教主国マラン・アサ ――嬉遊曲(ディベルティメント)2
「なんで、俺が、こんなこと……!」
ぶつぶつ言いながらも、命じられたことはきちんとこなしてしまう自分の性格が恨めしい。
……誰かに引きずられたとは言え、夕礼をサボったのは事実であるし。
それにしてもこの場所は、外から見えないからと、一体どれだけ放置していたのだ。
教主庁の敷地内にこんな場所があることさえ知らなかった。
鬱蒼と生い茂った草。
『草むしり』などという規模ではない。
砂漠に近いというのに、植物とはかくもたくましい。
少しでも水気を確保できれば、太陽を独り占めできるこの土地は、彼らにとって楽園なのだ。
砂質の土地柄、根は浅く、少し力を入れただけであっさり抜けてくれるのがせめてもの幸い。
「お疲れ様」
――元凶がやってきた。
元凶は無罪放免、自分は草むしり。
さすがに嫌味の一つでも言ってやろうかと思っていたのだが。
姿を見るとその気も失せた。
どこで手に入れたのやら、丈夫そうな靴に分厚い手袋。
手伝う気満々だ。
「……お前は命じられてないだろ?」
「だっておかしいじゃないか。連れて行ったのはぼくなのに」
「貧民街へ行った罰、じゃなくて、お前が行くのを止めなかった罰なんだとさ」
「なにそれ、変なの」
笑いながら、早速ぽこぽこと草を引き抜いている。
そして何種類かを、空き地に並べ始めた。
「同じのを見つけたら、ここにおいて」
「? こんな雑草、集めてどうすんだ」
乾かして焼却するだけなら、全部まとめておけばいいだろうに。
「雑草なんてないよ。名前呼んであげて」
「名前? 草の?」
「そう。車前草(オオバコ)、十薬(ドクダミ)、垣通し(カキドオシ)、蓬(ヨモギ)、繁縷(はこべ)、薺(なずな)」
「……」
何やら神経衰弱ゲームのようになってきた。
「どうすんだ、コレ」
「それは後のおたのしみ、だよ」
夕食時、なにやら見慣れない品が増えていたのは、気のせいではなかったようだ。
***
――数日後。
「エレオス、そろそろ行こうか」
どこへ、と聞くのも面倒になってきた。
「はい、コレ持って」
「なんだこりゃ」
大きな袋を渡された。
両手で抱えるほどの見かけに比べて、とても軽い。
向かったのは、先日の裏通り。
カデンツァが入ったのは、この辺りでも一番の長老と噂されている、薬売りの老婆の家だった。
なんだなんだと着いてきた者たちもいて、狭い部屋はたちまちぎゅうぎゅうになる。
「おばあさま、お久しぶりです」
「また来たのかい、この鬼っ子め」
「今日はお土産があります」
「ほう?」
二人で持ってきた袋を机に置く。
開くと、少しずつ束になった、乾燥した草が現れた。
「おや……おや、おや、おや!」」
それらを順に眺めながら、老婆はしきりに感心している。
「こりゃあ、驚いた。どこでこれだけのものを見つけてきたんだい」
「教主庁の裏庭です」
周りからどっと笑いが上がった。
冗談だと思われたようだ。
だがカデンツァが変わらずにこにこしており、エレオスが憮然と黙っているのを見て、どうやら本当らしいと気づいたようだ。
――改めて爆笑が起こる。
笑いすぎでにじんだ涙をぬぐいながら、薬屋のおばばが足元の篭から何やら取り出した。
「商品にはきちんと代価を払わないとね」
しわのある手に並んだ小銭。
教主庁のある表通りでは、一人分の食事代にもならないであろう金額。
けれど、裏通りに住む者たちが、これを稼ぐのは簡単ではないと知っている。
「おばあさま、こんなに?」
「いいんだよ。調合した後はそれなりの値段で売っているのはお前も知っとるだろう」
「でもそれは、おばあさまの技術への対価です」
「それを言うなら、これだけの量を分類して乾燥させてきた手間暇の対価じゃよ」
正しい労苦には正しい代価を。
それは彼らの誇りである。
「ありがとうございます」
少年は、大切に、だが堂々と受け取った。
***
ほてほてと上機嫌で先を歩く友人にエレオスは尋ねた。
「さっきの薬草って……」
「この間の草むしりで集めたものだよ」
あっさりと言ってくれる。
「あそこって、昔は教主庁の薬草園だったんじゃないかな。珍しいものがたくさん混じってた」
「あれ、どうなるんだ?」
「たぶん教主様のお薬になるよ。時々おつきの方たちが買いに来てるそうだし」
教主庁の裏庭で取れた雑草が、教主の薬。
上層部の無知に笑っていいのか、情けなさに呆れるべきなのか、分からなくなってきた。
「さて、と」
手の中の小銭を鳴らして、にっこり。
「何か食べていこうか」
こいつは、これからも、きっと上手く世の中を渡っていくに違いないと確信した。
おわり
----------------------------------------------------------------------
教主 「またカデンツァが貧民街へ行っただと!」
部下1「食事までしてきたようです」
教主 「貧民街の……食事――だと!?」
部下12((どんなものを想像しているのだろう))
教主 「罰として草むしりを――!」
部下1「あれは罰になっていないようですよ」
部下2「終了報告、上機嫌でしたね」
教主 「二人を別に閉じ込めておけ!」
部下1「それは無理でしょう。エレオスは本気になれば鍵でも窓でも壊して出るでしょうし」
部下2「カデンツァ様を一つ処に留めるのは、さらに難しいです」
教主 「うぬぬ……」
部下12「「もうあきらめた方がよろしいかと」」
教主 「……orz」
カデンツァ様、「無駄」ということを教主サマに教育中です。
TOP/
小説