守り主との対峙 ――追走曲(フーガ)



花の山を抱えてきたカデンツァの襟元に、虹色に輝くものがついていた。
飾りボタン……いや、甲虫の形をした玉虫色のブローチ?
花を机に飾った後、視線に気づいて、カデンツァもそこを見る。
「――あ」
動いた。
ホンモノだ。
「どこから連れて来ちゃったんだろ」
手に乗せようと触れた途端、甲虫は驚いたのか、手足を縮め、ころりと服の中に落ちてしまった。
「――うひゃあ!?」
初めて聞くような、素っ頓狂な声。
「とってとって!」
「取れったって……どこだ?」
「背中に回っ……く、くすぐったい!」
「動くなって!」
「だ、だって、――ちょっ、爪立てないでーっ!」
(虫の分際でなんてことしやがる――!)
「エレオス、早く!」
「……ああもう、面倒くせえ、脱げ!」
「ひゃあっ!?」

虫一匹に、大騒ぎである。

***

「通せ」
「い、今はだめですっ!」

教主庁、第一僧兵隊の研究班の者たちは、それはそれは恐ろしい相手と対峙していた。
すらりとした、凛とした美しい女性。
どうやってここまで持ち込んだものか、大物の槍を手にしている。
彼女が向かおうとしているのは、彼女を止めようとしている者たちの隊長の部屋。
本当は、止める資格も、止めるための技量もないのだが。
とにかく、今は、まずい。
個人の部屋、特に隊長格の部屋は、当然セキュリティの厳しい自動ドアとなっている。
本人か、特別な資格のある者でしか開かない。
しかし今日は、そのドアが閉まりかけた状態で5cmほど開いている。
普段であれば完全防音で、中のやりとりなど聞くこともできないのに。
――今日は、廊下に筒抜けであった。

(隊長、いつもは用心深いのに、どうしてこういう時に限って?)
(いやいや、閉まらないように仕掛けしたの、絶対にこの人でしょ!)
(てゆーか、真昼間から何してんですかーーっ!?)

「どけ」
静かな宣言の後。
優雅に槍が一閃した。

(((隊長、ご武運を祈ります)))

床に倒れ伏した者たちは、心の中で合掌した。

***

ようやく捕まえた虫を、ぱたりと倒れている友人の頭の横に置いたエレオスは、いきなりドアが開いたのでぎょっとした。
カツカツと、足音も荒々しく中へ入ってくる。
それが誰であるかは予想通りであった。
美しい無表情の裏に、憤怒の炎が燃え盛っているのも、ある程度想定内。
「貴様、カデンツァ様に何をした?」
前にもこんなことがあったような気がする。
「? 何って……」
振り返って、思わずひきつる。
ベッドは友人が占領している。
だが、その姿ときたら。
普段の隙のない身だしなみはどこへやら、ばさばさに乱れた髪、脱げかけたシャツ、挙句に(笑い疲れて)ぐったりと臥せっている。
……こんな状況を他の者の部屋で見たら、自分だってブチ切れるに違いない。
「!! 誤解だ! 俺はただ、服に入った虫を取ってやっただけで――」
「もう少しマシな言い訳はできないのか?」
「自分で言っててそう思うよ」
容赦なく振り下ろされた穂先と、咄嗟に構えた銃身が火花を散らす。
毎度のことだが、状況的な立場の悪さが、対決の優劣にも如実に響く。
このままでは、敗北は必至。
せめてウソではないことを証明できれば、少しは立て直せるか。
「おい、カデンツァ! その虫見せてや……」
「え?」
いつの間にかきちんと服を整え、窓から外へ身を乗り出していたカデンツァが、振り返ったところだった。
今まで何かを載せていた形で、手の平は上に向けたまま。

証拠は飛んで行ってしまいました。

しばらく二人を見比べていたカデンツァは、ようやく状況を飲み込んだらしく、困ったように笑った。
「エレオスは虫を取ってくれたんだよ?」
「カデンツァ様。芝居までして、こやつなどをかばうことはありません」
「芝居じゃねぇ!」
言って、そうですかと引きさがる相手なら苦労はない。
狭い部屋の中では、火器を使うわけにもいかず、繰り出される槍技を避けるのが精一杯。
ほんの少し後ろでのほほんと眺めているもう一人に、かすりもしないのがまた恐ろしい腕だと感心するところなのか。
そこに、小さな電子音が響いた。
「シルトクレーテから呼び出しだ、行かなくちゃ」
「はい」
追い詰めた獲物にとどめを刺そうとしていた狩人が、あっさりと武器を引く。
「それじゃ、花のことよろしくね」
「あ、ああ……」
――どうやら、助かったようだ。
脱力していると、はた迷惑な来訪者達とすれ違いで、よれよれになった者達が顔を出した。
「「「たいちょお〜」」」
「……お前ら、天敵からは最初から逃げとけ」
(((誰のためだと〜)))
隊員の心、隊長知らずである。
ようやく静かになった部屋に、妙な音が響いた。

もしゃもしゃもしゃ。

「「「あ。」」」
「……まだ居たか――!」

本日二度目の壮絶な追いかけっこを、部下たちは呆然と見送った。
気づくのが早かったからか、緑の生き物が満腹だったのか、幸い花は半分ほど無事であったようである。

                                    おわり



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グラ姐さんに密告(?)したのは、もちろんクロです。(まずそこからか)
ライバルの弱点は、的確に突きますよ?

私の家の近くには、まだそれなりに自然が残っているので、大抵の虫は平気。
カナブン、カミキリ、カブト、クワガタあたりも大丈夫。
ほら、あの子たち、走らないから!(何と比べているかは言わないで)

しかし、夜の自転車走行は要注意。
たまに、飛んできたカナブンと正面衝突します。

エルドビートルくらい大きかったら、ぶつかる前に気づ……
いや、正面衝突したら死にますな。(こっちが)


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