不穏な動き ――交声曲(カンタータ)
「エレオスいるかな?」
「何の御用ですか?」
受付の女性の棘を含んだ口調に、カデンツァはきょとんとする。
「……特に用ってわけではないんだけど」
「エレオス様はお忙しいんです。急用でなければお引取りください」
きっぱり言い切り、話は終わったと手元の資料に目を戻す。
エレオスは、何か手が離せないことがあって、彼女に来客を断るよう頼んだのだろうか。
各国との連携や、現存するソーマ測定の結果の共有等、教主庁側と調整をとって動かなくてはならない案件は山ほどある。
しかし、それらはどうしても友人を通さなくてはならないわけではない。
その上に直接かけあってもよいのだ。
忙しいのであれば、仕方がない。
「……それじゃ、第一僧兵隊の大隊長殿を――」
彼の言葉に、彼女は資料を机に叩きつけた。
「他の人でもいいですって!? エレオス様のこと、一体なんだと思ってるんですか!」
その剣幕に、カデンツァは目を丸くする。
「貴方が来られた後、エレオス様は毎回教主様に呼び出されてるんですよ! あんなにご迷惑かけて、恥ずかしくないんですか!!」
もう一人の受付の女性が間に入らなかったら、カデンツァの襟首を締め上げかねない勢いだ。
カデンツァは、ようやく彼女の激昂ぶりの意味を理解した。
友人を思ってのことだと分かれば、いっそ微笑ましい。
「何がおかしいんです!?」
「いや、ごめん。エレオスのことを好きな人がいるのが嬉しくて、つい」
「……っ!!!」
からかうつもりではなかったのだが、火に油を注いでしまった。
資料が投げつけられ、ばらけた紙が受付前に舞い散った。
「一体何の騒ぎだ」
話題になっている本人の声が割り込んだ。
派手に散らばった資料に、眉をひそめている。
「カデンツァが来たら通せと言われているはずだ」
軽く睨まれて、受付の女性は真っ赤になったまま小さくうなずく。
「教主様に用だろう。行くぞ」
「あ、あのっ!」
急に彼女が駆け寄り、エレオスの、幹部の印でもある襟元を直す。
「少し曲がってました」
「……ああ」
突然の行動に当惑しつつ、エレオスはその場を離れた。
カデンツァも、困ったような笑顔を残して後を追う。
しばらくして。
振り返らぬまま、エレオスが尋ねた。
「何か言われたのか」
「ん、別に」
「……荷物貸せ」
「重くないよ」
「いいから」
奪った袋が、あまりに軽すぎてエレオスはつんのめった。
***
お茶でも飲んで落ち着いて来い、と受付から暇を出された彼女は、休憩室につくなり小さな機械を机に置いた。
様子を見に来た分隊の隊員たちは、それが何かに気づいて驚く。
「盗聴器?」
「さっきのどさくさでエレオス様につけたのか」
「怖いもの知らずだなぁ」
「だってあの人、エレオス様に何か無茶な依頼をするかもしれないでしょう!? セクンダディの人間が、これ以上エレオス様を利用するなんて許せません!」
その言葉に、エレオス直近の部下たちは彼女の暴走ぶりをようやく理解した。
アレーティアの一件は、一部の者にしか知らされていない。
微妙な立場になった友人を心配して、カデンツァが動いていることを、彼女は知らないのだ。
急に頻繁に訪れるようになった状況だけを見れば、なるほど、教主庁の内情を探る足がかりに使おうとしているとも見えるだろう。
現に勘違いした一派が、彼を再び擁立するべきか、排除すべきか、裏で激論を交わしているという噂もある。
「カデンツァ様は教主庁へ戻る気はないし、エレオスが不利になるようなこともしないよ」
「「「大隊長」」」
いつの間にか休憩室に入ってきていた男性が、スピーカーを隠そうとした女性に苦笑する。
「盗聴とはずいぶん思い切ったな」
「エレオス様のためです!」
思い込んだ人間というのは、よくも悪くも一直線である。
彼女は、開き直ってスピーカーを机の真ん中に置き、スイッチを入れた。
***
「なんなんだ、コレは」
「アマティーで売ってる穀物のはぜ菓子だよ」
コツコツ、と静かな廊下に靴音が響く。
「教主様が食べたいっておっしゃってたから」
「菓子より、お前を立ち寄らせるのが目的だろ」
「……気を利かせた人が先に買ってきて、大目玉食らったみたい」
「子供か、あの方は」
コツ、と片方が止まった。
「まだあのチェンバロある?」
「あることはあるが……ホコリかぶってるんじゃないか?」
「もったいないなぁ」
ピッ、という認証と共に扉が開く音。
「弾いて弾いて」
「何年触ってないと思ってんだ」
「でも弾けるよね」
「断定かよ」
苦笑交じりの言葉の後、特徴のある音色がアルペジオを奏でた。
***
二人の会話に、楽しそうに大隊長が呟いた。
「久しぶりに二人の歌が聴けるかな」
その言葉に、部下たちがぎょっとする。
「エレオス様は、大抵のことは軽くこなしますけど」
「歌だけはちょっと……」
なぁ? と顔を見合わせる。
大隊長は、おや、という表情になった。
その反応に、部下たちが畳み掛ける。
