能力のないその弾は、主の前では豆鉄砲でしかない。
くわ、と開かれた口が迫る。
覚悟して彼が目を閉じた、刹那。
はじかれたように、主が辺りを見回した。
しばし迷った末に、オアシスの中央の茂みへと大急ぎで逃げていく。
大きな足音が遠ざかってから、新入りはようやく助かったのだと気づいた。
何が起こったのか分からぬまま、その場から駆け出す。
落とした花を忘れず拾っていったのは、さすがと褒めるべきか。
「危なかったですね」
「何をしたんです?」
安堵した隊員たちが尋ねる。
銃も構えぬまま主を追い払ったのは、我らが隊長であると、彼らには分かっている。
「この地に残っているソーマを、あいつの真下に集めた。急に空気が変わって、気持ち悪かったんだろう」
なんでもないことのように言い放つ。
その気になれば、そのソーマを炎や冷気に変えて、攻撃することも可能だったはず。
だが、必要のない殺生は彼のもっとも嫌うところ。
先住者のいる土地に入り込んだのは部下の方だ。無事であれば、それでいい。
「あ、主が戻ってきた」
先ほどのソーマの異常がないことを確認し、ようやく安心したのか、大トカゲは花の群落に鼻をつっこむと、もしゃもしゃと食べ始めた。
「あの花って、主の食べ物だったんですか」
「エサ場を荒らされたら、そりゃ怒りますねぇ」
ケブーラの花の効果など、取ってくることなど不可能と考えた者が言い出したのかもしれない。
しつこい求婚者を断るための口実か。
客のあしらうための占い師の決まり文句か。
なんにしても、泉の主には迷惑な話でしかない。
「花なんて、その場で咲いているのが一番綺麗だろうに」
わざわざ摘んでしまうなど気が知れないと、エレオスは呆れ気味だ。
「それはそうなんですけどね」
世の中の一般人の思いを理解する気はさらさらなさそうな彼に、隊員たちは苦笑する。
「それにしても、こんな調子で人が入り込んだら危険ですね」
「立て札でも立てときますか」
「逆効果じゃないかなぁ」
危険だからこそ価値がある。
注意しても、かえって奮起する者もいるだろう。
かといって、オアシスを封鎖するわけにもいかない。
下手に噂を打ち消そうとすれば、人はかえって本気にする。
これは対策に苦労しそうだ。
こんなことは、観測隊の仕事ではないはずなのだが。
一陣の風が吹き抜け、主の食べ残しの花がいくつか転がってきた。
拾いものなら、隊長も見逃してくれるだろう。
ウソかホントか、この花には、人を好きにさせる力があると言う。
隊員たちは、それぞれ一輪だけ花を手にし、こっそり囁き交わす。
(最近、隊長を見てるのがすごく楽しい)
(私もですよ)
(必要以上に葛藤してますねぇ)
己の足元の青い花を見下ろして、固まっている隊長を見ながら、こそこそと言葉を交わす。
しばらくして。
(((……あ、拾った)))
「観測地のデータ回収に行くぞ!」
「「「はーい」」」
誰にあげるのかなどとは、決して突っ込まないのが部下たちなりの優しさである。
***
(なんでこんなもの、持って来ちまったんだか)
教主庁に戻って何度目か、手にした花を見てはため息。
どうせ、誰かに渡す気も、機会もないというのに。
とりあえず、水に放り込んでおくか。
薬草の研究室にも尋ねたが、栽培に成功したことがないと言っていた。
砂漠の植物は育てるのが難しい。
だからこそ珍しく、貴重なのだ。
「おかえり」
開いたドアの向こうから、聞き慣れた声がした。
鍵はどうした、とか。
せめて来る時は連絡しろ、とか。
今更何を言っても無駄な気がする。
机の上が何やら鮮やかなモノに埋もれていた。
色は違うがどこかで見たような。
「オアシスで拾った花を部屋に置いといたら、増えちゃって。おすそわけに来たんだ。綺麗だろ?」
「……」
絶句した部屋の主と、机の上のあふれんばかりの花を見比べて、首をかしげる。
「多すぎたかな?」
「書類を書くスペースが残っているとありがたい……」
そういう問題でもないような気もするが。
これは、噂になるほどの希少植物ではなかったのか?
尋ねると、あっさり答えが返ってきた。
「水気に弱いから、水につけたり、土に植えちゃダメなんだ。マラン・アサの気候なら、放っておけば大丈夫だよ」
空気中からの水分で十分育つのだという。
なるほど、今までの連中は、普通の植物と同じ扱いをしたから失敗したのか。
これがおすそわけなのだとしたら、彼の部屋は相当花に埋もれているに違いない。
「何持ってるんだい?」
「な、なんでもない」
「???」
隠そうとすると、余計に気になるのか、覗き込んでくる。
「あ、色違いだ」
ちょーだい、と屈託なく手を差し出す姿に固まっていると、相手の方が珍しく動揺した表情になった。
「誰かにあげるものだったんだ、ごめん」
決まり悪げに、手を引っ込める。
「面白い噂が流れてるしね。そっか……」
「ち、違っ――!」
あわてて適当な理由を並べ、押しつけるように渡すと、不安そうだった顔にようやく笑みが戻った。
「そんなに増やしてどうするんだ?」
「町で普通に見かけるものになれば、あの噂も立ち消えるかと思って。今のままだと、普通の人が砂漠に入って危ないし」
オアシスの先住者たちも、迷惑しているみたいだから、と笑う。
人の噂は無理に消そうとすると、かえって火の手が上がる。
オアシスの周りに柵を作ることも、見張りを立てることもできない。
それならば。
噂の元を、珍しくないものにしてしまえばいい。
――思いつくだけなら誰でもできるが、実際に行動に移してしまうのが普通の人間と違う。
「砂漠に観測で定期的に行ってるエレオスなら、持っていてもおかしくないだろう? 教主庁で飾るようになれば、一気に広まるかなと思って」
そういうことなら、後で受付にでも分けておくか。
もしゃもしゃもしゃ。
さっきから妙な音がしている。
ふと見れば、机の上を覆っていた花が、半分ほどに減っていた。
緑色の珍しい毛並みのテイルが、残りの花をほおばっている。
「……口に合ったみたいだね」
もしゃもしゃもしゃ。
ごくん。
「――今日こそは、絶対に始末してやる……!」
ケブーラドラゴン相手にも使わなかった銃を引き抜き、最後の一輪を咥えたテイルを追いかけて、部屋の主も飛び出していった。
おわり
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やっぱり最後は不憫でないと(こら)。
姐さんが不在の時は、クロが邪魔します。
ええ、徹底的に邪魔しますとも。
求婚者に無茶な要求をする、という話は世界各国にありますが、
日本ではやはり「かぐや姫」でしょう。
あきらめさせるための難題と察してくれればいいのに、
男は必死に探しに行って、大変なことに。
でも考えてみると、貴族や公家さんが、自分で行くわけありませんよね。
ということは、ひどい目にあったのは、それらに依頼された部下や冒険者たち。
ひどい話や(;´д⊂)
……話がずれました。
さて、新入りと受付のお嬢さんがどうなったかと言うと。
エレオスが、受付にどさっと花を渡したために、
お嬢さんが勘違いして、新入りがフラれた(笑)。
エレオスは、「人目につくところ=受付」と考えただけで、
新入りの邪魔をする気はありませんw
ところで、今回の話に、実は一度もカデの名がありません。
違和感感じずに読めた方は、私の書き方に相当慣らされた模様。
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