光の鍵1 ――指揮者(コンダクター)



「カデンツァ様」
教主庁内の図書館で呼びとめたのは、エレオスの部下たちだった。
奥の書庫で、こっそり相談したのは当然、彼らの隊長のこと。
「エレオス様は調査から戻られて以来、まともに休んでいないようです」
「食事も下手すると携帯食で済ませていて」
「前から研究熱心ではありましたが、最近はちょっと行きすぎではないかと」
「……やっぱり?」
顔を見合わせて、ため息。
せっかく無事に帰ってきたというのに。
真面目な彼のこと、ソーマに乗っ取られた一件を深く恥じて、自分を追いつめているに違いない。
仕事で気を紛らわせているのだろうが、その様子ではいずれ体調を崩してしまう。
しばらく考えた後。
「……うん、任せといて」
カデンツァは、自信ありげに、にこりと微笑んだ。

***

その日、カデンツァは、友人の研究室にお昼の差し入れを持ってきた。
篭に、野菜や果物をたっぷり詰め込んだサンドウィッチがきれいに並んでいる。
おすそわけに預かった隊員たちは大喜びだったが、肝心のエレオスは、礼もおざなりに、食べながら調査書をめくっている。
「考え事しながら食べるの、消化に悪いよ」
「……俺はお前ほど、読むの早くないから」
だから、時間が足りないのだ、と。
「そんなんじゃ、味も分からないでしょ」
「食事なんて、エネルギーになれば十分だろ」
「あれ、そういうこと言っちゃう?」
「……」
言い争う気はないらしく、エレオスは資料に目を戻してしまう。
さすがの親友殿でも、説得は無理だったか。
様子を見ていた部下たちは肩を落とす。
自分の分をつまらなさそうに黙々と食べ終え、カデンツァはぷう、とふくれていた。
そして、エレオスが最後の一欠片を口に放り込んだ瞬間を、狙い澄まして言った。
「……コレ、ぼくが作ってきたんだけど」
「――っ!?」
エレオスが、欠片を喉に詰まらせて咳き込む。
普段であれば、心配して背中でも叩いてもらえそうな状況なのだが。
追い討ちをかける時は、容赦ない。
「なにか言いたいことがあれば、聞いてあげよう」
「食べる前に言ってもらえると……」
「ち・が・う・で・しょ」
笑顔が怖い。
これに勝てる人間がいるかどうか。
ようやく注意されていたと気づいて、エレオスはあっさりと白旗を揚げた。
「――ゴメンナサイ」
「よし」
カデンツァ様、恐るべし。
(((すごい、一発でしつけ直した)))
これで、当分は食べながら仕事をするのは止めるだろう。
戦果に満足して、カデンツァは上機嫌で席を立つ。
部屋から出ようとしたところで、振り返った。
「ああ、そうだ。ここのところ、任務で出ずっぱりだったから、美味しいもの食べたいな。――今夜どこか予約しといて」
「え゛……」
「楽しみにしてるよ」
ついでに、『まともな食事』の宿題を出すことも忘れない親友殿。
残された者の固まり具合から察するに、その課題は彼にとって、消失ソーマによるエネルギー問題などより、よほど難問であるようだった。

***

「……ということがあったんですよ」
一部始終を報告された大隊長は、さっきから小さく笑い通しだ。
「まったく、全然変わらんな」
「前にもこんなことが?」
人の昔話というのは面白いもの。
現在、隙のないエリートなら、なおさら。
「エレオスが、少々悪い連中と付き合いだしたことがあって」
「悪いというと」
「酒、タバコ」
「うわ、王道」
原因は聞かなくても想像がつく。
誰かさんの出奔だ。
「下手に注意しても余計にへそを曲げるだろうと、困っていたんだが」
「カデンツァ様に相談したんですか」
原因に交渉するとは、大隊長も豪気だ。
「ああ。ところが、あの方は『酒もタバコも嗜好品だから、本人の自由だ』って言ってね」
「おや?」
「だが、その後が利いていた。『ぼくはどちらも匂いが苦手だから、飲んでいる人には近寄れません』。――柱の影にはアイツがいたわけだ」
「「「あー……」」」
知っていて言ったに決まっている。
「本人とは一言も話さずに、禁酒禁煙させたのは見事だった。おまけに、噂を聞いた教主様までが、水たばこを止めたのは痛快だったな。それまで、周りがいくら健康に悪いと言っても聞く耳持たなかったのに」
さりげなく、オマケの方がすごいような。
「庁を出られて随分経つのに、カデンツァ様が今も特別扱いされる理由が分かりました」
「やっぱり、教主庁に戻って欲しいですね」
「そればかりはな、あちらも手放さないだろうし。何より本人がとてつもなく自由な人だから」
さもありなん。
全員で、残念そうなため息。
「ところで、面白かった話をしに来ただけではないのだろう?」
「カデンツァ様の『宿題』を、自分で探すか、他の人に聞くか、大隊長殿に相談に行くかで賭けになったんです」
「ほう。それで、お前たち、どれに賭けたんだ」
「「「大隊長殿に相談」」」
声がそろった。
「全然賭けになっていないじゃないか」
「ですから、結果だけでも見届けようと言うことになりまして」
「ふむ、来るとしたらそろそろか……」
大隊長がちらりと時計を確認した、刹那。

――ドアが遠慮がちにノックされ、全員がどっと笑い出した。


                       つづく



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分隊長、愛されてます。

ヤケ酒エレオス、泣き上戸だったりしたら可愛いなw







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