教主国マラン・アサ ――嬉遊曲(ディベルティメント)1


「ちょっと出かけてくるけど」
窓の外から聞こえた声。
どこへ、と聞き返すのも面倒になってきた。
――教主庁へ来て数週間。
一見おとなしそうな友人が、厳格主義の塊のような組織の大人たちを、面白いくらいに振り回していることに気づくのに、さほど時間は必要なかった。
よく言えば自由奔放。
悪く言えば傍若無人。
かと言って、その行動が考えなしであるわけでもない。
それどころか、数ヶ月、数年先を見越している節がある。
次は何をしでかすか、少し楽しみになっている――などと知られると、ますます増長されそうなので黙っておく。
……とうに見透かされているような気もするが。
「エレオスも行かない?」
もうすぐ日没。
定時の夕礼の時間であることを知らないはずはない。
ということは、何か避けたいことがあって、わざと姿を消すつもりか。
夕礼をサボれば、後で何かしら罰があるに決まっている。
それでも、断らないと分かって言っているのが性質悪い。
ため息を一つついて、窓から部屋を出た。

   ***

教主庁とセクンダディ本部のある、古都マラン・アサ。
一見、華やかで整然とした都市であるが、少し都心から離れれば、裏の面も見え始める。
主要道路から離れ、裏通りを進み続ければ、当然街の闇の部分に触れることとなる。
いわゆる、貧民街だ。
昼間でさえ柄の悪い者がカモを狙っているという噂の地域。
そろそろ辺りが暗くなる時間に、教主庁の所属と分かる姿でうろつくのは、飛んで火にいる夏の虫。
「おい、カデンツァ。これ以上は……」
経済的な格差のある地域の者は、よそ者に対する警戒が強い。
止めようとした時、案の定、行く手をを大柄な男たちが遮った。
「おやおや、教主庁のお綺麗な子供たちのおでましだぜ」
「通行料なしでここから先へ通れるとでも思ってるのかい?」
その言葉に、カデンツァは少し首をかしげると、ごそごそと腰のバッグから小さな袋を取り出した。
「……これでいかがですか?」
渡したものが、タバコや酒ででもあれば、裏取引にも通じていると舌を巻くところだが。
男たちがニヤニヤしながら袋の中身を手の平に取り出す。
転がったのは、サイコロほどの、夕日に透ける青や赤。
――コンペイトウだ。
彼らの顔から表情が消えた。
それはそうだろう、子供向けの菓子をこの状況で渡されては。
無言で通りから投げ出されるか、バカにするなと殴られるか。
どちらにしても、無事に済むとは思えない。
男が菓子を無造作に口に放り込み、がりりと噛み砕いた。
「おい」
辺りのソーマを集めて暴発させれば、その隙に逃がすことくらいはできるだろう。
構えを取りかけたエレオスの服の袖を、カデンツァがぐい、と引っ張った。
人を傷つけてはいけない、と言うのだろうが、そんなことを言っている場合か。
カデンツァの肩に、節くれだった手ががつ、と置かれる。
だが、発せられた言葉は予想したものと違った。
「もっとあるか?」
「ええ。みんなの分持って来ました」
言われた方もにこやかに答える。
「「「やったー」」」
途端に、放置されている古びた木箱やら大物の工具やらの陰から、子供たちが飛び出してきた。
カデンツァがもう一つ大きめの袋を取り出して代表の子供に渡した途端、コンペイトウを口に放り込んだ男がひょいと彼を肩に担ぎ上げた。
「久しぶりじゃねぇか!」
凶悪そうに見えていた顔が、今は強面ながら人の好さそうな笑みを浮かべている。
「また教主サマにカンヅメ食らってたのか?」
「ええ、謹慎処分で書庫の整理を命じられて」
「そりゃ、楽しかっただろ」
「はい、たくさん本が読めました」
「全然罰になってねぇ!」
聞いていた者たちが、どっと笑う。
こちらを向いたカデンツァの口が、形だけ「先行ってるね」と動いた。
それが合図だったかのように、人だかりごと裏通りの奥に消えてしまった。
状況は把握したものの、呆然と見送った手の中で、形になり損ねたソーマが小さくはじけた。

   ***

結局、彼らの歓待から解放されたのは、宵の星がすでに天空に回った頃だった。
今頃、庁は大騒ぎだろう。
「いくらなんでも、最初に一人で行くのは無謀だろ」
「そうかな。一人でしかも子供だったから、あの人たちも態度を和らげてくれたと思ってるけど?」
それはそうかもしれないが。
教主国の膝元にありながら、教義の押し付けや、見当違いの援助を繰り返し、彼らの地区は教主庁に反目していたのだという。
そこに一人で乗り込んで、本当に必要とされている支援を聞き出し、教主庁のお偉方に叩き付けた。
……当時の双方の仰天振りが目に浮かぶ。
「ぼくは何だって利用するよ。教主候補なのも子供なのも、今だけだもの。使っておかなきゃもったいない」
なんでもないことにように、にっこり。
エレオスは、本日何度目かのため息をついた。

   ***

部屋に戻った途端、上から呼び出された。
「お前はカデンツァ様を止める立場であろう!」
「一緒に行くなど言語道断!」
1時間近く、数人から怒鳴られた後。
「今日は、新しい法衣の採寸の予定だったのに……!」
最後の最後に呟かれた言葉に、これから逃げたのかと納得。

欠伸をしながらニヤリとしたのを見咎められ、教主庁裏の草むしりを命じられたのだった。



                              つづく


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――なんだかとんでもない人間と知り合ってしまった。

溜息つきつつも、次は何をしでかすのか、目が離せません。
もう一本続きます。
次はもちろん草むしりです(笑)。




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