「大隊長。まさか上手いと言うんですか? あの……」
「投げやりで」
「適当で」
「「「超絶やる気のない歌い方」」」
エレオスに心酔しているはずの受付の女性も、こればかりはかばえないという顔で沈黙している。
あまりの言われように、大隊長が噴き出す。
「そうか、お前たちはカデンツァ様が教主庁を出てから配属されたんだな」
「そのおっしゃい方ですと、前は上手かったように聞こえますが……」
「少なくとも、下手ではなかったよ。カデンツァ様と聖歌隊に参加してた頃は」
雑談を交わしていた他の者たちも含めて、休憩室が静まり返った。
「「「「えええええ!?」」」」
聖歌隊は庁の表看板のようなもの。
少しでも音を乱すような者が選ばれるわけもない。
ということは。
スピーカーから聞こえたチェンバロの音に、全員が注目した。
***
和音を重ねただけの簡単な曲に、地方の古い歌。
大人になってから幼馴染と再会して、昔の夢を語り合う。
そんな何気ない素朴な歌詞。
けれど、それを歌っている者の故郷はすでにない。
曲が終わった後、しばらく沈黙が続いた。
「……年取ると涙もろくなってダメだね」
「いくつのじじいだ、お前は」
沈みこんでしまわないよう、あえて冗談めかしたやりとり。
過去は忘れない、けれどそれに囚われはしないという暗黙の了解。
「今度は二人で歌えるのにしよう」
「無茶言うな。歌詞なんか覚えてないぞ」
「大丈夫だよ」
チェンバロの音色が高音部に増え、澄んだ歌声が続きを誘った。
そして――。
***
「「「上手いじゃないですか!」」」
「だからそう言ってるじゃないか」
これだけ歌えれば、さぞ気持ちいいだろう。
聞き手のいないところでこっそり歌っているのがもったいない。
「カデンツァ様が出て行った後のへこみっぷりは、気の毒なくらいでな。しばらく放置して、久しぶりに歌わせてみたら――、現在に至る」
「「「あー……」」」
納得。
「カデンツァ様がいないと、どんだけやる気がないんですか、あの人は」
「まぁ、そう言うな。仕事はきちっとこなすし、研究もあいつしかできないものだ。そちらに集中できるよう、無意識のうちに切り捨てたんだろう」
「ある意味器用というか……」
呆れたように一人が呟いた時。
キイィィィン!
耳に響く金属をこすったような音が、スピーカーから発せられた。
***
「なんだ!?」
「ハウリングだ。ぼくの持ってる通信器に反応したみたいだけど……エレオスは何か?」
「そんなもの、何も――」
「「あ」」
「あいつ――」
「やられたね」
***
『――後で俺の部屋に来い!』
エレオスの低い声の後、スピーカーは妙な雑音を立て、白い煙をあげて沈黙した。
休憩室にいた者たちは、改めて彼を敵に回すと恐ろしいと実感する。
しかし、言われた当人は。
「エレオス様のお部屋――」
憧れの相手の私室に入る機会を得て、うっとりとしていた。
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受付のお嬢さん、その後です。
突っ走ってる人って、見ている分には好きですよw
昔、知り合いにいたのです。
ある女性が大好きで、時々電話してはきっぱりと断られてました。
それで退くかと思えば、「本当に嫌われるまであきらめない」と。
夜中に車で彼女の家の近くまで行って、部屋の灯りがついているのを眺めるだけでも幸せだ、とか言ってたっけ。
――今なら間違いなくストーカーでつかまってましたね。
好かれる方も大変だ。
それさえなけりゃ、いい人だったんですが。
それはともかく。
今回は、二箇所の同時進行で片方は声だけ、という作りにしてみました。
声だけの方は、視覚描写なし。
……ううむ、まだまだ修行が必要です。
以下、どうでもいい裏設定の嵐。
受付の彼女は、ゲーム内で教主庁入り口付近にいる、
「走ってはいけません。言ってるそばから走り出しそうね」
と言う彼女のつもりで書いています。
やけに刺々しいな、とニヤリとしました。
実は、チョコでフライングしたのも彼女w
エレオスが受付に預けた花のその後。
自分がもらったと勘違いした彼女が、「何もしなくていいから」と言われたにも関わらず、
懸命に水やったり世話したりして、枯らしました。
必死に謝る彼女をあっさり許したので、感激してますます心酔。
でも特別エレが優しくしたわけではなく、部屋に放置した花が順調に勢力を拡大しているからだったり。
教主庁側の僧兵隊、大隊長殿はゲーム内では設定すらありませんね。
エレオスを大抜擢するくらいですから、教主を立てながらも、カデンツァたちを暖かく見守ってくれる人だと思うんですよ。
こちらは、「涙に浮かぶ灯」で、若き日のアインザッツ隊長を教主庁に呼んだ青年僧だったり。
ふふ、そこら中つなげて遊んでますよ。
ハウリング。
深読みしていただけたら、多分正解です(笑)。
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